野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

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 目の上で何かが揺れたような気がして、シーラは閉じていた瞼を持ち上げる。

「起きたか?」
「じる……?」

 シーラは眠そうに枕に顔を擦り付けながら、自分の頭の上にあるものへ目を向ける。
 かざすように持ち上げられている彼の手に触れようと手を伸ばすものの、ジルヴィウスは素早くそれを避ける。叱るように軽くシーラの額を叩くと、再び頭の上にかざした。
 叩かれた額を擦りながら、シーラはぐずるようにジルヴィウスの胸元に顔をうずめる。

「なにしてるの……?」
「お前にかけた防護魔法の確認をしてる」
「……魔法? わたし、魔力消化しちゃうんじゃないの?」

 驚き顔を上げれば、ジルヴィウスの唇が額に触れる。

「魔力と魔法は別物だ。……そうだな。魔力は火、魔法陣は鍋、魔法式は食材、魔法が料理だと思えばいい。詠唱する奴もいるが、あれは鍋と食材、両方の意味がある」
「……可愛い例えだね?」
「お前に合わせてやったんだ」

 腕枕をしていた手が後ろから伸び、シーラの頬を軽く摘まむ。シーラはそれにくすくすと笑いながら、頬をいじるジルヴィウスの手を握った。

「火を消しても出来上がった料理は消えないから、わたしにも魔法がかけられるんだ」
「上出来だ」

 褒めるようにもう一度額に口付けると、ジルヴィウスはかざしていた手をやっと下ろした。シーラは頬にある手を解放し、下ろされた手を両手で握ると、指や手のひらを揉んでいく。

「いつもわたしが寝てるときに確認してるの?」
「じっとしてて確認しやすいからな」
「そんなにちょくちょく確認しなくちゃいけないの?」
「魔法も万能じゃない。一度発動すれば効果を失うし、時間が経てば劣化する。より強固にするために重ね掛けをするのは当然のことだ」

 城から一歩も出られないのにそんな必要あるのだろうか、という疑問は呑み込み、シーラは小首を傾げる。

「すごく今更だけど、わたしに触って魔法使って大丈夫なの?」
「言っただろう。一日中お前を抱いていても魔力は底を尽きないと。問題ない」

 シーラはジルヴィウスの人差し指を咥えながら、「ふーん」と小さく漏らす。

(わたしは魔法を使うってどんな感じなのかわからないからなぁ……ジルが大丈夫って言うならそれを信じるしかないんだよね……)

 弾力のある指を奥歯で甘噛みしながら考え込んでいたシーラは、何かに気付いたように指から口を離した。

「魔法使うとき、ジルは魔法陣とか詠唱とか使ってないよね?」
「……魔法陣と魔法式は脳内で組み立ててる。魔法を使うのに詠唱はしないが、使い魔の名を呼ぶのも分類としては詠唱に入るから、まったく使っていないわけではない」

 片眉を上げ、不可解なものでも見るかのような眼差しを向けるジルヴィウスに、シーラは不思議そうにしながらも「そうなんだ」と返す。

(今ジルが説明してくれたことって、きっと基本的なことなんだよね。魔法に関する勉強はほとんどしてこなかったから、わたしにとっては新鮮だけど)

 再び指を咥えながら、シーラは首を捻る。

魔力消化体質者イジェストについてはこの一ヶ月くらいでだいたい理解したけど、次は魔法についてもっと知りたいかも。王家と四公爵家が始祖の魔法使いの家系だってことぐらいしか知らないし。公爵家の仕事はジルが一人でやっちゃうし、公爵夫人としてわたしも少しは――)

「あっ、そうだ! ――えっ?」

 ジルヴィウスに確認したいことがあったのを思い出し、大きな声を上げたシーラは、口の端からよだれがこぼれたことで、今まで自分がジルヴィウスの指をしゃぶっていたことに気が付いた。

「わっ、わあっ……! ごめんね、ジル……!」

 シーラは慌てて体を起こすと、自分の唾液で濡れたジルヴィウスの指をシーツで拭う。

(そういえば、しゃぶり癖がどうのって言ってた……! 完全に無意識だった……!)

 赤くなればいいのか、青くなればいいのか、恐縮して縮こまるシーラに、ジルヴィウスは深く息を吐き出す。そのまま体を起こし、ヘッドボードに寄りかかるように座ると、自身に凭れさせるようにシーラを抱き寄せた。

「俺以外にやらなければ何でもいい。それで? なんだ?」

 問いかけながら、彼は自身のシャツを肩にかけてくれる。ぶかぶかのそれに腕を通し、普段ジルヴィウスから香るウッディな香りを堪能しながら、「あのね」と彼の双眸を見上げる。

「そろそろ春の社交界の準備が必要でしょ? ジルは――」
「どこにも出ないし、ここでパーティーを開くこともない」
「……!」

 すべて言い終わる前にすげなく否定をされ、シーラは少々大袈裟にショックを受ける。

(うっ、いや……でも……まぁ、そうだよね……)

 シーラは項垂れながらも、仕方がないと溜息を呑み込む。一緒に暮らし始めてわかったことだが、ジルヴィウスはあまり人付き合いが好きではなさそうなのだ。
 結婚後初となる社交界シーズンでもあるし、公爵夫人として対外的にお披露目してくれるのでは、と期待したが、それは過剰な願いだったとシーラは反省する。

(……でも、ジルがわたしの夫なんだって……ジルと結婚したのはわたしなんだって……いろんな人に見せたかったな……)

 社交界シーズンは、ジルヴィウスの妻として、東部公爵夫人として、その手腕を振るうまたとない機会だ。彼の妻として、何か対外的な活動がしたいと常々思っていた。
 それは紛れもない事実だが、シーラはそれ以上に、自分とジルヴィウスが結婚したことを多くの人に知らしめたかった。
 それがあまりいい欲求ではないことは理解していたが、長年ジルヴィウスに片想いをしていたシーラは、ジルヴィウスが自分の夫になったのだと自慢したくて仕方なかったのだ。

(まぁ、しょうがないよね。そもそもジルってここ数年どんなパーティーにも出てないし)

 シーラはジルヴィウスの首元に顔を擦り付けると、いじけたように彼の鎖骨をなぞる。

「……そんなにパーティーに参加したかったのか?」
「ううん……東部公爵夫人としてお仕事がしたかったのと……ジルはわたしのって自慢したかっただけ……」

 ぴくり、と彼の体が揺れたような気がして、シーラは少しだけ頭を起こす。
 ジルヴィウスは口元を手で覆い、視線を逸らしていた。口元を覆う手には血管が浮かび、眉間には深い皺が刻まれている。目つきが鋭く、ぱっと見は怒っているように見えるが、シーラには彼が喜んでいるように見えた。

(……可愛い)

 いじけた気持ちも、ジルヴィウスの愛しさの前では霧散する。
 ちゅっと彼の指先に口付ければ、ジルヴィウスは逸らしていた視線をシーラへと向けた。何度か呼吸を繰り返し、口元から手を外すと、指の背でシーラの頬を撫でる。

「……この城の女主人として仕事をしたいのなら、いいのがある」
「いいの?」

 なんだろう、と首を傾げれば、ジルヴィウスは一拍置いて、口を開いた。

「……庭の管理だ。植える花を決めたり、造り変えたり、そういうのは夫人の仕事だろう?」

 慈しむように、指の背で優しく頬を撫でるジルヴィウスを、シーラはぽかんと口を開けて見つめる。

(にわ……庭? それって……)

 シーラの考えを肯定するように、ジルヴィウスは訥々と続けた。

「敷地外に出ることは許さない。だが……敷地内なら……城の外に出ても、いい」

 最後のほうは消え入りそうなほど小さな声だった。けれど、シーラを見つめる眼差しはどこまでも真っ直ぐだ。

(――っ!)

 ジルヴィウスの言葉の意味を理解したシーラは、勢いよくジルヴィウスに抱き着いた。

「っ嬉しい……! ありがとう、ジル……!」

 返事の代わりに、ジルヴィウスはきつくシーラを抱き締めた。苦しいほどの抱擁は、シーラを外には出したくないと訴えているようだった。それでも、彼の腕の拘束は徐々に弱まり、シーラを自由にしてくれる。

(ジルにとって……ううん。わたしとジルにとって、これは大きな一歩だわ)

 シーラは花が綻ぶような笑みを浮かべると、ジルヴィウスの両頬を優しく包む。

(ジルの心の傷が少しでも早く癒えますように)

 自分がジルヴィウスに幸福を与えられる存在でありますように、と願いを込めながら、シーラはそっと口付けを贈った。
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