偽りの星灯火(ほしともしび)

永倉圭夏

文字の大きさ
91 / 100
エピローグ2.落陽

第十二話 And she went up the stairway to heaven.

しおりを挟む
 ハルは抱擁を解くと真っ赤な目でミラを見つめる。

「そう。もうお別れなのね」

「ええ」

「永遠に?」

「そう、永遠に」

 再びハルの目から涙があふれる。

「じゃあ、ミラに言っておかなくちゃね」

 ハルは両手を掲げ、ミラの頬に触れる。ミラの頬はまるで人間のように柔らかで暖かかった。

「何を?」

「愛していた、と。私たちはずっとあなたの事を愛していたよ、と」

 たまらずミラは再びハルを抱擁する。

「あなたは私の自慢の娘だったわ」

「ええ、ありがとう。お母さん」

「天国のあの子にもそう伝えてやって頂戴」

「ええ、ええ、そう言っておくわ。私が天国に行けたのなら」

「あなたは本当にいい子なんだもの、きっと行ける」

 ハルの笑顔は慈愛に満ちあふれた母親のそれだった。

「ありがとう……!」

 ミラは再び『母』を強く優しく抱擁する。

 名残惜しい別れを済ませたミラは伊緒いおの前に立った。シリルのために、と持ってきた端末で、ミラの感情プログラムとカウンセリングプログラムは容易に削除可能だが、本当にこれで良いものか。伊緒はまだミラの決意の強さを測りかねていた。

「繰り返しになりますけど、本当にいいんですか。復旧はできませんよ」

 ミラは再びはっきりと自分の意思を口にする。

「ええ、先生。私の意思に変わりはありません。これまで本当にありがとうございました」

 まだ少し涙で潤んだ瞳はまるで人間であるかのようだ。ミラはしっかりと頷いた。

 ホスピスに併設された病院の待合室は静まり返っているとは言え、幾人かの人が診察待ちをしている。伊緒が周囲を見渡すと、少し奥まった検査棟の一角に、人けのないロビーチェアを見つけた。



 そこに座ったミラが目を閉じると、伊緒は手早くいくつかのコマンドを入力しただけで、あっけないほどに処理を済ませる。
 目を閉じていたミラがゆっくりとその眼を開いた時、その面差しはシリルのものであった。

「どう。シリル」

「ええ、そうね。もう全くミラさんを感じない。まるでどこかに引っ越していったみたい」

 しばしの間深い沈黙が流れる。

 泣き腫らした目をしてシリルの隣に座っていたハルが、ゆっくりと立ち上がり深々と伊緒とシリルに礼をする。

「島谷先生。シリルさん。今まで本当にありがとうございました」

「いや、そんなよして下さい」

「そうよお母さん。私たちは本当に何も」

「いいえ、ミラを生かしておいてくれただけでなく、そのおかげであの人にもいい死に方をさせて下さいました。そして私も、とうの昔に死なせてしまった一人娘と一時いっときとは言えこうして再会できたのですから、これほどの事はありません。何度お礼を言っても足りないくらいです」

「いや、私たちの方こそ、もっと気を回してミラさんとお会いできる機会を作るべきでした。申し訳ありません」

「いいえ、それでよかったのです。そうでなければ私の治療はきっと進まなかったと思います」

 そのハルの笑みは今までとは違うものだった。

「これから私はミラのいない世界で生きてゆきます。きっともっと早くこうすべきだったのでしょう」

 丸まった背もほんの少し伸び、目には弱々しいながらも強さと決意を示す微かな光が宿っている。伊緒は悟った。今ハルのデミレル療法による治療が完了したことを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

処理中です...