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第一章

第七話 私達はママになったのだった

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 「ん?」

 外大陸の西にある魔導の楽園都市ロマタイト・パラダイトの王城から北に伸びるように建つ立派な建造物ロマネイトは一見すると強大な壁だが宿泊施設を兼ねた高級感の漂う宿でもある。内部は宿泊だけではなくありとあらゆる一流施設が入り込み、世界中から王族や貴族が泊まりに来る。魔法を覚えるために……
 中心に近い内側は魔導鉱山と呼ばれる鉱山であり、内部の岩壁からは魔導書が飛び出ている。掘り出された魔導書は発掘が終わった壁に強大な本棚を埋め込むことで天井に届く高さまで魔導書により埋め尽くされている。ロマネイトを訪れた者達はまず、強大な本棚に圧巻させる。
 魔導書は持ち出しが禁止されており、魔導鉱山から持ち出すと数日で使い物にならなくなるため、独占されたり悪用される危険性は少ない。魔導書に記してある魔法を覚える資格を持つ者のみが魔導書を開け、文字が読めるのだ。
 日々、新たな魔導書が発掘される鉱山の一角にひときわ大きな豪邸が建っている。移動する豪邸ロゼ・イクだ。この豪邸に住む女性は今年で齢80になるはずだが身体は小さく少女にしか見えない。
 この世界で不老の魔導書を開くことができた唯一の存在、『大賢皇ロゼイナ・マグノギア』その人である。魔王討伐後は国に深く関わり、政治や治安を改善して様々な偉業を成し遂げた。
 国が平和になったあとは朝から晩まで豪邸に引きこもり、魔導書を読みふけっている。

「スースーする……少し怠い」

 目を覚ますとパンツが無くなっていた。魔力も底を尽きかけていたようだ。自然回復が早いので数秒後には全回復しているだろう。

「パンツがない……まあいいか脱ぐ手間が省けた……」

 彼女は朝風呂派なので、どうせ朝に下着を変える。マイペースな性格も相まってこの時は深く考えず寝直すことにした。

 全ての序章とは気がつかずに……


「まあ……なんだ……誰にでも失敗はあるものだぞ?」
「私はカナエ様がそう言うご趣味でも嫌いに成ったりはしませんよ?」
「プーァ!」

 二人と一匹は崩れ落ちた私に気まずげに声をかける。

「ああっ! 辞めて……優しい言葉をかけないで、知力『1』の弊害が酷い!」
「落ち込むのは後にして握り締めてるパンツを片づけよ。アイテムボックスにでもしまっておけ、宝物庫に放置されてもかなわぬからな」

 アイテムボックス? アイテムボックスと言えば、今や異世界ファンタジーものの定番。

「アイテムボックス……私も使えるの?」
「使い方も知らぬのか、子供でも知っておるぞ」
「カナエ様の世界はこちらと全然違うようですね。ステータスボードを開いてアイテムボックスと念じればアイテム欄が出現しますので、しまいたい物に触れてステータスボードを触れば入れることができますよ」

 子供でも使い方を知ってるの? 試してみるとパンツが消えてアイテム欄に『大賢皇のパンツ』……変異召喚により装備者の力を宿し、魔力を吸収する異物となり。召喚する際に、大賢皇の力を宿し、魔力の全てを吸収したパンツ。

「大賢皇のパンツに説明が出てるんだけど?」
「アイテム欄に物を入れれば説明が出るのは当然であろう?」

 なにそれ、鑑定いらずじゃん?

「そのご様子では使用者のレベルの合計以下の重さの物をレベルの合計と同じ数までしまえることも知らなそうですね?」

 私の知ってるアイテムボックスとは違ったか、残念ながらチートはできなそうだ。

「待てよ? 大賢皇のパンツと言ったか?」
「うん?」
「面白いではないか、もしかしたら『創造』で魔力に長けた魔獣が生まれるやも知れぬぞ? 試しに何か創ってみよ?」

 パンツから魔獣を生み出すって何? 想像もつかないんだけど……創造だけに……

「まあ、ちょうど良かったではないか『大賢者の皇玉』を変異召喚で出せていたとしても『召喚』用の供物にしかならなかったからな」
「そうですね。元々、魔獣を呼ぶのが目的でしたし」
「ん? 皇玉じゃ駄目なの?」

 じゃあ、なんで皇玉を召喚させようとしたたのか疑問に思う。

「うむ、供物によるデメリットを教えておらなんだな。『創造』で魔獣を生み出す場合、同じ性質を持つ供物を贄として毎日、魔獣に与えねばならぬ、そうせねば魔獣は好き勝手に動き。命令を聞きづらくなるぞ。『繁殖』では供物を使って産まれた者にしか強化や能力付与の効果は及ばず、一世代にしか効果がない。供物は毎回使い捨てになる。『召喚』の場合は縁のある者しか呼べぬのがメリットでもありデメリットであるな」

 それって……

「だとしたらこのパンツで魔獣を創ったら毎日パンツを上げないと駄目になるんじゃないの?」
「プッ、ククッ、良いではないか? 毎日パンツを剥ぎ取ってやれば。父を倒したほどの大賢皇が毎日パンツが消えることに怯えながら日々を過ごすなど滑稽ぞ?」

 ラタンはツボったのか、お腹を抱えて床で笑い転げる。可愛い。

「ラヴィアタン様お召し物が汚れますよ」
「すまぬすまぬ、そうだの。そのままでは大した物は生まれるやも知れぬな、これをカナエの複合錬金で合成して使うと良い。我が魔力を宿しておる故、良い供物となろうぞ」

 ラタンはそう言うと後髪を掴み、爪を伸ばし一気に切り落とす。

「ちょっと!」
「なんぞ?」

 髪が見る見る伸び、次の瞬間には元の長さまで戻っていた。

「伸びるの早くない?」
「我ほどの魔王ならこのくらい超回復するでな。カナエもそのうち覚えれるぞ?」

 ああ、迷宮師ダンジョンマスターのスキルなのかな? 呆然としながら髪を受け取り、複合錬金してパンツに合成する。
 そのまま『創造』を選び現れた虹色の魔法陣の上に供物を乗せるとDPが不足しています。と警告が出る。

「え、DP無くなってる!」

 1,000,000DPも有ったのに二回召喚で空になったの?

「供物を使った召喚でのDP消費は1/100に成るはずですが先程の化け物とプーダの召喚で全てを使い切ったようですね」
「あの化け物を呼んでそれで済めば安い方であろうよ」

 元々は二体で1億DP! どうやったらDPが貯まるのかは分かんないけど燃費物凄く悪くない?
 ラタンがステータスボードを操作し何か確認してこちらに来る。

「仕方あるまい、共有DPを使うが良い」
「なにそれ?」
「今、『継承』の力で引き継いでおるはずのDPがどうなったのか確かめてみたら、共有DPという項目がステータス画面に追加されておるわ。二人で使うことを許可した場合にのみ使えるぽいのう」

 本当だ増えてる。ひい、ふう、みい、1億DP!

「多くない?」
「先代様が国のためにと貯めていらっしゃった分ですね」

 ギギファラさんが懐かしそうな顔で微笑む。

「使っちゃって良いの?」
「構わぬぞ? このDPを使って国を救えれば良いのだ。早急に四天王となる魔族を呼び出さねばならぬからな」
「遊んでるように見えても四天王のこと覚えてたんだね」
「当たり前であろう。先ほどの化け物のように従わぬ者が現れては敵わぬからな、安全に呼びだして従えるための法則を見つけようぞ」

 目が泳いでいるが、気づかなかったことにした。

(召喚で呼び出した化け物は、なんで従わなかったんだろう?)

 ステータスボードを開いて召喚と複合錬金の項目を眺めながら考えていると、ゆっくりと説明文が浮かび上がる。
 『複合錬金した供物で言うことを聞かせたい場合、または友好的な関係を築きたい場合、複合錬金をする時に自身の一部をも素材として入れてください』

(説明出て来るの遅過ぎないかな? もしかしたらコレも知識『1』の弊害かな?)

 女神様に合う機会が再び訪れたら捕まえて毎日抱き枕にすることを勝手に決めた。

「どうしたのだ? 覚悟を決めた顔をして」
「なんでもないよー、魔物に言うことを聞いて貰う方法が分かっただけだよー」

 棒読みで返事をする。

「めちゃくちゃ重要ではないか!」

 うん、重要だね。女神様に呪いを掛けられてなければ最初から分かっていたことだけどね。女神様勘弁してください。

「何度か使って貰った最上級回復薬って髪も生えてくる?」

 試しに私も髪の毛を入れてみようかと思ったけど髪を短くするのは嫌なので聞いてみた。

「切った直後で有れば可能だぞ? 何だ髪を使うのか? カナエの髪は短いからの仕方あるまい。ギギファラ、専用ジョブのスキルオーブ持ってきてやれ」
「かしこまりました。こちらが超回復の専用ジョブのスキルオーブになります。このスキルを覚えたい念じれば覚えれますよ」

 横に有った宝箱から無造作に鈍く光る球体を取り出す。

「スキルオーブあるの? 専用ジョブ?」
「御座いますね。専用ジョブとは自分のジョブだけで覚えれるジョブスキルの事で御座います。どの職業でも覚えれるの共有スキル用のスキルオーブも御座いますが、どちらもダンジョンの魔獣達からドロップ致しますね。確率は低いですが稀に取れますよ」
「父が貯めていたオーブがかなりあるでな、カナエも欲しいものが有れば使うが良いぞスキルポイントの節約にもなるでな。因みにオーブは供物には成らぬぞ」

(oh……覚えたい放題なの? オーブを受け取りしげしげと眺め思う。女神様により太っ腹だね! よ! 太っ腹!)

 などと心の中で言っていたら、ギギファラさんがこちらを睨んだので慌ててスキルオーブを使ってみる。念じると幻想的に光だし溶け込むように胸の中に消えていく。

「ラタン髪、切って」
「うむ」

 スパァッッン!

 音ともに頭が軽くなる。

(髪の毛、伸びろ! 髪の毛、伸びろ!)

 必死に何度も念じると元の長さに戻った感覚がし触る。これ便利かも知れない。散髪で失敗しなくなる。

「ほれ」
「ありがとう」

 無造作に掴まれた髪の毛の束を受け取る。髪の毛、掴んでなかったけどどうやって集めたんだろうか? 気になるけどパンツに髪の毛を合成するのを優先する。後は『創造』で呼び出すだけだ。

「それで暴走せぬようになったのか?」
「多分ね。そうだ……創造でも召喚みたいに詠唱したほうが良い?」

 ふと思い出したので聞いてみる。

「念のために詠唱なされた方が宜しいかと思いますよ」

 仕方無いか。次こそと『創造』を発動させて供物……パンツを魔法陣に乗せると詠唱を始める。少し考える。パンツしか連想できない。なんだっけ、大賢皇は無限の知識と魔力を宿してるんだっけ? 出来れば間者に使えそうな魔獣が良いよね。 私達の髪の毛の分の魔力も宿ってるから……

「え、えーとぉぅ、我らが……ち、知を引き継ぎ、無限の魔力と力をその身に宿し、生い茂る自然の狭間より、限りなく全てを見つめ観察せしモノよ……今、生まれいでよ!」
「ヒィ……」

 集中するために目を閉じ詠唱を続けていると隣からラタン怯えた声が聴こえ、二人が後ろの方へ遠ざかる気配を感じる。
 また何かヤバイのが出たのかと目を開くとパンツから蔦が生え、絡み付きのパンツを飲み込む、更にその周りに湧き出るように小さな蜘蛛の似たな虫が大量に湧き出て重なり合い下から持ち上げるように、蔦の塊を押し上げていく。ドン引きした。

「うわぁ……」

 私より少し大きくなった塊は徐々に人型になり、虫たちが隙間を埋め、顔ができ、肌ができ、完全なる人となる。
 枯れた蔦に見えた髪は色をそのままに美しく流れる長い髪になり、髪より濃い色をした小さな紫陽花に似た綺羅びやかな髪飾りを所々につけ、虫の甲殻を思わせる漆黒の服が白い肌を覆うようにドレスになる。ドレスの先には蜘蛛の脚を思わせる突起が広がっていた。
 魔法陣が消え静寂が広がる中、そこには貴族の令嬢を思わせる美しい少女が佇んでいた。私より少し背が高い少女はドレス端を摘み突起と共に広げ優雅にお辞儀すると口を開く。

「ご機嫌麗しゅう、母様方。私は『植蟲のアストラル・フィアー』この世界へ生み落としてくださり感謝致しますわ。寵愛を込めて『アスフィア』とお呼びくださいませ」

 感極まったと言わんばかりに、少女が小走りで近づいて来る。それに合わせて私達は後退る……

「か、母様方?」

 一筋の汗を流し、少女がおずおずと一歩づつ近づくいてくると私達も更に後退る……

「魔族が出てきたよ? 魔獣しか創れないんじゃなかったの?」
「プアー! プーァ!」
「我は知らぬぞ! ギギファラ!」

 二人と一匹で疑問を押しつけ合い、ギギファラさんの方を見る。

「見たところ友好的なようですし、お話してみてはどうでしょうか? 可哀想じゃないですか? ほら、泣いておりますし」

 視線を戻すとお尻が床につかぬように器用に膝を抱えて座り、ぐすぐすと泣いている。
 ああしてると大きな蜘蛛にしか見えない。

「どうしてですの~、どうじて母様方は私を避けるんですの? えっぐ、えっぐ、私、いらない、子なの?」

 嗚咽を漏らし、涙を滴らせ、割とガチ泣きしてる。罪悪感に胸を苛まれ二人と一匹で慌てて慰める。

「だ、大丈夫! 大丈夫だよー、嫌いじゃないよ。守備範囲の外だけど大好きだよー」
「プ、プップッ! プワーワッ!」
「そうだぞ! 嫌いではないぞ、生理的に受けつけなかっただけで、どちらかと言えば好きだぞ! さっきみたいに大量の虫にならなければ!」

 ラタン! 私よりもフォロー下手か!

「ほら、モフモフをだよ~、撫でてみない?」
 
 プーダを掴げ上げアスフィアの目の前でひっくり返しモフモフを撫で回しフサフサの毛を差し出す。少しだけこちらを見てくれたが直ぐに俯き腕に顔を埋める。
 
「う、う、う、うぐぅ~」

 クッ、駄目か泣き止みそうにない! 

「泣くでない、アスフィア! いや……『アス』よ! 我が子と言うなら簡単に泣くことなど許さぬぞ! 女は強さぞ!」

 アスフィアの肩がピクリと震え顔を上げる。

「アス?」
「うむ、アスフィアでは他人行儀な気がするでな。今より汝を『アス』と呼ぼうぞ!」

 目が輝く、もうひと押しで立ち直ってくれそうだ。プーダを投げ捨て便乗する。

「そうだよアス! もう嫌ったりしないから、ね?」
「か、母様方~」

 アスは震える両手を私達に向ける。
 私とラタンは顔を見合わせ頷くと二人して手を広げる。

「「おいで」」

「母じゃまぁ~、うぇ~ぐ!」

 ギギファラさんが居ないと思ったら、抱き合う私達の後ろでカチャカチャとティーワゴンに色とりどりの美味しそうなデザートを乗せてやってきた。テーブルと椅子をアイテムボックスから取り出し、並べ終わると笑顔で振り返り締め括る。

「仲直りできたならティータイムにしましょうか」

 皆で見つめ合い微笑む。色々と話さなければならないこともあるが、先ずは腹ごしらえだ。席に座り、美味しいケーキやクッキーを食べながら紅茶を飲み笑い合う。

「プァ?」

 目を回していたプーダは遠くの宝箱から頭を出すと、いつの間にか仲直りしていた私達を見て不思議そうに頭を傾げる。

 ……こうして私達ママなったのだった。
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