ラトビア転生記 ~TSしたミリオタが第2次世界大戦を生きる~

雪楽党

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最終章 終わりの刻

番外編 同期との記憶

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 私の一日は朝早く目を覚ますことから始まる。
「……やっぱり寝れないわね」
 小さくそう呟くとむくりと起き上がる。
「まったく、いつもいるんだから」
 私は人差し指でリマイナの頬を突っつく。
 幸せそうな寝息を立てる彼女を見ていると思わず口角が上がってしまう。
「少し、出ていくわ」
 寝息を立てるリマイナを余所にネグリジェの上に外套を羽織ると自室を後にした。
 
「やっぱり、あなたは早いわね」
 士官食堂に向かうとそこにはコーヒー片手に朝刊に目を通すヴェゼモアの姿があった。
「旅団長。おはようございます」
 視線だけ向けて立ち上がろうともしない彼を見て私は微笑んだ。
「今日は非番なのだから、昔のように接してもいいのよ」
 その言葉にヴェゼモアは懐かしむように天井を見上げた。
 彼の脳裏には今、失った同期たちの顔が浮かんでるのだろう。
「では少しばかり思い出話に耽りましょうか」
 ヴェゼモアはそう言って笑う。

「えぇ、私たちの出会いはあのパブでしょうかね」


 1934年。5月の初め頃。
「リマイナ、行きましょう」
 私たちはまだ、ラトビアの軍学校に通っていた。
 第三学年に進級した私は唯一の同性の同級生であるリマイナと初めての休日を満喫しようとしていた。
「え?! 制服でいくの?!」
 準備を終えてリマイナを待つ私を見てリマイナは意外そうに声を上げた。
「えぇ、これしかないもの」
「……うそでしょ」
 リマイナはそう呟くと唸った。
 そして何かを思いついたかのように手をポンとたたくと「ちょっと待ってて!」と言って箪笥の中身をひっくり返し始めた。
「何をしているの?」
 私の問いにリマイナはバッと振り返ると「リューイの服!」と満面の笑みで答えた。
 彼女の返答に気圧された私は言われるがまま、彼女の服を身にまとったのであった。

「おいアルトマン! 財布はちゃんと持ったか?!」
 その頃、ヴェゼモアは仲間たちと街に繰り出そうと寮の前にある椅子に腰を下ろしていた。
「あぁ! 任せろ!」
 ヴェゼモアはそう言ってパンパンになった財布を掲げた。
 ラトビア陸軍学校では第1学年から給与が支給される。
 学生たちはその多くを貯蓄や親への仕送りに使うのだが、第3学年になると話は変わる。
 それまで外出は制服に限られていたのが、私服での外出が可能になるのだ。
 これを機に男所帯で育った彼らは女を知りに行く。
「さすがはマメだな! 俺なんかこれっぽちだ!」
 彼の同期のモラロスはそう言って財布から紙幣を取り出して笑った。
「カジノでも行って稼ぐか?」
 ヴェゼモアがそう言って茶化すとモラロスは笑った。
「やめてくれよ。無一文になっちまう」
「まぁ、それでも十分だろ」
 モラロスの持つ金額だけでも、風俗嬢の一晩を買うことができるだろう。
 それほどまでに、陸軍軍人は高給取りだったのだ。
「しかし、なんであの子たちはこんなところに来たんだろうな」
 モラロスはそう言って空を見上げた。
 彼が行ったのは学内でも噂になっている二人だった。
 リューイ・ルーカスとリマイナ・ルイ。
 才色兼備な彼女たちが陸軍に身を寄せる理由なんてないはずだ。
「どうやら、口減らしに遭っただとか」
「……ルイ家でもそうなるのか」
 昨今の社会情勢は不安定極まる。
 不況に不況が重なり多額の資産を持ち合わせていた貴族たちが次々に没落していっているという。 
「ほら! リューイ行くよ!!」
 彼らを余所に、元気な声が周囲に響いた。
 その直後、女子寮からリマイナが飛び出すように現れた。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
 それに続いて出てきたのはリューイ・ルーカス。
 銀色の髪を揺らして現れた彼女はヴェゼモアの目を奪った。
「どうした、惚れたか」
 モラロスの問いにヴェゼモアは「いいや。でも、可憐だな」と答えた。
 その頃は、そんな感情しかなかった。
「さて、俺らも行こうか」
 モラロスはそう言うと、立ち上がった。
「あぁ、そうだな」
 ヴェゼモアもそれに続いた。

「なぁ、モラロス」
 街を歩くなら、ヴェゼモアは隣の同期に声をかけた。
「どうした?」
「女を買うって、どうすればいいんだ?」
 18になってすぐ軍学校に入校したヴェゼモアは肝心なことを知らなかった。
 とにかく先輩たちから「女を買え」と言われてきたからそれに倣ったに過ぎない。
「……どこに行けばいいんだろうな」
 ヴェゼモアを誘ったモラロスでさえ、知らなかった。
 二人は大きくため息を吐くと「酒、でも飲むか」と笑った。


「たぁっくよぉ! やってられるかっての!!」
「おいおい、呑みすぎるなよ」
 酒瓶を机の上に乱立させたモラロスを気遣うようにヴェゼモアはなだめた。
「これが呑まずにやってられるか!」
 モラロスはそう言って酒瓶を机にたたきつけた。
 彼が荒れているのには理由がある。
 昼過ぎごろから街に繰り出した彼らはなんとか風俗街を見つけ出したものの、門前払いを食らってしまったのだ。
「クソッタレが! なんで俺らが海軍のせいでこんな目にあわにゃなんねぇんだ!」
 一週間ほど前、海軍の兵たちが風俗街に訪れた際、それはそれはひどいありさまだったようで。
 軍関係者お断り、と言われてしまったのだった。
「あの海坊主どもめ……」
 モラロスはそう言って突っ伏してしまった。
 どうしたもんかと頭を抱えたヴェゼモアに声をかけた男がいた。
「おいおい、軍学校のやつらはずいぶんとお気楽なもんだな?」
 そう言ええ声をかけてきたのは紺色の制服に身を包んだ若者たち。
 一目でそれは海軍軍学校のものであると理解できた。


「いやぁ~楽しかったね」
 私とリマイナは夕食を終え、そろそろ寮へと戻ろうかと市街を歩いていた。
 どうやら、海軍の大きな演習があったようで海軍軍人が多く街を闊歩している。
「もう私はクタクタよ」
 満足げな顔をするリマイナにそう言う。
 今は私服で歩いているため、海軍軍人に絡まれるようなこともない。
 普段、海軍軍学校と陸軍軍学校の生徒は仲が悪いため注意して歩く必要があるのだが私服があるとその心配がなくていい。
「私服があるのもいいものね」
 私はそう言って笑った。
「えへへ、何も気にせずに出かけられるっていいでしょ」
 リマイナはそう言ってうれしそうに笑った。
 その直後、真横にあったパブから怒声が聞こえた。
「なんか文句でもあんのか!!」
 直後、鳴り響くガラスの割れる音と、女性店員の悲鳴。
 乱闘騒ぎだ。
 私はすぐさまそう察した。
 大方、海軍の兵たちが問題を起こしたのだろう。
 そう思い、野次馬気分でそこへ視線を向けると海軍軍学校の生徒と、見慣れた顔があった。
「あれ、ヴェゼモア? じゃない?」
 私がリマイナにそう尋ねると彼女は「あー……そうかも?」と首をかしげていた。
 進級してからまだ1か月同級生の顔もいまだに正確ではないが、彼の顔だけは覚えていた。
 なんでもとても優秀なようで、順位表の上位にいるのを何度か見ていた。
「彼が、問題を起こすとは思えないのだけれど……」
 私はそう言って注視していると海軍軍学校の生徒がヴェゼモアのことを殴った。 
 直後、彼が反撃するのを期待したが何もする気配はない。
 チキンか。
 私はそう落胆しかけたが、ヴェゼモアは海軍軍学校の生徒に毅然と言い放った。
「言説で勝てないからと拳にで黙らせようとするとは……」
 彼はそう言って鼻で笑った。
 それを見て海軍軍学校の生徒は頬を紅潮させた。
 彼が声を上げるとヴェゼモアの周囲を海軍軍学校の生徒が取り囲む。
「不味いわね」
 私はそう呟くとリマイナのほうへと顔を向けた。
 彼女は小さくため息を吐くと「おせっかいなんだね」と笑った。
「憲兵を呼んでくるから時間稼いでおいて」
 リマイナはそう言うと人ごみの中へと消えていった。
 私は大きく息を吐いて、覚悟を決めると声を上げた。
「これはこれは海軍学生諸君! 私の同期に何か用かね?」
 普段はつかわないような口調を使いながら、野次馬たちの壁を割る。
 私の姿を見て、海軍軍学校の生徒たちは呆然としていた。
 それもそうだろう、わずか弱い14にも満たぬ少女が毅然と立ち向かってきたら、嘲るよりも先に呆然としてしまうだろう。
「おいおい嬢ちゃん、虚勢を張るのは辞めときな」
 一人の生徒がそう言うと、ほかの者たちも続いて笑った。
「まだ中等部だろ? いい子はおうちに帰ってねんねしときな」
 海軍学校生の一人がそう言って私に手を伸ばしてきた。
 私はそれを軽く手のひらで叩くと睨んだ。
「この軍服が見えないのかしら? これだから、海坊主は」
 私がそう言って嘲笑うと海軍学校生は激高した。
「この! あまり海軍をなめるな!」
 彼はそうい言ってこぶしを振り上げた。
 それを見てわたしはとっさに右手で自らの顔を覆った。
 やっぱりやめとくんだった。
 痛いのは苦手なんだよなぁ。
 そう思っていると、耳元で声がした。
「逃げるぞ」
 その声に驚いて目を開けると、目の前にはヴェゼモアがいた。
 私はなすすべもなく彼に抱えられるとそのまま、彼は走り出した。
「待て!」
 後ろでは海軍学校の生徒が何やらわめいている。
 その直後、憲兵が現れた。
「貴様らぁ!! 何しとるか!!」
 憲兵の登場にたじろいた彼らを余所に、ヴェゼモアは路地裏に逃げ込んだ。

「もう、大丈夫だろうか?」
 ヴェゼモアは路地裏から外の様子をうかがうと私を地面に降ろした。
「……確か、ルーカスといったか?」
 彼の問いに私はクスリと微笑んだ。
 なんだかおかしくなってしまった。
「えぇ、リューイ・ルーカスよ。あなたは?」
「ヴェゼモア・アルトマンだ」
 私と彼は奇妙な自己紹介を終えるとこぶしを突き合わせた。

 私に始めてできた戦友、というやつだった。


「忘れもしないわ」
 私はコーヒーをすするとそう言って笑った。
「モラロスを忘れていたのを気が付いた時には二人して青ざめましたね」
 彼もまた、そう言って笑った。
 懐かしい記憶だ。
 結局翌日に教官室に呼び出されてこっぴどく叱られた。
 どれもこれも、懐かしい記憶だ。
「大勢いなくなってしまったわね」
 私の同期は10人いた。
 今となってはそのほとんどが死んでしまった。
「私は必ず生きて帰るわよ」
 それでも運命を否定するように私は宣言した。
 何があっても生きる。
 リマイナのために、家族のために私は生きなければならない。
「では、私は貴女のために生きましょう」
「うれしいことを言うじゃない」
 ヴェゼモアの言葉に私はそう言って笑った。
「お出ましですよ」
 彼はそう言って笑うと扉を見つめた。

「リューイ! おいてかないでよ!」
 勢いよく飛び込んできたリマイナを見て呆然とする私。
 それとは対照的に得意げな笑みを浮かべるヴェゼモアを見てリマイナは困惑していた。

「必ず、生きて帰りましょう」

 私は二人にそう言った。 
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