野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

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 シーラの気合いに反して取っ手は簡単に下がり、シーラを誘い込むように扉が開く。導かれるまま一歩を踏み出せば、およそ二ヵ月ぶりの土の感触が靴越しに伝わってきた。
 辺り一帯に広がる土と草の匂い。
 ただ窓を開けるだけでは得られない開放感がそこにはあった。

(こうやって太陽浴びるのも久しぶり……。……そう考えると、不健康な生活送ってたなぁ……)

 シーラは小さく苦笑を漏らすと、肺いっぱいに新鮮な空気を取り込む。

(んーっ……気持ちいい!)

 シーラは取り込んだ空気をすべて吐き出すと、後ろを振り返った。

「本当にジルは入れないの?」

 あまりにもあっさり庭園に足を踏み入れることができたため、「公爵夫人の許可がなければ誰も入れない」というのがいまいち信じられなかった。

「……近付くなよ」

 ジルヴィウスは短くそう告げると、開いた扉に向け手を伸ばす。
 彼の手が庭園とサンルームの境界を越えようとした、その瞬間。
 バチチッ、という音とともに稲光のようなものが発生し、ジルヴィウスを拒んだ。

「ジル……!」

 思わず駆け寄りそうになったシーラを、ジルヴィウスは手を挙げて制止する。

「問題ない。気にせず魔法自動人形オートマギアを探しに行け」
「……うん。ごめんね、ジル……」

 眉を下げながら謝罪すれば、ジルヴィウスは気にするなと軽く手を振った。そのまま背を向けたかと思うと、魔法を使っているのかサンルームの調度品の配置が変わっていく。
 シーラは数秒その背中を見つめると、体の向きを変え、園路を進んだ。
 庭園はよく管理されているようで、雑草などは見当たらなかった。

(ジルのお母様が植えた花はどうしたんだろう。……亡くなられたときに消えちゃったのかな?)

 緑と茶色しか色味のない庭園を進んで行くと、薄汚れた白いガゼボが現れた。屋根は半円型のガラス張りで、澄んだ空が透けて見える。
 歩きながら柱の溝をなぞれば、指の腹が土や埃で汚れた。

(サンルームも観葉植物だけは綺麗だったし、ガーディアンの行動範囲は植物だけに限定されてるのかな)

 “庭園の守護者”の名にふさわしいな、と思いつつ、どうせならもう一体、植物以外の掃除や片づけをする魔法自動人形オートマギアを配置したいな、と思う。

(魔法が使えればこのくらい自分で綺麗にできたりするんだろうけど……魔力がないどころか、魔力を消しちゃうからなぁ、わたし)

 実家にいたときはあまり感じたことがないが、東部公爵家に来てからは「魔法が使えたらいいな」と思う場面がとても多かった。
 魔力を消費しなければいけないという理由もあるのだろうが、ジルヴィウスがあまりにも当たり前のように魔法を使うのだ。呼吸する回数より魔法を使う回数のほうが多いのではないだろうか。

(もし魔法が使えたら……、……。……監禁、されそうだなぁ)

 仮に魔法が使えたとして、ジルヴィウスほど自在に何でもできるわけではないだろう。しかし、今以上にできることが多いのは確実だ。そうなると、ジルヴィウスはシーラが逃げ出さないようあらゆる手を使って部屋に閉じ込めただろう。と、そこまで考えて、シーラは首を横に振る。

(ジルはともかく、北部公爵様は魔力のあるわたしには興味ないはずだもの。わたしに魔力があったらエルネスト様との縁談はきっとなかったでしょうね)

 もしかしたら、今頃ジルヴィウスと笑顔の絶えない結婚生活を送れていたかもしれない。

(……ううん。もしかして、なんて考えなくても、これからいくらでもそうなれる)

 気合いを入れるように大きく頷くと、シーラは目の前に現れた建物を見上げた。
 全面ガラス張りにされたその建物は、個人専用にしてはとても大きくて立派な温室だった。

(この中にいるのかな?)

 辺りを確認するように一度振り返ったシーラは、それらしき影が見えないことを確認すると温室の扉を開け中へと入った。

 ◇◇◇

 長年放置していたサンルームを綺麗にし、白で統一されていた味気ない部屋をシーラ好みの暖色系で調えたジルヴィウスは、新品のようになった椅子に座り息を吐き出した。

(久しぶりだな、あの人たちのことを思い出したのは)

 自分によく似た父に、良くも悪くも貴族の娘であった母。
 幼いころは「父」「母」と呼んでいたような気もするが、アカデミーに通い始めたころから、彼らのことは「公爵」「公爵夫人」と呼ぶようになっていた。
 何かそう呼ぶきっかけがあったわけではなく、ジルヴィウスにはそう呼ぶのがしっくりきたというそれだけだ。

 それに対し、ジルヴィウスの両親は何も言わなかった。
 私的な会話をしたこともほとんどなく、親子としての関係性はとても希薄なものだった。ただ、彼らと親しい関係だったことは一度としてないが、彼らが自分に対し何の情も持っていなかったわけではない、ということはジルヴィウス自身理解していた。

 彼らはジルヴィウスの自主性を尊重していたし、ジルヴィウスのすることに否を唱えたこともなかった。それが無関心や放任から来るものでないことは、ジルヴィウスが一番よくわかっている。
 いわゆる“親子の触れ合い”のようなものはなかったが、彼らは一人の人間として常に対等にジルヴィウスを扱っていた。
 周りがどれほどジルヴィウスを“化け物”だと敬遠し蔑んでも、彼らがジルヴィウスを貶したことは一度としてない。

(……合理主義なような見えて甘い人たちだった)

 だからを迎えたのだろう、と顔も判別できないほどぐちゃぐちゃな状態で見つかった両親の姿を思い出す。四肢が欠けるどころか、彼らは内臓の一部まで失っていた。両親は明らかに何者かに襲われて命を落としていたのだ。

(それからは、俺にとっては地獄の日々だったな)

 シーラを巻き込んではいけない、と会いに行くことを控えていたら一年後には疫病が蔓延。手紙すらも送れなくなった。やっと疫病が収束し、シーラとのやりとりを再開できると思ったら、隣国に赴いている間にシーラが婚約してしまったのだ。

「――くそッ!」

 テーブルに拳を叩きつけたジルヴィウスは、自分を落ち着かせるように呼吸を繰り返す。
 あのときのことは、何度思い返しても腸が煮えくり返るほどの怒りをジルヴィウスに覚えさせた。
 ジルヴィウスはテーブルに叩きつけていないほうの手で顔を覆うと、浅い呼吸を繰り返しながら顔を上下にさすった。

(……疫病のせいで、結局あの人たちの事故についても満足に調べられなかった。今も調べさせてはいるが……こんなことならシーラに会いに行っておけばよかったと……ただ俺が気を付けて守ればよかったんだと、何度後悔したことか……)

 爪が食い込むほど強く手を握り締めていたジルヴィウスは、遠くから聞こえる声に、はっと顔を上げる。

「……ルー……、……よー……」
「シーラ?」

 勢いよく椅子から立ち上がったジルヴィウスは、扉の前まで急いで移動する。庭園に手を伸ばせば電撃に弾かれ、忌々しそうにガラス板を殴った。殴ったところで鈍い音しか鳴らず、ジルヴィウスは苛立たしげに舌打ちする。

「馬鹿げた空間を作りやがって……!」

 会ったこともない先祖に悪態をつきながら庭園を注視していたジルヴィウスは、鮮やかな黄色がひらひらと揺れながらこっちに近付いて来ていることに気付いた。

(なんだ? 姿勢が……何か引きずってるのか?)

「ジルー……見つけたよー……!」
「……!」

 ジルヴィウスは少し扉から離れると、庭園に手を向けた。

(五代目が城に組み込んだ魔法は侵入と破壊の拒絶だ。呼び寄せるくらいなら……)

 そう思い風の魔法を使おうとしたものの、庭園とサンルームの境で魔法が弾かれ、室内に風が起こる。

(許可がない者のすべてを弾くのか……面倒な魔法を組み込みやがって……!)

 ジルヴィウスは再び盛大な舌打ちをすると、八つ当たりするようにもう一度ガラスに拳を叩きつけた。
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