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エピローグ2.落陽
第十三話 風のステップ
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グリンネイピアの駅で伊緒とシリルはハルに見送られた。
結局弦造の前妻も子供も、弦造の葬儀を執り行うことを拒絶する。このままでは市役所が無縁者として合葬するしかない状態となってしまった。それを見かねたハルが弦造の葬儀を営もうと申し出たのだ。伊緒とシリルも全てをハルと葬儀社に任せて見て見ぬふりは出来ず、ハルに協力して三人で葬儀を済ませた。
留守番の日数を延ばしてくれるよう依頼したところ、彩希はこれを快諾してくれた。伊緒もシリルも胸をなで下ろし、苦労して見つけた彩希ご所望の麦焼酎、鴛鴦を二本買って帰路に就こうとしていた。
路線バスで賑やかなグリンネイピア駅前広場に降り立った三人は、朗らかな初夏の陽気に包まれていた。
「くすっ」
人影のまばらな駅のホームで伊緒の隣に立つシリルが笑いを漏らす。
「どうしたの?」
伊緒にしか聞こえないようにシリルがささやく。
「ミラさんには悪いけど…… 私少し頭が軽くなった気がして…… ふふっ、なんだかすごく爽快なのっ」
伊緒の前を滑らかなステップでひらりと回るシリル。
最近にしては珍しく、まるで子供のように少しはしゃいだシリルの足取りは、初めて会った頃そのままの軽やかさだった。
その時、さあっ、とグリンネイピアの爽やかな春を象徴するような僅かに湿った優しい風が、伊緒の背後から吹きつける。その風は笑いながら伊緒を追い越し、幼い子供のように伊緒の遥か彼方へと笑いながら走り去っていった。
そうだ、コロニー2893でも時折こんな風が吹いていた。あの円筒形の小さな世界での短い間、ほんの数年間だったが、伊緒はシリルとともに風となって駆け抜けた。そんな何ものにも代え難い日々のことを、伊緒は懐かしさと一抹の寂しさの入り混じった気持ちで思い出していた。
伊緒はスコアアタックでもうあんなに高くは飛べないし、自転車ももうあんなに速くは漕げない。あんな水着ももう着れないし、今は時折背中が痛くなったり肩も張って強張る時もある。
伊緒は思う。自分のこれから五十年後六十年後、伊緒自身が老いさらばえた時、シリルは初めて会ったあの頃と同じ軽やかな足取りで伊緒を追い越し、飛び越し、きっと笑いながら置いていってしまうのだろうと。
一方シリルの心の隅にも一抹の不安が影を落としていた。
何の根拠もない不安だが、ミラはWraithに汚染されていたのではないか。とすれば一旦は削除されたかに見えるミラの感情プログラムは自己修復し、再びシリルの脳機能に居座るのではないか。
だがそれはその時考えてみればいい。今はこのささやかな解放感を楽しみたい。そう思ったシリルであった。
二人はそれぞれ喉のつかえのようなものを感じながらも、今は春の風を浴び、背筋を伸ばして寄り添い共に高い空に目をやっていた。
結局弦造の前妻も子供も、弦造の葬儀を執り行うことを拒絶する。このままでは市役所が無縁者として合葬するしかない状態となってしまった。それを見かねたハルが弦造の葬儀を営もうと申し出たのだ。伊緒とシリルも全てをハルと葬儀社に任せて見て見ぬふりは出来ず、ハルに協力して三人で葬儀を済ませた。
留守番の日数を延ばしてくれるよう依頼したところ、彩希はこれを快諾してくれた。伊緒もシリルも胸をなで下ろし、苦労して見つけた彩希ご所望の麦焼酎、鴛鴦を二本買って帰路に就こうとしていた。
路線バスで賑やかなグリンネイピア駅前広場に降り立った三人は、朗らかな初夏の陽気に包まれていた。
「くすっ」
人影のまばらな駅のホームで伊緒の隣に立つシリルが笑いを漏らす。
「どうしたの?」
伊緒にしか聞こえないようにシリルがささやく。
「ミラさんには悪いけど…… 私少し頭が軽くなった気がして…… ふふっ、なんだかすごく爽快なのっ」
伊緒の前を滑らかなステップでひらりと回るシリル。
最近にしては珍しく、まるで子供のように少しはしゃいだシリルの足取りは、初めて会った頃そのままの軽やかさだった。
その時、さあっ、とグリンネイピアの爽やかな春を象徴するような僅かに湿った優しい風が、伊緒の背後から吹きつける。その風は笑いながら伊緒を追い越し、幼い子供のように伊緒の遥か彼方へと笑いながら走り去っていった。
そうだ、コロニー2893でも時折こんな風が吹いていた。あの円筒形の小さな世界での短い間、ほんの数年間だったが、伊緒はシリルとともに風となって駆け抜けた。そんな何ものにも代え難い日々のことを、伊緒は懐かしさと一抹の寂しさの入り混じった気持ちで思い出していた。
伊緒はスコアアタックでもうあんなに高くは飛べないし、自転車ももうあんなに速くは漕げない。あんな水着ももう着れないし、今は時折背中が痛くなったり肩も張って強張る時もある。
伊緒は思う。自分のこれから五十年後六十年後、伊緒自身が老いさらばえた時、シリルは初めて会ったあの頃と同じ軽やかな足取りで伊緒を追い越し、飛び越し、きっと笑いながら置いていってしまうのだろうと。
一方シリルの心の隅にも一抹の不安が影を落としていた。
何の根拠もない不安だが、ミラはWraithに汚染されていたのではないか。とすれば一旦は削除されたかに見えるミラの感情プログラムは自己修復し、再びシリルの脳機能に居座るのではないか。
だがそれはその時考えてみればいい。今はこのささやかな解放感を楽しみたい。そう思ったシリルであった。
二人はそれぞれ喉のつかえのようなものを感じながらも、今は春の風を浴び、背筋を伸ばして寄り添い共に高い空に目をやっていた。
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