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「エピローグ」
「エピローグ」
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~~~フルカワ・ヒロ~~~
カーラを倒し七星を全滅させたことで、俺は晴れて自由の身となった。
いやもちろん、これからも追手はかかるんだろうけどさ。
少なくとも七星以上に強いのってのはなかなかいないだろうし、ひとまずは安全って感じでいいんじゃないかな?
あとは馬を走らせて、ひたすら西へと進むだけ──
「……なあ、勇者殿。ホントに向こうに帰らなくてよいのか?」
遠くにロンヴァー砦を望む川辺に到達したところで、俺たちは荷物を積み直しがてらの小休憩をとった。
川で汲んだ水に俺の血を混ぜたものを馬に飲ませていると、アールが変にソワソワしながら聞いてきた。
この場合の「向こう」ってのは、俺が元いた世界のことだ。
話によれば、戻る方法自体はあるんだそうだが……。
「帰らねえよ。以前にも言ったろ、俺が向こうでどんな生活を送ってたか」
病院のベッドの上で、時間を持てますだけの日々。
ただただ健常者をうらやむだけの毎日。
あんなの囚人と同じだ。
「こっちにいたら、たしかに危険はあるかもしれねえよ。だけどそれには、なんとか抵抗することが出来る。死に物狂いで抗うことが出来る。だけど向こうでは、それすら出来ねえんだ」
全部本音だ。
向こうに戻ったって、勇者の力が無ければ意味が無い。
そもそも誰も、俺のことなんか待ってないしな……ちぇっ。
「そ、そうか。それは良かった……」
アールは明らかにホッとしたような声を出し、胸を撫で下ろした。
この場合の、何が良かったのかはわからないが……。
「まあ、アールにゃ迷惑かけるけどさ……」
勇者って、どう考えても魔族側の存在じゃないしな。
それを助けたあげく匿ったりしたら、それこそどんな言われ方をするか。
逆に俺が心配していると……。
「そ、そんなことはないぞっ? 迷惑だなんてとんでもないっ」
アールはなぜか慌てたようにまくし立ててきた。
顔を赤らめ、握った拳をぶんぶん振って。なんだよ可愛いなおい。
「なんだったら我が領地にずっといてくれてもいいしっ、住み着いてくれてもいいしっ、望みとあらば、家のひとつやふたつやみっつやよっつ……はううっ?」
しまったとばかりに口に手を当てたアールに、レインが顔をくっつけんばかりにして詰め寄った。
「おやおやアールさん? たしかに戦いが終わったらとは言ったけど、いきなりメス顔しすぎなんじゃないのかな? これにはさすがのボクもドン引きなんだけど……」
「め、め、め、メス顔とは何か! 我は今後の話をしているだけだし!? 勇者殿の身の振り方とゆーか人生設計とゆーか、そうゆー人として大事な部分をフォローしてあげているだけだしっ!? つまりは純然たる善意で、底意なんぞ欠片もないのだし!?」
お目々をぐるぐるにするアール。
……ホント、戦いの前と後とで、アールに関しては百八十度ぐらいイメージが変わったな。
って、もちろん悪い意味じゃないぜ?
年頃の女の子が年頃の女の子らしくなれた、それは喜ぶべきことだ。
アールはもう、気分のままに笑うことが出来る。気分のままに怒り、泣くことだって出来る。
おそらくはトーコさんが、ベラさんが、ドナさんがそう望んだように。
本当の、ありのままの彼女でいられるんだ。
「……」
「ちょっと……」
「……」
「ちょっと、勇者様っ?」
ほっこりした気分で微笑んでいる俺を、レインがそうはさせじとつついてきた。
「なんだよレイン」
「はあ? なんだよじゃないでしょ? ボクのことも、ちゃんと考えてくれてる?」
「レインのこと……?」
はて、どういうことだろうと俺が首を傾げると、レインはハアとこれ見よがしにため息をついた。
「い~い? 勇者様に出会ったせいで、ボクの人生は物凄い勢いで変わっちゃったんだからね? 七星としての栄達も、いずれ手に入るかもしれなかった領地や黄金も、全部無しになっちゃったんだから。それどころかリディア王国内では指名手配で、もう二度と、故郷に帰ることすら出来ないんだからね?」
「うっ……?」
そこを突かれると、さすがに弱い。
そうだ。状況はどうあれ、レインは俺のせいですべてを失ったんだ。
「悪いな、レイン……」
「ちょ、ちょっと、何本気で謝ってるのさ」
俺の殊勝な態度に、逆にレインは慌てた。
「それ自体はいいんだよ。実家にはもう誰もいないし、うちってけっこう放蕩一家だし、それ自体はいいんだけど。ボクが言いたかったのはさ……」
もごもごと恥ずかしそうに、レインは囁いた。
「どこにも行き場がないから、その分勇者様に責任とって幸せにしてもらわないとって……そう言いたかったんだ」
わお。強烈な一言。
「せ、責任かあー……」
レインはいいコだし可愛いし、そりゃあ責任をとるのにやぶさかではないけどさ……。
「前提条件が重すぎるんだよなあー……。領地と黄金に吊り合うほどの幸せって難しくないか? 俺はいったい何者になればいいわけ?」
さてどうしようと首をひねっていると、不意に、バチリとアールと目が合った。
先ほどまでの動揺ぶりはどこへやら、目だけが笑っていないニコニコ笑顔を向けて来た。
「……今、なんの話をしていたのだ?」
ゴゴゴゴゴゴ……と背後にどす黒いオーラの見えそうな、凄まじい表情。
「え、え? ええっと今のは俺とゆーか、むしろ話の主体になっていたのはレインであって……ってレインさん!? 俺を残してどこ行くの!? ヘルプ! ヘルプミー!」
助けを求めようとしたが、レインは口笛を吹きながら俺から離れ、我関せずを決め込んでいる。
「……責任とか幸せとか聞こえたようだが? それは誰と誰のことを言っておるのかな?」
「や、その……あのぉぉ~……?」
俺が冷や汗をだらだら流しながら硬直していると、やがて痺れを切らしたのだろうアールは、ターゲットをレインに変えた。
「人にあれだけ言っておいて、抜け駆けするのは卑怯だぞっ」とか「ふふーん、勝てばよかろうなのだーっ」とか、ふたりの子供っぽい台詞の応酬を見ているうちに、俺の口元は自然と緩んできた。
なぜだろう、この状況が笑えて笑えて、しかたがなかった。
「あっはっはっはっは……」
俺が笑っているのに気づいたふたりが、血相を変えて詰め寄って来た。
「ちょっと、何笑ってるの勇者様っ! 他人事みたいに!」
「そうだぞ!? 元はと言えば勇者殿が態度をハッキリしないから……っ!」
「ごめんごめん、なんかツボっちゃって……」
ふたりの勢いがまた面白くて、俺はその場にうずくまった。
腹を抱え、ひいひいと呻くように笑った。
「はっはっ……あっははは……っ」
「ぷっ……ホント、なんで笑ってるのさ」
俺につられたのだろう、やがてレインも笑い出し、
「くっくっくっ……ふたりとも、おかしいだろうが」
それはアールにも伝染した。
青い青い空の下。
肌を撫でる微かな風を感じながら、豊饒な土の香りを嗅ぎながら、俺たちは笑った。
全員十代半ば、二十歳なんてまだまだ先の自分たちがやったことを思って。
そのために払った犠牲と、対価を思って。
それらが二度と戻らないことを知りながら……いや、だからこそ。
「なあ、ふたりともっ。人生これからだからなっ、どんどん楽しんで行こうぜっ」
「当たり前じゃんっ。この先もっといいことがあるからねっ。目を光らせて、見逃さないよーにしないとねっ」
「そうだ、その通りっ。我らの行く手に壁は無いっ。どこまでも開けた、自由の平野が広がるのみっ」
突き出した俺の拳に、ふたりは即座に自分の拳を合わせてきた。
顔を見合わせ、前向きな言葉を述べ合った。
何かの呪文のように、儀式のように。
それをしばらく繰り返した。
繰り返して──笑って。
繰り返して──笑って。
笑い過ぎて──最後にちょっぴり、涙が出たりした。
~~~Fin~~~
カーラを倒し七星を全滅させたことで、俺は晴れて自由の身となった。
いやもちろん、これからも追手はかかるんだろうけどさ。
少なくとも七星以上に強いのってのはなかなかいないだろうし、ひとまずは安全って感じでいいんじゃないかな?
あとは馬を走らせて、ひたすら西へと進むだけ──
「……なあ、勇者殿。ホントに向こうに帰らなくてよいのか?」
遠くにロンヴァー砦を望む川辺に到達したところで、俺たちは荷物を積み直しがてらの小休憩をとった。
川で汲んだ水に俺の血を混ぜたものを馬に飲ませていると、アールが変にソワソワしながら聞いてきた。
この場合の「向こう」ってのは、俺が元いた世界のことだ。
話によれば、戻る方法自体はあるんだそうだが……。
「帰らねえよ。以前にも言ったろ、俺が向こうでどんな生活を送ってたか」
病院のベッドの上で、時間を持てますだけの日々。
ただただ健常者をうらやむだけの毎日。
あんなの囚人と同じだ。
「こっちにいたら、たしかに危険はあるかもしれねえよ。だけどそれには、なんとか抵抗することが出来る。死に物狂いで抗うことが出来る。だけど向こうでは、それすら出来ねえんだ」
全部本音だ。
向こうに戻ったって、勇者の力が無ければ意味が無い。
そもそも誰も、俺のことなんか待ってないしな……ちぇっ。
「そ、そうか。それは良かった……」
アールは明らかにホッとしたような声を出し、胸を撫で下ろした。
この場合の、何が良かったのかはわからないが……。
「まあ、アールにゃ迷惑かけるけどさ……」
勇者って、どう考えても魔族側の存在じゃないしな。
それを助けたあげく匿ったりしたら、それこそどんな言われ方をするか。
逆に俺が心配していると……。
「そ、そんなことはないぞっ? 迷惑だなんてとんでもないっ」
アールはなぜか慌てたようにまくし立ててきた。
顔を赤らめ、握った拳をぶんぶん振って。なんだよ可愛いなおい。
「なんだったら我が領地にずっといてくれてもいいしっ、住み着いてくれてもいいしっ、望みとあらば、家のひとつやふたつやみっつやよっつ……はううっ?」
しまったとばかりに口に手を当てたアールに、レインが顔をくっつけんばかりにして詰め寄った。
「おやおやアールさん? たしかに戦いが終わったらとは言ったけど、いきなりメス顔しすぎなんじゃないのかな? これにはさすがのボクもドン引きなんだけど……」
「め、め、め、メス顔とは何か! 我は今後の話をしているだけだし!? 勇者殿の身の振り方とゆーか人生設計とゆーか、そうゆー人として大事な部分をフォローしてあげているだけだしっ!? つまりは純然たる善意で、底意なんぞ欠片もないのだし!?」
お目々をぐるぐるにするアール。
……ホント、戦いの前と後とで、アールに関しては百八十度ぐらいイメージが変わったな。
って、もちろん悪い意味じゃないぜ?
年頃の女の子が年頃の女の子らしくなれた、それは喜ぶべきことだ。
アールはもう、気分のままに笑うことが出来る。気分のままに怒り、泣くことだって出来る。
おそらくはトーコさんが、ベラさんが、ドナさんがそう望んだように。
本当の、ありのままの彼女でいられるんだ。
「……」
「ちょっと……」
「……」
「ちょっと、勇者様っ?」
ほっこりした気分で微笑んでいる俺を、レインがそうはさせじとつついてきた。
「なんだよレイン」
「はあ? なんだよじゃないでしょ? ボクのことも、ちゃんと考えてくれてる?」
「レインのこと……?」
はて、どういうことだろうと俺が首を傾げると、レインはハアとこれ見よがしにため息をついた。
「い~い? 勇者様に出会ったせいで、ボクの人生は物凄い勢いで変わっちゃったんだからね? 七星としての栄達も、いずれ手に入るかもしれなかった領地や黄金も、全部無しになっちゃったんだから。それどころかリディア王国内では指名手配で、もう二度と、故郷に帰ることすら出来ないんだからね?」
「うっ……?」
そこを突かれると、さすがに弱い。
そうだ。状況はどうあれ、レインは俺のせいですべてを失ったんだ。
「悪いな、レイン……」
「ちょ、ちょっと、何本気で謝ってるのさ」
俺の殊勝な態度に、逆にレインは慌てた。
「それ自体はいいんだよ。実家にはもう誰もいないし、うちってけっこう放蕩一家だし、それ自体はいいんだけど。ボクが言いたかったのはさ……」
もごもごと恥ずかしそうに、レインは囁いた。
「どこにも行き場がないから、その分勇者様に責任とって幸せにしてもらわないとって……そう言いたかったんだ」
わお。強烈な一言。
「せ、責任かあー……」
レインはいいコだし可愛いし、そりゃあ責任をとるのにやぶさかではないけどさ……。
「前提条件が重すぎるんだよなあー……。領地と黄金に吊り合うほどの幸せって難しくないか? 俺はいったい何者になればいいわけ?」
さてどうしようと首をひねっていると、不意に、バチリとアールと目が合った。
先ほどまでの動揺ぶりはどこへやら、目だけが笑っていないニコニコ笑顔を向けて来た。
「……今、なんの話をしていたのだ?」
ゴゴゴゴゴゴ……と背後にどす黒いオーラの見えそうな、凄まじい表情。
「え、え? ええっと今のは俺とゆーか、むしろ話の主体になっていたのはレインであって……ってレインさん!? 俺を残してどこ行くの!? ヘルプ! ヘルプミー!」
助けを求めようとしたが、レインは口笛を吹きながら俺から離れ、我関せずを決め込んでいる。
「……責任とか幸せとか聞こえたようだが? それは誰と誰のことを言っておるのかな?」
「や、その……あのぉぉ~……?」
俺が冷や汗をだらだら流しながら硬直していると、やがて痺れを切らしたのだろうアールは、ターゲットをレインに変えた。
「人にあれだけ言っておいて、抜け駆けするのは卑怯だぞっ」とか「ふふーん、勝てばよかろうなのだーっ」とか、ふたりの子供っぽい台詞の応酬を見ているうちに、俺の口元は自然と緩んできた。
なぜだろう、この状況が笑えて笑えて、しかたがなかった。
「あっはっはっはっは……」
俺が笑っているのに気づいたふたりが、血相を変えて詰め寄って来た。
「ちょっと、何笑ってるの勇者様っ! 他人事みたいに!」
「そうだぞ!? 元はと言えば勇者殿が態度をハッキリしないから……っ!」
「ごめんごめん、なんかツボっちゃって……」
ふたりの勢いがまた面白くて、俺はその場にうずくまった。
腹を抱え、ひいひいと呻くように笑った。
「はっはっ……あっははは……っ」
「ぷっ……ホント、なんで笑ってるのさ」
俺につられたのだろう、やがてレインも笑い出し、
「くっくっくっ……ふたりとも、おかしいだろうが」
それはアールにも伝染した。
青い青い空の下。
肌を撫でる微かな風を感じながら、豊饒な土の香りを嗅ぎながら、俺たちは笑った。
全員十代半ば、二十歳なんてまだまだ先の自分たちがやったことを思って。
そのために払った犠牲と、対価を思って。
それらが二度と戻らないことを知りながら……いや、だからこそ。
「なあ、ふたりともっ。人生これからだからなっ、どんどん楽しんで行こうぜっ」
「当たり前じゃんっ。この先もっといいことがあるからねっ。目を光らせて、見逃さないよーにしないとねっ」
「そうだ、その通りっ。我らの行く手に壁は無いっ。どこまでも開けた、自由の平野が広がるのみっ」
突き出した俺の拳に、ふたりは即座に自分の拳を合わせてきた。
顔を見合わせ、前向きな言葉を述べ合った。
何かの呪文のように、儀式のように。
それをしばらく繰り返した。
繰り返して──笑って。
繰り返して──笑って。
笑い過ぎて──最後にちょっぴり、涙が出たりした。
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