ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第二章

初めての交流、のそのとき

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(王族というのは皆話を聞かないのか……?)

 目の前で平民の親子と話しているルシアナを見ながら、レオンハルトは内心盛大な溜息を漏らす。
 勝手に馬車から降り、平民と親しげに交流する姿は、長年の友であり、従兄弟でもある、シュネーヴェ王国の王太子・テオバルドを思い起こさせた。

(馬車から勝手に降りる王族などテオくらいかと……)

 そこまで考えて、レオンハルトはルシアナと初めて会ったときのことを思い出した。遠目からだったが、あのときも自発的に馬車を降りていたような気がする、とレオンハルトは小さく息を吐いた。

(勝手に馬車から降りないよう、事前に行っておくべきだったか……。そんな馬鹿げた注意、テオ以外には必要ないかと思っていたが)

 もう一度漏れそうになった溜息を飲み込みながら一歩ルシアナに近付くと、彼女が持っていた花が一輪、色を変えた。

(あれは……)

 一瞬、ざわり、と毛が逆立つような感覚が、全身を包み込む。気が付けば、魔石が嵌められた鍔を握り込んでいた。剣を抜くならグリップを掴まなければいけないのに、魔石を隠すように、鞘から抜かないように、手は鞘ごと鍔を掴んでいた。
 何故そんな行動を取ったのかはわからない。しかし、そうしなければいけない、と本能的に思った。

(わからない……? 本当に……?)

 以前にも似た気配を感じたことがなかっただろうか。

(俺は……これを……)

「!」

 突然、水中にいるかのような感覚がレオンハルトを襲う。
 今いる場所が陸地であることは理解している。自分の両足は地についているし、服も濡れていない。

(これは……現実の感覚ではない……!)

 そう思うのに、先ほどまで聞こえていた音は何も聞こえず、うまく呼吸することもできない。酸素を取り込もうと口を開いても、逆に空気が水中にこぼれ、抜けていく音が聞こえる。

(違う……! 今は……俺は……!)

 酸素を取り込めない頭はひどく痛み、視野は狭窄し、心臓は警告するかのように低く激しく脈打つ。
 早くこの状況を打開しなければ。そう思うものの、酸欠の体は言うことを聞かず、脳も正常に働かない。

「……レオンハルト様?」
「っ」

 はあっとレオンハルトは大きく息を吸い込む。途端に、先ほどまで何も聞こえていなかった耳に、盛大な民衆の歓声が戻る。
 足はしっかりと地面を踏みしめ、辺りには吸いきれないほどの酸素が溢れかえっている。
 深く息を吸い込みながら、まだ鈍く痛む頭を必死に働かせ、状況を整理しようとする。

(今のは……俺は一体……)

 しかし、いくら冷静に考えようとしても、思考がまとまらない。

「大丈夫ですか?」

 剣を握り締める左手の甲にルシアナが触れる。お互い手袋越しで、それほど体温は伝わらないはずなのに、そこからじわじわと熱が広がり、全身が安堵感に包まれる。
 改めてしっかりと目の前の人物を見つめれば、彼女のロイヤルパープルの瞳は真っ直ぐ自分を見ていた。
 きちんと目が合ったことに気付いたのか、彼女はその小さな口で緩やかな弧を描く。地鳴りのように脈打っていた心臓も、乱れていた呼吸も、彼女の微笑で落ち着いていく。

「……はい、大丈夫です」

 息を吐きながらそう言えば、彼女は目を細めて笑う。

「そうですか」

 手の甲に触れる小さな手に力が籠められた、と思った瞬間、彼女の手が離れる。触れていた時間はわずかだったにも関わらず、触れられた温もりが惜しいと思ってしまった。

(……まだ正常な判断ができていないようだな)

 頭を切り替えるように、レオンハルトは姿勢を正し、ルシアナを見つめる。

「王女殿下はもうよろしいのですか」
「はい。ありがとうございます」

 柔和な笑みを浮かべるルシアナに、レオンハルトはわずかに頭を下げると、馬車へ手を向けた。

「……では、馬車にお戻りを」
「はい」

 彼女はしっかりと首肯すると最後に振り返り、沿道に戻った親子に向け手を振ってから、馬車へと戻った。
 ルシアナを車内に送り届け、先頭へ合図を送ったレオンハルトも所定の位置へと戻り、再び動き始めた馬車の後ろをゆっくりついていく。

「……」

(先ほどの現象は一体……いや、それより……)

 レオンハルトは、ルシアナの乗っている馬車の前後を固めるトゥルエノ王国の馬車と騎士たちを一瞥する。

(何故、馬車を降りた彼女に誰も近寄って来なかったんだ? 俺がいたからだとも考えられるが……)

 沿道の人々に手を振る、まだ詳しいことは何もわからない婚約者を見て、レオンハルトは小さく溜息をこぼす。

(注意する気も失せてしまったな)

 脳内にずっと残る、自分の名を呼ぶ鈴のような声と、左手の添えられた温かさを思い出しながら、レオンハルトは馬車の中の彼女へ視線を送り続けた。
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