銀の細君は漆黒の夫に寵愛される

理音

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日常編

他者から見た2人(スズシロ視点)

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「くふふ、楽しみじゃのぅ」

王城の廊下を抜け、王の執務室の前に立つ。普段なら懐にあるはずのキセルは、城門で預けてきた。そも普段遣いの多い扇子に至っては、いつぞやからに持ち込み不可ときた。仔細は知らぬが、通達の文章にはハッキリと王の魔力が染み付いておった。
まあ、以前から『交渉時に道具を弄ぶ者ほど信用できない』と、あの子—アルディオス陛下が明言しておるからの。
ーおかげで、口寂しく手慰みにも困ってしまうわい。

扉の向こう、見えずとも目当ての気配が2つあるのが想像できる。片方は陛下、もう片方は・・・ふむ、澄んだ空気。やはりここにおったか。
すぅと息を整え、指先で衣の乱れを直してから軽く扉を叩く。後ろから近衛騎士が追ってきておるからの、急ぐに限る。

「ユフィリア候、ここに参上しかまつった」
「侯爵、入室を許可する」

呼び入れる声がするよりも前に、すでに中では動きが始まっておったのだろう。

「申し訳ありません、私、時間を間違えました。すぐに・・・」
「いやいや、妾が早う来すぎたのじゃよ。時刻を見間違えてしもうてなぁ」

驚いて立ち上がろうとした少女に、柔らかな声で釘を刺す。ああ、このじゃ。神聖な銀の髪に、大きな紫の双玉。ひそやかに清らかな気配。そして何より、王の隣に立っても主張せず、それでも見劣りせぬしたたかさ。
思わず小麦色の尻尾が揺れる。手入れを欠かさず、本来なら九尾のそれを1つにまとめているから、もふもふ度は最高じゃぞ。

「交渉はすぐ終わる。ここにおってくださって構わぬじゃろう? 陛下」

わざとらしく、隣に座る陛下へと視線を向ける。陛下は彼女へと視線を移すが、その瞳の奥には穏やかな水面のような慈愛が浮かんでいた。
うむ、陛下のこんな顔見たことがないの。これは年頃の乙女たちが、うるさくなるのも仕方がなかろうて。

「・・・どうする? 侯爵もこう言っているし君が決めていいよ」

問いかけられた彼女は、一拍おいてからためらいがちに小さく陛下の裾を引いた。
思わず顔にも声にも出そうになって押し留める。
くぅーこれが見たかったんじゃ! 若いもののイチャつきは堪らんのぉ~萌えじゃ、萌え。

「あの、もし機密やお邪魔でないのなら、ここで刺繍をしていてもいいですか?」
「ふふ、素直でいのぅ~。ひいさんが同じ部屋に居てくれるなら、請求をちぃとばかし値下げしようかの」

わざと冗談めかして言ってやると、陛下は苦笑しつつも小さく首を横に振った。

「値は正価で払う。もう準備させてあるし」

まこと、律儀な子じゃ。子などと呼んではいかん立場と年齢にはなったが、齢500歳を超える妖狐である妾から見れば、まだまだピチピチじゃ。
・・・はて、600だったかのぅ? 最近忘れっぽくていかんわい。
陛下よりも、もっと若いであろう姫さんは妾たちに茶を出したあとは、一礼して静かに元の場所・・・執務机からやや離れたソファへと戻り、背を向けるように座った。あれは、わかりやすく何も視界に入れないための姿勢じゃな。残念なことに、彼女の手元の刺繍とやらも見えぬ。商人として、ちと興味あったのに。
向かい合うソファの間に置かれたローテーブルには、湯気の立つ二つの湯呑みが並べられていた。淡い青磁の器、香り立つのは馴染みのある焙じ茶。陛下が、そっと湯呑みを手に取った。

「彼女が淹れたものだけど、どう?」

その言葉に、妾も湯呑みを持ち上げてひと口。
―うむ、優しい。優しすぎるぐらいじゃ。

「んー、心が溶けそうな味じゃ。まるで・・・姫さんの気遣いが、そのまま湯気になって立ちのぼったようなお茶じゃな」
「侯爵は詩人だね。妻も喜ぶよ」

苦笑まじりに返されるが、陛下の方も湯呑みを持ったまま、確かに味わっているようだった。

「・・・ただ、妾としてはもうちぃと渋みがあってもよかったかもしれん。何せ陛下の唯一とあらば、ほんのすこしの苦味も似合いそうじゃて」

静かに笑うと、向かいの眉がわずかに動いた。興味か、それとも同意か。いや、姫さんのことを深く知ること叶うのは、陛下のみということじゃろう。
しばし沈黙のあと、好奇心にかられた妾は湯呑みを置いて目を細めた。

「そうそう。陛下、耳と尻尾のついたふわもこ寝具。あれ、王都で爆売れしておるらしいの」
「・・・ああ、聞いている」
「妾も一枚噛ませて欲しかったわい。まさかあんな形で跳ねるとは。生まれたときから尻尾も耳もある我ら獣人には想像もしたことがなかったの・・・ところで、あれは陛下の手によるものじゃろ? “尊き方の好み”を真似た、と聞いたぞ?」
「社交界でも流行しているらしいから、貴族のことじゃないかな? どちらにせよ、世間が勝手にそう言ってるだけだ」

お茶を口に運びながら、陛下は優雅にさらりと言葉を継ぐ。口元が微かに笑っておるぞ。楽しんでいるな、こやつ。
まったく、子の成長は早い。陛下が即位して配下が整うまでは妾のところでモノやら情報やら取引しておったというのに、最近はモノが少々、情報は一切ないわい。

「でも、実際モデルがいない分、各々の想像に委ねられるそうだよ。老若男女、独り身、ペア問わず評判がいいらしいね」
「ほぅ、それはまた・・・さすがじゃ。夫妻でモデルにもなれたろうに、形を選ばぬ愛の象徴を作り出すとは。同性だろうが種族が違おうが“好き”は尊い。妾は好きじゃよ、その考え」
「互いに想い合っているなら、僕も同意だ・・・けれど侯爵。何か勘違いしているようだけど、デザインも販売元もヴァンピーア公だ。お褒めの言葉も交渉も彼にどうぞ」
「む? うぬぅ・・・妾が読み違えるとは、商機を逃したかのぅ」

肩をすくめながらも、対面する陛下の笑顔は崩れない。
まぁ、何かひとつ読み違えたところで、狐は狩りをやめたりせぬ。

「あと、今度からちゃんと応接室で待っていてくれる? 侯爵の身の安全のためにも、近衛騎士の胃のためにも」
「すまぬのぅ、一刻も早く成長著しき陛下と、姫さんに会いとぅなってな」
「でないと・・・用意した茶菓子が、無駄になる」

ちらりと視線をよこした陛下は、自ら急須から焙じ茶を注ぎつつ何のことはないように言った。

「なんじゃと!?」
「あずき、だっけ? 料理長がせっかく煮立ててたのに」
「おはぎか? ぜんざいか? それとも羊羹か・・・だから焙じ茶じゃったのか?」
「僕は名前を知らないけど、妻と一緒に味見したときは美味しかったよ」
「う」
「侯爵」
「む、此度はすまぬ。妾が置いてきた案内役にも、きちんと詫びを入れよう」
「よろしくね」

むむ、しっかりと釘を差されてしもうたわい。これはちと機嫌を損ねてしもうたかの?
妾が無言で様子をうかがう間、香ばしい茶のかおりと控えめな針の音が、室内に静かに広がっていた。


△▼△


「急な注文だったのに、数を揃えてくれてありがとう」

書面を確認し、向かい合うソファに再度腰を落とした陛下が丁寧に礼を言った。
ふむ、成長したのぅ。

「陛下のためとあらばの。“妖精の涙”など、珍しいものも混じっておったが・・・まさか、妾に幻惑を仕掛けるつもりじゃなかろう?」
「まさか。でも用途は秘密だよ」

妾が耳を立てて両腕でわが身を抱えても、陛下は微かに笑みを浮かべるのみ。“答えを与えぬ”という選択がでてくるあたり即位後すぐとは大違いじゃ。以前は、全てを語ることで相手の信用を得て、納得させようとしておったものじゃが。

「ま、若者の成長は早い。見ておるだけで、妾の尾が1本抜けそうじゃ」

支払い額を相互に確認し、帰りがけに宰相から受け取るようにと告げられる。そういえば、あの緑の坊っちゃんも随分と毛のないやり取りをするようになったのぅ。

「また入り用があれば、声をかけてくだされ。送料無料、在庫があれば即日配達可能じゃぞ?」

ふふん、と一言添えるが、陛下はそれには微笑むだけで何も返さぬ。よい、そういう対応こそが誠実というものじゃ。
帰り際、部屋の扉へと歩むとき。何気ないそぶりで、尾の先をするりと伸ばしていたずら心で彼女の足首を・・・

「おっと」

いつの間にか、陛下の手にある小太刀の木鞘が、尾の前に立ちはだかっておった。

まったく、用心深いことよ。
陛下が彼女の肩に軽く手を置く。すると彼女は、耳に挿していた小さな何かを外し、ふわりと立ち上がった。

「お疲れ様でした・・・侯爵様」

柔らかな声と、毒気のない微笑を浮かべて一礼した。
まったく、聞いておらんかったのか。それとも、聞かぬようにしておったのか。どちらにせよ—

「ふふ、まことに似合いの夫婦じゃ」

思わず独り言のように、本心が漏れてしまった。少し照れたような表情の姫さんとは裏腹に、背後から真っ直ぐな、しかし冷ややかな黒の視線が突き刺さる。

次はないと、口にせずとも伝わる瞳。
魔力操作は元々類を見ないほどに整っておったが、武術もとは。

「侯爵、お帰りはこちらです」

扉の前で待っていた騎士が、すっと道を開ける。ふわりと袖を払って振り返る。

「うむ、参ろうか。妾のような古狐は、若者に越される日も近いようじゃて。ふふ、楽しゅうございましたよ」

さすがに、尾はもう動かさぬまま。軽やかに微笑み、臣下の礼を取った妾・・・スズシロ・フォン・ユフィリアは、王城をあとにした。


(終)
ーーーーーーーーーーー
「ミュリエル、休憩にして一緒に食べよう。君は粒あん派だったよね」
「はい・・・(はむっ)美味しいです。初めて食べた時は、豆のペーストが甘いのに驚いてしまいました」
「確かに。でも、手も汚れないしほうじ茶との組み合わせも、合っているよね」
(アルの好みなら、ニールに習っておこうかな・・・こしあんの作り方)
「たしか、このお菓子は東の国で・・・どら焼き、って呼ばれているんですよね。名前も可愛らしいです」
(あれ、パジャマを着てないのに・・・なぜかミュリエルに猫耳と尻尾が見える。ご機嫌に、ぴこぴこしている)
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