「勇者のハラワタは美味いらしい」

呑竜

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「第四章:勇者一人前」

「命懸けの罠」

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 ~~~ベラ・ローチ~~~



魔法付与エンチャントされていない武器で打てば武器が! 鎧なら鎧そのものが腐り落ちるぞ、気をつけろ!」

 そう皆に忠告すると、『獄炎武器化フレイム・ヘル・アームド』の魔法をかけたアールが戦鎚ウォーハンマーで打ちかかった。

「……あら、よくご存じね。あなた、若いのに素晴らしいわ。では、これはどうかしら? 『滅びの呪装コラプス・スケイル』は全身を鎧い、触れたものを腐らせるだけではなく……」

 漆黒の鎧で全身を固めたミトは、魔杖まじょうを捨てると両腕を交差させてアールの打ち下ろしを受け止めた。 

「なっ……!?」

「全身の筋力、敏捷性をも底上げするって……ねっ!」

 不敵に笑うと、ミトは動揺したアールを力で押し返した。
 そのままくるり体を回転させると、アールのどてっ腹にバックスピンキックを蹴り込んだ。

「アール様……!」
「『閃光フラッシュ』!」
「『曲走ベンド』!」

 叫ぶベラの両脇を、凄まじい速度でふたりが駆け抜けた。 
 光のような速さで走ったレインが風啼剣シルバスを思い切り突き込み──
 横からアールに跳び付いたヒロが、抱きしめながら地面を転がった──
 結果、ミトは両腕を下ろしてレインの攻撃を防がざるを得ず、蹴り足はぎりぎりのところで空を切った──

「大丈夫かアール!?」
「まさか触られてないだろうね!?」
「う、うむ……大丈夫だ。その、ありがとうレイン……勇者殿……」
  
 すんでのところで救われたアールは、顔を赤らめながら礼を言った。 
 
「こらあああーっ! 助たらすぐに離れろおおおーっ!」
 
 両手に構えた風啼剣でミトに猛攻をしかけながらも、しっかり苦情だけは言うレイン。

「行くぞレイン! 前後で挟んで圧し潰すのだ!」

 一方アールはすぐに気を取り直すと、ミトの背後に回り込むように走った。

「……なかなか連携とれているじゃない!」

 こちらのコンビネーションの緊密さに驚きながらも、ミトは素早く動いた。
 斜め後方へ、ヒュドラの死体を背負うような動き──アールに背後をとられるのを防ぐつもりだ。

「ちょっと残念だけど、白馬の騎士様の助けを待つことにするわ!」

 ミトの命令を受けたのだろう、スケルトン部隊がこちらに向かってガシャガシャと進軍を始め──
 ヒュドラの陰から、いよいよカーラの姿が覗いた──

『…………っ!!!?』

 そうと知ったみんなは、それぞれの動きを加速させた。

「……ふたりはミトを! こっちは俺に任せろ!」

 ──意外なことに、四人の中で真っ先に動いたのはヒロだった。
 小剣ショートソードを構えながら、カーラに向かってダッシュをかけた。
 ひとりで立ちはだかり、時間稼ぎをしようというのだろう。

 その策自体は悪くない。
 向こうもさすがにヒロを殺すことは出来ないし、せいぜいが無力化されるぐらい。
 即死しなければどうとでもなる肉体だし、レインとアールのふたりが自由に行動出来たほうが、全体としての利に繋がる。

 だが──
 彼はまだわかっていない──

「勇者様!?」
「勇者殿!?」

 自身を盾とするようなヒロの行動に、ふたりに明らかな動揺が走った。
 時間にしたら一秒にも満たないような、わずかな隙。
 だがその隙を、百戦錬磨のミトが見逃してくれるはずもない。

「……もらった!」 

 ミトは片手でレインの風啼剣を弾くと、もう片手で鋭く突き込んだ。
 狙いは胴体中央。まとが大きく、最もかわしづらい位置──
 
「……くっそ!?」

 レインは驚異の反射神経でこれを躱したが、勢い余ってその場に尻もちをついてしまった。
 そこへ──

「終わりよ! レイン!」

 ミトは足を踏み替えると、冷静に手刀を打ち下ろしたが──
 それをベラが、間一髪のところで大鎌を突き出して受け止めた──

「ちいぃぃっ!? 後から後から湧いて来る……!」
 
 さすがに苛立ったのだろう。
 ミトは標的をベラに定めて襲いかかって来た。

「まずは一番弱いところからって!? そうね、今なら大いにわかるわ! あなたたちの気持ち!」 

 一歩踏み込んで手刀。
 もう一歩踏み込んで、さらに手刀。
 ベラはなんとか大鎌でこれをさばくが、触れた部分が端から腐り落ちてゆく。
 最初二メートルほどもあった大鎌が、瞬く間に一メートル弱にまで縮んでしまった。

「そらそら! もう後が無いわよ!」

 一気呵成いっきかせいに攻め立ててくるミト。

「この……調子に乗るな!」

 後ろからレインが仕掛けるが、これはミトに読まれていた。

「小娘が! 吼えるんじゃない!」

 振り向きざま、勢いをつけたバックスピンキックを飛ばすミト。
 レインはこれを風啼剣でなんとか受け止めたが、体重の軽さが災いして後ろへ吹っ飛ばされてしまった。

「…………っ」

 その瞬間、ベラはいくつかのことを考えた。
 武器を失い、どうやらこれ以上は役に立てそうにないこと。
 背後から迫るスケルトン部隊のことを考えれば、むしろ足手まといになってしまうだろうこと。 
 極限と言ってもいい戦いの中で、そんな存在は許されないということ。

「ベラ……今助ける!」

 戦鎚を構えたアールが駆け寄って来るのに対し、ベラは叫んだ。

「アール様! どうか……!」

 叫びながら前に出た。
 ミトとの間にあった数歩の距離を、一気に詰めた。

 残りわずかになった大鎌の柄を投げ捨てて──
 両腕を、まるで罪人を許す聖女のように広げた──

「……素人が! 組み付いてどうにか出来るつもり!?」 

 ミトは鼻で笑うと、思い切り手刀を打ち込んで来た。
 まったくの無防備になったベラのどてっ腹に、それはずぶりと深く突き刺さった。

『………………!!!?』
 
 ヒロが、レインが、アールが、一斉に息を呑んだ。

 滅びの呪いを解くことは出来ない。
 これほど深く打ち込まれては患部かんぶえぐることも出来ないし、ヒロの再生スキルを分け与えられたとしても、ただの気休めにしかならない──つまり、ベラはもう助からない。

「ベラ!」
 
 アールが叫びながら駆け寄って来るのが見えた──

「ベラさん!」

 ヒロがカーラと対峙しながら叫ぶのが見えた──

「ベラさん!」

 レインが起き上がり、風啼剣を構えるのが見えた──

 そんな中、ベラは笑った。
 口の端を緩ませながら、懐から革袋を取り出した。
 ヒロの血を摂取しようとするかのように、震える手で紐をほどき、口を開けた。
 しかし──

「……あら、いいもの持ってるじゃない」

 目ざとく見つけたミトに、それはあっさりと取り上げられた。

「これってヒロの血でしょ? あなたたちの力の源。少ない勝ち筋のひとつ……それを敵であるわたしに飲まれたら、さぞや業腹ごうはらでしょうねえ?」

 にやり悪魔のように微笑むと、ミトはそれをひと息に飲み干した。
 
「はっはっは……あっはっはっは……」

 しかし、それに対するベラの答えは嘲笑ちょうしょうだった。
 顔に手を当て、身を折るようにして、ベラは全力で嘲笑あざわらった。

「ああーっはっはっは! リディア王国最強の一角が、七星セプテムともあろう者が、ずいぶんと悪食あくじきねえーっ!?」
 
 ベラの嘲笑の意味──それはすぐに明らかになった。

「うっ……ぐっ……?」

 ミトが口元に手を当てた──次の瞬間、まるで噴出するかのような勢いで、赤黒い血を吐き出したのだ。

「はあ……? なんでよ……だってさっき、たしかにヒロの血を入れていたのに……」

 全身を震わせ、目を真っ赤に充血させながら、ミトはベラにたずねる。

「説明したってあなたにはわからないでしょうけどねえ、わたしたちは双子だったのよ! 小さい時からなんでも一緒! 衣服も、馬も、大鎌も、革袋だってふたつずつあったのよ! そのすべてを持って来ることは出来なかったけどね! 一部は持って来れっ……たのよっ……」

 口の端に血の泡を浮かべながら、ベラは凄絶に微笑んだ。

「わたしたちが生きるため・ ・ ・ ・ ・に使って ・ ・ ・ ・いた ・ ・即効性・ ・ ・の毒も ・ ・ ・一緒にね ・ ・ ・ ・

「毒……ですって……!?」

 ようやく得心がいったミトは、しかし苦しさに耐えられなくなり、うずくまり、血が出るほどに強く胸をかきむしった。 

「あっ……がっ……!」

「コツはね? いかにもなんでもない風に、日常の風景やしぐさにまぎれこませること。あるいはあなたのお仲間の、パヴァリアあたりなら気づけたかもしれないけどね?」

「カー……ラ……っ」

 伸ばした手は、むなしく空を切った。
 ミトはうつぶせに倒れ、二度と立ち上がることはなかった。
 最期の声がカーラに届くことはなく、『不死死なずのミト』の生命活動はここに停止した。

 ──やった……。

 勝利を確信したベラは、口元を緩ませた。
 その場に崩れ落ちると、全身から力を抜いて横たわった。
 清潔感とは程遠い、じめじめとした泥の上──多幸感の中でしかしそれは、まるでふかふかの絨毯じゅうたんのように感じられた。

 ──やったわ、ドナ。

 もちろん、戦いはまだ終わっていない。
 ミトこそ倒したが、カーラはまだ残っている。
 最強の敵が、厳然としてそこにある。
 でも、たぶん。

 ──大丈夫、アール様ならきっと勝てる。

 そう、信じている。

 ──ふふ……そっちへ行ったら話したいことが山ほどあるの。ねえ、見たことある? アール様のあんな表情、あんなしぐさ。

 ヒロに対してのそれ、レインに対してのそれ。

 ──あんなの、トーコ様がご存命の時にすら見たことない。

「……ラ!」
 
 誰かが何かを叫んでいる。

「……ベラ!」

 切羽詰まったような声で、何度も、何度も。

 だけどそれは、ベラには聞こえなかった。
 腹部から始まった彼女の体の腐食は、すでに全身に及んでいた。  
 神経系を冒し、ものを見ることも、聞くことすらも正しくは出来なくなっていた。
 
 だけどたぶん、アールだろうと思った。
 この場で、この状況で、彼女のことをここまで気にかけてくれるのはアールしかいない。

「アール様……ああ、アール様……」

「なんだベラ……!? 我はここにおるぞ……!?」

 何かに手を持ち上げられたような気がする。
 誰かが自分に話しかけているような気がする。
 朧《おぼろ》げな、ともすると消えてしまいそうなあやふやな感覚の中で、ベラは懸命に言葉をつむいだ。

「どうか……お幸せになられますよう……。あなた様はもう……何ものにも縛られなくていいのです……。自由な鳥のように……どこかへ……愛する方と共に……」

「ベラ! もう喋るな!」

 束の間、彼女は過去を回想した。
 ぐるぐると回る視界の中で、ぐにゃりとぼやける感覚の中で。
 何度も何度も、幼い頃より今までの、すべてを。

「ああ……楽しかった……ねえ、ドナ? わたしたち、けっこう楽しんだわよね……?」

「ベラ!」

「トーコ様に会えて……アール様に会えて……ホントに……ホント……」

 言葉の途中で、ベラの生命活動は停止した。
 黒い塵のようになって、風に吹き散らされるように消えた。
 何も残さず、ただ消えた。
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