向日葵とみつばち

桜井ケイ

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 すぐに名前を覚えてもらえるタイプの人間ではないことは自覚している。
 印象に残りづらい顔と外見だし、話だって特別面白いわけでもない。
 人間としても女としても『普通』という言葉以外ぴったり当てはまる言葉がないくらい、10人中10人が『普通』の印象を持つだろう。



  最寄り駅まで徒歩15分の道のりを毎朝いつも同じ時間に歩く。違うのは服装とその日の気分で選んだイヤホンから流す曲だけだ。

 山下実和やましたみわはいつもと変わらない時間に出勤して、始業20分前には会社の自席に着く。

 制服のないこの会社では着替える必要がないため、女子更衣室に自前のロッカーがあるものの、そこには寄らず職場へ直行するのだ。

 会社に制服がないと好きな服が着れてお洒落が出来ると喜びそうなものだが、実和とっては少し苦痛だった。

 お洒落は嫌いではないし、むしろ休みの日には好きな服の店を回るのが趣味のひとつだけれど、オフィスカジュアルとなるとただでさえ地味な実和はますます地味になりがちだ。

 今日も紺色の膝丈スカートに水色ストライプのシャツの上に薄いグレーのカーディガンと黒の3㎝ヒールパンプス、髪は黒に近いブラウンのストレートミディアムロングをゆるく結んだ清潔感ある無難だけどはっきり言って地味な外見だ。

 もちろん自分で地味だと自覚している。
 もう最近では、「内勤の経理なんだから地味でもいいや」な境地になってきた。

 度々ひとつ下の後輩的場が「実和さんは顔が可愛い系なんだから綺麗色とかも着ればいいのにー」と気遣い混じりに言ってくる。
 ありがとう、可愛い系だなんて女子特有のお世辞でも嬉しいよ…。

「肌が白くて目鼻立ちハッキリのふわふわロングな的場さんみたいな女の子を世間では可愛いと言うのよー」
「えー、これはこれでカッコいい女系にはなれないのが悩みなんですよ!可愛い系は年齢に限界がありますもん…」

 地味よりはいいと思うんだよね。
ひがみとかじゃなくて純粋にピンクやベージュが似合う女の子は印象も好感度もいいと思う。
 自分には持ってないものばかりで羨ましい。

 外見は甘々可愛い系の的場だが、真面目な性格で仕事も正確、自分に厳しいタイプの頼れる後輩だ。

 今在籍している経理課には女性職員が後輩2名先輩1名と実和の4人。
 2つ上の古田が仕事が出来て指導力もあって人当たりもいい、非の打ち所のない尊敬出来る先輩なので年齢はバラバラな女4人でも仲が良い。
 恵まれた環境で働けてるなぁといつも思う。

 今年入社5年目に入ったので新人を教える立場にもなった。今年入った新人は飲み込みもよく素直で可愛い。
 自分が入社したときを思い出す。こんなに可愛いくもなければ仕事を覚えるのも早くはなかった。

「入社したときは緊張しっぱなしでミスしまくったけど楽しかったな…」

 いつものようにパソコンの電源を入れて今日取りかかる伝票などを机に準備しながら小さく独り言が出た。
 楽しかったのは新人研修、と、その少し前の就職活動真っ只中のころ。普通ならもがき苦しむ時期なのだけど。

 あのとき実和の世界は一変した。



 前から知っていた彼とはじめて出会ったのが就職活動中。

 実和のほうが一方的に知ってはいたけれど話しかけたりはしなかった。そんな何も起きない3年が過ぎてはじめて話たのが同じ会社の就職説明会だった。

 平野亮ひらのりょうの存在は高校3年生のときにはじめて知った。
 実和とは同じ高校だったのだが、3年間同じクラスになることはなく互いに互いを知らないままだった。
 とくに実和は目立つ女子ではないので、同じクラスの、とくに男子などは「そういえばいたな」くらいの認知度。他クラスの男子は知らなくて当然だ。

 卒業前、実和の友達が「亮に告白したい」と相談してきたのがきっかけではじめて彼の存在を知った。
 友達は亮が実和と同じ大学に進学が決まっていて自分は離れてしまうから最後に告白するという。
よくある卒業あるあるなのだけど、実和は亮のことを知らないので友達の話を聞くことしか出来なかったのだけど。
 何度か友達とこっそり隣の隣のクラスに亮を見に行ったり、友達の話す亮の話を聞くうちに彼に興味を持った。

 たぶんそれは恋心などではなく純粋な興味だった。あのころは。

 切れ長でほんの少しタレ目のいわゆる可愛い系イケメンで男女分け隔てなく接する亮には当時女の子との噂が山ほどあったのだけど、本当に彼女がいるのかはわからなかった。
 そして友達は卒業式に告白してあっさり振られた。

 それから実和は亮と同じ大学に入学し、学部は違うものの実和はキャンパスでたまに亮を見かけることになる。
 ただそれだけ。
 知り合いでもなんでもないのだから話かけることも、かけられることもなく大学生活は過ぎた。
 それでもたまにキャンパスで亮を見かけるとつい目で追っていた。

 高校の制服だったときとは違い、爽やかで好感度のある服装の亮の周りは相変わらず男女問わず人が多かった。
 接点もないから彼がモテるとか彼女がいるとかなどの話は届いてこなかったけど、きっと相変わらずモテていただろう。

 そんな知り合いじゃないのに一方的に知ってるちょっと気になる同級生。



 一変したのは本当に突然だった。

「この会社受けるんだ?よろしくな」

 会社説明会で亮から話かけられた。
 ビックリなんてもんじゃない。
 なにが起こったかわからず一瞬頭が真っ白になって固まった。
 そんな実和を彼は説明会で緊張してるんだなと思ったようだけど。

 話しかけられた緊張で、返事や相づちしか出来ない実和にかまうことなく亮が話てくれたのは、大学で実和を見かけたことがあり同じ大学じゃないかと声をかけたとのことだった。

 たまたま説明会で隣の席になっただけなのだが、実和は顔に出ないよう必死で知らない振りをしていた。
 なのに、まさか向こうから話かけてくるなんて。
 しかも大学で実和を見かけたことがあって、しかも覚えていたなんて。

 自他共に認める印象に残らない、この地味な女を。

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