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第一章

第三話 前言撤回

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 私が断るとラアタンは指差した手を力なく下ろしながら机に座りうつ伏せになる。

「そうか、やはり嫌か……」

 ラアタンが机に突っ伏したまま顔だけをこちらに向け、目から光を無くし呟く。

「魔王領を安全に助けられると思ったのだがな」
「あれ? 今の真面目な話だった? 私と結婚してずっと一緒にいてくれるなら、代わりになろうか?」

 元気をだしてもらおうと、ふざけながら言ってみた。

「それだけはなにがあっても、無理だぁ~」

 そんなに泣かんでも。泣きながらうつ伏せになったラアタンの代わりに、ギギファラさんが教えてくれた。

「本来なら結界が自然消滅するまで百年間待ち、継承のダンジョンを復活させる予定でした。ですが裏切り者により『食料を創り出す者達』が結界の外に連れ出されてしまったのです」
「裏切り者?」

 私が気になり聞くと、ラアタンが激怒しながら立ち上がった。

「四天王の一人が我らを裏切り、勇者のパーティーの下僕となったのだ! その時、大勢の小さき魔王達が連れ去られてしまった……今頃は奴隷として酷い目に遭っておるに違いない」

 ラアタンは怒りで肩を震わせると唇を噛み締め目から涙が溢れさせる。ギギファラさんがその背中を擦りながら続ける。

「この世界では迫害されていた人間の中から迷宮師ダンジョンマスターと呼ばれるジョブを持つものが現れ〝魔王〟という種族として生まれ変わります。見つかると国に隷属させられ食料となる魔獣と様々な素材、アイテムを創るだけの奴隷として生かされます。力がなく人間の奴隷として暮らす、彼らのことを私達は『小さき魔王』と呼んでいます」

(え? 私も迷宮師ダンジョンマスターだよね? もしかして奴隷扱いされるの?)

 不安がる私にギギファラさんが安心するように微笑む。

「ここは魔王領内のですので、小さき魔王達は魔族達と共に国民として仲良く暮らしていますよ」

 助かった、奴隷として暮らすことになるかと思った。いくら女神様でも嫌がらせでそこまではしなかったらしい。この国でなら魔族と仲良く暮らしていけるかも知れない……魔族?

「魔族って継承の間にいた魔物達のこと?」
「人間族には一括にされていますが、そうですね。簡単に説明すると……」

 説明してもらった結果がこうだった。

『魔獣』
 ……獣に近く知能も低い魔物。迷宮師ダンジョンマスターのジョブを持つ者達がDPを使い生み出し、ダンジョンに放たれている魔物達の総称。自身を生み出した迷宮師ダンジョンマスターを迫害していたような悪人の肉が好物。

 ※魔王領内で消費される食料のうち、魔獣達が落とすドロップアイテムの食材が八割を占めていた。

 ※ダンジョンの魔物はダンジョン内でリスポーン再出現するため、定期的に獲得可能。ダンジョンから外に出て野生化して生息している魔獣も多い、その場合ダンジョン内でリスポーンしない。魔王が代替りした場合もリスポーンしなくなる。


『魔族』
 ……知能があり、顔が魔獣に近く身体が人間に似ている種族『ゴブリン』『コボルト』『オーク』『ミノタウロス』『トロール』などの総称。ほとんどの魔族は魔王領内で国民として暮らしている。ほとんどの種族が共通語も話せる。

 ※例外として亡命してきた小さき魔王や人間も領内で暮らしている。

 ※ダンジョンのボスに忠誠を誓っている魔族もダンジョン内でリスポーンする。

 またそれとは別に顔が人間近い種として存在するのが亜人種である。

『亜人種』
 ……顔が人間に近い種族は亜人種と呼ばれる種族『エルフ』『ドワーフ』『獣人』『ハーピィ』『ラミア』などの総称。人間領内に国を構えている。

 ※例外としてヴァンパイア族などのアンデッドの魔族は魔物扱いされている。

 ※ダンジョンのボスに忠誠を誓っている亜人種もダンジョン内でリスポーンする。

 魔物か、人間か、顔の造形で判別されてるのか……世知辛い。

「……という感じで魔王領では『魔獣』と『魔族』は完全に別の生き物なのです。魔物として一括にされるのは人間と哺乳類を一緒くたにするのと同じですから止めてほしいものです」

 なるほど、顔が違うだけか。だったら魔族とも、仲良く暮らせそうな気がする。

「人間と魔族、亜人種は同じ人種みたいなもので、動物と魔獣が人間でいうところの家畜みたいなものかな? 人間が動物を食べるみたいに魔族は魔獣のお肉を食べるってことだよね?」

 ラアタンが落ち着きを取り戻し、勢い良く椅子に座るとつけ足す。

「極論だがそういうことなのだ。魔族の食料となるドロップアイテムを落としてくれていたのは魔獣達だからな。故に継承のダンジョンが使えず……小さき魔王達もおらぬ、今。この国の食料はもう持たぬのだ」
「継承のダンジョンを完全に復活させれば、一時的に消えていた多くの魔獣も蘇り、ダンジョンから膨大な食料を得ることができるのですが代わりに……」

 ギギファラさんが言うにはダンジョンを完全に復活させると、自然消滅するまでの結界のエネルギーをダンジョンが徐々に吸収し、一年後には結界が完全に消えしまうらしい。人間族は結界を監視しているため、消えれば先代の魔王を倒した勇者達が再び攻め込んで来るそうだ。

「ですので、ラヴィアタン様はこれから御子を孕み、お産みになられた一年後に四天王と勇者の足止めに向かわれます。同時に私が別働隊を率いて小さき魔王達を救出に向かいます。そしてもし連れ戻すことができた場合……」

 そこでギギファラさんは言葉を濁し、ラアタン代わりに答える。

「我は自ら命を絶ち結界を張り直す。我が死ねば、国は再び結界に覆われるだろう。継承のダンジョンは再び消えてしまうが、小さき魔王達がおるなら食料の心配もない──」

 ラアタンは自分の肩を抱き、震えながら続けた。

「我が子が育だてば再び、継承のダンジョンは蘇る」
「自分だけが犠牲になるの?」

 涙を流しながらラアタンが言う。

「仕方がないであろう? 何十万という魔族の命が我一人の命で救えるのだぞ! 自らの命を捧げ『継承のダンジョン』の力で民達を助けることが魔王の使命なのだ! そうやって魔王は代々、皆を守ってきたのだ……我だけが逃げるわけにはいかぬのだ……」

 ぐっと息を呑み込み。嗚咽を漏らす。

「ふっぐ……他にどうすれば良いと言うのだ……」

 泣きながら崩れ落ちる、ラアタンをギギファラさんが支えた。

「私が小さき魔王達を救出できなかった場合、もしくはラヴィアタン様の時間稼ぎが保たなかった場合、魔王領は滅びます……ですがカナエ様に協力して頂ければ、必ず魔王領は助かります」

 意味が分からず困惑する。私が手伝えば必ず、魔王領が助かるの? 

「魔王様が死んだ場合、命を糧として結界が国を包みます。そして魔王様がいなくなることにより継承のダンジョンは消え去るのです。では魔王様が二人いらっしゃる場合はどうなると思われますか?」

 どうなるって……

(魔王が死んで結界ができて……魔王が消え、一人でも残ってたらダンジョンは……消えない?)

 ギギファラさんが頷く。

「そうですね。おそらく、結界のダンジョンは消えません。小さき魔王達を助けずとも一人の魔王様が死ねば、安全に結界と継承のダンジョンの両方が手に入るのです」
「じゃあ、私が代わりに死ねば……」
「やめよ! お主が死ぬ必要はない。やはり、小さき魔王達を見捨てることなどできぬ、父の時代からずっと魔王領のために尽くしてきてくれた者達だ。今も我らを信じて助けを待っておるはずなのだ」

 ラアタンが叫び、言葉を遮る。足に力を入れ立ち上がり、私の瞳を見つめる。

「我も最初は自分で命を絶ち……この国をお主に任せようとした。我が死んだ後の数百年を代わりに、魔王として生き抜いてほしかったのだ」
「さっき言ってたのって、そう言う意味だったの?」

 自分が命を絶つから、私に代わりに魔王になれってことだったの?

「そうだ。故にずっと一緒にお主と生きることは、無理だと言ったであろう」

 ラアタンが申し訳なさそうに伝えてくる。

「ギギファラが何処の馬の骨分からぬ者を魔王として祭り上げた時は驚いたが、初めからお主と小さき魔王達を犠牲にして、我と継承のダンジョンを安全に手に入れる腹積もりで、我とは逆の考えだったのだな」

(ギギファラさんが……私を犠牲に……?)

「そんな……」

 私は深い悲しみに駆られてギギファラの方を向くと、ものすごい勢いで首を左右に振っているのが見えた。

(え? なに? ものすごく場の雰囲気にそぐわないんだけど……悪戯が見つかった子供のように全否定しなくても……ギギファラさん?)

 語りかけてみるが返事はない。

 私が不安そうにしていると、ラアタンが「ニカッ」っと微笑み、優しく言う。

「安心せよ。元より我が命、使い捨てるつもりで継承の儀を受けたでな。お主を我の代わりとして生贄にはさせぬ。一年後、我と四天王が勇者共に挑む前に魔王城を離れるが良い、我が死に再び結界が張られたとき、結界の外にいれば魔王としての資格を失うはずだ」
「私だけ逃げても良いの? 私に留まって魔王をやって欲しかったんじゃないの?」
「我かギギファラが失敗すれば、お主は死んでしまうのだぞ? 死ぬのはいや、なのであろう? 案ずるな、人の国まで逃げる抜け道は用意してやるでな」

 私と小さき魔王達を犠牲にすれば確実に自分の命と国が助かるというのにそれを絶対に選ばない、少女を見つめる。
……目の前で震えながらも、自分の命を捨ててでも全部を救おうとしている少女を見る。
 この甘ちゃんでドストライクな容姿の少女を見捨てて逃げたのなら、私はそれを一生悔やむだろう。毎日、夢に見るほど思い出して、いやな気分になるだろう。

「自分こそ、死ぬのは怖いでしょう?」

 ラアタンは魔王としての覚悟を決めているのか身体は震えているのに強がりながらも私を安心させようとする。

「当たり前であろう。だが、我もただで死ぬつもりはないぞ? 結界が無くなるまで一年間で、ダンジョンを強化して四天王達と一緒に圧倒的に強くなってみせるからの! 勇者共なんぞけちょんけちょんに倒してしまうかも知れぬぞ?」

 ラアタンは誰が見ても嘘であることが分かるほど震えていた。思わず、抱き締めて考える。

「なん……だ……やめよ、どうしたのだ?」

 私に何かできるか考える。ラアタンを死なせずに、小さき魔王達を助けることはできないだろうか?
 正直、女神様に呪われて知力が『1』になってなければ『変異召喚』で全員助けれたと思う。この呪いさえ解ければ全員助けれる。
 それが駄目なら、この世界に今後、秩序を回復させるために大勢の人が私のユニークスキルを獲得して送られてこようとしている。その中にもし志穂が混ざっていれば、色々と選択肢も増えるはずだ。
 私が頑張れば、自分の命を捨ててまで全部を助けようとする、この少女を救うことができるかも知れない。

「ラアタン……私にも手伝わせてくれないかな?」
「ラアタンって呼ぶで無いわあああああっ!」
「グブッゥゥゥッ!」

 顎を頭突きで強打されて宙に打ち上げられた。私をなんの躊躇いもなく蹴り飛す、ご立腹の少女を視界に捉えつつ。

 おかしいな? 凄く良いこと言ったつもりだったんだけどなぁ……薄れゆく意識の中でそう呟いた。
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