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第一話
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まあエリオットさまったら、竜族の高貴なお方がそう簡単に頭を下げるものではありませんよ。下げたところで、今さらなにが変わるわけでもありませんしね。私が貴方と共に公爵邸に戻ることは、もう金輪際あり得ません。
私を偽の番と罵って婚約破棄しておきながら、今頃になって殊勝な顔で謝りにいらしても遅いんですよ、本当に。高貴なお方ならそれくらい理解していただきたいものですけどね。
そもそも貴方には真の番がいらっしゃるでしょう? あの可愛らしい男爵令嬢が。彼女こそが真の番だとおっしゃって、私の前でべたべたして見せたじゃありませんか。私の前で口づけをしたり、抱き合ったり。ええ、全て覚えてますとも。挙句にお義母さまが公爵邸に用意して下さった部屋から私を蹴り出して……。
エリオットさまは私を追い出したあと、あの方と結婚なさったのではないのですか?
まあ、あの男爵令嬢はハーピーの獣人で、魅了の力を持っていたのですか。隣国ではお尋ね者の常習犯で、隣国の騎士団が養父の男爵ともども連行して行ったと。
エリオットさまはハニートラップならぬハーピートラップに引っかかっていらしたわけですね。それはそれは、ご愁傷さまです。
でもね、エリオットさま、全て今さらなんですよ。今さらあれは俺の本心じゃないと言われても、こぼれた水は戻らないんです。
それに竜族は無防備な人型になるときは、その手の呪いを防ぐ指輪を身に着ける習わしですよね。エリオットさまも着けていらしたあれは、一体どうなったんでしょう。エリオットさまがあの男爵領を訪れたのは、産業振興の視察のためだったはずですけど。それで何がどうなって、御令嬢の前で指輪を外すことになったのか、是非うかがってみたいものですね。
あの男爵令嬢に「指輪をよく見てみたいから外してちょうだい」と、上目遣いでお願いされたんでしょうか。それとも彼女と指を絡めあうのに邪魔だから、自ら外されたんでしょうか。
そうですか。男爵に視察の一環として、地元名物のサウナを体験するよう勧められたんですか。
それでも別にあの指輪を外す必要はないでしょう? ちょっと苦しい言い訳ですね。
え、男爵にここでは全部脱ぐのがマナーだから、指輪も外すように言われて、なんとなく断り辛かった? 他種族の風習を見下す傲慢な竜族だと思われたら嫌だなと思って、つい?
エリオットさま……貴方ほんと、そういうとこですよ。
そういえばお義母さまに「あの子はちょっとアレなところがあるから、貴女がしっかり見ててあげてね」と言われたことを、今さら思い出しましたよ。いえ本当に今さらですけどね。
サウナのあとの晩さん会で御令嬢に引き合わされて、それ以降の記憶がない、気が付いたら公爵邸の長椅子に寝かされていて、家令から自分が今までやらかしたことを聞かされたんですか。
それは恐いですよね。お察しします。知らない自分が勝手に動き回っていたとか、絶対体験したくないタイプのホラーです。
指輪はサウナに入っている間に、偽物とすり替えられていたんでしょうねえ。
まあ、正気に戻ってすぐ私の実家にいらしたんですか。行ったところで無駄だったでしょうに。ええ、実家からはあのとき勘当されましたからね、私の行方なんかもちろん知る訳ありませんよ。
あの頃は薄情だと思って泣きましたけど、両親も家を守るためには仕方なかったんでしょう。竜族の公爵家に睨まれたら、弱小子爵家なんてやっていけませんからね。今は恨んでおりません。
ええ、私の友人たちも、私の行方なんて知りませんよ。竜族とのいざこざに大切な友人を巻き込むわけにはいきませんからね。彼女らに助けを求めることはしませんでした。
助けを求めに行って、冷たくあしらわれたらと思うと、恐ろしくて行けなかった、というのもありますけどね。
それでも私を諦められずに国中を探して、探して、探し回って、ようやく私の居場所を探し当てられたんですか。
それはまあなんというか、お疲れさまでした。よく頑張られたと思いますよ、本当に。
それなのに、死んでしまったなんて嘘だろう? とおっしゃられても、あれから七十年も経ってますからね。むしろまだ間に合うと思ってらしたのが驚きですよ。本当にエリオットさまはおっとりさんで困ったものです。
まあ七十年間ずっと探し続けて下さったのは、ちょっと嬉しいですけどね。
でもねえエリオットさま、そんなにご自分を責めなくても大丈夫ですよ。
私は貴方に追い出されたあと、優しい司祭さまに拾われたんです。教会付属の学校で子供たちを教える仕事をして、八十六まで生きて、最期は大往生でした。結婚はしなかったけど、可愛い教え子たちに囲まれて、まずまず幸せな一生と言えるのではないでしょうか。
この墓石もみんながお金を出し合って買ってくれたんですよ。ピンクの大理石で素敵でしょう?
――なんて申し上げても、どうせ聞こえないんでしょうけどね。
ふふ、そうですか。私が貴方の唯一の番ですか。
面と向かって言われると、なんだかちょっと照れますね。
私がまた生まれてくるまで、百年でも千年でも待って下さるんですか。
それはありがとうございます。でもどうか無理はなさらず、ほどほどにね。他に良い方ができて幸せになっても、私は怒ったりしませんからね。
でもエリオットさま、もしまた私を見つけ出したら、今度は追い出さないでくださいね。追い出しても、せめて貴方を抱きしめる両腕があるうちに迎えに来てくださいね。場合によっては許してあげるかもしれませんから。場合によっては、ですけど。
それではまた会う日まで、ごきげんよう。
私を偽の番と罵って婚約破棄しておきながら、今頃になって殊勝な顔で謝りにいらしても遅いんですよ、本当に。高貴なお方ならそれくらい理解していただきたいものですけどね。
そもそも貴方には真の番がいらっしゃるでしょう? あの可愛らしい男爵令嬢が。彼女こそが真の番だとおっしゃって、私の前でべたべたして見せたじゃありませんか。私の前で口づけをしたり、抱き合ったり。ええ、全て覚えてますとも。挙句にお義母さまが公爵邸に用意して下さった部屋から私を蹴り出して……。
エリオットさまは私を追い出したあと、あの方と結婚なさったのではないのですか?
まあ、あの男爵令嬢はハーピーの獣人で、魅了の力を持っていたのですか。隣国ではお尋ね者の常習犯で、隣国の騎士団が養父の男爵ともども連行して行ったと。
エリオットさまはハニートラップならぬハーピートラップに引っかかっていらしたわけですね。それはそれは、ご愁傷さまです。
でもね、エリオットさま、全て今さらなんですよ。今さらあれは俺の本心じゃないと言われても、こぼれた水は戻らないんです。
それに竜族は無防備な人型になるときは、その手の呪いを防ぐ指輪を身に着ける習わしですよね。エリオットさまも着けていらしたあれは、一体どうなったんでしょう。エリオットさまがあの男爵領を訪れたのは、産業振興の視察のためだったはずですけど。それで何がどうなって、御令嬢の前で指輪を外すことになったのか、是非うかがってみたいものですね。
あの男爵令嬢に「指輪をよく見てみたいから外してちょうだい」と、上目遣いでお願いされたんでしょうか。それとも彼女と指を絡めあうのに邪魔だから、自ら外されたんでしょうか。
そうですか。男爵に視察の一環として、地元名物のサウナを体験するよう勧められたんですか。
それでも別にあの指輪を外す必要はないでしょう? ちょっと苦しい言い訳ですね。
え、男爵にここでは全部脱ぐのがマナーだから、指輪も外すように言われて、なんとなく断り辛かった? 他種族の風習を見下す傲慢な竜族だと思われたら嫌だなと思って、つい?
エリオットさま……貴方ほんと、そういうとこですよ。
そういえばお義母さまに「あの子はちょっとアレなところがあるから、貴女がしっかり見ててあげてね」と言われたことを、今さら思い出しましたよ。いえ本当に今さらですけどね。
サウナのあとの晩さん会で御令嬢に引き合わされて、それ以降の記憶がない、気が付いたら公爵邸の長椅子に寝かされていて、家令から自分が今までやらかしたことを聞かされたんですか。
それは恐いですよね。お察しします。知らない自分が勝手に動き回っていたとか、絶対体験したくないタイプのホラーです。
指輪はサウナに入っている間に、偽物とすり替えられていたんでしょうねえ。
まあ、正気に戻ってすぐ私の実家にいらしたんですか。行ったところで無駄だったでしょうに。ええ、実家からはあのとき勘当されましたからね、私の行方なんかもちろん知る訳ありませんよ。
あの頃は薄情だと思って泣きましたけど、両親も家を守るためには仕方なかったんでしょう。竜族の公爵家に睨まれたら、弱小子爵家なんてやっていけませんからね。今は恨んでおりません。
ええ、私の友人たちも、私の行方なんて知りませんよ。竜族とのいざこざに大切な友人を巻き込むわけにはいきませんからね。彼女らに助けを求めることはしませんでした。
助けを求めに行って、冷たくあしらわれたらと思うと、恐ろしくて行けなかった、というのもありますけどね。
それでも私を諦められずに国中を探して、探して、探し回って、ようやく私の居場所を探し当てられたんですか。
それはまあなんというか、お疲れさまでした。よく頑張られたと思いますよ、本当に。
それなのに、死んでしまったなんて嘘だろう? とおっしゃられても、あれから七十年も経ってますからね。むしろまだ間に合うと思ってらしたのが驚きですよ。本当にエリオットさまはおっとりさんで困ったものです。
まあ七十年間ずっと探し続けて下さったのは、ちょっと嬉しいですけどね。
でもねえエリオットさま、そんなにご自分を責めなくても大丈夫ですよ。
私は貴方に追い出されたあと、優しい司祭さまに拾われたんです。教会付属の学校で子供たちを教える仕事をして、八十六まで生きて、最期は大往生でした。結婚はしなかったけど、可愛い教え子たちに囲まれて、まずまず幸せな一生と言えるのではないでしょうか。
この墓石もみんながお金を出し合って買ってくれたんですよ。ピンクの大理石で素敵でしょう?
――なんて申し上げても、どうせ聞こえないんでしょうけどね。
ふふ、そうですか。私が貴方の唯一の番ですか。
面と向かって言われると、なんだかちょっと照れますね。
私がまた生まれてくるまで、百年でも千年でも待って下さるんですか。
それはありがとうございます。でもどうか無理はなさらず、ほどほどにね。他に良い方ができて幸せになっても、私は怒ったりしませんからね。
でもエリオットさま、もしまた私を見つけ出したら、今度は追い出さないでくださいね。追い出しても、せめて貴方を抱きしめる両腕があるうちに迎えに来てくださいね。場合によっては許してあげるかもしれませんから。場合によっては、ですけど。
それではまた会う日まで、ごきげんよう。
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