「勇者のハラワタは美味いらしい」

呑竜

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「第一章:謎の援軍」

「悪魔の儀式①」

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 ~~~フルカワ・ヒロ~~~



「もしかして……ボクのことを言ってるの?」

「そなた以外に他に、この場に誰かいるのか?」
 
 レインの疑問に答えると、アールはピンクの舌をチロリと覗かせた。

「のう、そなたも聞いたことはあろう? 悪魔に敗北した騎士の運命さだめを……」

「え? え? それってだって……ひぃぃぃっ……?」

 アールの表情に何を読み取ったのだろう──レインは頬を引きつらせながら、鉄枷かせをじゃらりと鳴らした。
 頑丈な鉄鎖によって連結されているそれは、いかに『七星セプテム』であるレインとて力業ちからわざで外せるものではない。
 重量もあり、両手両足を拘束されていては立ち上がるどころかまともに動くことすら覚束おぼつかない。
 無理だと承知しながらも、レインは懸命に逃れようとした。
 足とお尻を器用に動かして床の上をもぞもぞ移動して……そしてけっきょく、部屋の隅に追い詰められた。
 
「き、ききき聞いたことはあるよっ。悪魔に敗北した騎士は魂を奪われ意のままに動く隷騎士サーヴァントになるって。でもでも、そんなのただの伝説だろ? だって、普通に考えてあり得ないじゃんか。人の心を操るとか操らないとかさ。そんなの出来るわけないじゃんかっ」

 冷や汗をだらだら流しながら、レインは精一杯の早口で反論を試みるが……。

「ほおーう? 喰えば不老不死となれる勇者がいるのに、悪魔の意のままに動く隷騎士などいるわけがないと? それはまたずいぶんと都合のよい話だなあー?」

「ぐううう……っ?」

 完全論破されて涙目のレイン。
 
「な、何をしようったって無駄なんだからねっ? 絶対抵抗レジストしてやるんだからっ。ボクはそんじょそこらの騎士じゃないんだからっ。リディア王国最精鋭の七星のひとりなんだからっ」

 くっころ女騎士みたいな台詞を吐くが……。

「ほおーう? 犬妖コボルド族秘伝の注射器で、世間様には明らかに出来ないようなお薬を打たれてもか?」

「……な、なんだよっ、それっていったいどんな……っ!?」

「ほおーう、知りたいか? これがなあ、ひとたび打てば天にも昇るような気持ちよさで、抵抗など万が一にも出来ぬ。しかも中毒性があって容易にはやめられぬ。やがては心までも蝕まれ、聖女ですら悪魔の靴にキスをするようになる。なんとも傑作なお薬・ ・なのだ」  

「ボ、ボクをそいつで薬漬けにしようって言うのかいっ!?」

 これから自分がどんな目に遭わされるか想像しているのだろう、レインの顔は蒼白になっている。

「……」

 ひとり取り残された形の俺は、ううむと考え込んでいた。

 聞いた感じだと、レインを洗脳して奴隷みたいにするつもりなのか?
 たしかにアールの外見はサキュバスっぽくはあるし、サキュバスには魅了の力があるという。
 しかしお薬ぷすーってのはずいぶんと現代チックな……。

 一方で、犬妖ってのは小柄で犬に似た頭部を持つ妖精だ。
 坑道の奥に好んで住んでいて、時に人に悪さをする。
 小器用でなんでも出来る、ドワーフみたいな側面もあったりする。

 そういった意味ではたしかに、両者の力を合わせれば注射器やらお薬やらを作れてもおかしくはないような気がするが……。

「……」

 んーしかし、裏切られたとはいえレインの洗脳シーンを見るのはさすがに気が引けるというか……。

「な、なあアール。俺ちょっと席を外させてもらっても……」

「ん? ああ、ちょっと待ってろ」

 部屋を出ようとしたところを呼び止められたと思った瞬間、首筋にチクリと鋭い痛みが走った。

「…………え?」
 
 おそるおそる痛みのした場所を見ると、首筋に深々と注射器の針が刺さっている。
 全体が金属の、古風なタイプだ。
 押子プランジャを押し込むと注射筒シリンジの外側の目盛りが動く仕組みで、内容物の量がわかるようになっていて……ってそうじゃない。そういう問題じゃない。

「えーっと……何やってるのかな、アールは?」
 
 幼い頃からの病院暮らしのせいで、注射に関しては人一倍耐性のある俺だ。
 しかしまさか、こんな状況で打たれることになるとは思ってもいなかった。

「待ってろと言っただろう。今そなたに出て行かれては困るのだ」

「いやたしかに言ったけどさ。まさか首筋にお注射ぷすーっとは思わないじゃん。っていうか待ってよ、これっていったいどういう意味の……」

「それも言ったであろうが、のう。お薬・ ・があるのだとな」

 ギリギリいっぱいまで内容物・ ・ ・を吸い上げた注射器を静脈から引き抜くと、アールは得意げに笑った。

「勇者の血には万病を快癒する力があるという。肉や臓腑ハラワタがそうであるように、死ぬほど美味いという。多幸感があり中毒性があり、味わえば味わうほどにが欲しくなってしかたがなくなるという。経口摂取ではなく静脈からの投与の場合、味わいまではわからん。しかし多幸感と中毒性は倍増するという。……のう、わかるか? この言葉の意味が」

 悲鳴を上げて暴れるレインを組み伏せると、アールは注射器をスチャリと構えた。

「こやつはこれから、天国と地獄を延々と行き来することになるのだ」

 狙いは一点──剥き出しになったレインの白い首。
 綺麗に浮き上がる青い静脈を目掛けて、迷うことなく突き刺した。

「あああああ……っ?」

 思わずといった調子で、レインが声を漏らした。
 恐怖のあまりだろう、全身を突っ張り、震わせた。
 そしてそれが、悪魔の儀式の始まりだったんだ……。
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