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第15話 姉と彩寧と結婚のお祝い
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僕は姉に囁きかけた。
「彩寧はね、一見すると全然違うんだけれど、実は姉さんに似てるところがいっぱいある」
「……」
「好奇心旺盛で」
「……」
「ポジティブで」
「……」
「勉強熱心」
「勉強しなかったよ姉ちゃん」
「就職してから勉強してたじゃん」
「……」
「美人で」
「……」
「人を思いやる気持ちがあって」
「……」
「健気で一途で」
「……」
「強気」
「なにそれ」
「怒りっぽい」
「はあっ?」
「ふふっ、だから僕、姉さんとは結婚できないけれど、彩寧となら結婚して一緒に生きていける気がしたんだ。勿論姉さんの代わりと言う訳じゃない。僕はこういう人じゃないと好きになれないんだ、きっと」
「……」
僕は左手で姉さんの頭を撫でる。細くてサラサラの髪が手に心地いい。
「判ってくれるよね」
「……判んない」
僕は思わず大きな溜息を吐いてしまった。
「まあ、これは決定事項なんだから頭には入れておいてね」
「うん……」
しばしの沈黙ののち姉はがばっと身体を起こした。
「よしっ! 飲もう優斗!」
姉は僕に空のコップを差し出す。
「は? 朝っぱらから?」
「時間なんて関係ない」
「いやです」
すると姉が空のコップを僕に突き出してきた。
「ゆーくん」
「なに?」
「結婚おめでと」
ぽつりと漏らすような姉の言葉に僕は意表を突かれた。
「えっ」
「だから、結婚おめでと、だよ」
今度は少しむっとしたような声。姉は僕にくっつくくらいのすぐ隣にいる上うつむいているのでその表情をうかがい知ることはできない
「なんだよいきなり。さっきまであんなにごねてたのに」
「なんだよ、またごねて欲しい?」
「いや全然」
「じゃあいいじゃん。姉の精一杯のお祝いの言葉素直に受け取りな」
「ああ、あ、ありがとう」
僕たちは空のコップを小さな音を立てて重ねた。姉の声はどこか不貞腐れたような感じがする。その声からして、この言葉は姉の本意ではないのだろうと僕は思った。僕はなぜか後ろめたいものを感じると同時に姉に対する深い感謝の気持ちも覚えた。
「ありがとう」
僕はもう一度心を込めて謝意を述べた。姉は無言だった。そんな姉がとても小さな存在に感じた。僕が守ってやらねば。そんな気が沸き起こる。いや、違う。僕が守るべきは彩寧であって姉ではない。姉はこれから共に生きるべき人を見つけるべきなんだ。でも見つかるのか? 今は寛解期にあるとはいえ、いつ急変して最悪突然の死を迎えるかも知れない姉と共に生きようなどという酔狂な相手なんて見つかるのか。いるものか。
僕は思い出したくもなかった厳然たる事実に思いを馳せた。姉の疾患は十代でほぼ全ての患者が亡くなる。現在二十代の姉は類を見ないほどの長生きをしていることになる。そうだ、いつ死んでもおかしくないんだ。それは明日かもしれない。それでは姉はいつ来るとも知れぬ死神の足音に怯えながら一人孤独に病と闘い続けなくてはいけないのか。
そう思うと僕は彩寧との結婚がためらわれるほどいたたまれない気分に駆られた。姉を見捨てて自分だけが幸せになってもいいというのか。そんなはずはない。そんなことがいいはずはない。絶対に許されないことだ。僕が、僕が姉を守らなくて一体誰が守るというのか。守れるというのか。
「よしっ」
姉は深くて暗い物思いに耽る僕の耳元で、突然明るい大声を出して身を離した。
「うわっ、びっくりした」
姉は笑顔の中に何かを探るような目つきで僕を見る。
「ゆーくん今日暇?」
「暇? まあ暇っちゃ暇だけど……」
姉のことで物思いに耽っていた僕はレジュメのことはすっかり忘れていた。
「彩寧はね、一見すると全然違うんだけれど、実は姉さんに似てるところがいっぱいある」
「……」
「好奇心旺盛で」
「……」
「ポジティブで」
「……」
「勉強熱心」
「勉強しなかったよ姉ちゃん」
「就職してから勉強してたじゃん」
「……」
「美人で」
「……」
「人を思いやる気持ちがあって」
「……」
「健気で一途で」
「……」
「強気」
「なにそれ」
「怒りっぽい」
「はあっ?」
「ふふっ、だから僕、姉さんとは結婚できないけれど、彩寧となら結婚して一緒に生きていける気がしたんだ。勿論姉さんの代わりと言う訳じゃない。僕はこういう人じゃないと好きになれないんだ、きっと」
「……」
僕は左手で姉さんの頭を撫でる。細くてサラサラの髪が手に心地いい。
「判ってくれるよね」
「……判んない」
僕は思わず大きな溜息を吐いてしまった。
「まあ、これは決定事項なんだから頭には入れておいてね」
「うん……」
しばしの沈黙ののち姉はがばっと身体を起こした。
「よしっ! 飲もう優斗!」
姉は僕に空のコップを差し出す。
「は? 朝っぱらから?」
「時間なんて関係ない」
「いやです」
すると姉が空のコップを僕に突き出してきた。
「ゆーくん」
「なに?」
「結婚おめでと」
ぽつりと漏らすような姉の言葉に僕は意表を突かれた。
「えっ」
「だから、結婚おめでと、だよ」
今度は少しむっとしたような声。姉は僕にくっつくくらいのすぐ隣にいる上うつむいているのでその表情をうかがい知ることはできない
「なんだよいきなり。さっきまであんなにごねてたのに」
「なんだよ、またごねて欲しい?」
「いや全然」
「じゃあいいじゃん。姉の精一杯のお祝いの言葉素直に受け取りな」
「ああ、あ、ありがとう」
僕たちは空のコップを小さな音を立てて重ねた。姉の声はどこか不貞腐れたような感じがする。その声からして、この言葉は姉の本意ではないのだろうと僕は思った。僕はなぜか後ろめたいものを感じると同時に姉に対する深い感謝の気持ちも覚えた。
「ありがとう」
僕はもう一度心を込めて謝意を述べた。姉は無言だった。そんな姉がとても小さな存在に感じた。僕が守ってやらねば。そんな気が沸き起こる。いや、違う。僕が守るべきは彩寧であって姉ではない。姉はこれから共に生きるべき人を見つけるべきなんだ。でも見つかるのか? 今は寛解期にあるとはいえ、いつ急変して最悪突然の死を迎えるかも知れない姉と共に生きようなどという酔狂な相手なんて見つかるのか。いるものか。
僕は思い出したくもなかった厳然たる事実に思いを馳せた。姉の疾患は十代でほぼ全ての患者が亡くなる。現在二十代の姉は類を見ないほどの長生きをしていることになる。そうだ、いつ死んでもおかしくないんだ。それは明日かもしれない。それでは姉はいつ来るとも知れぬ死神の足音に怯えながら一人孤独に病と闘い続けなくてはいけないのか。
そう思うと僕は彩寧との結婚がためらわれるほどいたたまれない気分に駆られた。姉を見捨てて自分だけが幸せになってもいいというのか。そんなはずはない。そんなことがいいはずはない。絶対に許されないことだ。僕が、僕が姉を守らなくて一体誰が守るというのか。守れるというのか。
「よしっ」
姉は深くて暗い物思いに耽る僕の耳元で、突然明るい大声を出して身を離した。
「うわっ、びっくりした」
姉は笑顔の中に何かを探るような目つきで僕を見る。
「ゆーくん今日暇?」
「暇? まあ暇っちゃ暇だけど……」
姉のことで物思いに耽っていた僕はレジュメのことはすっかり忘れていた。
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