首席魔導師は癒しが欲しい

葛城阿高

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03話 鈍感なのもいい加減にしろと小一時間

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 駅の裏の、バーも兼ねるイタリア料理屋さん。そこが本日の赤壁もとい合コン開催場所だった。実家とは違ってここは都会なので、通勤服もジャージというわけには行かず、そこそこ気を遣っている。清楚系ではあるけれど、首元までぴっちり詰まったスタンドカラーのブラウスにひざ下まである花柄のフレアスカートは、男受けはしないんじゃないかと心なしか不安になる。もっとこう、せめて胸の谷間でもチラッと見せられるようなVネックのカットソーとか、スカートの丈ももう少し短かったりタイトだったらとか、今更な後悔が頭を過ぎった。髪だって巻いてないし、そもそもコテの使い方がよく分からなくてクローゼットにしまってあるし。本当に、今更だ。こんなことなら、もっと雛子のようにあれこれ磨いておくんだった。行くけど。合コンには行くけども!

 扉を開き、ウェイターさんに幹事の名を告げ案内された席に向かう。

「来た来た、八千代!」

 私の心細さを察して気を遣ってくれたのか、雛子が手を振り迎えてくれた。全員同じ会社の人で六対六と聞いていたから、女性陣は私が最後、男性陣はまだもう一人来るようだ。取り敢えず、空いている席に座る。知らない男性の隣だ。私の会社はかなり大きく部署もたくさんあるので、知らない人が多くて当然。どれが噂のエリートかも分からない。

「こんにちは、人数合わせの飛び入り参加って石田さんだったんですね」
「はい、えっと……?」

 お互い知らない同士と思っていたのに、自分の名前を言い当てられてびっくりした。短い髪の、スポーツマンっぽい男の人だ。もしかしてどこかで関わりがあったのかもと顔を見るが、全ッ然分からなかった。

「ああ、俺は――
「はいはぁーい! これで女性陣は全員揃ったから、乾杯と自己紹介しちゃいましょう! 同じ会社でも知らない人って結構いるからね! あ、八千代、男性陣の最後の一人は遅刻の連絡きてるから先始めちゃうよ」

 雛子が本気モードの猫かぶり声でリードをとる。
 私に拒否する理由もないので、「取り敢えずビール」と誰かが頼んでくれていたビールを持って、男性幹事の掛け声と共に杯を掲げる。

「カンパーイ!」

 近い人と杯をコン、と鳴らしてから、こくりと一口喉に流す。
 あーおいしい。お酒に強くはないけれど、仕事終わりの疲れた体に強炭酸が染み渡る。

「まずは俺から! 男性側幹事の人事の細川雅人です。今日は楽しくパァーッと飲みましょう!」
「女性側幹事の総務の囃子雛子です! よろしく~」

 雛子の私服は、淡い色合いのかわいいチュニックだった。エロくはないが、鎖骨が出ている。襟ぐりが深いので、屈んだら乳が覗くだろう。そう思っていたらやはり、自己紹介後座る時、耳に髪をかけながらさり気なく深めに前に屈んでいた。彼女と対面の位置に座っている男たちを観察すると、こちらも思ったとおり視線がある一点に固まっているではないか。上手いな~と、私はまた一つ雛子を尊敬してしまう。

「総務の遠藤大地です。よろしく」

 私の隣に座る男性は、遠藤さんと言うらしい。……知らない。そうして最後、私の番。

「経理の石田八千代です。ええと、あまり課以外の飲み会って参加したことがなくって……よ、よろしく?」

 こういう場合、何と言うべきなのか分からない。彼氏いない歴を言うのも何だかガッついているようではしたないし、趣味を言うのもお見合いじゃないんだし。
 でも、みんなの真似をして「よろしく」と付けたら細々とした拍手が返ってきたので、これで良かったんだと安堵の息を漏らした。慣れないことは、やっぱり難しいな。

「じゃあ、最後」

 とにかく私は、この場になじまなければならないだろう。今はとても緊張しているが、空腹を満たしているうちにいい具合に肩の力も抜けてくるはずだ。お腹も減ったし、早く目の前に並べられている美味しそうな料理が食べたい。
 ――と、何のために合コンに呼んでもらったのか忘れているような思考に囚われかけたその時に、誰もいないはずの私の右隣から、男性の声がふわりと降ってきた。

「営業一課の曽根侑李ゆうりです。飛び入りなのに遅刻しちゃってごめん。でも、何とか間に合ったかな?」

 もちろん聞いたことのない名前だし、声も顔も知らない人だ。自己紹介を終えて席につくと、私に向かって微笑んだ。

「よろしくね」
「あ、はい」

 黒い髪はパーマをかけているのか、ゆるくウェーブがかかっていて、よく見るとその目も色が薄い。茶色よりは黄土色だし、彫りが深く芸能人みたいに整っているし……

「……そんなに見つめられると、顔に穴が空いちゃうな」

 私が不躾にもじろじろ見ていたからか、彼は困ったように苦笑した。慌てて視線を逸らし、目の前のビールを一口飲み込む。そういえば今「飛び入りなのに」と言っていたから、彼が一課のエリートなのだろう。エリートということは、雛子が狙っているかもしれない。もしかして、席を替わった方がいいのかな。なんて考えていると、また右隣から声がかかった。

「イギリスのクォーターなんだ。だからちょっとそっちの遺伝があって。名前も女みたいな『ユーリ』だろ? これ、完全に外国仕様」

 すぐ隣に座っているせいか、耳に直接語りかけられているみたいで、恥ずかしいやら緊張するやらで何とも居心地が悪いではないか。

「そうなんですね。あ、私は石田です」

 さっきの自分の自己紹介を、このユーリ――曽根さんは聞いていなかったかもしれない。改めて名乗ったが、知ってるよ、と返された。

「知ってるよ、経理課の八千代さん」

 経理課は色んな部署から決済の書類が回ってくるから、どこの課よりも取引先はおろか、社内の人間の名を見る機会も多いはずだ。それなのに私はちっとも知らない。そればかりか、こうやって、よその課の人にしたの名前まで覚えられていて。自分の不勉強さに、少しばかり腹が立つ。
 
「曽根さんは――
「ユーリでいいよ。ユーリって呼んで」

 曽根さん用のビールが届いたので、二人でささやかに乾杯をした。それから、呼び名を訂正されたので気恥ずかしかったが、頑張って実践をすることに。

「ユ、ユーリさんはこの会社長いんですか?」
「一応、大学院を卒業してからずっといるよ。海外支社に長らくいたから、日本での経験はまだまだ浅いけど。……どうして?」
「いえ……私の名前をご存知だったから。ごめんなさい、私の方は全然分からなくて」

 目の前の野菜スティックをかじりながら、ユーリさんは肩を上下させた。……リアクションが海外のそれだ。

「構わないよ。だって今知っただろ? 覚えてくれればそれでいいから」

 目の前の男の人が「エリート」と呼ばれる理由が今、少しわかった気がする。気遣いが出来て、フォローが上手だからだ。さすがエリート。

「八千代さんは何年目?」
「今年で三年目です。大卒から働き始めて」
「そっか。仕事は楽しい?」
「……はい」

 心当たりがあったから、言い淀んだわけではない。警戒をしたからだ。もしここで私が「実はあまり楽しくなくて」とでもマイナスな発言をしたならば、上司にまで伝わって左遷そののち自己退職に追い込まれる……かもしれない。あまり親しくない人に、腹の中を全て打ち明けることはなかなかに抵抗があった。
 ユーリさんは垂れ気味の目をもっと垂らして、「それは残念」とまた笑った。

「残念? 何でですか?」
「だって、もし君がつまらないって言ったら、じゃあ辞めちゃえばいいじゃんって俺の都合の良いように話を持って行けたからさ」

 ユーリさんの言葉には、本当に自分が「会社に不要な人材をやめさせ隊」の隊員であるかのような含みがあった。でも、わざわざ業務時間外にこんな場に参加して、わざわざ私を切った所で会社に何の利益がある? それに、私はこれでもテキパキ仕事は出来ているし、社内研修にも割と積極的に参加しているし、そもそも社員の進退は営業一課じゃなく人事の仕事だし!

 私が若干強張ったのを彼も気づいたのか、違う違うと慌てて手をひらひら振った。

「何でここで警戒するの! 違うから、変な意味じゃないから!」
「変な意味? じゃない?」

 どっちにしても、分からない。彼は小さく咳をして、私の目を見て言う。

「寿退社、っていう意味だよ。しがみつくほどの仕事でないなら、寿退社しちゃえばいいじゃん、って思っただけだから」
「こ、ことぶき、たいしゃ?」

 この人は。
 いったい。

「あの、私、婚約者どころか彼氏すらいないんですが……」

 彼氏がいたら、合コンなんかに参加しない。それが何故、ユーリさんには分からないのだろうか。もしかしたら、ユーリさんは彼女や奥さんがいても合コンには参加するタイプなのだろうか。
 私の返しを受け、彼は面食らったような顔をしてから、わざとらしく項垂れた。

「違う……違うよ、そうじゃないんだよ……」

 『そうじゃない』の『そう』って、どういう意味なんだろう? もしかしたら、浮気を疑われた男が言う「違うよ、そんなんじゃない。彼女は単なる友達で、君が考えているような関係じゃないんだよ!」みたいなことなのだろうか。

「だ、だからね?」

 彼がポケットをゴソゴソしだした。何かと思ったら、スマホだった。

「俺は君の事がもっと知りたい。だから、連絡先、教えて欲しいんだけど」
「……はい?」

 石田八千代、二四歳。肌の張りはまだまだ全盛期、男が好きだと聞くおっぱいも平均以上に大きいはず。肉付きは良いが太っていると言われるほどではないと自負しているし、――けれど、そこまで美人じゃないのだ。
 ユーリさんはクォーターのエリートイケメン。想像だが、大学だって大学院だってハイレベルな学校をご卒業なさっていることだろう。そんな完璧っぽい男性が、私を好きになる筈がない。したがって、「君の事がもっと知りたい」というのも、きっと色恋の絡む話ではないだろう。ここは合コンの場だけれども、きっとそれは何らかの事情により私を油断させるための場所選びなのだ。

「ええと……」

 当たり障りのない断り文句も浮かばないし、かといって連絡先を伝えてしまえば、四六時中気を張ることになるかもしれないし。この場を切り抜けるために、取り敢えず連絡先を教えて、すぐに番号とアドレスを変える? しかし面倒だし、お金もかかる。仕事はまだまだ辞めたくない。混乱した頭では、最適解がどれなのかも判別できなくなっている。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 不意に誰かに腕を掴まれた。痛いくらいの強い力で、そのまま私は椅子から立ち上がってしまった。

 誰? 誰が私の腕を引っ張った?
 けれど、振り向く前に視界が暗転。苦しい。息ができない。

「八千代っ」

 上から声が降る。私の名を呼ぶ声。どこかで聞いたことがある声だ。
 私は誰かに抱きしめられていた。ごつごつするし、胸らしき所に弾力がない。声も低かったし、多分男性だ。焦燥、安堵、愛情、苛立ち。色々な感情のこもった声が、頭の中でこだまする。押し当てられた部分から聞こえていくる激しい鼓動の音と一緒に、うわんうわんと反響している。
 ――誰?

「八千代は連れて帰ります」

 再び頭上から声がした。拘束の力が弱められて、そこでようやく私は彼を目視することができた。黒いスーツ、ストライプのシャツ、細いネクタイ。薄い唇に、つんと高い鼻、黒縁の眼鏡。…………ほんとうに、誰??

「あ、あのっ」

 どちらさまでしょうか。
 私は彼に聞こうとしたが、私の声など耳に入っていないようで、言うだけ言ってそのまま強引に私の手を引いていく。思い切り力の限り踏ん張れば拒めたかもしれないけれど、こんな時まで私の――と言うより日本人特有の事なかれ主義が発動して、店の中で揉めるよりは店の外でこっそり揉めた方が楽だと思ってしまったのだ。もしこれが新手の人攫いであるとしても、店の外にも人はいる。助けを呼ぼうと思えば、きっとすぐに呼べるはず。

「あのっ! ちょっと、待っ――

 最近、おかしい。
 これは、これも、夢なのか。

 店の扉を一歩くぐれば、そこは何故か、私の家の玄関だった。
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