47 / 51
「第四章:勇者一人前」
「泣くことすらも許されない」
しおりを挟む
~~~フルカワ・ヒロ~~~
ベラさんの体が黒い塵となって消えた瞬間、アールの動きが止まった。
手の平からこぼれていくベラさんの残滓を見つめるその目から急速に光が失われていくのが、遠くからでもよくわかった。
「……ちくしょうっ、ちくしょうっ、ちくしょうっ」
心の底から、俺は悔いた。
ベラさんを助けてやれなかったことを。
今すぐアールを抱きしめに行ってやれないことを。
そもそもの問題としての、己の弱さを。
「どうした、動きが止まっているぞ?」
相変わらずの冷酷な目で、カーラは俺を見つめてきた。
「いつものように走らないのか? そんなところにいると──」
長剣を鞘の中に納めたまま無造作に間合いを詰め、そして──
「──危ないぞ?」
──キ、キ、キ!
長剣の柄に手が触れた──と思った瞬間、ガラスの板を金属で引っかいたような音が連続した。
縦に二つ、横に一つ。超高速の斬線が走った。
「──っとおおお!?」
考えて躱したわけではない。
見て躱したわけでもない。
ただの反射だ。
反射だけでバックステップを踏み、難を逃れた。
ジャカの槍にパヴァリアの鎖鎌、シャルロットの長弓にレインの風啼剣。
今までの戦いで得た経験が活きた。
「うえ……っ、ぺっぺっぺっ……」
剣圧によって巻き上げられた泥を顔から払っているところへ、「待たせたね! 勇者様!」とレインが声をかけながら走り寄って来た。
「……ほう、今のを避けるか」
自らの長剣をしげしげと眺めたカーラは、遅れて駆け付けたレインに気づくと、くるり切っ先を返して長剣を鞘に納め、わずかに身を沈めた。
一旦休止──ではない。
湾曲した刃と鞘の構造を利用した、得意の超高速抜剣術の構えに入ったのだ。
「ひゃー……実際に相手してみると、これはおっかないねえー……」
おどけたように言うレインの目は、わずかに赤くなっている。
涙を拭おうとして返って汚してしまったのだろう、白皙の頬に泥の跡が残っている。
そりゃあそうだろう。
七星の一角にいたとは言っても、彼女はまだ子供だ。
わずか十六歳の、心揺れ動く年頃の女の子に違いない。
そんなことを考えていたら、なんだかムカムカしてきた。
「敵である俺が言うこっちゃないのかもしんないけどさあ! カーラ! あんた、仲間がやられたのにちょっとも動揺しねえのかよ!? それでも人間かよ!」
七星の中で、最古参はカーラ。
その次はミトで、ふたりは同郷の幼なじみだと聞いている。
いつもカーラにべったりなミトの態度からしても、その関係が浅くないことはわかる。
そのミトがやられたのだから、泣きわめけとは言わないまでも、少しは辛そうな顔をすればいいのに……。
「本当に、貴様の言う台詞ではないな」
「……そ、そりゃそうだけど!」
「それに、悔やんだところでどうなるものでもあるまい? 弱者が弱いが故に死んだ。それだけのことだ」
「別にミトは弱くは……」
「結果がすべてだ。ミトが本当に強いならば、今もなお生きているはずだ」
カーラは淡々と告げた。
本気で、心が鉄で出来てるんじゃないかってぐらいのひどい言い草だ。
「──その通りだ、カーラ。初めて意見があったな」
意外なことに、アールはこれに同意を示した。
え──アール?
「アール、おまえ大丈夫なのかよ……?」
俺とレインの間に、戦鎚を構えたアールが並び立った。
「心配してくれたのか。優しいな、勇者殿は」
アールはにっこり微笑みながら礼を述べた。
その顔に涙の跡は無く、瞳にもいつも通りの鮮紅色の輝きが戻っている。
「だが、無用な心配だ。なあ、わかっているのか? 我がここに至るまでの道程を。トーコやドナだけではないぞ。その他にも多くの大切な者たちの死を乗り越えながらやって来たのだ。その我が、この最終局面において、怨敵を前にして膝を屈し無様に泣いて過ごすなぞ、許されるものか」
「アール……」
俺は堪らず、唾を呑み込んだ。
血が出るほどに強く、拳を握った。
そうだ。
アールの肩には、このわずか十六歳の少女の双肩には、無数の人の想いが、無念が乗っている。
自らが言ったように、泣くことすらも許されない。
「カーラよ」
アールはカーラに向き直ると、戦鎚を突きつけるようにして言った。
「貴様の言う通りでな、強さというのは厳然たるものだ。武力に踏みにじられたくなければ強くなる他無く、それが出来ぬのであれば死ぬしかない。ミトが死んだのも、その他の七星が死んだのもまた、すべては弱いからだ。なあ、そうであろう?」
「……ほう」
煽るようなアールの言葉に、カーラは珍しく、表情に笑みを浮かべた。
「驕るな、カーラよ。リディア王国最強の精鋭部隊『七星』、その内六星はすでに欠けた。残るは貴様のみ。輝星の墜ちる日は、今日なるぞ」
ベラさんの体が黒い塵となって消えた瞬間、アールの動きが止まった。
手の平からこぼれていくベラさんの残滓を見つめるその目から急速に光が失われていくのが、遠くからでもよくわかった。
「……ちくしょうっ、ちくしょうっ、ちくしょうっ」
心の底から、俺は悔いた。
ベラさんを助けてやれなかったことを。
今すぐアールを抱きしめに行ってやれないことを。
そもそもの問題としての、己の弱さを。
「どうした、動きが止まっているぞ?」
相変わらずの冷酷な目で、カーラは俺を見つめてきた。
「いつものように走らないのか? そんなところにいると──」
長剣を鞘の中に納めたまま無造作に間合いを詰め、そして──
「──危ないぞ?」
──キ、キ、キ!
長剣の柄に手が触れた──と思った瞬間、ガラスの板を金属で引っかいたような音が連続した。
縦に二つ、横に一つ。超高速の斬線が走った。
「──っとおおお!?」
考えて躱したわけではない。
見て躱したわけでもない。
ただの反射だ。
反射だけでバックステップを踏み、難を逃れた。
ジャカの槍にパヴァリアの鎖鎌、シャルロットの長弓にレインの風啼剣。
今までの戦いで得た経験が活きた。
「うえ……っ、ぺっぺっぺっ……」
剣圧によって巻き上げられた泥を顔から払っているところへ、「待たせたね! 勇者様!」とレインが声をかけながら走り寄って来た。
「……ほう、今のを避けるか」
自らの長剣をしげしげと眺めたカーラは、遅れて駆け付けたレインに気づくと、くるり切っ先を返して長剣を鞘に納め、わずかに身を沈めた。
一旦休止──ではない。
湾曲した刃と鞘の構造を利用した、得意の超高速抜剣術の構えに入ったのだ。
「ひゃー……実際に相手してみると、これはおっかないねえー……」
おどけたように言うレインの目は、わずかに赤くなっている。
涙を拭おうとして返って汚してしまったのだろう、白皙の頬に泥の跡が残っている。
そりゃあそうだろう。
七星の一角にいたとは言っても、彼女はまだ子供だ。
わずか十六歳の、心揺れ動く年頃の女の子に違いない。
そんなことを考えていたら、なんだかムカムカしてきた。
「敵である俺が言うこっちゃないのかもしんないけどさあ! カーラ! あんた、仲間がやられたのにちょっとも動揺しねえのかよ!? それでも人間かよ!」
七星の中で、最古参はカーラ。
その次はミトで、ふたりは同郷の幼なじみだと聞いている。
いつもカーラにべったりなミトの態度からしても、その関係が浅くないことはわかる。
そのミトがやられたのだから、泣きわめけとは言わないまでも、少しは辛そうな顔をすればいいのに……。
「本当に、貴様の言う台詞ではないな」
「……そ、そりゃそうだけど!」
「それに、悔やんだところでどうなるものでもあるまい? 弱者が弱いが故に死んだ。それだけのことだ」
「別にミトは弱くは……」
「結果がすべてだ。ミトが本当に強いならば、今もなお生きているはずだ」
カーラは淡々と告げた。
本気で、心が鉄で出来てるんじゃないかってぐらいのひどい言い草だ。
「──その通りだ、カーラ。初めて意見があったな」
意外なことに、アールはこれに同意を示した。
え──アール?
「アール、おまえ大丈夫なのかよ……?」
俺とレインの間に、戦鎚を構えたアールが並び立った。
「心配してくれたのか。優しいな、勇者殿は」
アールはにっこり微笑みながら礼を述べた。
その顔に涙の跡は無く、瞳にもいつも通りの鮮紅色の輝きが戻っている。
「だが、無用な心配だ。なあ、わかっているのか? 我がここに至るまでの道程を。トーコやドナだけではないぞ。その他にも多くの大切な者たちの死を乗り越えながらやって来たのだ。その我が、この最終局面において、怨敵を前にして膝を屈し無様に泣いて過ごすなぞ、許されるものか」
「アール……」
俺は堪らず、唾を呑み込んだ。
血が出るほどに強く、拳を握った。
そうだ。
アールの肩には、このわずか十六歳の少女の双肩には、無数の人の想いが、無念が乗っている。
自らが言ったように、泣くことすらも許されない。
「カーラよ」
アールはカーラに向き直ると、戦鎚を突きつけるようにして言った。
「貴様の言う通りでな、強さというのは厳然たるものだ。武力に踏みにじられたくなければ強くなる他無く、それが出来ぬのであれば死ぬしかない。ミトが死んだのも、その他の七星が死んだのもまた、すべては弱いからだ。なあ、そうであろう?」
「……ほう」
煽るようなアールの言葉に、カーラは珍しく、表情に笑みを浮かべた。
「驕るな、カーラよ。リディア王国最強の精鋭部隊『七星』、その内六星はすでに欠けた。残るは貴様のみ。輝星の墜ちる日は、今日なるぞ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる