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日常編
断章 ー褒賞の詳細ー
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【前置き:王城・試着室前】
「俺、なんで職場から締め出されてるの?」
「アルディオス様の命だ」
「なあ、褒賞なんだよな? 懲罰じゃないんだよな?」
「・・・ある意味、表裏一体かもしれない」
試着室前で仁王立ちするクリスが、腕組みのままぼそりと漏らした。不穏な言葉に震え上がるトレーシーだったが、背後からさらに声がかけられる。
「公爵、こちらは預からせていただきます」
「なぜ、筆記具とメモ帳を全没収されてるんだ!? 褒賞じゃないのか!?」
両手を広げての抗議に対しても、ツヴァイはいつも通りに冷静沈着なままだ。三つボタンの上着の裏に縫い付けられた収納袋まで目ざとく見つけられ、謁見前に上着を没収されるという珍事まで起きている。
現在は、慌ててその中から出した針箱を、開いて見せつけながら弁明しているところだ。
「騎士団長、これに筆記具の機能はないから持っていていいな?」
「失礼しました。どうぞ」
神妙な面持ちで頷くツヴァイと、これだけは渡してなるものかと必死なトレーシー。その様子を横目で見ていたクリスは、内心肩をすくめながらも手元の書類を読み上げる。
「本日この部屋であったことについて、一切の記録・伝達不可、アルディオス様へ五メートル以上の接近禁止。以上、勅命です。違反時は──服飾制作活動、三日間停止処分とのこと」
「三日・・・! 三日も・・・服が作れない!」
「ご安心を、違反せずにいればいいだけです」
その場に膝から崩れ落ちそうになるトレーシーを、容赦なく立たせるクリス。
「いいか、これは褒賞だ。つまり見せてもらえるだけありがたいと思え・・・ついでに、感情を整理しておくように」
部屋に最初に入ったのは、上着を預かったままのツヴァイだった。口元はわずかに緩み、表情はどこか穏やか。
今この空間で、誰よりも整っていたのは彼かもしれない。
△▼△
【ご対面:試着室内】
「・・・クリス。カーテン開けていいよ」
落ち着いたアルディオスの低音が、更衣室のカーテン越しに響く。トレーシーが指示された場所に立つと、ゆっくりと幕が開く。
目の前に広がる光景に、全員が息を呑む。
・・・王と妃が、もふもふの化身として降臨した。
ミュリエルは灰猫パジャマ。ふかふかの耳としっぽ、優しいグレーの色味が持ち前の銀髪や紫の瞳に見事に馴染んでいる。肌の露出は手の甲と顔のみで、足には色を揃えたもこもこのソックスを履いていた。また、ファスナーが一部の隙間もなく首元まで上がっており、下にはきちんと厚手のインナーの存在も伺える。
人妻とは思えぬほどの清楚。キュートさ。照れているのか頬を赤らめ、萌え袖でかぶっているフードを引っ張るその様は誰の目から見ても満点以上の出来だった。
アルディオスは黒豹パジャマ。背が高く、精悍な顔立ちと相まって本来なら『可愛い』印象など結びつかないはずなのに、尻尾がミュリエルの右太ももに絡まり無意識にゆらりと動いているその姿は、もはや見た者全てを瀕死の状態(原因:萌え)に追い込むほどだった。こちらもフードを被っている。
そんな2人が、1つのスツールに腰掛けている。当然の如く灰猫は黒豹の膝の上だ。
妄想、空想、夢にまで見た光景が現実のものとしてここにある。トレーシーは瞬きを忘れて見入ってしまった。呼吸もしばらく忘れた。
「どうかな? ご褒美に、今日だけ見せようと思って」
「ぜっ・・・」
「ぜ・・・?」
「絶景・・・ですッ!!」
ミュリエルが声の大きさに驚き、フードの上から耳を覆う。背後では膨らんだ尻尾がぴーんと立ち上がっており、アルディオスがそれをなだめつつ、肩をすくめる。
「何もしてないけどね」
閑話休題。
「トレーシー様、本当にいいものをありがとうございます。あったかくて、幸せで・・・それに、アルとおそろいで嬉しいです」
「尊すぎて・・・なんという・・・」
トレーシーは白線の引かれた床に正座していた。こちらこそ、全力でお礼を言いたかったほどだ。
内心では五体投地していたが、顔を下げてしまってはせっかくの褒賞を浴びる時間が減ってしまう。それだけは、許されない愚行だった。
△▼△
【終幕∶余韻と沈静】
「これが、褒賞・・・」
「まあ、君が作ったものだし。特別な装いを見せびらかしたかっただけだよ」
茫然とつぶやくトレーシーを尻目に、アルディオスは淡く笑って言う。ミュリエルもくすりと微笑む。
「いやいや、着用モデルが特別すぎて語彙が死ぬ・・・今日のお2人を拝めたこと、棺桶まで持っていきます」
「いや、別にそこまでしなくても」
「でも記録不可なんでしょう!」
「ごめんなさい・・・恥ずかしい、です」
「あっミュリエル様を責めてないのでそんな顔しないで下さいこちらこそ無理言って申し訳ありませんでした!!」
拗ねたつもりで発した言葉で、しゅんと尻尾まで垂れ下がってしまったミュリエル。その後ろのアルディオスとの温度差で風邪を引きそうだ。土下座しかけたトレーシーをよそに、カーテンの前でクリスが時計をちらりと見る。
「はい、タイムアップ。現実へ引き戻せ」
「ちょっ! もう少しだけ・・・せめて顔なし1枚だけでもっ!」
フードを外したミュリエルの髪を撫でつつ整え、自らもフードを下ろしたアルディオスは、それはいい笑顔を浮かべていた。
『違反者は3日間、服飾作成禁止処分』
「ぐああああっ」
無音の唇の動きでも、その絶望ははっきり読み取れた。ツヴァイは静かに歩み寄り、真顔でそっとトレーシーの肩を叩く。
「・・・公爵、お気持ちはわかります」
「騎士団長にまで、共感してもらえるとは・・・」
「陛下とミュリエル様が共に、健やかであらせられることは、ここにいる全員の幸福です」
その一言は、わかりみが深すぎて室内の空気がしんと静まった。
やがて王と妃が・・・しっぽを互いに絡めあったまま、ゆっくりと閉まるカーテンの奥へと消えていく。
感情のまま、カーテンコールを所望しようとしたトレーシーを止めたのは、笑い合いながらも微かに漏れた囁きだった。
「・・・アル、今日も、一緒に寝てくれますか?」
「もちろん。ミュリエルの尻尾が、気持ちよくてよく眠れるんだ」
それを聞いてしまった制作者は──両手で顔を覆って、感動の涙を堪えるのに全力を要した。
(続?)
ーーーーーーーーー
副題 ∶ もふもふの君への拝謁
もこもこソックスの足裏に肉球の柄がついていることは、3人のみが知っています。
「俺、なんで職場から締め出されてるの?」
「アルディオス様の命だ」
「なあ、褒賞なんだよな? 懲罰じゃないんだよな?」
「・・・ある意味、表裏一体かもしれない」
試着室前で仁王立ちするクリスが、腕組みのままぼそりと漏らした。不穏な言葉に震え上がるトレーシーだったが、背後からさらに声がかけられる。
「公爵、こちらは預からせていただきます」
「なぜ、筆記具とメモ帳を全没収されてるんだ!? 褒賞じゃないのか!?」
両手を広げての抗議に対しても、ツヴァイはいつも通りに冷静沈着なままだ。三つボタンの上着の裏に縫い付けられた収納袋まで目ざとく見つけられ、謁見前に上着を没収されるという珍事まで起きている。
現在は、慌ててその中から出した針箱を、開いて見せつけながら弁明しているところだ。
「騎士団長、これに筆記具の機能はないから持っていていいな?」
「失礼しました。どうぞ」
神妙な面持ちで頷くツヴァイと、これだけは渡してなるものかと必死なトレーシー。その様子を横目で見ていたクリスは、内心肩をすくめながらも手元の書類を読み上げる。
「本日この部屋であったことについて、一切の記録・伝達不可、アルディオス様へ五メートル以上の接近禁止。以上、勅命です。違反時は──服飾制作活動、三日間停止処分とのこと」
「三日・・・! 三日も・・・服が作れない!」
「ご安心を、違反せずにいればいいだけです」
その場に膝から崩れ落ちそうになるトレーシーを、容赦なく立たせるクリス。
「いいか、これは褒賞だ。つまり見せてもらえるだけありがたいと思え・・・ついでに、感情を整理しておくように」
部屋に最初に入ったのは、上着を預かったままのツヴァイだった。口元はわずかに緩み、表情はどこか穏やか。
今この空間で、誰よりも整っていたのは彼かもしれない。
△▼△
【ご対面:試着室内】
「・・・クリス。カーテン開けていいよ」
落ち着いたアルディオスの低音が、更衣室のカーテン越しに響く。トレーシーが指示された場所に立つと、ゆっくりと幕が開く。
目の前に広がる光景に、全員が息を呑む。
・・・王と妃が、もふもふの化身として降臨した。
ミュリエルは灰猫パジャマ。ふかふかの耳としっぽ、優しいグレーの色味が持ち前の銀髪や紫の瞳に見事に馴染んでいる。肌の露出は手の甲と顔のみで、足には色を揃えたもこもこのソックスを履いていた。また、ファスナーが一部の隙間もなく首元まで上がっており、下にはきちんと厚手のインナーの存在も伺える。
人妻とは思えぬほどの清楚。キュートさ。照れているのか頬を赤らめ、萌え袖でかぶっているフードを引っ張るその様は誰の目から見ても満点以上の出来だった。
アルディオスは黒豹パジャマ。背が高く、精悍な顔立ちと相まって本来なら『可愛い』印象など結びつかないはずなのに、尻尾がミュリエルの右太ももに絡まり無意識にゆらりと動いているその姿は、もはや見た者全てを瀕死の状態(原因:萌え)に追い込むほどだった。こちらもフードを被っている。
そんな2人が、1つのスツールに腰掛けている。当然の如く灰猫は黒豹の膝の上だ。
妄想、空想、夢にまで見た光景が現実のものとしてここにある。トレーシーは瞬きを忘れて見入ってしまった。呼吸もしばらく忘れた。
「どうかな? ご褒美に、今日だけ見せようと思って」
「ぜっ・・・」
「ぜ・・・?」
「絶景・・・ですッ!!」
ミュリエルが声の大きさに驚き、フードの上から耳を覆う。背後では膨らんだ尻尾がぴーんと立ち上がっており、アルディオスがそれをなだめつつ、肩をすくめる。
「何もしてないけどね」
閑話休題。
「トレーシー様、本当にいいものをありがとうございます。あったかくて、幸せで・・・それに、アルとおそろいで嬉しいです」
「尊すぎて・・・なんという・・・」
トレーシーは白線の引かれた床に正座していた。こちらこそ、全力でお礼を言いたかったほどだ。
内心では五体投地していたが、顔を下げてしまってはせっかくの褒賞を浴びる時間が減ってしまう。それだけは、許されない愚行だった。
△▼△
【終幕∶余韻と沈静】
「これが、褒賞・・・」
「まあ、君が作ったものだし。特別な装いを見せびらかしたかっただけだよ」
茫然とつぶやくトレーシーを尻目に、アルディオスは淡く笑って言う。ミュリエルもくすりと微笑む。
「いやいや、着用モデルが特別すぎて語彙が死ぬ・・・今日のお2人を拝めたこと、棺桶まで持っていきます」
「いや、別にそこまでしなくても」
「でも記録不可なんでしょう!」
「ごめんなさい・・・恥ずかしい、です」
「あっミュリエル様を責めてないのでそんな顔しないで下さいこちらこそ無理言って申し訳ありませんでした!!」
拗ねたつもりで発した言葉で、しゅんと尻尾まで垂れ下がってしまったミュリエル。その後ろのアルディオスとの温度差で風邪を引きそうだ。土下座しかけたトレーシーをよそに、カーテンの前でクリスが時計をちらりと見る。
「はい、タイムアップ。現実へ引き戻せ」
「ちょっ! もう少しだけ・・・せめて顔なし1枚だけでもっ!」
フードを外したミュリエルの髪を撫でつつ整え、自らもフードを下ろしたアルディオスは、それはいい笑顔を浮かべていた。
『違反者は3日間、服飾作成禁止処分』
「ぐああああっ」
無音の唇の動きでも、その絶望ははっきり読み取れた。ツヴァイは静かに歩み寄り、真顔でそっとトレーシーの肩を叩く。
「・・・公爵、お気持ちはわかります」
「騎士団長にまで、共感してもらえるとは・・・」
「陛下とミュリエル様が共に、健やかであらせられることは、ここにいる全員の幸福です」
その一言は、わかりみが深すぎて室内の空気がしんと静まった。
やがて王と妃が・・・しっぽを互いに絡めあったまま、ゆっくりと閉まるカーテンの奥へと消えていく。
感情のまま、カーテンコールを所望しようとしたトレーシーを止めたのは、笑い合いながらも微かに漏れた囁きだった。
「・・・アル、今日も、一緒に寝てくれますか?」
「もちろん。ミュリエルの尻尾が、気持ちよくてよく眠れるんだ」
それを聞いてしまった制作者は──両手で顔を覆って、感動の涙を堪えるのに全力を要した。
(続?)
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副題 ∶ もふもふの君への拝謁
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