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最終章 終わりの刻

7話

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「神は我らに、力を与えましたわ」
 王女は、降りしきる砲弾の後をゆっくりと進んでいた。
「もはや我らを遮るものはありませんわ」
 彼女は転がる四肢の吹き飛んだ死体を横目に見ながら笑みを浮かべる。
 1000門の砲は尺取虫のように2列の砲列が交互に前進することで常時500門分の火力を投射し続ける。
 弾薬はアラビノの貨物駅を利用して、さらに後方の物資集積所からピストン輸送させる。
「将を失った軍隊なんて烏合の衆ですわ」
 彼女はそう言って笑うと両手を横にバッと広げた。
「第54自動車化歩兵師団! 右翼へ! 第78自動車化歩兵師団は左翼へ! 敵を蹂躙しなさい!」
 王女がそう声を上げると後ろに続いていた2個の武装トラックで構成された歩兵師団が左右へと別れていく。
 彼女の戦力は4個の戦車中隊と5個の自動車化歩兵師団。
 そして歩兵大隊。
 彼らは懲罰大隊で、士気が低いことが往々にして目に付いたが、王女はそれすら有効に利用した。
「神の御導きがあらんことを」
 戦車につかまった歩兵たちは後ろで左右に捌けていく自動車化歩兵師団を見てそう言った。
「敬虔な信徒にお恵みあらんことを」
 それを聞いて王女はそう言って笑った。
 懲罰部隊の兵たちの目に光は一切ない。
 まさしく彼らは王女の意のままに動く狂信者と化したのだ。

「気味わりぃ……」
 それは戦車部隊の兵たちも同じであった。
 だが、ただ一人ジャスパーだけは王女に気に入られていることもあり、正気を保っていた。
「だが、あの方についていけば勝てるん、だよな」
 前を走る王女を見つめてそう呟いた。
 彼女に従っていれば勝てる。
 それはジャスパーの生存本能が導き出した法則であった。
 おそらく彼女は人知を超えた何かを持っている。
 番犬に近いそれは、彼女が持つ神に等しい能力と合わさることで絶大な力を発揮する。
「ですが、殿下。貴女が人形のようにしているのは貴女の愛した国民なんですよ」
 ジャスパーはそう言って足元を見つめた。
 操縦手も、射撃手も、装填手も。
 皆、ジャスパーの命令を確実に実行するだけの人形と化した。
「それにしても、アレは何に使うんだろうな」
 ジャスパーは後ろに続く車両を見つめた。
 そこには、T34の砲塔がない車体だけの車両があり、なにやら大きなアンテナが伸びている。
「高出力無線機、本来の話ならここで相手にジャミングをしかけて無線を妨害するはずじゃ……」
 彼は得体のしれない恐怖感を抱いていた。
 何が起きるのか。
 皆目見当がつかなかった。


「閣下、敵は砲撃で迎撃の部隊を蹴散らしながら、進んでいるようです」
 ドロホヴァまで前進したグデーリアンは南から迫るカミラ王女の部隊をどうやって仕留めるかを参謀たちと議論していた。
「あまりにも完璧に連携が取れすぎている」
 参謀の一人がそう言って声を上げた。
 王女がやっていることは何も特別なわけじゃない。
 過去幾人もの将軍がやろうとしてきた。
 だが、そのいずれもが失敗してきた。
「なぜ味方を誤爆することなく、こうも完璧に攻撃することができるんだ!」
 グデーリアンは前線からの報告にいら立った。
 遅滞戦闘のために向かわせた2個連隊は消滅した。
 もともと第3軍集団だった部隊は後方に下げ、再編させている。
「撃ち合いますか?」
 参謀の問いにグデーリアンは苦笑いを浮かべた。
「馬鹿いえ、数が違う」
 敵の砲撃から察するに700門は下らないだろうという予測だった。
 もしかすれば1000門近くあるのかもしれない。
「左右から、砲撃をかいくぐれれば……」
「ダメだ、自動車化歩兵師団に迎撃され手間取っている間に砲撃がふりそそぐ」
「どうすればいいんだ!」
 参謀たちはもはや自棄になっていた。
 そもそも王女の部隊があまりにも規格外なのだ。
 無数の砲を手足のように操り、正確な射撃を繰り返す。
 5km先からでもその誤差は10メートルに収まっているはずだ。
 もはやこれを化け物と呼ぶほかに何かあるだろうか。

「化け物には、化け物か?」
 
 グデーリアンは小さく呟いた。


「王女が動いただと?!」
 カミラ王女がアラビノで攻勢を開始したという報告はすぐさまコーネフの元へと届いた。
「全軍をE30に集中! 対面の敵を押し返してやれ!!」
 彼は素早く檄を飛ばす。
 
 ロンメルの統合軍10万人に、ソ連軍20万人が襲い掛かろうとしていた。


「将軍! 敵の増援です!!」
「数は?!」
 ドロホヴォから20km。
 モスクワヘも20km。
 ちょうど中間地点まで前進していたロンメルのもとに通信が飛び込んだ。
「およそ10個師団! まだまだ沸いてきます!!」
 ロンメルが慌てて指揮所代わりに使用していた教会の塔を登り、モスクワ市街の方を睨む。
 双眼鏡を使わずともわかった。
「おいおい、なんだあれは」
 道という道からソ連軍の歩兵が『溢れ』ていた。
「いままで、敵が少なくておかしいと思ってたんだが、こういうことか」
 ロンメルはそう呟くと、階下の通信兵に向かって叫んだ。

「ヘプナー大将に救援要請を送れ!! 後方のリューイ大佐にもだ!!」

「旅団長! 2方面から急行要請です!!」
 そのころ、私たちは占領した空港で休息をとっていた。
 これより先は市街地戦となる。
 疲弊した状態の兵を投入してもいたずらに損害を増すばかりだ。
 だが、そんな私たちのもとに救援要請が届いた。
「どこかしら」
 私がそう言って尋ねると、通信兵は「グデーリアン閣下とロンメル閣下です!」と答えた。
「あらあら、どちらもビックネームね」
 余裕ありげにそう答えたが、内心焦っていた。
 ロンメルは今まで順調に進撃を続けていたはずなのに突然急行要請が来る理由がわからない。
 グデーリアンの第2軍集団に至っては戦闘に参加していないはずだった。
「指揮権を考えれば、ロンメル閣下の命令を尊重すべきよね」
 私はそう言って、思案した。
 その直後、リマイナが横から顔を出してきた。
「でも、グデーリアンは管轄を超えてリューイに助けを求めてきたんだよ」
 彼女の言葉を聞いて私はふむと唸った。
 確かに、本来ならロンメル経由で私に要請が来るはずだ。
 だが、グデーリアンから直接きた。
「それだけ、重要ってことよね」
 私はそう呟くと覚悟を決めた。
「ロンメル閣下にこう伝えなさい! 『我、後方の危機によりこれより第2軍集団救援に向かう』と!」
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