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アルゴーの集落編 〜クーリエ 30歳?〜

X-28話 炎の発生源

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 汗が額で煌めき、一瞬の間に地に落ちていき、黒いシミを作る。燃えたぎる集落に危険を顧みず走り集落の内部に侵入。そのため、汗は重力に従って真下に落下するわけでもなく、常に慣性の法則に則って自分の後方に流れ落ちていった。だが、そんなことを意識する余裕すら俺にはない。皮膚に紅く揺らめくものが触れるたび、そこからひり付くような痛みが生じるが、痛みに目を細めながらそれでも着実に前進していった。

だが、不思議な現象も、前に突き進むことで俺の目の前で起きていた。今まで炎が迫る集落内を逃げ惑っていた人達はみるみるうちに俺の視界から消えていくのだ。一人、また一人と小さい子供から優先的に姿をあっという間に消滅させる。理由は簡単だ。コルルだ。彼女が天恵を使って俺が一歩進む間に一人を移動させているのだ。

淡々と救われていく命に対し、俺は胸を撫で下さずにはいられなかった。今回の集落全体が焼き討ちになってしまった背景について今は何も事情を知らないが、それでも亡くなっていい命などこの世には一つもない。俺は安心感を糧に更に走る速度を上げて集落の中心を目掛けて進んでいった。

「——ッ!!!!!!」

 ここから比較的離れていない場所にて発生したと思われる、つんざくような奇声が鼓膜を震わせる。俺は進めていた足を止め、どこから声が聞こえてきたのか順次に探る。耳を澄ますと、その声は断続的に発生しており場所はほとんど移動していないように思える。先ほどまで聞こえていた無関係に巻き込まれた集落の人が発する恐怖に任せた叫びはいつの間にか遠くなっていた。それどころか全く聞こえなくなっている。辺りを見渡すと、人影ひとつ見当たりはしなくなっていた。

「コルル・・・やってのけたんだな!」

 そう確信すると、奇声が絶え間なく聞こえてくる場所目掛けて俺は勢いよく駆け出して行った。
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「落ち着け!! 君に今できることはそれしかないんじゃ!! それは既に君の天恵! コントロールするのも全て君の意思次第じゃ!!!」

 俺の耳に届いた誰かが話す声。慌てたその声は当然だが俺が近くまで来ていることに気がついてはいない。ようやく声の主が視界に収まるところまで来ると瞬時に近くの物陰に身を隠す。目の前で起きている現象をより深く探る必要があると、俺の直感が告げていた。

そこには、この集落を包み込み、人々を恐怖のどん底に突き落とした炎の発生源のように見て取れた。二人の会話には何をベースに話しているのか分かるよしもなかったが、彼らが今回の延焼に関わっていることは明白であった。なぜなら、この場から炎が発生して延びていき、触れたもの全てを灰に変える。正にその現場を俺は見てしまったのだ。だが、不思議なことにこの近辺にはない。

その真相はすぐに見て分かった。今、俺の目の前には2人の人影が伸びている。一人は白衣を身に纏った髭も伸びた年老いた医者と思しき人物。もう一人は、若く高身長で肌の白さが特徴的だが、驚異的なことにその好青年。

「僕の支配下にこの炎はあるって言いたいのか!!?? じゃあ、この有様はなんだ、力をコントロールできず医療場どころか、この集落まで炎で燃やし尽くしているじゃないか!!!!」

 好青年が感情を昂らせながら、老いた医者に向かって言葉を飛ばす。彼の感情の高揚によって身に纏う炎は勢いを増し、医者が立っているところまで火を伸ばす。よろめきながら、それを躱した医者は体勢を整えながらじっと好青年の方を睨みつける。

「私たちの努力の方向性は間違っていない。これは自信を持って言えることだ。だが、一つミスを犯した。君にその力を授けたというこの一点が私たちの唯一の汚点だ! この程度の力をコントロールできないなんて、己の意思で行っているとしか——」

 その言葉を医者は飲み込んだ。気づいてしまったのだろう、真の意味に。目の前の好青年の瞳には笑みが溢れていた。それは、さながら悪魔の形相。口元を僅かに歪ませ、さっきまでただ感情のまま暴れていた炎も今では落ち着きを取り戻していた。

「くそ!!」

 老人は後ろを振り返り一瞬俺と目が合う。だが、それも束の間で地面を這うようにして伸びてきた炎が横一線に猛々しく燃え上がり退路を絶った。突然の八日で腰を抜かしたのか、炎の壁の向こう側からどさっという音が聞こえてくる。そして、じゃりじゃりと一歩づつ着実に老人との距離を縮めるべく歩みを進める足音が響く。

「お前達は罰を受けるべきだよ。」 

 好青年の怒りが込められた言葉。だが、その矛先にいる相手は全く聞く耳を持っているようではない。どうにかして逃げれないかと、炎の壁の隙間を探し続けている。

「おい!!そこに誰かいるのは分かってる。今すぐ出てきてコイツを殺せ!! コイツが今回の延焼の元凶。コイツを殺せばそれも全部収まるんだ!!!」

 恐らく、これは俺に向けて発せられた言葉。俺はその言葉に返事を返すことはなく、ただ静かに右手で力拳を作ると、呼吸を整えた。
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