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第四章
レオンハルトの家族との対面(一)
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(思い返してみれば、レオンハルト様の騎士服以外の姿を見るのは初めてだわ)
ホールへと降りながら、注文した衣装を思い出す。
レオンハルトに合わせて黒系の衣装にしようかと考えたが、エーリクや仕立屋の助言から、白と瑠璃の二色をメインに使った服を作ることにした。
どういうデザインがいいか、などはまったくわからなかったため、細かいところはエーリクやギュンター、エステルに頼み、ルシアナは今日のためのシミュレーションを脳内で何度も繰り返した。
(どういう方たちかはトゥルエノを出る前に教えていただいたし、ギュンターやテレーゼ様からもいろいろとお話を聞かせてもらったわ。この二週間で十分心構えもできたし……きっと大丈夫よね)
内心気合を入れながら、扉が開け放たれたホールで、じっと外を眺めるレオンハルトを見下ろす。
いつもとは違う、白ベースの服に身を包むレオンハルトは、シルバーグレイの髪が自然光できらきらと輝き、どこか儚さが感じられた。
(……お姉様のお言葉を思い出すわ)
闘気がほとんど感じられない、と言ったアレクサンドラの言葉が脳裏に浮かぶ。
精霊の加護は、生半可な気持ちで得られるようなものではない。精霊に選ばれ、精霊剣の使い手となっている以上、騎士としての生き方に不満はないだろう。しかし、騎士服を脱ぎ、剣を佩いていない今の姿からは、騎士の面影はほとんど感じられなかった。
(騎士や剣への執着というのかしら。そういったものがあまり感じられないのよね。……もし、戦争がなければ……あの方はどのような道を進んだのかしら)
ふっとレオンハルトがこちらへ視線を向ける。襟元や袖口に施された、瑠璃と銀の刺繍が煌めき、彼を輝かせる。
「……」
「……」
数秒お互い黙って見つめ合っていたが、はっとしたようにレオンハルトが動き出したことに合わせ、ルシアナも止めていた足を進める。
「サロンでお待ちいただいて構いませんよ」
「ありがとうございます。ですが、一緒に出迎えさせてくださいませ」
微笑を浮かべながら差し出された手に手を重ねれば、彼はわずかに体を強張らせ、控えめにルシアナの手を握った。
(やっぱり気のせいではないわね)
テオバルドたちとのお茶会以降、レオンハルトが物理的に距離を取るようになったことには気付いていたが、それを指摘するようなことはしなかった。
(嫌われている感じではないし、こうしてエスコートもしてくださっているから、特に気にする必要はないかしら)
身内でもなく、使用人でもない。婚約者という立場の人間とどういう風に、どのような距離感で接すればいいのか、ルシアナ自身、よく理解していなかった。
(好きな男性への接し方は、お母様やお姉様方からお教えいただいたけれど、そもそもわたくしは好意の違いをあまり理解できていないのよね)
レオンハルトのことは好ましく思っている。けれど、それが特別なものかと言われれば、首を傾げるしかなかった。彼が唯一無二の存在であると思いつつも、それは彼が“婚約者”だからそう思っている、という自覚があった。
(素敵な方だとは思っているけれど――)
「ルシアナ様?」
扉の前で立ち止まり振り返ったレオンハルトが、不思議そうに小首を傾げる。
(あら、いけないわ)
「いつもとお召し物が違うので、つい不躾に見てしまいましたわ」
申し訳なさそうに眉尻を下げれば、レオンハルトは「ああ」と小さく漏らした。
「私も騎士服以外に袖を通したのは久しぶりです」
「そうなのですか? パーティーなどは……」
「余程のものでなければ不参加です」
(まあ……。けれど確かに、警備以外でパーティーに参加されている姿は想像できないわ)
納得しつつ、今後どうしようかと考え始めたところで、レオンハルトが「しかし」と続けた。
「今後ルシアナ様が参加されるもので、私が同伴すべきもの、できるものは極力ご一緒させていただきますので、お知らせください」
「……よろしいのですか?」
「はい」
平然と頷いたレオンハルトは、無理をしているようには見えない。
大切にされている。
レオンハルトと共にいて、そう感じる回数は少なくなかった。
(……本当に、気にする必要はないわ。距離を取られることも、わたくしの気持ちも。きっと大丈夫だと、そう思える)
心に温かいものが広がっていくのを感じながら、ルシアナはふわりと顔を綻ばせる。
「ありがとうございます、レオンハルト様」
「……いえ」
一瞬、レオンハルトは視線を逸らしたが、小さく咳払いすると改めてルシアナに向き直った。
「……今日のドレスも、とてもよくお似合いです」
レオンハルトの紳士服とお揃いになるように作られたドレスは、首元から裾にかけ、瑠璃色から白色へのグラデーションとなっている。スカート部分には白いレースが何重にも重ねられ、動くたびに細やかな銀の刺繍が煌めいた。
飾り気のない胸元には、レオンハルトのクラバットピンとお揃いのデザインとなっている、銀細工で飾られたラピスラズリのブローチが輝いている。
「ありがとうございます。レオンハルト様もとてもお似合いですわ」
「ありがとうございます」
わずかに目尻を細めたレオンハルトに、ルシアナの顔も自然と綻ぶ。
(レオンハルト様の隣に立つにふさわしい人物だと、そう思ってもらえるように、わたくしなりに頑張りたいわ)
決意を新たに、ルシアナは開け放たれた扉の外へ視線を向ける。
「時間に遅れることは絶対にないので、そろそろ到着するでしょう」
懐中時計を取り出し、時間を確認したレオンハルトに、ルシアナは首を傾げる。
「ご両親とはよくお会いになられているのですか?」
「いえ。統一後は、ずっと領地にいるので。半年前にあった王太子殿下のご成婚で顔を合わせたのが最後でしょうか」
「そうなのですね」
(レオンハルト様は一年を通してタウンハウスにいるとおっしゃっていたし、ご両親が王都にいらっしゃらない限りお会いにはならないのね)
「では、訪ねてよかったと思っていただけるようにしなければいけませんね」
(とはいえ、わたくしにできることは粗相をしないことくらいでしょうけど)
ふふっと小さく笑みを漏らせば、レオンハルトの指先が遠慮がちにルシアナの頬に触れた。
「ルシ――」
言いかけて、レオンハルトははっとしたように顔を外へ向けた。
遠くに見える鉄柵の門扉が開き、一台の馬車が敷地内に入って来る。
レオンハルトは手を引くと、体を扉のほうへと向けた。ルシアナも姿勢を正し、来客を迎える体勢に入りながら、ちらりとレオンハルトの横顔を見上げる。
(何をおっしゃろうとしていたのかしら)
かすかに残る頬の熱に、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、ルシアナは静かに深呼吸を繰り返した。
ホールへと降りながら、注文した衣装を思い出す。
レオンハルトに合わせて黒系の衣装にしようかと考えたが、エーリクや仕立屋の助言から、白と瑠璃の二色をメインに使った服を作ることにした。
どういうデザインがいいか、などはまったくわからなかったため、細かいところはエーリクやギュンター、エステルに頼み、ルシアナは今日のためのシミュレーションを脳内で何度も繰り返した。
(どういう方たちかはトゥルエノを出る前に教えていただいたし、ギュンターやテレーゼ様からもいろいろとお話を聞かせてもらったわ。この二週間で十分心構えもできたし……きっと大丈夫よね)
内心気合を入れながら、扉が開け放たれたホールで、じっと外を眺めるレオンハルトを見下ろす。
いつもとは違う、白ベースの服に身を包むレオンハルトは、シルバーグレイの髪が自然光できらきらと輝き、どこか儚さが感じられた。
(……お姉様のお言葉を思い出すわ)
闘気がほとんど感じられない、と言ったアレクサンドラの言葉が脳裏に浮かぶ。
精霊の加護は、生半可な気持ちで得られるようなものではない。精霊に選ばれ、精霊剣の使い手となっている以上、騎士としての生き方に不満はないだろう。しかし、騎士服を脱ぎ、剣を佩いていない今の姿からは、騎士の面影はほとんど感じられなかった。
(騎士や剣への執着というのかしら。そういったものがあまり感じられないのよね。……もし、戦争がなければ……あの方はどのような道を進んだのかしら)
ふっとレオンハルトがこちらへ視線を向ける。襟元や袖口に施された、瑠璃と銀の刺繍が煌めき、彼を輝かせる。
「……」
「……」
数秒お互い黙って見つめ合っていたが、はっとしたようにレオンハルトが動き出したことに合わせ、ルシアナも止めていた足を進める。
「サロンでお待ちいただいて構いませんよ」
「ありがとうございます。ですが、一緒に出迎えさせてくださいませ」
微笑を浮かべながら差し出された手に手を重ねれば、彼はわずかに体を強張らせ、控えめにルシアナの手を握った。
(やっぱり気のせいではないわね)
テオバルドたちとのお茶会以降、レオンハルトが物理的に距離を取るようになったことには気付いていたが、それを指摘するようなことはしなかった。
(嫌われている感じではないし、こうしてエスコートもしてくださっているから、特に気にする必要はないかしら)
身内でもなく、使用人でもない。婚約者という立場の人間とどういう風に、どのような距離感で接すればいいのか、ルシアナ自身、よく理解していなかった。
(好きな男性への接し方は、お母様やお姉様方からお教えいただいたけれど、そもそもわたくしは好意の違いをあまり理解できていないのよね)
レオンハルトのことは好ましく思っている。けれど、それが特別なものかと言われれば、首を傾げるしかなかった。彼が唯一無二の存在であると思いつつも、それは彼が“婚約者”だからそう思っている、という自覚があった。
(素敵な方だとは思っているけれど――)
「ルシアナ様?」
扉の前で立ち止まり振り返ったレオンハルトが、不思議そうに小首を傾げる。
(あら、いけないわ)
「いつもとお召し物が違うので、つい不躾に見てしまいましたわ」
申し訳なさそうに眉尻を下げれば、レオンハルトは「ああ」と小さく漏らした。
「私も騎士服以外に袖を通したのは久しぶりです」
「そうなのですか? パーティーなどは……」
「余程のものでなければ不参加です」
(まあ……。けれど確かに、警備以外でパーティーに参加されている姿は想像できないわ)
納得しつつ、今後どうしようかと考え始めたところで、レオンハルトが「しかし」と続けた。
「今後ルシアナ様が参加されるもので、私が同伴すべきもの、できるものは極力ご一緒させていただきますので、お知らせください」
「……よろしいのですか?」
「はい」
平然と頷いたレオンハルトは、無理をしているようには見えない。
大切にされている。
レオンハルトと共にいて、そう感じる回数は少なくなかった。
(……本当に、気にする必要はないわ。距離を取られることも、わたくしの気持ちも。きっと大丈夫だと、そう思える)
心に温かいものが広がっていくのを感じながら、ルシアナはふわりと顔を綻ばせる。
「ありがとうございます、レオンハルト様」
「……いえ」
一瞬、レオンハルトは視線を逸らしたが、小さく咳払いすると改めてルシアナに向き直った。
「……今日のドレスも、とてもよくお似合いです」
レオンハルトの紳士服とお揃いになるように作られたドレスは、首元から裾にかけ、瑠璃色から白色へのグラデーションとなっている。スカート部分には白いレースが何重にも重ねられ、動くたびに細やかな銀の刺繍が煌めいた。
飾り気のない胸元には、レオンハルトのクラバットピンとお揃いのデザインとなっている、銀細工で飾られたラピスラズリのブローチが輝いている。
「ありがとうございます。レオンハルト様もとてもお似合いですわ」
「ありがとうございます」
わずかに目尻を細めたレオンハルトに、ルシアナの顔も自然と綻ぶ。
(レオンハルト様の隣に立つにふさわしい人物だと、そう思ってもらえるように、わたくしなりに頑張りたいわ)
決意を新たに、ルシアナは開け放たれた扉の外へ視線を向ける。
「時間に遅れることは絶対にないので、そろそろ到着するでしょう」
懐中時計を取り出し、時間を確認したレオンハルトに、ルシアナは首を傾げる。
「ご両親とはよくお会いになられているのですか?」
「いえ。統一後は、ずっと領地にいるので。半年前にあった王太子殿下のご成婚で顔を合わせたのが最後でしょうか」
「そうなのですね」
(レオンハルト様は一年を通してタウンハウスにいるとおっしゃっていたし、ご両親が王都にいらっしゃらない限りお会いにはならないのね)
「では、訪ねてよかったと思っていただけるようにしなければいけませんね」
(とはいえ、わたくしにできることは粗相をしないことくらいでしょうけど)
ふふっと小さく笑みを漏らせば、レオンハルトの指先が遠慮がちにルシアナの頬に触れた。
「ルシ――」
言いかけて、レオンハルトははっとしたように顔を外へ向けた。
遠くに見える鉄柵の門扉が開き、一台の馬車が敷地内に入って来る。
レオンハルトは手を引くと、体を扉のほうへと向けた。ルシアナも姿勢を正し、来客を迎える体勢に入りながら、ちらりとレオンハルトの横顔を見上げる。
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