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26)清武の母

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 裁判が開始された。
起訴された日から、予定より少し遅い開始であった。

 争点や証拠を整理する公判前整理手続、証拠書類の取調べや証人尋問には時間がかかる。
仕方のない事だ。

 退院してから、数日後に第一回公判が行われ、終えたばかり。
一週間後に第二回公判が開始される。

 第一回公判から二日が過ぎ、清武は仕事で再びトラブルが起き、急遽一日遠方への出張が決まった。
飛行機で二時間程度ではあるが、取引先の都合で日帰りは不可能であった。

「梓、行ってくる……仕事が終わったらすぐ電話するから」

 清武は梓との別れ名残惜しみ、なかなか玄関から出ようとしない。

「一日だけなんだから、そんな心配するんじゃないわよ」

 梓を抱き寄せ、放そうとしない清武の姿を呆れた様子で見ている年配女性が言い放った。
清武の母親、希清きすみである。

 清武は梓の退院から、ずっと梓の住む部屋で過ごしている。
事件前から同棲状態だったが、今では役場に移住届を出し、同じ部屋の住人として公的に認められている状態だ。

 今日は、急遽主張が決まった清武の頼みで、希清が来ている。
梓を一人にしておくのが心配だから、という理由だ。
一人で留守番できると何度も説得したが、清武は納得する事はなかった。
清武の実家で過ごしように最初は提案されたが、慣れない他人の自宅で過ごすのは気が引ける。
それだけは出来ないと断った代わりに、清美が帰宅するまで、梓の部屋で希清と一緒に過ごす事になった。

「一緒のマンションなら、和司に頼めばよかったのに」

 事情を知らない希清が、和司の名前を上げる。

「……兄貴は忙しいから……」

 納得できない様子の希清を目にし、これ以上面倒な事を言われないようにと、清武は仕事へ行く決心をする。

「じゃ、行ってくる。朝イチの便で帰るから」

 ちゅっと軽く梓と唇を重ね、清武は尾を引きながら部屋を出た。
人前で何をするんだと、梓は恥ずかしい気持ちを抱え、顔を赤くしながら清武が出るのを見送った。

「さて、梓ちゃん。リビングで一休みしましょう」

 希清は気にもしていない様子で、梓を呼ぶ。
梓の部屋ではあるが、希清の部屋のように自由に過ごし始めてる。
これが、年配女性の強さでもあるだろう。
 梓は愛子と共に過ごしてきた時期があった事もあり、少しの図々しさは気にならない。

「梓ちゃん、ここに座ってお話しましょ」

 まるで自分の家のように、指示をする希清。
清武がいなくなってから、彼女の纏う雰囲気は冷たくなったように感じる。

「……はい」

 気のせいだと思いたいが、ピリッとした空気に梓は嫌な気持ちを抱く。
軽蔑されているような、そんな目で見られているような気がしたからだ。

 梓は、ソファーに深く座る希清に向かい合う、テーブルを挟んで対面したソファーに静かに座る。

「あらあら緊張しちゃって、怖がらないでいいのよー!コーヒー飲みましょ!さっきコンビニで買ってきたんだけどね、最近のコンビニのコーヒーって美味しいのねー?びっくりしちゃった!」

 ピリッとした糸を張るような雰囲気が、一気に緩んだ。

「あ……はい。いただきます」

 正直、拍子抜けだった。
事件の話や被害状況、裁判について色々聞いていたであろう希清が、梓に良いイメージを持っていないのではないか、一緒に居たくないのではないか、と思っていたからだ。

 学生時代から梓の事は知っている希清だが、両親がいないという理由で優しく接してくれていたというだけで、元から良い印象を与えた事がない。

 梓は、自信がないのだ。

丸馬と違い、家柄が言い訳でもなく、職も大手企業や公務員関係、政治家のように立派ではない。
何一つ、自慢できるものもない。
 オメガという二次性に寛大な清武の両親でも、事件の内容を知って距離を置きたいと思うだろう。
事件で汚れきった身体を知る人間は、憐みの目を向けても、好感を抱く者はいない。と、梓は思っているのだ。

 だが、そんな心配はだたの被害妄想だと、梓は思った。
優しく向けられた微笑みと声を、疑う自分は最低だとも思った。

 梓は、紙カップの中で揺れるコーヒーを見つめながら、考えすぎる自分を恥じる。

「梓ちゃん、本当に綺麗ねー」

 希清がニコニコしながら梓を見つけた。

「え?」
「本当に美人さんよね」
「あ、ありがとうございます」

 容姿を褒められる事は慣れてはいたが、久しぶりに向けられた誉め言葉に、梓は面映くなる。

「ねぇ、梓ちゃん……お願いがあるんだけど」

 希清が、変わらぬトーンで梓に話し続ける。

「清武と別れてくれないかしら?」

 単調に、変わらず、希清は梓に告げた。
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