野獣公爵の執愛

ゆき真白

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第二章

十六

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 最初に向かったのは、肉の焼けるいい匂いを漂わせる出店だ。

「今更だけど、ジルって外で食べ歩きみたいなことしたことあるの?」

 列に並びながら問いかければ、ジルヴィウスは一拍置いて「一応な」と頷いた。
 どこか含みを感じる言い方だったものの、過去のことを掘り下げてもいいことはないとシーラは「そうなんだ」と返す。

「わたしは小さいころにお兄様と一、二回したことがあるだけで、ほとんどないんだよね。だからとっても楽しみ!」

 満面の笑みを浮かべながら顔を上げれば、ジルヴィウスが何か言いたげに口をまごつかせた。どうしたんだろう、と言葉を待っていたシーラだったが、彼が何か言うよりも早く注文の順番が来てしまい、彼は店主とやりとりを始める。

(……言いたくなったら言ってくれるかな?)

 今は無理に尋ねるときではないか、とシーラは目の前に光景に目を向けた。
 店主は手際よく動き、半円型の袋状になったパンにレタスを詰めていく。そこに腸詰めと小さくカットされた豚肉追加し、何かのソースをかけると、木の皿に二つのパンを乗せた。

「はいっ、お待ちどおさま!」
「ありがとうございます!」

 ジルヴィウスが代金を払い、差し出された皿を受け取るのを見ながらお礼を口にすれば、店主の男性は歯を見せて笑った。

「どうぞ楽しんでくださいね!」
「行くぞ、ユニス」

 これ以上会話はするなとでもいうように手を引いて進んで行くジルヴィウスに、シーラはぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「……あんまりお話ししないほうがいい?」
「……別に好きにすればいい」

 そう言いながら、ジルヴィウスは不服そうに眉を寄せている。
 ここで「嫌だからやめろ」と言わないあたり、ジルヴィウスはなんだかんだシーラに優しく甘いのだ。
 彼はシーラを支配し、自由を奪っているようで、意に沿わぬことはしないよう尊重してくれている。態度は不遜で高圧的だが、その根底にはいつだってシーラへの気遣いが見え隠れしていた。

(こういうところを見ると、ジルってわたしのこと好きなんだなぁって実感する。でも、そのわりに不機嫌な態度を隠そうともしないんだよねぇ……それが構ってって言ってるみたいで、可愛いなぁって思っちゃう)

 この数ヵ月でずいぶん毒されたなぁ、と思いながら、シーラは小首を傾げた。

「ジルが嫌なことはしないよ?」

 現状、シーラにとって最も大切なのはジルヴィウスの心の安寧だ。余程受け入れがたいことでなければ、ジルヴィウスの意を汲むのはやぶさかではない。
 シーラにとってはジルヴィウスに寄り添ったつもりの発言だったが、ジルヴィウスはさらに眉間の皺を深めた。

「ジル……?」
「持ってろ」
「えっ? うん……」

 ジルヴィウスに差し出された皿を受け取り、彼に連れられるままついて行くと、ジルヴィウスは飲み物を売っている出店へと向かった。ジャスミンティーを注文し受け取ると、片手で木のコップを二つ持ち、手を繋いだまま空いているベンチへと向かう。

「ほら、座れ」
「う、うん」

 ジルヴィウスに促され、手を放してベンチへと座る。皿を足の上に載せ、差し出されたコップを受け取ると、ジルヴィウスはシーラの帽子を取った。

「あっ……」
「なんだ。ここは木の影になってるから今はいらないだろ」
「う、ん……そうだね」

 シーラはちらりと帽子へ目を向けつつ、素直に頷いた。
 ジルヴィウスが選んでくれた赤いアネモネの花が飾られている帽子を外すのは惜しい。けれど、彼の言うことももっともだ。
 そう思いつつも、思わず視線を下げると、ジルヴィウスが目の前にしゃがみ、シーラを見上げた。

「え、えっ? ど、どうしたの?」

 戸惑うシーラを、ジルヴィウスは真っ直ぐ見つめる。

「言いたいことがあるなら言え。何でも俺に従おうとするな」

(あ……)

 シーラが何かに気付いたように瞳を揺らすと、ジルヴィウスはそっとシーラの指先に触れた。

「俺が……そうさせているという自覚はある。何を言われても許せないことはあるだろう。だからと言ってお前の意見を一切聞かないということは……、……」

 ない、とは言い切れないのか、ジルヴィウスは半端に口を開きながら、眉を寄せた。
 シーラを想う気持ちと、己の欲望の狭間で揺れているのだろう。薄いガラス越しに彼の瞳が揺らめき、金に橙が混じる。
 その葛藤している姿すら愛おしくて、シーラは眉尻を下げだ。

「大丈夫よ、ジル。わたし、これまでだって言いたいことは言ってきたし、嫌だなって思うことはちゃんと伝えてきたでしょ? 納得できないことだったら、いくらジルの頼みでも聞いたりしなんだから」

 シーラはわざとらく頬を膨らませ、どこか怒ったような素振りを見せたものの、すぐに柔らかな微笑を浮かべた。

「だから、そんな風に気にしないで。わたし、そんなに“いい子”じゃないよ」

 ね? と優しく頬を撫でたものの、ジルヴィウスの表情は晴れない。まだ何かを気にしている様子のジルヴィウスに、シーラはもしかして、と口を開く。

「ねぇ、ジル。これから一緒にいるなかで、ジルの譲れないものとわたしの譲れないものが重なって、喧嘩しちゃうこともあるかもしれない。けど、もしそうなっても、そのときはちゃんと話し合って、お互い妥協できる部分を探そう? わたしのほうがたぁーくさん譲歩したとしても、ジルのことを想う気持ちは絶対に変わらないよ。大好きよ、ジル。きっとずっと、愛してる」

 顔を綻ばせ、たっぷりの想いを込めながらそう告げれば、やっとジルヴィウスの目元が緩んだ。

(わたしに嫌われないか気にしてるんだ……可愛い……)

 自分の予想が合っていたことに安堵しつつ、笑みを深めたシーラだったが、すぐに「あっ」と声を上げた。

「あの、じゃあ、せっかくだから、お願いがあるんだけど……」
「ああ。なんだ?」

 何でも言え、と伝えてくれる力強い瞳に、シーラはわずかに頬を染めながら、帽子の赤いアネモネを指差した。

「帽子はなくてもいいんだけど……そのアネモネだけは傍に置いておきたくて……」
「……ああ」

 帽子を取られた際、シーラが何故あんな反応をしたのかわかったようで、ジルヴィウスは納得したように頷いた。
 ジルヴィウスは安堵にも似た息を漏らすと、帽子から丁寧に赤いアネモネを取る。そして花弁に口付けを一つ落とすと、シーラの耳の横に花を挿した。

「……よく似合ってる」
「……うんっ。えへへ、ほら、ここ座って? 一緒にご飯食べよう?」

 隣の空いたスペースを叩けば、ジルヴィウスは「ああ」と頷き、隣に腰掛けた。
 買って来たパンを食べ、ジャスミンティーで喉を潤しながら、ジルヴィウスと他愛ない話に花を咲かす。その間、シーラはずっと花開いたような、溌溂とした満面の笑みを浮かべ続けていた。
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