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第1話 いざ往かん、ドラゴンの討伐
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数日前。
シェダル王国と国境を接する八つのうちの一つ、メンカリナン王国。
その国の国王シャフリヤールから、傭兵王率いる魔獣討伐隊一行は魔獣討伐の依頼を受け、すぐにかの国へと向かった。
「王宮のすぐ東南にある山に、巨大なドラゴンがやってきて巣作りを開始した。そのドラゴンを殺して欲しいのだ。私の十七番目だか十八番目だかの娘も食われてしまったようでな……姿を消して三日目だ、もはや助からんだろう。とにかく、兵士にも被害が出始めておる。できるだけ早く処理してくれ」
華美な装飾を省いた動きやすい服装に、引きずるほどの長剣を腰に佩く。
シェダル王イスカンダルは、魔獣の討伐のため、ここメンカリナン王国へとやってきた。したがって、その服装も国王としての威厳や華やかさを際立たせるためではなく、魔獣と対峙した際にどれだけ動きを妨げないか――あるいは動作の助けとなるか――に重きが置かれている。
「産卵し、雛が孵れば被害はより深刻になる。やるなら今のうちでしょうね」
シャフリヤール王が指す方向を単眼鏡で眺めながら、イスカンダルは考えを述べた。
すでに巣作りを始めているのなら、今も気が立っていて普段よりも凶暴になっているだろう。しかし、産卵後は卵を守るためいっそう気性が荒くなるので、討伐するとすれば、この時を負いて他にない。
「報酬ははずもう。我が国は、国土が肥沃で実りもよい。『傭兵王』などという渾名で他国へ稼ぎに行かずとも、いくらでも自国生産で豊かに暮らせるからな。あとは、そう……魔獣駆除のコツさえ分かれば申し分ないのだが」
そう言って、シャフリヤールはイスカンダルを盗み見た。
どの国にも魔獣討伐隊は編成されているはずだが、シェダル王国の討伐隊はその中でも抜きん出て強い。その理由を、シャフリヤールは知りたがっているのだ。
しかし、シェダルとてその理由を簡単に教える謂れはない。魔獣討伐を他国に依頼しておきながら、その国を下に見た発言をする相手ならなおさら。
イスカンダルは白い歯を輝かせて笑った。
「残念ながら、教えられません。魔石と魔獣退治だけが、我が国の商売道具ですからね」
***
討伐対象、被害の程度、報酬やその他諸々の折衝を終え、一行は休む間もなく王宮を出た。
山へ向かう道は都心部なのもあり、鉱山から切り出した石で整然と舗装されていた。しかし、おそらくドラゴンの仕業なのだろう、所々地面を深く抉ったように石がひっくり返っていた。
「イスカンダル。……ねえ、イスカンダルってば!」
シェダルの魔獣討伐隊は魔獣の規模により編成も毎回変えている。今回はあらかじめドラゴン一頭と聞いていたため、イスカンダルも含め十人ばかりの編成だ。
一同連なってドラゴンの巣へと近づく道中、討伐隊隊員の一人がイスカンダルに物申そうとしているようだ。
「なんだルゥルゥ」
陶器のように白い肌と、淡い淡い金色の髪。釣り上がり気味の目には空色の瞳が輝き、長いまつ毛が彼女の頰に細かな影を作っている。たいそう美しい女性だが、彼女――ルゥルゥ――も立派な討伐隊の一員だ。
桃色の唇を尖らせながら、ルゥルゥは一気に不満を述べる。
「さっきの。シャフリヤール王ってホンット最悪! 前に来た時も思ったけど、あんな男の言うことなんか、わざわざイスカンダルが聞いてやる必要なんてないのに!」
隣を歩くルゥルゥの肩に、イスカンダルは手を乗せなだめる。
「まあそう言ってやるな。シャフリヤール王の依頼を断って、一番困るのは誰だ? この国の国民だろう? あの王のことは兵士たちが身を呈して守るだろうが、国民全員を守れはしない。まっさきに餌として目をつけられるのは他の誰でもない、この国の国民だ。それも、非力な女子供から。……違うか?」
違わない。
だが、ルゥルゥは認めたくなかった。肩に乗せられた手を払い、なおもイスカンダルに詰め寄る。
「……だからって! 極論を言えばメンカリナン王国の民など、外国の民でしかないのよ? そもそも私たちシェダルの民が憂慮すべき問題じゃないわ! メンカリナンが自分たちで解決すべき問題よ!」
「それはそうだが、困ってる者には助けられる者が手を差し伸べるのは当たり前のことだ。もう引き受けちまったんだし、報酬分はきっちり働かねえとな」
首を鳴らし、手首を鳴らし、イスカンダルは既に準備運動に入っているようす。
この国の王宮に着いてからまだ半刻も経っていない。休憩する間も無くシャフリヤール王と面会し、再び休憩もせず、ドラゴンの棲家を目指している。いくら彼が血気盛んな二十代だといえど、この勤勉ぶりはいつ体にガタがきてもおかしくない。
されど、イスカンダルは周囲の忠告に耳を傾けるような男でもない。
ルゥルゥは初めから、イスカンダルを説得――ドラゴンの討伐をやめようと――できるなど思ってもいないのだ。ただ、鬱憤を彼に向かって吐き出したいだけである。
「……あのシャフリヤールっていう王も! なによ、娘が龍に食べられちゃったかもしれないってのに、ちっとも動じていないなんて! しかも第何子か分からないって、どういうことなの? 冷たすぎる! 最低! とくでなし!」
かんかんに怒っているルゥルゥとは対象的に、イスカンダルは柔らかな表情を崩さない。
「ルゥルゥ……まあ、落ち着け。見たこともない他国の姫のために感情を爆発させる……お前のそういう優しいところ、俺は嫌いじゃないぜ。折角綺麗な顔してんだから、イライラして目を釣り上げてないで、もっと笑ってればいいのに」
「なっ……」
もちろん、この二人はそういった恋仲ではないし、これまでも、これからも、惚れた腫れたの関係になる予定もない。
それでも、ルゥルゥの白い顔を真っ赤に染め上げるくらいには、気の利いた言葉であったようだ。
「も、もう、イスカンダルったら……!」
そう言ったきり、ルゥルゥは愚痴をこぼすのをやめた。それどころか、どことなくご機嫌にも見える。
イスカンダルは嘘偽りを言うような男ではない。つまり、先の発言は彼の本心でもあって、そしてルゥルゥもそれを知っているからこそ、怒りを忘れてしまったのだ。
「陛下、先行隊がドラゴンを発見しました」
「お、そろそろか。どんな様子だ?」
「巣作りの真っ最中で、まだ番ってはいません」
目をこらすと、頂上付近の木の枝が、不自然に揺れているのがわかる。
単眼鏡を取り出したが、この位置からはドラゴンの姿は確認できなかった。
「種類は」
「昼行性のライトドラゴンです」
「ほう」
「体長、鱗の光沢からの目測によると、おそらく成獣になって数年。まだ若い個体かと」
「威勢は無駄にいいわけか」
老齢のドラゴンと比べ、元気が有り余っている若いドラゴンは、戦い方を工夫しなければ周囲への被害が甚大に及ぶことも多い。
「だが、若いならまだ戦い方を知らないはずだ」
そう、言い換えれば、戦い方を工夫すれば、そう難しくなく勝てる相手なのである。
「陛下、いつ行きますか」
「今すぐ。夜まで待ってたらまた被害が拡大する。全隊員の配置が済み次第、突っ込む」
「御意」
イスカンダルの手の合図で、伝令役を含む数人が周囲に散っていく。
「ルゥルゥ、援護魔法よろしく頼むぞ」
「任せといて!」
***
そうして倒したのが、こちらのドラゴン。
巨大な台車を拝借して王宮に運んだはいいものの、気味悪がった役人により中扉手前の広場で「これより先、立ち入り禁止」の言葉をもらってしまった。
シャフリヤール王も見にきたはいいものの、口から舌を出し絶命しているドラゴンに、あからさまに眉を顰めて嫌悪感をむき出しにした。
「ライトドラゴンは腹の中に胃が複数あり、第一胃で魔石を保存、第二胃以降で動植物を消化している。腹の膨らみ具合から見て、現在第一胃は魔石でパンパンのようだが……いかがなさいます?」
慣れなのか親しみなのか誰も追求はしなかったが、イスカンダルはドラゴンの死骸のすぐ側に立ち、膨らんだ腹をポンポンと軽快に撫でてみせた。
魔獣が体内に蓄えている魔石については、魔獣の腹を割き取り出して、活用している国もあるのだが。
「いいや……折角だが、全てシェダルへ持ち帰るか、焼却処分にでもされたい。魔獣の胃液で汚れてしまった暴発寸前の魔石など、我々高度な文明社会に身を置く者としては、非常に野蛮で近寄りがたい」
シャフリヤールの言うとおり、一旦魔獣の腹に入った魔石というのは、取り扱いに気を遣う。自然界に存在している状態よりも非常に不安定になっており、暴発する危険も十分に孕んでいるからだ。少量の魔石ならまだしも、このライトドラゴンのように大型で、たくさんの魔石を腹に納めているような場合は、その取り扱いにも十分な注意が必要となる。
彼の言葉を予測していたのか、イスカンダルはあっさりと頷いた。
「分かりました。では、このドラゴンは我が国へ持ち帰りましょう。……ああ、今ドラゴンを乗せている台車は我が国にこのまま持ち帰ってもいいですか? 書類上で報酬には挙げなかったが、素手で持ち帰れというのは、いくら傭兵王の私でも不可能です」
「なんなの!? あの親父、結局最後まで娘のこと、一言も話題に出さなかったわよ? ドラゴンに食べられたかもしれないって言うのなら、開腹して確認するとか、いろいろやりようもあったでしょうに!」
「ま、仕方ないさ。シャフリヤール王にとって娘とはその程度のものだったのさ」
冷めているのか、割り切っているのか、はたまた興味を抱いていないのか。
思わぬ戦利品となったドラゴンから鱗を一枚抜き取って、イスカンダルは日光に当てて眺めている。
あまりの呑気さに、ルゥルゥは怒りが収まらない。
「イスカンダル、あなたもよあなたよ! 『我々高度な文明社会に身を置く者』ですって! まるで私たちシャダルの民が野蛮人みたいな言い方! 明らかに見下しちゃって!」
「言いたい奴には言わせておけよ。彼らは魔獣を活用する術を知らないだけだ」
「じゃあ、イスカンダルが教えてあげてもよかったじゃないの! 」
「たくさんの犠牲と引き換えに得た貴重な知識を授けてやるほど、俺は義理深い男じゃない。なんてったって『傭兵王』だしな」
「うぐ……」
たしかにルゥルゥにも反論の余地はない。
イスカンダルは他国へ魔獣の討伐に行くが、それは報酬を貰っているからだ。本来ならば自国のことは自国でなんとかすべきこと。イスカンダルが自国を投げ出してまで、或いは自らの身を危険に犯してまで、善意をもって他国を救う必要はないのだ。
報酬に見合った働きはするが、報酬以上の仕事はしない。「傭兵王」などという渾名には、いささか蔑みの意味合いを含んでいる――金さえ積めば何でもする、「金に汚い男」のような――ような気もするが、己の役割を忠実に表すあだ名とも言える。だからこそ代々シェダルの王は、「傭兵王」と呼ばれても粛々と受け入れてきているのだ。
「俺は野蛮人でも構わない。王宮で食べる正餐よりも、お前らと野営地で食べる焼いただけの肉の方が旨いと感じることも多いしな。な、ウェズン!」
「御意」
ドラゴンを挟み、反対側で台車を押す部下に声をかけると、すぐに返事が聞こえてきた。
「またウェズンは! そうやってあんたがイスカンダルを躾けずにいるから、イスカンダルはいつまで経ってものんびり屋のお人好しなのよ!」
「陛下は我が主。主を躾けるなどできない」
ちなみに、当然ながらルゥルゥにとってもイスカンダルは主である。どちらかというと、ルゥルゥのような物言いを許されている方が、はたから見れば異常に映るだろう。
「あんたに聞いた私が悪かった……もう、もういいわよっ! …………まあ、そういう、自由気ままでおおらかなところがイスカンダルのいいところでもあるんだけど」
ルゥルゥにとってイスカンダルは、主であり、唯一であり、信頼し、最も気を許せる相手である。認めているし、また、彼に認められていることも、ルゥルゥは自惚れでも謙遜でもなくきちんと自覚しているのだ。
弾丸遠征となってしまった帰路であるのに、疲れの色など微塵も見せず、楽しそうにイスカンダルはおとがいを解く。
「ははは! ルゥルゥは本当に素直だな!」
「う、うるさいっ」
真っ赤になるルゥルゥ。
「そそそそそれより、ほらっ、ライトドラゴン! このままだと帰還するまでに胃の中の魔石が暴発するかもしれないから、ちょっと結界を強化するからっ」
そうして間も無く遠征から帰還し、冒頭の状況に戻るのであった――。
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シャフリヤール王が指す方向を単眼鏡で眺めながら、イスカンダルは考えを述べた。
すでに巣作りを始めているのなら、今も気が立っていて普段よりも凶暴になっているだろう。しかし、産卵後は卵を守るためいっそう気性が荒くなるので、討伐するとすれば、この時を負いて他にない。
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どの国にも魔獣討伐隊は編成されているはずだが、シェダル王国の討伐隊はその中でも抜きん出て強い。その理由を、シャフリヤールは知りたがっているのだ。
しかし、シェダルとてその理由を簡単に教える謂れはない。魔獣討伐を他国に依頼しておきながら、その国を下に見た発言をする相手ならなおさら。
イスカンダルは白い歯を輝かせて笑った。
「残念ながら、教えられません。魔石と魔獣退治だけが、我が国の商売道具ですからね」
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討伐対象、被害の程度、報酬やその他諸々の折衝を終え、一行は休む間もなく王宮を出た。
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「イスカンダル。……ねえ、イスカンダルってば!」
シェダルの魔獣討伐隊は魔獣の規模により編成も毎回変えている。今回はあらかじめドラゴン一頭と聞いていたため、イスカンダルも含め十人ばかりの編成だ。
一同連なってドラゴンの巣へと近づく道中、討伐隊隊員の一人がイスカンダルに物申そうとしているようだ。
「なんだルゥルゥ」
陶器のように白い肌と、淡い淡い金色の髪。釣り上がり気味の目には空色の瞳が輝き、長いまつ毛が彼女の頰に細かな影を作っている。たいそう美しい女性だが、彼女――ルゥルゥ――も立派な討伐隊の一員だ。
桃色の唇を尖らせながら、ルゥルゥは一気に不満を述べる。
「さっきの。シャフリヤール王ってホンット最悪! 前に来た時も思ったけど、あんな男の言うことなんか、わざわざイスカンダルが聞いてやる必要なんてないのに!」
隣を歩くルゥルゥの肩に、イスカンダルは手を乗せなだめる。
「まあそう言ってやるな。シャフリヤール王の依頼を断って、一番困るのは誰だ? この国の国民だろう? あの王のことは兵士たちが身を呈して守るだろうが、国民全員を守れはしない。まっさきに餌として目をつけられるのは他の誰でもない、この国の国民だ。それも、非力な女子供から。……違うか?」
違わない。
だが、ルゥルゥは認めたくなかった。肩に乗せられた手を払い、なおもイスカンダルに詰め寄る。
「……だからって! 極論を言えばメンカリナン王国の民など、外国の民でしかないのよ? そもそも私たちシェダルの民が憂慮すべき問題じゃないわ! メンカリナンが自分たちで解決すべき問題よ!」
「それはそうだが、困ってる者には助けられる者が手を差し伸べるのは当たり前のことだ。もう引き受けちまったんだし、報酬分はきっちり働かねえとな」
首を鳴らし、手首を鳴らし、イスカンダルは既に準備運動に入っているようす。
この国の王宮に着いてからまだ半刻も経っていない。休憩する間も無くシャフリヤール王と面会し、再び休憩もせず、ドラゴンの棲家を目指している。いくら彼が血気盛んな二十代だといえど、この勤勉ぶりはいつ体にガタがきてもおかしくない。
されど、イスカンダルは周囲の忠告に耳を傾けるような男でもない。
ルゥルゥは初めから、イスカンダルを説得――ドラゴンの討伐をやめようと――できるなど思ってもいないのだ。ただ、鬱憤を彼に向かって吐き出したいだけである。
「……あのシャフリヤールっていう王も! なによ、娘が龍に食べられちゃったかもしれないってのに、ちっとも動じていないなんて! しかも第何子か分からないって、どういうことなの? 冷たすぎる! 最低! とくでなし!」
かんかんに怒っているルゥルゥとは対象的に、イスカンダルは柔らかな表情を崩さない。
「ルゥルゥ……まあ、落ち着け。見たこともない他国の姫のために感情を爆発させる……お前のそういう優しいところ、俺は嫌いじゃないぜ。折角綺麗な顔してんだから、イライラして目を釣り上げてないで、もっと笑ってればいいのに」
「なっ……」
もちろん、この二人はそういった恋仲ではないし、これまでも、これからも、惚れた腫れたの関係になる予定もない。
それでも、ルゥルゥの白い顔を真っ赤に染め上げるくらいには、気の利いた言葉であったようだ。
「も、もう、イスカンダルったら……!」
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イスカンダルは嘘偽りを言うような男ではない。つまり、先の発言は彼の本心でもあって、そしてルゥルゥもそれを知っているからこそ、怒りを忘れてしまったのだ。
「陛下、先行隊がドラゴンを発見しました」
「お、そろそろか。どんな様子だ?」
「巣作りの真っ最中で、まだ番ってはいません」
目をこらすと、頂上付近の木の枝が、不自然に揺れているのがわかる。
単眼鏡を取り出したが、この位置からはドラゴンの姿は確認できなかった。
「種類は」
「昼行性のライトドラゴンです」
「ほう」
「体長、鱗の光沢からの目測によると、おそらく成獣になって数年。まだ若い個体かと」
「威勢は無駄にいいわけか」
老齢のドラゴンと比べ、元気が有り余っている若いドラゴンは、戦い方を工夫しなければ周囲への被害が甚大に及ぶことも多い。
「だが、若いならまだ戦い方を知らないはずだ」
そう、言い換えれば、戦い方を工夫すれば、そう難しくなく勝てる相手なのである。
「陛下、いつ行きますか」
「今すぐ。夜まで待ってたらまた被害が拡大する。全隊員の配置が済み次第、突っ込む」
「御意」
イスカンダルの手の合図で、伝令役を含む数人が周囲に散っていく。
「ルゥルゥ、援護魔法よろしく頼むぞ」
「任せといて!」
***
そうして倒したのが、こちらのドラゴン。
巨大な台車を拝借して王宮に運んだはいいものの、気味悪がった役人により中扉手前の広場で「これより先、立ち入り禁止」の言葉をもらってしまった。
シャフリヤール王も見にきたはいいものの、口から舌を出し絶命しているドラゴンに、あからさまに眉を顰めて嫌悪感をむき出しにした。
「ライトドラゴンは腹の中に胃が複数あり、第一胃で魔石を保存、第二胃以降で動植物を消化している。腹の膨らみ具合から見て、現在第一胃は魔石でパンパンのようだが……いかがなさいます?」
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魔獣が体内に蓄えている魔石については、魔獣の腹を割き取り出して、活用している国もあるのだが。
「いいや……折角だが、全てシェダルへ持ち帰るか、焼却処分にでもされたい。魔獣の胃液で汚れてしまった暴発寸前の魔石など、我々高度な文明社会に身を置く者としては、非常に野蛮で近寄りがたい」
シャフリヤールの言うとおり、一旦魔獣の腹に入った魔石というのは、取り扱いに気を遣う。自然界に存在している状態よりも非常に不安定になっており、暴発する危険も十分に孕んでいるからだ。少量の魔石ならまだしも、このライトドラゴンのように大型で、たくさんの魔石を腹に納めているような場合は、その取り扱いにも十分な注意が必要となる。
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「ま、仕方ないさ。シャフリヤール王にとって娘とはその程度のものだったのさ」
冷めているのか、割り切っているのか、はたまた興味を抱いていないのか。
思わぬ戦利品となったドラゴンから鱗を一枚抜き取って、イスカンダルは日光に当てて眺めている。
あまりの呑気さに、ルゥルゥは怒りが収まらない。
「イスカンダル、あなたもよあなたよ! 『我々高度な文明社会に身を置く者』ですって! まるで私たちシャダルの民が野蛮人みたいな言い方! 明らかに見下しちゃって!」
「言いたい奴には言わせておけよ。彼らは魔獣を活用する術を知らないだけだ」
「じゃあ、イスカンダルが教えてあげてもよかったじゃないの! 」
「たくさんの犠牲と引き換えに得た貴重な知識を授けてやるほど、俺は義理深い男じゃない。なんてったって『傭兵王』だしな」
「うぐ……」
たしかにルゥルゥにも反論の余地はない。
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ちなみに、当然ながらルゥルゥにとってもイスカンダルは主である。どちらかというと、ルゥルゥのような物言いを許されている方が、はたから見れば異常に映るだろう。
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弾丸遠征となってしまった帰路であるのに、疲れの色など微塵も見せず、楽しそうにイスカンダルはおとがいを解く。
「ははは! ルゥルゥは本当に素直だな!」
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公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
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連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
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