埋もれる記憶ー璃子の選択ー  

ひろり

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迷える大人

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 凪子なぎこは何をしていても涙が出て仕方がなかった。
 前日、玲子から電話があった。
「璃子ちゃんの養父母が離婚するんだって。父親のほうが他に女作って子供できちゃったからもう育てられないってさ。とりあえず伝えておく。心配しないで。私と大蔵が大事に育てるから」
 そう一方的にまくしたてて切られてしまった。

 凪子には一人で生んだ娘を虐待の疑いをかけられ手放した過去がある。自分には子供を育てる資格もないと自身を責め、幸せには背を向けて生きるつもりでいた。
 生涯会うことはないだろうと思っていた璃子が、養父母から自分がしたのと同じように捨てられ、深い傷を負っているだろうと思うと何も手に付かず自然と目が潤む。

 思わず手が滑ってバカラのグラスを割ってしまった。
 凪子の雇い主はチッと舌打ちをして凪子に侮蔑の視線を投げかける。
「で、なんで泣いてるの」
「すみません。弁償します」
「アンタ、グラス割る前から泣いてたでしょ。その理由を聞いてるの。質問に答えろ!」
 乱暴な物言いの雇い主は凪子より2、3歳年上の金持ちのお嬢様である。親の決めた結婚相手とはうまくいかず、高級マンションで優雅な独り暮らしをしていた。

 凪子は躊躇したが、雇い主の鋭い視線がイラつきながらさっさと話せと言っている。
「養女に出していた娘が戻されてきたんです…その、養父母が離婚して」
 うつむき視線を落としていた凪子が恐る恐る雇い主を見ると、目の色が少しばかり和らいだような気がした。

「それで? どうするつもり」
「あの…面倒みてくれる人はいるんです…だから心配する必要はないんです」
 雇い主があらぬほうに目をやり煙草に火を点けると緩やかにくゆらせる。
「アンタ、本当にそれで後悔しないの」
 凪子がうなだれたまま黙っている。

「子供はねえ、どんな親でもまずは生んでくれた母親に愛されたいと思うものよ」
 凪子が雇い主のほうを見た。
 彼女は遠い目をして軽く下唇を噛んだ。
「私がなんでアンタみたいな特別仕事ができそうでもない冴えない女を家政婦に雇ったか教えてあげましょうか」
 ゆっくりと視線を凪子のほうに戻すと唇の端を上げてニヤリと笑う。

「アンタ、私を捨てた母親に似てるのよ。子供を捨てたとこまでそっくり。アンタみたいな愚かな女は捨てたことさえ子供のために仕方がなかったと正当化して生きていくのよ。バカな女!」
 雇い主は荒々しく言い捨てるとまだ長い煙草を灰皿に押し付けた。

「アンタのガキを面倒看てくれる人がどんだけ愛情深くても、仕事も手に付かずに泣いてる母親に勝るもんはないのよ。とっとと取り返して来なさいよ!」
 雇い主は赤くなった目を隠すように何度か瞬きながら凪子に背を向けた。
  
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