野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

十五

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 人気のない場所へ降り立つと、ジルヴィウスはシーラを下ろした。
 乱れたスカートを直し、帽子も被り直して顔を上げたシーラは、ジルヴィウスの姿を見て大きく目を見開く。

「眼鏡!?」

 思った以上に大きな声が出てしまい、珍しくジルヴィウスが肩を震わせた。

(眼鏡!? なんで!? さっきまでかけてなかったのに!?)

 食い入るように見つめるシーラに、ジルヴィウスはわずかに眉を下げながら眼鏡に触れた。

「……お前が嫌なら取るが」
「取っ……!?」

(――ってほしくないけど取ってほしい……! 今日眼鏡するって知ってたら事前にわたしが独り占めできる日を作ってもらったのに……!)

 自分でも初めて見る姿を不特定多数の大勢に見せるのが惜しくて、シーラは苦悶の表情を浮かべる。

(でもこれって変装してるんだよね……!? じゃあ、取ってとは言えない……!)

「取っ……らなくて……いいよ……!」
「……本当か?」

 今までないほど気遣わしげに自分を見つめるジルヴィウスに、シーラは思わず顔を顰める。
 先ほどまでは強い野性味を感じていたというのに、眼鏡があるせいか現在はそれがだいぶ薄れ、表情も相まって今のジルヴィウスは少々気弱そうに見えるのだ。
 普段とはまるで違う魅力を持つジルヴィウスの姿に、シーラはときめきを覚えずにはいられなかった。

(普段……! 普段の髪を分けてるジルだったらまた違う印象になるはず……! 見たい……!)

 欲望に飲み込まれそうになる心を必死で抑えながら、シーラはジルヴィウスの腕にしがみついた。

「眼鏡は取らなくても大丈夫! でも、普段のジルも素敵だけど、眼鏡をかけたジルもとっても素敵で、きっとみんな好きになっちゃうから絶対わたしから離れないでね! 他の人に声掛けられてもついて行っちゃだめだから!」

 ふんっと鼻息を荒くしながら言い聞かせるシーラに、ジルヴィウスは一拍置いて、ふっと目を細めた。

「わかった。お前の命に従おう」

 レンズの奥で揺らめく金の瞳が愉しげで、シーラの胸は甘く締め付けられる。

(うっ……太陽の下で見るジルもとっても素敵……! っていうか……ちょっと、昔のジルっぽいのが余計に罪……!)

 思う存分ジルヴィウスを愛でたい、という欲求を必死に抑え込みながら、シーラは平静を装い「ジル」と声を掛ける。

「変装するってことは、呼び名も変えたほうがいいかな?」
「いい。間違えて普段通り呼びそうだしな、お前は」
「確かに……!」

 否定できないことが悲しいな、と悔しがっていると、ジルヴィウスは自分の腕に絡んでいるシーラの手を取り、指を絡ませて繋いだ。
 往来でジルヴィウスと恋人繋ぎができることが嬉しくて、思わず視界が滲む。
 長年抱えた恋心が報われたような、そんな気分だった。

「……えへへ」

 ジルヴィウスを見上げて笑みを漏らせば、彼は空いている手で軽くシーラの頭を撫でた。

「代わりに俺がお前をユニスと呼ぶ。まぁ、名前が知れ渡っているから、わかる者にはすぐわかると思うが」
「わたし、そんなに噂になってるの!? っていうか、ジルにその名前呼ばれたの初めて! すごく新鮮!」
「“シーラ”は呼びやすいし、響きもいいからな。噂については……まぁ、気にするな。ほら、行くぞ。腹も減ってるだろう」
「! うんっ」

(ジルが気にするなって言うならきっと悪い噂じゃないよね?)

 一体どんな噂が流れているのか気にはなるものの、今は初デートのほうが重要だ。シーラはその疑問を頭の隅へと追いやると、ジルヴィウスに導かれるまま、人で賑わう大通りへと進んだ。





(わあ……!)

 目の前の広がる光景に、シーラの表情は自然と明るくなる。
 馬車が入れないよう規制され、出店も多く出ている大通りは、人々の熱気と活気に満ち溢れていた。あちこちから客を呼び込む声が聞こえ、どこからか楽器を演奏する音も聞こえてくる。
 花祭りの名に相応しく、出店や道路はもちろん、もともとある建物にも花が飾り付けられ、行き交う人々も花を身に纏っている。辺りには美味しそうな匂いとともに華やかな香りも充満していた。

(花祭りに参加すること自体は初めてじゃないけど、東部公爵領の花祭りは噂に聞いてた通りすっごく賑やか!)

「まずどこ行く!? 何食べる!?」

 興奮気味に振り返れば、軽く頭を小突かれた。

「先に身に付ける花を買うぞ」
「! そうだったね! ――あっ、お花いいですか?」

 ちょうど近付いて来た花かごを持った女性に声を掛ければ、女性はにこやかに笑みながらかごを差し出した。

「もちろんですよ! どのお花になさいますか?」

 かごの中には、ガーベラやスイートピー、フリージアなど春に咲く花がたくさん収められていた。

(どれも綺麗……)

 どれにしようかな、と迷っていると、ジルヴィウスが硬貨を差し出した。

「――赤いアネモネを妻に」

(えっ……)

 驚きジルヴィウスを見上げれば、花かごを持った女性が「まあ!」と声を上げる。

「素敵ですね、ありがとうございます!」

 女性はどこか微笑ましそうに笑むと、シーラの帽子に赤いアネモネを挿した。

「素敵な旦那様ですね」

 そう囁く女性に、シーラは目頭が熱くなるのを感じながら、小さく頷く。
 幼いころ、ジルヴィウスと一緒にたくさんの花を植えた。
 かつて、彼はたくさんの花をシーラに贈ってくれた。
 花言葉というものを教えてくれたのもジルヴィウスだ。
 その彼が、赤いアネモネの花言葉を知らないはずがない。

(……嬉しい)

 シーラは声が震えそうになるのを必死に我慢しながら、柔らかな笑みを女性へと向けた。

「じゃあ……わたしはオレンジのカーネーションを、夫に」

 女性は大きく頷くと、オレンジ色のカーネーションを手に取る。
 ジルヴィウスはそれが差し出されるより早く繋いだ手を持ち上げ、シーラの手の甲に口付けた。

「俺に触れていいのはお前だけだ。そうだろう?」

 言葉の意味を察した女性が、素早くシーラにカーネーションを差し出す。シーラはお礼を伝えながらそれを受け取ると、シャツの胸元に花を挿した。
 どこか満足そうに目を細める彼の表情から、オレンジ色のカーネーションを選んだ理由がきちんと伝わっているのだと実感できた。

「まだまだお選びになれますよ。どうなさいますか?」
「自分で好きな花も選んだらどうだ?」

 二人の視線を受けながら、シーラは緩く首を横に振る。

「ジルが選んでくれたお花だけでいい。これだけがいい」

 はにかみながら帽子のつばに触れれば、ジルヴィウスはわずかに目元を和らげた。しかし、すぐにいつも通りの無表情に戻ると、彼は女性へと目を向け、追加で硬貨を渡した。

「妻を喜ばせた礼だ」
「ありがとうございます! どうぞ素敵な一日をお過ごしください!」

 女性は大きく手を振ると、人ごみの中へ消えていく。それを見送ったシーラは、顔を伏せながら「ジル」と声を掛ける。

「……大好きよ」
「……ああ」

 いつもより柔らかなその声色に、シーラは再び視界が滲むのを感じながら、繋ぐ手に力を込めた。
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