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第三話
しおりを挟む「これを殿下に見せたらアンジェラ嬢とは破局を迎えるでしょうし、お嬢さまがやったことも免責されて、婚約破棄も取り消しになるかもしれませんね。そうなれば御父上もあっさり手のひらを返して、勘当を取り消して下さるでしょう。なんといっても家から王妃が出るのは貴族の誉れですからね。さて――どうなさいますか?」
「どうって……」
差し出された紙束を手に、セシリアは途方に暮れていた。
セシリアが元の生活へと戻るための魔法の鍵。
ほんの数時間前のセシリアならば、これを手に入れるためならどんなことでもやったろう。
しかし不思議なことに、今のセシリアは、それが無条件に良いものだとは思えなくなっていた。
婚約破棄を告げる王太子の敵意に満ちた目。
もはや親でも子でもないと言い切った父の蔑みの目。
母や弟の嘲るような目。
自分はあれら全てを忘れ、なにごともなかったように、元の生活に戻れるのだろうか。
「私には分からないわ……分からない」
「簡単なことですよ、要は王太子殿下や公爵家の方々のもとに戻りたいかどうかを考えてみればいいんです」
「私は……あの人達のところに戻りたくない。だけど他に行くところがないのよ……」
ぽろぽろと涙があふれてくる。
本当はずっと分かっていた。
自分がどれだけ彼らに軽んじられているか。
そういう人たちと暮らすことが、どれだけ辛くて耐え難いか。
分かっていたけど、気づかないふりをしていた。
だって他に行くところがなかったから。
子供の様に泣きじゃくるセシリアを、オリビエはそっと抱き寄せた。
「ずっとここにいらっしゃればいいんですよ」
「いいの……? 私、ここにいていいの……?」
「私のすべてはお嬢さまのもの、そうおっしゃったのはお嬢さま自身でしょう? いつまでもお好きなだけ、ここにいらっしゃったらいいんです。いずれ使用人も雇い入れるつもりですし、お嬢さまに不自由はさせませんよ」
「私、ここにいたって、なんの役にも立てないわ」
「なんの役にも立てなくても、いらして下さるだけで十分ですよ。ですがどうしても気がとがめるのなら、私の仕事を手伝ってください」
「私に手伝えることなんてあるの?」
「お嬢さまは王妃教育の一環で、隣国の言葉や歴史も学んでいるでしょう? いずれ隣国にも商売を広げる予定ですから、お嬢さまに手伝っていただけると助かります。ただしもう一度申し上げておきますが、例えなにもしなくても、できなくても、お嬢さまはここにいて下さるだけで、私には十分なんですよ」
どこまでも優しいオリビエの声に、ようやく涙がおさまってくる。
そのかわり、なんだか笑いがこみあげてきた。
「ふふ、やっぱりオリビアはオリビエね」
「はい?」
「前のオリビエもそうだったわ。私が一人で泣いていると、そっと寄り添ってくれたのよ」
やっぱり犬扱いなんですね……とつぶやくオリビエは、なにやら複雑そうだった。
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