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 七夕祭り

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 手始めに綿菓子を買って、暫く2人で食べながら歩いていると、昨日見た金魚すくいの店を見つけた。そしてそれには彼女も気が付いたようで
「去年みたいに勝負しない?」
 と、店を指差して言ってきた。
 この店は毎年七夕祭りで出ている店で、俺と流奈は毎回、この店で金魚すくいをしている。3年前まではどちらかが1匹すくえるかどうかで、店のおじさんと勝負していたが、2年前に2人で金魚すくいのコツをネットで調べて見事攻略してしまったので、去年はどちらが多くすくうかで勝負したのだ。
 確かその時は……
「去年は3対2で私が勝ったよね!」
 そうだった。
 すくえる人はもっとすくえるのだろうが、俺たちに金魚すくいの才能はあまりなかったらしく、コツを調べてもその程度だった。
 ーーただ、あの時の店主に対して俺は、少し違和感を覚えていた。
「そうだな、やられっぱなしは性に合わないしーーやるか」
 流奈の言葉に乗り、俺たちは店の列に並ぶ。
 俺は昨年の違和感を元に、ポイを渡す店主と渡される客とを観察した。
 勝負は既に始まっているのだ。
 ーー暫く観察すると気が付いた事があった。
 頭の中で秘策を練る。
「ふむ」
 俺の上手いとも言えない金魚すくいのセンスが泥を被っていなければーー或いは彼女が金魚すくいのセンスに目覚めていなければだが、これは勝てそうだ。
「マリカーの屈辱、ここで晴らさせてもらうぞ」
 闘争心をーーそして勝利への確信を胸に、俺は彼女にそう言った。
「フッフッフッーーそうはいかないよ、優希くん」
 流奈もそんな俺を感じ取ったのか、不敵な口調をする。
「どうせなら何か賭けない?」
 続けて俺を指差して宣戦布告ッ!といった感じで提案してくる。
「いいけど何かって?流奈は今、賭けに出せる物何もないだろ」
「ぐぅ。た、確かに……」
 勢い、啖呵を切ったが、完全に見切り発車だったようだ。彼女は、ずーん……という音が聴こえそうな程に肩を落とす。
「あー、あれだ。負けた方が屋台に食い物買い出しに行くってのはどうだ?」
 見るに耐えず、黙ってしまった彼女に代わり、俺は代替案を出してみる。
「それイイね!」
 すかさず親指をぐっ!と立てる彼女。
 流石、立ち直りも速い。
「じゃ、そういう条件なーーアッシェンテ」
 俺がそう言うと、丁度順番が回ってきた。
「お、君たち、今年も来てくれたのか」
 最早顔見知りになった中年の男性店主が声を掛けてくる。
「はい!今年も彼と勝負しに来ました!」
 彼女が元気に応える。正直、床屋で髪を切って貰う時も話しかけられるのを嫌に感じてしまう俺なので、流奈がこうして応対してくれるのは素直に助かる。
「それで今年はポイの数どうするよ?」
 店主が彼女に問いかける。店主も俺の話しかけるなオーラをいつものように嗅ぎ取ってくれたようで助かる。
 コミュ障でほんとごめんね?
 その内きっと治すから。
「優希くん、どうする?」
 店主の問いをうけて彼女が訊いてくる。
 去年は1人につきポイひとつで勝負をしたが、そう彼女に言うと先程考えた秘策は使えない。
「そうだな……今年は1人2本にするか」
「オッケーーーじゃあおじちゃん、ポイ2本ずつ頂戴!」
「あいよ」
 彼女の元気なお願いに店主が快く足元の箱からポイを取り出す。
「ほい、嬢ちゃん」
 そして彼女にポイを2本手渡す。
「ありがと!」
 続けて俺に渡すために、再び足元にある箱からポイを出そうとしてーーここで俺は財布の中を見る。
「あ、よく見たら残高あんまり余裕ないな。流奈、悪いけど今年も1人1本にしよう」
「え?」
 彼女が急な俺のひと言にこっちを見る。店主も俺の声が聞こえたのか、びっくりしたようにこちらを見たのが分かった。
「急にごめんな?それ1本俺にくれ」
「う、うん……あ、おじちゃん、やっぱり1人1本で勝負するみたいなんでーーその2本はいいです。急にごめんなさい」
「お、おう……」
 俺は、謝らせてごめんな、と内心思いながらも、これも勝負に勝つためだ、と心を鬼にしてでっかい水槽の前にしゃがむ。
 以前流奈と調べたコツとしては確かーー『①ポイを水につけるならそっと、一気に全部つける』
 少しずつ水につけると、ポイに濡れた面と濡れてない面の境目が出来て破けやすくなるらしい。
『②金魚は追いかけない』
 金魚は追いかけると逃げるので、追いかけずに動く方向を予測して待ち伏せるのが良く、更に言うと壁際の水面近くの金魚が狙い目らしい。
『③ポイを水に入れる、或いは水から出す角度は斜めにする』
 斜めにすると水の抵抗が少なくすみ、ポイが破れにくくなるらしい。
『④お椀は手に持たず、水槽に入れる』
 そうすると、ポイに金魚をのせてお椀に入れるまでの高さが短くなり、移動距離が短縮出来てポイが長持ちするらしい。
 ーー以上4点だったはず。
「よし」
 深呼吸して、鬼滅並みに全集中。
 俺はそっとーーそして一気にポイを水につけた。
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