ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第二章

初めての交流

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 シュネーヴェ王国の名は、かつてこの土地にあったシュネーヴェという地名から来ているが、現在の都市名である“ネヴェティ”にもその名残がある。当時、他国の都市名を新たな国名とすることに反対する元ルドルティの民もいたそうだが、国王であるライムンドがかたくなに譲らず、国名と王都名が決められたそうだ。
 そのためか、もともとこの場所にいた住人たちは、ルドルティから移動してきた人物たちを快く受け入れ、建国式典のパレードでは今回のように多くの民が新国王を迎えた。

(この場所が戦火に巻き込まれなかったことも理由かもしれないわ。国王陛下が気に入られたこの土地を守るため、シルバキエ公爵などが尽力したと聞いたし)

 今この場にどれほど元の住人がいるのかわからないが、彼らの表情は一様に明るい。ルシアナを歓迎する意味もあるだろうが、それ以上にレオンハルトの結婚を喜んでいるようだった。

(シュネーヴェ王国にとっても、元シュネーヴェの人々にとっても、彼は英雄なのね)

 街に立ち並ぶお店には、ところどころ犬を模したマークが見える。

(シルバキエ公爵の紋章である黒い狼にあやかっているのね。王都の人々がどれほど閣下を慕っているか窺えるわ)

 ルシアナは笑みを深めながら、街中の路地へも目を向ける。
 高く雪が積まれているところもあるが、どこもとても綺麗に整えられている。
 国が大きくなればなるほど、管理が行き届かず貧富の差が広がり、いわゆるスラム街と呼ばれる場所も生まれやすくなるが、シュネーヴェ王国にはそういったものが見当たらない。

(ここは王城へと続く大通りだから見当たらないだけかもしれないけれど……不思議とネヴェティにスラム街はないように思えるわ。トゥルエノと雰囲気が似ているからかしら)

 建物の形や色合いなど、見える景色はまるで違う。しかし、人々の活気や温かさがトゥルエノ王国の王都と似ているような気がした。

(と言っても、わたくしがトゥルエノの王都を実際に見たのは、つい先日シュネーヴェへ出発したときが最初で最後だったけれど。もうすでにシュネーヴェの街を見ている時間のほうが長いわ)

 ルシアナの中にあるトゥルエノ王国の風景は、家族が見せてくれた絵がほとんどだ。絵と言っても、画家が描いたものではなく、魔法術師によって現実の風景を正確に模写したもので、実際の風景を切り取ったような絵、ということで「切り絵」と呼ばれている。

(自分の目で直接、母国を、母国の民を見たいと思ったけれど、これでよかったのかもしれないわ。この国で過ごす時間のほうが長くなるのだもの。この国で多くのものを見て、学んで行きたいわ)

 左側を向いていたルシアナは、右側の人々に手を振るべく振り返る。すると、それとほぼ同時に、レオンハルトが馬を走らせ前方へと進んだ。
 先ほどまでの歓声が徐々に別のざわめきへと変わっていき、右側に立つ人々も前のほうを見ている。

(馬車も止まったわ。馬車の前に誰かが出てきたのかしら)

「ベル」

 呼びかければ、向かい側の席にベルが姿を現す。

「様子を見て来てもらえないかしら」
「わかった。万が一があるかもしれないから、離れたところから見るぞ」
「構わないわ」

 ルシアナが頷いたのを見て、ベルは馬車の屋根をすり抜け出て行く。

(わたくしもベルのように霊体になれたら楽なのだけれど)

「ルシー」

 思っていたより早いベルの帰還に、ルシアナは目を瞬かせる。

「早かったね?」
「ああ。たいしたことじゃなかったからな。外に出て自分で見てみればいいんじゃないか?」

 そう言うと、ベルは役目は終わったと言わんばかりに、再び姿を消した。

(本当になんでもなさそうだったわ。でも、ああ言うということはわたくしが外に出たほうがいいのかしら。わたくしが外に出ることで迷惑をかけるかもしれないけれど……)

 ルシアナは大きく頷くと、レオンハルトからのプレゼントをコートの内側にあるポケットにしまい馬車の扉を開けた。
 突然扉が開いた馬車に、近くにいた人々は驚いたように口を閉ざし、それが周りへと広がって、辺りが静かになる。

(シルバキエ公爵は……あちらだわ)

 ルシアナは、周りの様子など気にしていないように馬車から降りると、前方にいるレオンハルトのもとへと向かう。
 周りの異変に気付いたのか、途中でレオンハルトがこちらを振り返り、大きく目を見開いた。しかし、ルシアナはそんなレオンハルトの様子を気にすることなく、距離を縮めていく。

(閣下の近くにいるのは……子ども、と母親かしら)

 馬から降りたレオンハルトの体に隠れて見えなかったが、彼の近くには親子らしい二人が立っていた。その二人も驚いたようにルシアナを見ている。

(女の子が持っているものは花かしら?)

 子どもは、三~四本の黄色い花を手に持っていた。道端に咲いていた花を摘んできたような小さな花束だ。近付きながら様子を窺っていると、我に返ったのか、レオンハルトが壁になるように間に立った。

「何故……いえ、馬車へお戻りください。王女殿下」
「何かトラブルでもあったのかと気になってしまって。なんでもないのなら戻りますわ」

 ルシアナはにっこりと笑うと、上半身を横に倒し、奥の二人を見る。

「ごきげんよう。どうかなさいましたか?」

 微笑を浮かべながらそう声をかければ、母親が弾かれたように頭を下げた。

「も、申し訳ございません! うちの娘がっ――」
「せーれいさま?」

 母親の声を遮るように、女の子が声を出した。

「こーしゃくさまのおよめさんは、せーれいさまなの?」
「こらっなにをっ――」
「まあ、ふふふ」

(わたくしが精霊だなんて)

 ルシアナは思わず笑みをこぼした。
 おかしそうに笑うルシアナに、母親は戸惑ったような視線を向けるものの、子どもの瞳は嬉しそうにきらきらと輝いている。

「ふふ、何故わたくしを精霊だと?」
「だって、とってもきれいだから!」
「あら」

 ルシアナは口元に手を当て、くすくすと笑う。

「ありがとう、初めて言われたわ。でも、残念だけれどわたくしは人間なの」
「そんなにきれいなのに!?」
「こらっ」

 母親に口を塞がれた子どもは、不思議そうに瞬きを繰り返す。

「ありがとう。あなたもきっと美人になるわ」

 目尻を下げて笑いかければ、子どもは嬉しそうに顔を輝かせ、母親の手から逃れるように顔を動かす。

「あのね! お花とってきたの! こーしゃくさまのおよめさんにわたしたくて!」

 様子を見守っていた周りの人々が戸惑ったように囁き合う。隣の母親の顔色は土色になっており、その肩はわずかに震えていた。
 ルシアナは数度瞬きしたあと、にこりと笑うと、上半身を戻しレオンハルトを避けて子どものもとへと行く。

「どうもありがとう。とても嬉しいわ」

 目線を合わせるようにしゃがみ、子どもから花を受け取る。その中から一本取り出し花びらに口付けると、花は黄色から赤色に鮮やかに色を変えた。

「あなたに精霊王様のご加護がありますように」

 色の変わった花を子どもの耳にかければ、子どもは満面の笑みを浮かべ、「ありがとう!」と大きな声でお礼を口にする。様子を窺っていた周りの人々は、子どもの声に呼応するように再び大きな歓声を上げ始めた。
 その歓声は間違いなく、ルシアナ本人を歓迎するものだった。
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