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プロローグ むかしむかし
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「こいつは……女か? もしや、シャフリヤール王の? 本当に食べられていたなんて」
黒光りするドラゴンの胴を裂き、胃を切り開いて内容物を確認していたイスカンダルは、たくさんの魔石とともに、一人の娘が飲み込まれていたことを知った。
腹を切り裂き、胃にひと太刀入れた途端、たくさんの魔石とともに娘が一人転がり出たのだ。
褐色の肌に、透明に近い美しい銀髪。唾液だか胃液だかで脆くなった衣類は溶け、破れ、或いは透け、まだ若かろう娘の肌は慈悲もなく暴かれている。
「かわいそうに……まだ人生の半分も生きていなかったろうに、このような形で命の炎が途絶えるとは。なんと不運な……」
赤、青、緑、黄色。
棺の中で色とりどりの花に囲まれているように、娘もまた、色とりどりの魔石に囲まれていた。胃液で濡れたその頰も、まるで生きているかのように鮮やかだ。明滅する魔石の影響か、娘も呼吸をしているように見える。
イスカンダルはマントを脱ぎ、娘の体にそっとかけた。
死者ではあったかもしれないが、一人の女性と同じように、イスカンダルは娘に敬意を払ったのだ。
「シャフリヤール王への報告はどうなさいますか?」
娘の近くで膝を折り、頭を下げたまま動こうとしないイスカンダルの背後から、彼の部下であるウェズンが問う。
「そうだな……あの様子では、『姫を見つけた、ただし亡骸で』と伝えたところで、喜びも悲しみもしないだろうな。むしろ面倒くさいとばかりに――」
イスカンダルは、一瞬娘に目をやった後、ハッとして再び娘を見入った。
娘の胸が、小さく上下に動いたように見えたのだ。
「……陛下?」
イスカンダルは横たわる娘をだき抱えた。耳を娘の顔に近づけ、それから頰を数度叩く。
「おい、おいっ」
周囲もにわかにざわつき始める。
まさか。
誰もが思った。
この娘がシャフリヤール王の娘であるなら、ドラゴンに食われて既に三日は経っている。幸いにして姿形は傷ひとつないまま残っていたが、事切れていて当然。
しかし、イスカンダルは呼びかけた。頰を叩き、手を握り、娘の口元に耳を近づけて。
「おい、シェヘ――」
娘の眉間に皺が寄った。
信じがたいことではあったが、事実。
「ん、ん……」
眠りから覚めるのと同様に、少しだけ唸ってから、娘はゆっくり目を開けた。
琥珀色の瞳。太陽の明かりに反応して、瞳孔がその大きさを変える。
「大丈夫か?」
イスカンダルの問いかけに、娘が口をかすかに開いた。
何を喋るのか、何を伝えようとしているのか。
「…………ム……」
「なんだ? いま、なんと?」
イスカンダルは、娘の口元に耳を近づけた。今度は呼吸の有無を確かめるためではない。その言葉を、漏らさず全て聞き取るためだ。
「エシュ、カム……」
そうしてまた、目と口を閉じ、くったりと、イスカンダルの腕の中に沈み込んでいった。
「陛下、担架を持って来るよう、いま手配しました」
「医師と薬師も手配しました」
「部屋の用意を。女官に伝えてきます」
「魔石の仕分けとドラゴンの解体、部位の選別はまた明日に。暫定的に魔方陣を強化しておきます」
部下たちが散っていきイスカンダルと娘だけが残された広場にて、傭兵王は空に向かってひとり呟く。
「エ、エシュカム? 俺が? 誰かと間違えているんじゃ……?」
エシュカム。
意味は、『我が愛』――。
***
むかし昔、あるところにシェダル王国という、小さな貧しい国がありました。
シェダル王国はたいへん小さな国ながら、たくさんの龍脈が集まる魔力に恵まれた土地だったので、たくさんの魔石が採れました。
地を耕せば魔石が溢れ、釣りをすれば魔石がかかる。魔石はたくさん採れるものの、食べ物はいっこうに手に入りません。とどめとばかりに魔獣がやってきて、わずかに実った農作物や家畜までをも食べ尽くそうとしてきます。このままでは、国民は全員飢えて死ぬのも時間の問題です。
そこで王様は、ふんだんに採れる魔石を活用することにしました。
まず、純度の高い魔石を使って、魔獣退治を始めました。魔石に宿った魔力はすさまじい威力の魔法へと姿を変え、人間の邪魔ばかりする魔獣を蹴散らすことに成功しました。
そして、余った魔石を外国に売ることにしました。売ったお金で、食べ物を買うことにしたのです。
とたんに、シェダル王国は潤い始めました。
さらに魔獣退治の評判を聞きつけた外国が、「うちの魔獣も退治してくれ」と、こぞってやってくるようになり、シェダル王国の王様は、大きな報酬と引き換えに外国の魔獣退治も次々と引き受けていきました。
どれだけ大きな魔獣でも、どれだけ厄介な魔獣でも、シェダル王なら倒してくれる。
評判が評判を呼び、軍隊とは別に討伐隊を抱えてもなお、数ヶ月先まで遠征の予約でいっぱいになるほど、シェダルは魔獣討伐業に引っ張りだこになりました。
そうして、シェダル王国の王様は、こう呼ばれるようになりました。
『傭兵王』、と――。
黒光りするドラゴンの胴を裂き、胃を切り開いて内容物を確認していたイスカンダルは、たくさんの魔石とともに、一人の娘が飲み込まれていたことを知った。
腹を切り裂き、胃にひと太刀入れた途端、たくさんの魔石とともに娘が一人転がり出たのだ。
褐色の肌に、透明に近い美しい銀髪。唾液だか胃液だかで脆くなった衣類は溶け、破れ、或いは透け、まだ若かろう娘の肌は慈悲もなく暴かれている。
「かわいそうに……まだ人生の半分も生きていなかったろうに、このような形で命の炎が途絶えるとは。なんと不運な……」
赤、青、緑、黄色。
棺の中で色とりどりの花に囲まれているように、娘もまた、色とりどりの魔石に囲まれていた。胃液で濡れたその頰も、まるで生きているかのように鮮やかだ。明滅する魔石の影響か、娘も呼吸をしているように見える。
イスカンダルはマントを脱ぎ、娘の体にそっとかけた。
死者ではあったかもしれないが、一人の女性と同じように、イスカンダルは娘に敬意を払ったのだ。
「シャフリヤール王への報告はどうなさいますか?」
娘の近くで膝を折り、頭を下げたまま動こうとしないイスカンダルの背後から、彼の部下であるウェズンが問う。
「そうだな……あの様子では、『姫を見つけた、ただし亡骸で』と伝えたところで、喜びも悲しみもしないだろうな。むしろ面倒くさいとばかりに――」
イスカンダルは、一瞬娘に目をやった後、ハッとして再び娘を見入った。
娘の胸が、小さく上下に動いたように見えたのだ。
「……陛下?」
イスカンダルは横たわる娘をだき抱えた。耳を娘の顔に近づけ、それから頰を数度叩く。
「おい、おいっ」
周囲もにわかにざわつき始める。
まさか。
誰もが思った。
この娘がシャフリヤール王の娘であるなら、ドラゴンに食われて既に三日は経っている。幸いにして姿形は傷ひとつないまま残っていたが、事切れていて当然。
しかし、イスカンダルは呼びかけた。頰を叩き、手を握り、娘の口元に耳を近づけて。
「おい、シェヘ――」
娘の眉間に皺が寄った。
信じがたいことではあったが、事実。
「ん、ん……」
眠りから覚めるのと同様に、少しだけ唸ってから、娘はゆっくり目を開けた。
琥珀色の瞳。太陽の明かりに反応して、瞳孔がその大きさを変える。
「大丈夫か?」
イスカンダルの問いかけに、娘が口をかすかに開いた。
何を喋るのか、何を伝えようとしているのか。
「…………ム……」
「なんだ? いま、なんと?」
イスカンダルは、娘の口元に耳を近づけた。今度は呼吸の有無を確かめるためではない。その言葉を、漏らさず全て聞き取るためだ。
「エシュ、カム……」
そうしてまた、目と口を閉じ、くったりと、イスカンダルの腕の中に沈み込んでいった。
「陛下、担架を持って来るよう、いま手配しました」
「医師と薬師も手配しました」
「部屋の用意を。女官に伝えてきます」
「魔石の仕分けとドラゴンの解体、部位の選別はまた明日に。暫定的に魔方陣を強化しておきます」
部下たちが散っていきイスカンダルと娘だけが残された広場にて、傭兵王は空に向かってひとり呟く。
「エ、エシュカム? 俺が? 誰かと間違えているんじゃ……?」
エシュカム。
意味は、『我が愛』――。
***
むかし昔、あるところにシェダル王国という、小さな貧しい国がありました。
シェダル王国はたいへん小さな国ながら、たくさんの龍脈が集まる魔力に恵まれた土地だったので、たくさんの魔石が採れました。
地を耕せば魔石が溢れ、釣りをすれば魔石がかかる。魔石はたくさん採れるものの、食べ物はいっこうに手に入りません。とどめとばかりに魔獣がやってきて、わずかに実った農作物や家畜までをも食べ尽くそうとしてきます。このままでは、国民は全員飢えて死ぬのも時間の問題です。
そこで王様は、ふんだんに採れる魔石を活用することにしました。
まず、純度の高い魔石を使って、魔獣退治を始めました。魔石に宿った魔力はすさまじい威力の魔法へと姿を変え、人間の邪魔ばかりする魔獣を蹴散らすことに成功しました。
そして、余った魔石を外国に売ることにしました。売ったお金で、食べ物を買うことにしたのです。
とたんに、シェダル王国は潤い始めました。
さらに魔獣退治の評判を聞きつけた外国が、「うちの魔獣も退治してくれ」と、こぞってやってくるようになり、シェダル王国の王様は、大きな報酬と引き換えに外国の魔獣退治も次々と引き受けていきました。
どれだけ大きな魔獣でも、どれだけ厄介な魔獣でも、シェダル王なら倒してくれる。
評判が評判を呼び、軍隊とは別に討伐隊を抱えてもなお、数ヶ月先まで遠征の予約でいっぱいになるほど、シェダルは魔獣討伐業に引っ張りだこになりました。
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