希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく

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第1章 土佐の以蔵

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「けれども純血の妖怪たちがいるのは京都なのですよね? なぜ土佐にも動きが広がっているのでしょうか」
「それは、あくまでわたしの予測だが、彼らの動きは、地方に広がった妖怪混じりたちにも少なからず影響するではないのだろうか。特に、妖力の高い、妖怪混じりには」
 半平太は顔をあげ、以蔵の方をちらりと見た。うむ、と頷く半平太。
 先程の、純血の妖怪の話を聞いた彼の表情が、まさしくその証拠だろう。道場の他の弟子達に話した時は、妖怪混じりの者であっても、そこまでの反応は示さなかった。
 以蔵の、あの、まるで見てきたかのような、体験してきたかのような、悲惨な表情。
 妖力の高い妖怪混じりが町や村によっては敬遠されることを、半平太は以蔵の件で身をもって知っていた。場所によってはもっと酷い扱いを受けている者がいることは簡単に予測できた。
 それに、彼らは人間よりも妖怪に近い者達である。半平太にはわからない、心の奥の奥の部分で、妖怪達と繋がっている感情の様なものがあるのかも知れない。
 京都の噂が広まるごとに、各地の運動も激しくなっていると聞く。まるで水面に波が広がるように。静かに、静かに、病が妖怪混じりたちに伝染していく。尊皇攘夷活動も活発化する背後から、大きな黒い影が大蛇の様に忍び寄って来る様。
 半平太は得体の知れない恐怖を感じ、ぶるりと肩を震わせた。
「以蔵は、堕ちてはならないぞ」
 せめてこの子は、わたしが守らなければ。半平太は密かにそう心に決めた。
 一方以蔵は、促されるままにはいと返事したものの何がなんだがさっぱりわからない。
 おちる、って、なんだ。
 どこかに穴でも掘ってあるのだろうか。それとも道場の床が抜けたりするのだろうか。
 けれどもそれだと文脈にあわないし、第一そんな事を半平太がこんな真剣な表情で言うはずない。何かもっと、大事なことを話しているに違いない。
 以蔵はうんうん唸りながら半平太の言葉の意味を考える。それでもやっぱり全くもってわからない。
 さあ、と風が部屋の中に吹き込んだ。
 気づけば外は薄紫色に染まっている。
 稽古が終わったのは昼過ぎだったのに、いつの間にそんなに時間が過ぎていたのだろう。
 あまり長居するのは良くない。それに、早く帰らなければ家族が心配する。以蔵は慌ててがばっと立ち上がった。
「せっ、先生っ、そろそろわし、お邪魔しますきにっ!」
 以蔵の突然の行動に、半平太はぽかんとしたが、すぐにくすくす笑い始める。慌てると、言葉がまぜこぜになるのだな。
 半平太は焦る以蔵に気を付けるんだよと声を掛ける。
「はいっ! お邪魔しましたっ!」
 ばたばたと忙しなく、以蔵は部屋を後にした。
 廊下は走るなと言ったのに。明日もう一度言わねばならないな、と半平太は困った顔で、けれど愉快そうに、ため息をついた。
 
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