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第21話 あたしは「姉さん」なんかじゃない
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「はいお客様いっちょあがりでーす」
「背中流されただけなのに、なんだかすっごく疲れたよ」
「気のせいでございまーす」
姉はなぜかご機嫌だった。
個室露天風呂からあがると夕食が運ばれてくる。海の幸山の幸てんこ盛りだった。量も質もすごい。驚く僕。
「こんな豪勢でいいの? ねえ本当にいいの? 一体いくらのプランなのこれ」
「いいのいいの。さ、今宵は無礼講じゃ。好きにせい」
言葉の使い方違わないか?
向かい合い座椅子に座って乾杯する。僕はビール、姉は珍しくぬる燗をお猪口で飲む。
「今日は色々付き合ってくれてありがとうね。ほんとに感謝してる。乾杯」
お猪口を掲げる姉。
「いやいや、姉さんのためだからね。乾杯」
僕もグラスを掲げる。
「違う」
途端に姉の眼が怖くなった。
「えっ、あー、愛未のためだからね」
「うんうん」
すると姉は恵比寿顔になる。
「これ、これさ、大事にするから……」
何かと思えばターコイズブルーの勾玉を衿から引っ張り出す。
「僕も」
僕も同じように勾玉を出して見せる。姉はどこかほっとしたような表情で微笑んだ。僕たちはまたお互いが繋がるものを手に入れた。姉と僕の左手首に嵌ったクリスマスプレゼントのブレスレットみたいに。
「柿の木、おっきくなってたね」
「うん、なんて言うかこう『生命力』みたいなものを感じたな」
「うん、姉ちゃんも」
姉はお猪口を口にしながら目を伏せる。
「一生に一度のデートだしお泊りだったからさ。楽しくてよかった」
「一生に一度?」
「そう。そのお相手も優斗でよかった」
「そんなこと言うなよ。彼氏ができたらいつだってできるだろデートぐらい……」
「カレシ? くすっ、そんなんできるわけない」
僕が洗った長くて細くてきれいな髪をかき上げ、乾いて自嘲的な言葉を発する姉。姉はお猪口を呷ると自分で酒を注ぐ。僕はその間黙っていた。姉が片膝を立てて座る。幸いにも浴衣の中は見えそうで見えない。姉は酔うと本当に姿勢がだらしなくなる。姉がまた酒を呷ると僕は、姉を正面から見据えて絞り出すように言う。
「……できるさ」
「ふ、できない」
姉は今度はまた諦観の笑みを浮かべ、勢いよくお猪口を呷った。さすがの姉にしても少々ハイペースだ。心配になる。僕は姉を褒めて気を取り直させようと思った。酔って不機嫌な姉は手が付けられないからだ。
「だって姉さんいや愛未はその美人だしスレンダーで胸はぺったんこだけどスタイルいいし」
「胸の話はすんな」
「あはい」
単に褒めるだけじゃなくて、僕は姉にもっと自信をつけてもらいたいとも思った。姉は僕と暮らし始めたあたりからすごく変わっていったと思う。結構努力してきたんじゃないだろうか。
「でも僕の部屋にいた時も今日も、何気にどんどん服装もおしゃれになってきてて、化粧も上手になって」
「ふっ……」
「な、なんだよっ」
浴衣なのをいいことに片膝立てて座り、僕を見つめる姉。その姉のばかにするような眼に僕は腹が立った。僕が一生懸命姉を褒めているのにその態度はなんだ。
「そんなに姉ちゃんのこと見てくれてたんだ」
「えっ、あっ、いやそういうわけじゃなくて……」
僕は少し焦った。俯いた姉は長くて細くてサラサラした髪をかき上げ僕を睨む。
「そっか…… なんだ全然判ってなかったんだ……」
突然力ない目で小さく吐き捨てると日本酒をちびちびとすする姉が判らない。さっぱり判らない。
「全部――」
残りの酒を一気に呷った姉はまるで僕を憎むかのような眼で睨みつけると呻いた。
「あなたのせいなんだからっ――」
鈍く光る眼で僕を睨みながら、姉は肩をわずかに上下させて息も荒いように見える。
「姉さん……」
「愛未っ! あたしは『姉さん』なんかじゃないのっ! 愛未なのっ! どうしてわかってくれないのよばかっ!」
姉はお猪口を僕に投げつける。それは僕が避けるまでもなく明後日の方向に飛び、僕の背後の壁を叩き小さくて寂しげな音を立てて転がった。
「男なんていいのっ! そんなのどうでもいいのウザいだけっ! 大体あたしみたいないつ死ぬかも判んない病気持ち誰が構うのよ! そんな男いるわけないじゃないっ! あたしは…… あたしはっ! あたしは優斗がっ! 優斗だけがあたしを見ててくれるんならあたしはっ! あなただけがっ!」
「背中流されただけなのに、なんだかすっごく疲れたよ」
「気のせいでございまーす」
姉はなぜかご機嫌だった。
個室露天風呂からあがると夕食が運ばれてくる。海の幸山の幸てんこ盛りだった。量も質もすごい。驚く僕。
「こんな豪勢でいいの? ねえ本当にいいの? 一体いくらのプランなのこれ」
「いいのいいの。さ、今宵は無礼講じゃ。好きにせい」
言葉の使い方違わないか?
向かい合い座椅子に座って乾杯する。僕はビール、姉は珍しくぬる燗をお猪口で飲む。
「今日は色々付き合ってくれてありがとうね。ほんとに感謝してる。乾杯」
お猪口を掲げる姉。
「いやいや、姉さんのためだからね。乾杯」
僕もグラスを掲げる。
「違う」
途端に姉の眼が怖くなった。
「えっ、あー、愛未のためだからね」
「うんうん」
すると姉は恵比寿顔になる。
「これ、これさ、大事にするから……」
何かと思えばターコイズブルーの勾玉を衿から引っ張り出す。
「僕も」
僕も同じように勾玉を出して見せる。姉はどこかほっとしたような表情で微笑んだ。僕たちはまたお互いが繋がるものを手に入れた。姉と僕の左手首に嵌ったクリスマスプレゼントのブレスレットみたいに。
「柿の木、おっきくなってたね」
「うん、なんて言うかこう『生命力』みたいなものを感じたな」
「うん、姉ちゃんも」
姉はお猪口を口にしながら目を伏せる。
「一生に一度のデートだしお泊りだったからさ。楽しくてよかった」
「一生に一度?」
「そう。そのお相手も優斗でよかった」
「そんなこと言うなよ。彼氏ができたらいつだってできるだろデートぐらい……」
「カレシ? くすっ、そんなんできるわけない」
僕が洗った長くて細くてきれいな髪をかき上げ、乾いて自嘲的な言葉を発する姉。姉はお猪口を呷ると自分で酒を注ぐ。僕はその間黙っていた。姉が片膝を立てて座る。幸いにも浴衣の中は見えそうで見えない。姉は酔うと本当に姿勢がだらしなくなる。姉がまた酒を呷ると僕は、姉を正面から見据えて絞り出すように言う。
「……できるさ」
「ふ、できない」
姉は今度はまた諦観の笑みを浮かべ、勢いよくお猪口を呷った。さすがの姉にしても少々ハイペースだ。心配になる。僕は姉を褒めて気を取り直させようと思った。酔って不機嫌な姉は手が付けられないからだ。
「だって姉さんいや愛未はその美人だしスレンダーで胸はぺったんこだけどスタイルいいし」
「胸の話はすんな」
「あはい」
単に褒めるだけじゃなくて、僕は姉にもっと自信をつけてもらいたいとも思った。姉は僕と暮らし始めたあたりからすごく変わっていったと思う。結構努力してきたんじゃないだろうか。
「でも僕の部屋にいた時も今日も、何気にどんどん服装もおしゃれになってきてて、化粧も上手になって」
「ふっ……」
「な、なんだよっ」
浴衣なのをいいことに片膝立てて座り、僕を見つめる姉。その姉のばかにするような眼に僕は腹が立った。僕が一生懸命姉を褒めているのにその態度はなんだ。
「そんなに姉ちゃんのこと見てくれてたんだ」
「えっ、あっ、いやそういうわけじゃなくて……」
僕は少し焦った。俯いた姉は長くて細くてサラサラした髪をかき上げ僕を睨む。
「そっか…… なんだ全然判ってなかったんだ……」
突然力ない目で小さく吐き捨てると日本酒をちびちびとすする姉が判らない。さっぱり判らない。
「全部――」
残りの酒を一気に呷った姉はまるで僕を憎むかのような眼で睨みつけると呻いた。
「あなたのせいなんだからっ――」
鈍く光る眼で僕を睨みながら、姉は肩をわずかに上下させて息も荒いように見える。
「姉さん……」
「愛未っ! あたしは『姉さん』なんかじゃないのっ! 愛未なのっ! どうしてわかってくれないのよばかっ!」
姉はお猪口を僕に投げつける。それは僕が避けるまでもなく明後日の方向に飛び、僕の背後の壁を叩き小さくて寂しげな音を立てて転がった。
「男なんていいのっ! そんなのどうでもいいのウザいだけっ! 大体あたしみたいないつ死ぬかも判んない病気持ち誰が構うのよ! そんな男いるわけないじゃないっ! あたしは…… あたしはっ! あたしは優斗がっ! 優斗だけがあたしを見ててくれるんならあたしはっ! あなただけがっ!」
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