ルシアナのマイペースな結婚生活

ゆき真白

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第五章

静かな夜(三)

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 室内はとても静かで、唇が触れるわずかな水音しか聞こえない。
 していることを理解した途端、自然と口元に力が入ってしまうが、レオンハルトはそれをほぐすように唇を舐め、食み、触れるだけのキスを繰り返す。
 優しく頬を撫でられる感触と、濡れた唇にかかる熱い吐息がくすぐったく、徐々に力が抜けていく。

(優しい方)

 いつだってルシアナのこと尊重してくれる。周りの人々は、レオンハルトのことをあまり気の利かない人間だと言うこともあるが、ルシアナにとっては決してそうではなかった。
 出会ってからずっと、ルシアナの話に耳を傾け、心を砕いてくれている。
 それが他国の王女への、妻になる人物への義理や義務だとしても、十分嬉しかった。

「レオンハルトさま」

 ルシアナはレオンハルトの肩に手を当てると、薄く唇を開く。
 レオンハルトは軽く唇を吸うと、少しずつ舌を口内へと侵入させた。

「んぅ……」

 今度は奥へと逃げなかった舌を、レオンハルトのそれがゆっくりと舐める。熱い吐息が絡み合い、くちゅりという唾液の交わる音が聞こえた。
 先ほどのように縦横無尽に口内をねぶられるのではなく、ただただゆっくりと舌を這われ、くすぐったいような、心地いいような、不思議な感覚になる。

「あ、」

 耳の縁をレオンハルトの指が優しく撫でる。まるで形を確かめるかのように静かに揉まれ、ぞわりとしたものが全身に広がった。
 柔らかく絡み合う舌は、お互いの境界を溶かしていってしまうような、そんな心地にさせられる。
 指先で耳や首筋を撫でられているせいか、どちらともわからないように舌が重なり合っているせいか、頭はぼんやりとし、まるで微睡みに揺蕩っているような、夢心地のような、そんな気分だった。

 溢れる唾液は高低差に従いレオンハルトのほうへと流れていき、彼がそれを飲み込んだこともわかったが、停滞した思考ではそれに対し羞恥を抱くこともなかった。
 ルシアナは肩に置いていた手をレオンハルトの首に回し、彼の動きを真似るように、されるがままだった自らの舌を動かす。
 レオンハルトは一瞬息を吞んだようだったが、耳を愛でていた手をうなじへ移動させると、より奥を求めるようにルシアナの頭を固定した。

「っふぁ」

 どこか甘さを含んだ声が漏れる。

(へんなかんじ)

「ふっ、ん」

 時折注がれる熱い吐息が、普段のレオンハルトの姿とはあまりにもかけ離れていて、反射的に閉じていた目を薄っすらと開ける。

「っん……!」

 熱さで溶けてしまいそうなシアンの瞳と目が合い、びくりと体が跳ねる。しかし、頭を固定されているためその手の内から逃れることはできず、ただ貪るように互いの舌を絡める。
 ぢゅ、と舌先を吸われて、甘い痺れが体の奥へと沈んでいく。重なり合っているのは口元なのに、もっと下の、先ほど痺れが流れていった体内の奥深くが熱を持つような感覚になる。

(あ、だめ……)

 それが足先まで流れて、ソファの縁に腰掛けていたルシアナはそのまま滑り落ち、レオンハルトの足の上に乗る形となる。

「すまない、大丈夫か?」

 はぁ、と息を整えながら、気遣わしげに頬を撫でられる。

(あつい)

 普段は肌寒さを感じる時間帯なのに、妙に体が火照っていた。
 熱いのは、レオンハルトと密着していることも理由の一つだろうか。

(……大きな体)

 腕の中にすっぽりと自分を収めるレオンハルトの体を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、「ルシアナ」と名前を呼ばれる。
 ゆっくりと顔を上げると、月光に照らされた、澄んだシアンの瞳と視線が絡む。
 レオンハルトの双眸を視界に捉えた瞬間、ルシアナははっとしたように我に返った。

(わたくし、なにを――)

 停滞していた思考が動き始め、これまでの行いと、今の状況が一気に脳に流れ込んでくる。

「――!」

 寝衣を身に付けた状態でレオンハルトの足の上に座っている、という事実に、ルシアナは慌てて立ち上がると、レオンハルトから距離を取る。

「も、申し訳ございませんっ……わがままを聞いてくださりありがとうございました……! っ失礼します……!」

 深く頭を下げたルシアナは、レオンハルトの顔を直視することができず、視線を下げたまま小走りで扉のほうまで行く。
 しかし途中で足を止めると振り返り、固まったまま動かないレオンハルトの元に戻る。
 わずかに開いているレオンハルトの口を捉えると腰を屈め、落ちてくる髪を耳にかけながら、薄い唇に軽く口付けた。

「……おやすみなさいませ」

 視線は逸らしたままそう呟くと、今度こそ書庫から出て行く。
 廊下を走るのはいけないことだと、はしたないことだと理解してはいたが、駆ける足は止まらない。止まればすぐにでも先ほどまでのことが脳内に溢れ出し、大波のように押し寄せえてくる羞恥にとても耐えられそうになかった。

(わたくしっ……なんてことをっ……!)

 痛いほど心臓が脈打つのを感じながら、ルシアナは自室へと急いだ。
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