野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

十二

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「奥様、今度のお出かけにはこちらのお帽子を被られてはいかがですか」

 茶色い髪のメイド――リディがつばの広い白い帽子を持ってくると、金髪のメイド、イレーヌが大袈裟に息を吐いた。

「帽子なんて被ったらせっかくのセットが崩れちゃうじゃない。あんたは貴族の装いというものを知らないんだから、余計なことはせずに掃除でもしてなさい」

(また……)

 シーラは出そうになった溜息を呑み込みながら、後ろを振り返る。
 二人の傍では、紺色の髪のメイドのネリーがおろおろと視線を動かしていた。
 彼女たちを紹介してもらってから約一ヵ月半。彼女たち全員を傍に置いて様子を見てきたが、イレーヌはすでに自分が側仕えになったかのように二人に指示を出すことが多かった。
 三人の中では彼女が一番年上なため、それも仕方がないのかもしれない、とは思っている。ただ、それだけであればよかったのだが、彼女は他の二人を見下すような発言も多くするのだ。

 自己紹介のときに貴族の血を引いていることをアピールしていたが、彼女はどうやら自身の平民という身分に劣等感を抱いているようだった。
 心証がよくないにしろ、審査は公平でなければと定期的に三人それぞれと面談をしているのだが、イレーヌは事あるごとに、「父方の祖父が貴族だったので貴族らしい生活をしていた」、「家には使用人がいた」、「一年中パーティーをしていた」など、“貴族らしさ”をアピールしていた。

(ジルのことも、ジルを好きっていうより、貴族の世界に足を踏み入れたい、って感じなのよね……)

 最初のうちは何かとジルヴィウスにちょっかいをかけていたイレーヌだが、ジルヴィウスがシーラ以外に興味がないと判断すると、彼女はシーラを懐柔するほうに方向性を変えた。
 心を入れ替えたわけではなく、シーラに真摯に対応することでジルヴィウスの歓心を買おうとしたのだ。
 ジルヴィウス曰く「愛人や情婦にでもなりたいんだろう」とのことだ。

「ほら、何ぼさっとしてるの、リディ。さっさとそれ片付けなさいよ。あんたも何突っ立ってるの? ネリー。気が利かないわねぇ、これだから孤児院出身は……。申し訳ありません、奥様」

 リディやネリーに対する居丈高な態度とは違い、イレーヌは媚びるようにシーラを見つめる。ちらりとネリーを窺えば、可哀想なくらい青ざめていた。

(……そろそろ潮時ね)

 見限るには十分な時間チャンスを与えただろう、とシーラは拳を握るとイレーヌを見つめ返す。

「イレーヌ、あなた――」
「申し訳ありません、奥様。よろしいですか」

 今まで黙ってイレーヌを見ていたリディが、シーラを見つめる。
 髪と同じ茶色の瞳は「自分に言わせてくれ」と訴えているようだった。

(確かにリディには、『売られた喧嘩は自分で買うから大丈夫』と言われていたけど……)

「ちょっと! 奥様の言葉を遮るなんて何を考えてるの!」

 本当に大丈夫だろうか、と悩んでいる間にイレーヌが金切り声を上げる。イレーヌに睨まれても、リディは許可を求めるようにシーラを見つめていた。

「リディ! あんたね――」
「イレーヌ。やめて。あなたたちは三人とも見習いの立場であって、そこに上下関係はないの。あなたにリディを叱責する権利はないわ」
「……!」

 イレーヌはリディへ向けていた眼差しをそのままシーラに向け、顔を真っ赤にさせた。

「奥様! 私はっ――」
「リディ、待たせてごめんなさい。続きをどうぞ?」

 イレーヌの言葉を遮り、リディに首肯を返せば、リディは頷き返し、イレーヌを真っ直ぐ見つめた。

「先ほど奥様が言って……おっしゃっていましたが、あなたに命令される筋合いはありません」
「なっ……!」
「年齢も出自も関係なく、優劣もないと奥様はおっしゃ……おっしゃっていました。それなのに日に日に日に日に、日に日に日に日に……」

(ちょっと日に日にが多くない……?)

「日に日に日に日に、まるで自分のほうが立場が上だと。まるでイレーヌさんが主人だとでも言うように命令するようになって……」
「おっ、奥様には何も言われなかったわ!」
「私が様子見してほしいとお願いしたからです」

 はっきり言い切ったリディに、イレーヌは勢いよくシーラを振り返る。シーラが肯定するように頷けば、イレーヌは眉を吊り上げた。

「奥様! 最初から私を除け者にしようとしてたいのですか!? それはあまりにも不公平では!? そのように最初から差別されては――」
「公平に見ようと思ったから奥様は様子を見てくれてたんですよ。それにイレーヌさんがあたしやネリーさんを馬鹿にしたとき、奥様はフォローしてくれてました。それを聞いてたなら、普通、自分の言動がおかしいって気付きますよね? そうやって様子を見て、イレーヌさんが自分から言動を改めるように見守って……チャンスを与えられている自覚もなかったんですか?」
「っきちんと注意してくだされば私だって気を付けたわよ! 不満があるなら直接伝えるのも義務では!? それを黙ってるなんて……!」
「――喧しい声が聞こえると思ったら……お前たちは俺の妻の前で何を喚き散らしているんだ?」
「ジル……!」

 突如室内に現れたジルヴィウスに、三人は息を呑み、声のしたほうを向いた。
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