野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

十四

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 あの騒動から数日後、特に何の問題もなく日常は過ぎていた。

「奥様、お帽子はどうされますか」
「今日は日差しが強いから被るつもり! そのつもりでほら! 三つ編みにしてもらったの!」

 胸元に垂れる二本の三つ編みを持ち上げて笑えば、リディがわずかに目元を緩めた。

「ではこちらをどうぞ」
「ありがとう!」

 手渡しされた帽子を被り、鏡で姿を確認したシーラは、立ち上がって一回転する。

「どう? 変じゃない? 大丈夫かな?」
「すっごい可愛いです」

 大きく頷いたリディの傍で一号と二号もこくこくと頷いた。
 シーラははにかみながら、レモンイエローのワンピースを見下ろす。

(ジルも可愛いって言ってくれるかな?)

 普段着ているものよりは簡素な作りになっているワンピースのスカート部分を摘まみながら、シーラは口元を緩める。
 今日はジルヴィウスと約束していた春の祝祭フリュー・ティバル――通称、花祭りへと行く日だ。
 花祭りの開催期間は二週間で、祭り自体は昨日から始まっている。すでに多くの人で賑わっていると、下見に行っていたギーが教えてくれた。

(ジルとの初デート……ドキドキするけど嬉しいな……)

 ジルヴィウスとのデートはシーラの夢だった。
 いつか彼と手を繋いで街を歩いてみたいとずっと夢見ていた。
 それがやっと現実になるのだと思うと、嬉しくてたまらなくなる。
 飛び回りたい気持ちをぐっと堪え、ジルヴィウスの迎えを待っていると、扉のノック音が聞こえた。大きく跳ねた心臓を押さえるように胸に手を当てながら、シーラは努めて落ち着いた声色で「どうぞ」と声を掛ける。

(前は部屋に突然現れるのにびっくりしたけど、今はノック音にびっくりしちゃう)

 跳ねる鼓動を抑えるように深呼吸をしていると、ゆっくり扉が開いた。
 現れたジルヴィウスの姿に、シーラはほうっと息を呑む。
 彼の装いは、シーラ同様、平民に見えるような簡素なものだった。しかし、その簡素な装いが彼の持つ野性味を引き立たせており、普段の高貴さとはまた違った魅力を醸し出していた。
 厚い胸板をちらつかせる白いシャツ。サスペンダーに吊るされたベージュのズボン。いつも左分けにされている前髪は下り、彼の少し癖のある艶やかな黒髪が額を覆っている。

「~~好きっ!」

 たまらず叫び抱き着けば、少々呆れたような溜息が頭上から降った。

「開口一番それか」

 ジルヴィウスは帽子越しに軽く頭を撫でると、体を離し顔を覗き込む。

「もう準備はできてるな?」
「うんっ、大丈夫!」

 満面の笑みで頷けば、ジルヴィウスはわずかに目尻を下げ、部屋の外へと目を向けた。廊下には口元に笑みを張り付けたギーが立っている。

「俺がいない間、も頼んだぞ」
「お任せください、旦那様」

 恭しく頭を下げるギーを一瞥すると、ジルヴィウスはリディへと目を向ける。

「シーラがいない間お前をギーにつけるのは、シーラがお前を気に入っているからだ。お前自身を認めたわけじゃない。命が惜しければ余計なことはせず、ギーの指示に忠実に従うんだな」
「奥様の信頼に応えられるよう、精一杯頑張ります」
「あんまり気負わず、無理しないでね、リディ。それから、リディをよろしくね、ギー」

 二人に交互に目を向けながらそう伝えれば、リディは気合いを入れるように頷き、ギーは了承を示すように軽く頭を下げた。

「……では、そろそろ行くぞ。しっかり掴まってろ」
「! うんっ」

 ぎゅうっとジルヴィウスに抱き着けば、体がふわりと宙に浮いた。次の瞬間には人々のざわめきが聞こえ、シーラは思わず閉じていた目を開く。

「わあっ、宙に浮いて……下着見えちゃわない!?」

 多くの人々で賑わう大通りを見下ろしながらそう声を上げれば、ジルヴィウスは「問題ない」と息を吐いた。

「認識阻害の魔法をかけてる。だいたい、不特定多数の人間にそんなものを見せると……俺が見ることを許すと、本気でそう思ってるのか?」

 己の嫉妬深さと独占欲の強さを自覚したジルヴィウスの発言に、シーラは「確かに」と頷きつつ、思わず笑ってしまう。

「笑うとはいい度胸だな」
「んっふふ……ごめんなさい」

 くすくすと笑いながら見上げれば、軽く鼻を摘ままれた。

「まあいい。行きたいところや見たいもの、買いたいものがあれば遠慮せずに言え。だが、俺から離れることは許さない。いいな?」
「もちろんそれはいいけど……離れないっていうのは具体的には? まさかずっと抱き着いてるわけにもいかないし……抱き上げて運んでもらうのも……」
「俺は別に構わないが?」
「わたしは嫌っ、ちゃんとデートみたいなことしたい!」

(抱き上げて移動なんて子どもみたいじゃないっ)

 ジルヴィウスに抱き上げられるのが嫌なわけではないが、周りの人からきちんと夫婦だと認識されるような振る舞いをしたかった。
 外に出られたことも、ジルヴィウスとデートできることもとても嬉しい。けれど一方で、夫婦には見られなかったらどうしよう、という不安もわずかにあった。

(わたしがもう少し大人っぽかったらな……)

 抱えていたわずかな不安が顔に出たのか、ジルヴィウスはシーラを片腕で抱き上げると、軽く唇を重ねた。

「手を繋いだり、腕を掴んだり、その程度でいい。一人で行動するようなことがなければ、それで十分だ」
「……それだけでいいの?」
「ああ。その代わり、周りなど気にせず存分に楽しめ」

 いいな? と額を合わせるジルヴィウスに、心の奥底にあったわずかな不安が薄れていくのを感じた。

(そう、よね。もし兄妹とかに見られたらすごく悲しいけど……周りばかり気にして楽しめないほうがもったいないもの)

 自分たちがわかっていれば周りなど関係ないか、と頷こうとしたシーラだったが、それより早くジルヴィウスが「それに」と言葉を続けた。

「お前の気に障った人間やお前を害した人間は、一人だろうが百人だろうが俺が消してやる。だから何も気にする必要はない」

 目を細め、至極当然だとでもいうようにそう言ってのけたジルヴィウスに、シーラは一拍置いてにこりと頷いた。

(周りの人のためにも、ジルの傍から離れず、何も気にせず、精一杯楽しまないと……!)

 この場にいる全員の命運は自分が握っているのだと、先ほどとは違う不安と緊張を抱えながら、シーラは固く拳を握り締めた。
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