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家族になる相手
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瑠美は子供の頃を思い出していた。
いつも命令口調の母。
ああしなさい、こうしなさい、これはダメ、あれもダメ… そう言われ続けて育ってきた。
3、4歳の頃、近所のおじさんが瑠美を抱き上げ、「瑠美ちゃんはホントに可愛いなあ」と言った。
おじさんが帰った後、母は瑠美に「あれはお世辞っていうの。嘘なんだからね」と言う。
そして、瑠美の顔の部分的な特徴をあげつらう。
「瑠美ちゃんの鼻の穴は豚さんの鼻みたい」
「瑠美ちゃんのおでこは狭くてお猿さんみたい」
「瑠美ちゃんの顔は長くてお馬さんみたい」
母親から刻み付けられた言葉には、強い力があるようだ。
成長する過程で、「可愛いね」「綺麗になったね」などと言われる度に、お世辞ばかり言ってと不機嫌に口をつぐんだ。
気が付くと、瑠美の生活全般における基準は、母になっていた。
自分が恋愛結婚ではなかったからか、恋愛を毛嫌いして、自分の気に入った見合い相手を猛烈にすすめ、それを娘のためだと信じている。
逃げるように家を出たが、一人で生活していても見えない壁が目の前に広がり、気が付けば母はどう思うだろう、母はどう感じるだろうと、あらゆる局面で、母に支配されている自分に気付いて絶望する。
様々な対処法、自己啓発の書籍を読み漁り、自立できていない自分を責め、セミナーにも参加したりしたが、幼い頃より心の奥深くに張った根っこを取り除くことは難しかった。
もうこのままでいいと何もかも諦めていた、そんな時に、総務部から営業部へ異動になり、笹原と知り合った。
母がどう思うかなど、どうでもいいと思えた初めての人だった。それどころか、結婚しようと思うまで、母の顔など一度も思い浮かぶことがなかった。
今ここで、母と決別しなければ前に進めない。
そんな思いが、笹原を実家に連れて行くことを躊躇させた。
「ケジメだからさ。俺、何言われてもいいよ。とりあえず耳には入れるよ、右から左に流すけどさ」
笹原は飄々と笑って言った。
「それに、こっちにもやっかいな人がいるから」
「やっかいな人?」
「死んだ陽子の姉の悦子さん」
笹原は深い息を一つ吐いた。
「とりあえず、一つずつ終わらせよう」
「笹原さん、律儀過ぎる。結婚は私達の合意だけで、誰から何言われても成立するもんなんだから」
「だから、ケジメだよ、ケジメ。挨拶しないわけにはいかないよ。親戚になるんだから」
そう促され、瑠美は笹原を伴って、渋々実家に行った。
瑠美の母親は、最初こそ理性のある落ち着いた様子を見せていたが、徐々にヒートアップしていった。
「認知症の母親って、死んだ嫁の?」
眉間に深い皺を寄せ、鋭い眼光を笹原に向ける。
「はい… 今は…」と、言い淀む笹原を遮って瑠美が「お母さん!」と、声を上げる。
「亡くなった奥様のお母様で、老人ホームにいらっしゃると、私、ちゃんと伝えたわよね」
母は瑠美に一瞥すらくれず、笹原を見据える。
「嫁と死別? 中学生の息子? 認知症の義理の母親!」
事前に伝えた情報を、今初めて聞いたように声を荒げる。
「そんな条件の男の元に、娘をやる親なんていないわ! 認められるとでも思ったの? よくもまあ、のこのこと、この家に来れたもんだわ」
俯き加減でただ黙っている笹原を、フンと鼻で笑うと、瑠美に矛先を向ける。
「アンタも私が進めた立派なお相手を蹴って、よくもまあ、こんな男連れてこれたもんだわ。恥ずかしい!」
「まあまあ、瑠美だってもう若くないんだから…」
母親の隣で苦虫を噛み潰したような顔をした父親が口を挟むが、間髪入れず、
「私はこの子のためを思って言ってるんです!」と一蹴する。
「お母さん! 勘違いしないで!」
瑠美が母親以上の声を張り上げ、立ち上がった。
「今日は、認めてもらうために来たんじゃないから。報告に来たの。結婚の報告! お母さんが反対しようがどうしようが関係ないのよ! もう入籍したの!」
瑠美は笹原の腕を掴んで立たせた。
「どうもお邪魔しました! もう二度と来ないから!」
母親を睨みつけてそう吐き捨てると、戸惑う笹原の背中を押してさっさと家を出た。
「だから行かなくていいって言ったのに」
瑠美は怒りが収まらずに文句をぶつけると、笹原は額の汗をハンカチで拭い苦笑する。
「お母さんの気持ちもわかるしなあ。怒って当然だよなあ」
瑠美がキッと笹原をにらみつけた。
「もうさっさと婚姻届け出すから!」
「ああ、びっくりしたよ。入籍したとか嘘言うし…」
「このままだと、笹原さんの気持ちが萎えて、やっぱりやめようとか言いだしかねない。すぐ出すから!」
「頼りなくてゴメン」
笹原が自嘲気味に笑う。
「だけど後戻りはしない。今度は逃げないで、息子ともちゃんと向き合って、自分の家族を作っていきたいから」
うんとうなずきながら、瑠美が目を潤ませた。
「泣いてる場合じゃない。次も強烈だよ。陽子の姉さん。相手を傷つけようが何しようが、口から先に喋る人だから」
「大丈夫です。私たち、どれだけ我ままな客を、相手にしてきたと思ってるんですか。打たれ強さは、誰にも負けませんよ」
「そうだね。まあ、悦子さんは、頭で考えないで、口だけで喋るから害はないんだ。言ってスッキリして、忘れるタイプだから」
笹原は朗らかに笑った。
悦子の家では、夫の尊が間に入って、予想外に和やかな挨拶になった。
「いやあ、陽ちゃんの三回忌も終わって落ち着いたし、ちょうどよかったんじゃないか。なあ」
尊が笑顔で悦子に同意を求める。
「そうね… 三回忌終わったばかりだけどねぇ…」
冷ややかな笑みを浮かべ、そう言う悦子に「いやあ、よかった、よかったぁ」と、尊が焦ったように言葉をかぶせる。
「でも瑠美さんには申し訳ないね。いきなり中学生と姑がいる所に来てもらって、ありがたいよ。なあ、晃君」
はあ、と照れた笑いを見せ、笹原が尊とビールを酌み交わす。
「今は水商売はなかなか大変なんでしょう?」
悦子が、意味ありげに笑って、瑠美に話しかける。
2年前まで笹原と同じ職場だったが、今は定食屋で働いていると言ったことを、わざと「水商売」と言い換える。
「女将ができる人だから、なかなか繁盛してるんですよ」
瑠美は、気にも留めずに笑って答えた。
「やっぱり夜はお酒を出して、帰りは遅いんでしょう?」
「ビールは昼夜出してますよ。夜は8時までですね」
「まあ、夜の8時。やっぱり水商売は大変ねえ」
「朝は遅いですから」
瑠美が乾いた笑いで返す。
男二人が顔を引きつらせて、そのやり取りを聞いていた。
「そろそろおいとまします」
笹原が口ごもりながら立ち上がると、尊もつられるように慌てて立ち上がる。
「そうだな。あんまり引き留めると申し訳ないから」
悦子の家を出ると、瑠美がニヤついた笑顔で笹原を見た。
「ああ、面白かった」
「全くね、女はたくましい」
笹原が半ば呆れ混じりに笑う。
最後に、瑠美は笹原の家を訪れた。
仏壇に飾られた写真の中で、陽子は柔らかく微笑んでいた。
手を合わせると、自然と熱いものがこみあげてくる。
「精一杯、頑張ります。よろしくお願いします」
瑠美は心の中で陽子に語り掛ける。
振り返ると、笹原が目を赤くして瑠美を見つめていた。
紹介された笹原の息子、亮一は背が高く、瑠美の想像以上に大人びて見えたが、二重の大きな瞳の中に、あどけなさと寂しさを残した、物静かな少年だった。
「お母さんそっくりでイケメンだね」
瑠美がそう言うと、はにかむように視線を逸らし、唇をほころばせる。
そんな亮一が、ただ一つ瑠美に要望を出した。
「引っ越してくるのは春休みにして下さい。僕、受験生だし試験が終わるまで、待って欲しいんです」
瑠美は、すぐにでも引っ越して来たいと思っていたが、確かに受験勉強に励む中、新しい母親が来れば、双方とも気を遣って居辛くなるかもしれない。
「ごめんなさい」
亮一は律儀に頭を下げる。
「気にしないで。勉強頑張ってね。合格するようお祈りしてるから」
瑠美は、そう笑顔で言って、笹原家を後にした。
2月半ばのことだった。
笹原が、瑠美のマンションを暗い顔で訪れた。
「どうしたの? 何かあった?」
「亮一が」と言うなり、笹原は深いため息をついてうなだれた。
「俺たちの結婚に反対だったらしい… あいつ勝手に寮のある私立高校受験してた」
「そっか…」
瑠美が落胆の色を滲ませ、押し黙る。
「ごめん… 俺、息子の気持ち、まだよくつかめてない… 父親失格だ」
瑠美が思い直したようにふふっと笑う。
「でもちょっと安心した… だって、すんなり受け入れるほうが、物わかり良過ぎて怖いよ。そのくらい反抗してくれなきゃ」
困惑した顔で見つめる笹原に、努めて明るい笑顔を見せる。
「籍入れておいて良かった。何かある度に、晃さんの気持ちが萎えて、やっぱりやめようとか言いだしかねないから」
「俺、そんな頼りなくないよ」
少し不満げに口を尖らせた後、「やっぱ頼りないよなあ」と、自嘲の笑みを浮かべる。
「だけど、今度は逃げないで、ちゃんと向き合うと決めた。自分の家族を作っていきたいから」
笹原が、真剣な眼差しで瑠美を見つめる。
「私たち、営業部で何言われたって、へこたれない、ネバーギブアップの精神で頑張ってきたんだから… 大丈夫よ」
言いながら瑠美の瞳が潤む。
「私、後戻りしない。弱音も吐かない。蹴られようが叩かれようが、どんなに嫌われても、亮一君と晃さんと家族になることを諦めない。絶対に、家族になってみせるわ」
瑠美が涙を拭って笑った。
終わり
最後まで読んでいただきありがとうございました。
心から感謝いたします。
いつも命令口調の母。
ああしなさい、こうしなさい、これはダメ、あれもダメ… そう言われ続けて育ってきた。
3、4歳の頃、近所のおじさんが瑠美を抱き上げ、「瑠美ちゃんはホントに可愛いなあ」と言った。
おじさんが帰った後、母は瑠美に「あれはお世辞っていうの。嘘なんだからね」と言う。
そして、瑠美の顔の部分的な特徴をあげつらう。
「瑠美ちゃんの鼻の穴は豚さんの鼻みたい」
「瑠美ちゃんのおでこは狭くてお猿さんみたい」
「瑠美ちゃんの顔は長くてお馬さんみたい」
母親から刻み付けられた言葉には、強い力があるようだ。
成長する過程で、「可愛いね」「綺麗になったね」などと言われる度に、お世辞ばかり言ってと不機嫌に口をつぐんだ。
気が付くと、瑠美の生活全般における基準は、母になっていた。
自分が恋愛結婚ではなかったからか、恋愛を毛嫌いして、自分の気に入った見合い相手を猛烈にすすめ、それを娘のためだと信じている。
逃げるように家を出たが、一人で生活していても見えない壁が目の前に広がり、気が付けば母はどう思うだろう、母はどう感じるだろうと、あらゆる局面で、母に支配されている自分に気付いて絶望する。
様々な対処法、自己啓発の書籍を読み漁り、自立できていない自分を責め、セミナーにも参加したりしたが、幼い頃より心の奥深くに張った根っこを取り除くことは難しかった。
もうこのままでいいと何もかも諦めていた、そんな時に、総務部から営業部へ異動になり、笹原と知り合った。
母がどう思うかなど、どうでもいいと思えた初めての人だった。それどころか、結婚しようと思うまで、母の顔など一度も思い浮かぶことがなかった。
今ここで、母と決別しなければ前に進めない。
そんな思いが、笹原を実家に連れて行くことを躊躇させた。
「ケジメだからさ。俺、何言われてもいいよ。とりあえず耳には入れるよ、右から左に流すけどさ」
笹原は飄々と笑って言った。
「それに、こっちにもやっかいな人がいるから」
「やっかいな人?」
「死んだ陽子の姉の悦子さん」
笹原は深い息を一つ吐いた。
「とりあえず、一つずつ終わらせよう」
「笹原さん、律儀過ぎる。結婚は私達の合意だけで、誰から何言われても成立するもんなんだから」
「だから、ケジメだよ、ケジメ。挨拶しないわけにはいかないよ。親戚になるんだから」
そう促され、瑠美は笹原を伴って、渋々実家に行った。
瑠美の母親は、最初こそ理性のある落ち着いた様子を見せていたが、徐々にヒートアップしていった。
「認知症の母親って、死んだ嫁の?」
眉間に深い皺を寄せ、鋭い眼光を笹原に向ける。
「はい… 今は…」と、言い淀む笹原を遮って瑠美が「お母さん!」と、声を上げる。
「亡くなった奥様のお母様で、老人ホームにいらっしゃると、私、ちゃんと伝えたわよね」
母は瑠美に一瞥すらくれず、笹原を見据える。
「嫁と死別? 中学生の息子? 認知症の義理の母親!」
事前に伝えた情報を、今初めて聞いたように声を荒げる。
「そんな条件の男の元に、娘をやる親なんていないわ! 認められるとでも思ったの? よくもまあ、のこのこと、この家に来れたもんだわ」
俯き加減でただ黙っている笹原を、フンと鼻で笑うと、瑠美に矛先を向ける。
「アンタも私が進めた立派なお相手を蹴って、よくもまあ、こんな男連れてこれたもんだわ。恥ずかしい!」
「まあまあ、瑠美だってもう若くないんだから…」
母親の隣で苦虫を噛み潰したような顔をした父親が口を挟むが、間髪入れず、
「私はこの子のためを思って言ってるんです!」と一蹴する。
「お母さん! 勘違いしないで!」
瑠美が母親以上の声を張り上げ、立ち上がった。
「今日は、認めてもらうために来たんじゃないから。報告に来たの。結婚の報告! お母さんが反対しようがどうしようが関係ないのよ! もう入籍したの!」
瑠美は笹原の腕を掴んで立たせた。
「どうもお邪魔しました! もう二度と来ないから!」
母親を睨みつけてそう吐き捨てると、戸惑う笹原の背中を押してさっさと家を出た。
「だから行かなくていいって言ったのに」
瑠美は怒りが収まらずに文句をぶつけると、笹原は額の汗をハンカチで拭い苦笑する。
「お母さんの気持ちもわかるしなあ。怒って当然だよなあ」
瑠美がキッと笹原をにらみつけた。
「もうさっさと婚姻届け出すから!」
「ああ、びっくりしたよ。入籍したとか嘘言うし…」
「このままだと、笹原さんの気持ちが萎えて、やっぱりやめようとか言いだしかねない。すぐ出すから!」
「頼りなくてゴメン」
笹原が自嘲気味に笑う。
「だけど後戻りはしない。今度は逃げないで、息子ともちゃんと向き合って、自分の家族を作っていきたいから」
うんとうなずきながら、瑠美が目を潤ませた。
「泣いてる場合じゃない。次も強烈だよ。陽子の姉さん。相手を傷つけようが何しようが、口から先に喋る人だから」
「大丈夫です。私たち、どれだけ我ままな客を、相手にしてきたと思ってるんですか。打たれ強さは、誰にも負けませんよ」
「そうだね。まあ、悦子さんは、頭で考えないで、口だけで喋るから害はないんだ。言ってスッキリして、忘れるタイプだから」
笹原は朗らかに笑った。
悦子の家では、夫の尊が間に入って、予想外に和やかな挨拶になった。
「いやあ、陽ちゃんの三回忌も終わって落ち着いたし、ちょうどよかったんじゃないか。なあ」
尊が笑顔で悦子に同意を求める。
「そうね… 三回忌終わったばかりだけどねぇ…」
冷ややかな笑みを浮かべ、そう言う悦子に「いやあ、よかった、よかったぁ」と、尊が焦ったように言葉をかぶせる。
「でも瑠美さんには申し訳ないね。いきなり中学生と姑がいる所に来てもらって、ありがたいよ。なあ、晃君」
はあ、と照れた笑いを見せ、笹原が尊とビールを酌み交わす。
「今は水商売はなかなか大変なんでしょう?」
悦子が、意味ありげに笑って、瑠美に話しかける。
2年前まで笹原と同じ職場だったが、今は定食屋で働いていると言ったことを、わざと「水商売」と言い換える。
「女将ができる人だから、なかなか繁盛してるんですよ」
瑠美は、気にも留めずに笑って答えた。
「やっぱり夜はお酒を出して、帰りは遅いんでしょう?」
「ビールは昼夜出してますよ。夜は8時までですね」
「まあ、夜の8時。やっぱり水商売は大変ねえ」
「朝は遅いですから」
瑠美が乾いた笑いで返す。
男二人が顔を引きつらせて、そのやり取りを聞いていた。
「そろそろおいとまします」
笹原が口ごもりながら立ち上がると、尊もつられるように慌てて立ち上がる。
「そうだな。あんまり引き留めると申し訳ないから」
悦子の家を出ると、瑠美がニヤついた笑顔で笹原を見た。
「ああ、面白かった」
「全くね、女はたくましい」
笹原が半ば呆れ混じりに笑う。
最後に、瑠美は笹原の家を訪れた。
仏壇に飾られた写真の中で、陽子は柔らかく微笑んでいた。
手を合わせると、自然と熱いものがこみあげてくる。
「精一杯、頑張ります。よろしくお願いします」
瑠美は心の中で陽子に語り掛ける。
振り返ると、笹原が目を赤くして瑠美を見つめていた。
紹介された笹原の息子、亮一は背が高く、瑠美の想像以上に大人びて見えたが、二重の大きな瞳の中に、あどけなさと寂しさを残した、物静かな少年だった。
「お母さんそっくりでイケメンだね」
瑠美がそう言うと、はにかむように視線を逸らし、唇をほころばせる。
そんな亮一が、ただ一つ瑠美に要望を出した。
「引っ越してくるのは春休みにして下さい。僕、受験生だし試験が終わるまで、待って欲しいんです」
瑠美は、すぐにでも引っ越して来たいと思っていたが、確かに受験勉強に励む中、新しい母親が来れば、双方とも気を遣って居辛くなるかもしれない。
「ごめんなさい」
亮一は律儀に頭を下げる。
「気にしないで。勉強頑張ってね。合格するようお祈りしてるから」
瑠美は、そう笑顔で言って、笹原家を後にした。
2月半ばのことだった。
笹原が、瑠美のマンションを暗い顔で訪れた。
「どうしたの? 何かあった?」
「亮一が」と言うなり、笹原は深いため息をついてうなだれた。
「俺たちの結婚に反対だったらしい… あいつ勝手に寮のある私立高校受験してた」
「そっか…」
瑠美が落胆の色を滲ませ、押し黙る。
「ごめん… 俺、息子の気持ち、まだよくつかめてない… 父親失格だ」
瑠美が思い直したようにふふっと笑う。
「でもちょっと安心した… だって、すんなり受け入れるほうが、物わかり良過ぎて怖いよ。そのくらい反抗してくれなきゃ」
困惑した顔で見つめる笹原に、努めて明るい笑顔を見せる。
「籍入れておいて良かった。何かある度に、晃さんの気持ちが萎えて、やっぱりやめようとか言いだしかねないから」
「俺、そんな頼りなくないよ」
少し不満げに口を尖らせた後、「やっぱ頼りないよなあ」と、自嘲の笑みを浮かべる。
「だけど、今度は逃げないで、ちゃんと向き合うと決めた。自分の家族を作っていきたいから」
笹原が、真剣な眼差しで瑠美を見つめる。
「私たち、営業部で何言われたって、へこたれない、ネバーギブアップの精神で頑張ってきたんだから… 大丈夫よ」
言いながら瑠美の瞳が潤む。
「私、後戻りしない。弱音も吐かない。蹴られようが叩かれようが、どんなに嫌われても、亮一君と晃さんと家族になることを諦めない。絶対に、家族になってみせるわ」
瑠美が涙を拭って笑った。
終わり
最後まで読んでいただきありがとうございました。
心から感謝いたします。
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