俺のソフレは最強らしい。

深川根墨

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43.マリナのお宅訪問

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 家にある大きな鍋からはスパイスの香りが広がっている。
 今晩はカレーライスだ。
 数日前、ゼロが仕事先から頂いた夏野菜をたっぷり使ったカレーはきっと最高に美味しいはずだ。お玉を使ってしっかりとカレーを撹拌させると皿に次々に盛っていく。

「美味しそうですね」
「懐かしい家庭の味だ……」
「これって甘口っすか? 俺、○の王子さまが割と好きっす」
「これは飲めるヤツ」

「黙ってろ」

 相変わらず桜庭組の面々と食卓を囲んでいる。ゼロは相変わらず不機嫌だけれど、京は賑やかな食事が慣れつつあった。
 もちろん、朝食で二人きりでゆったりした時間を過ごすのも好きだ。寝癖をつけ、寝ぼけているゼロを見て癒されている。

 だけれど、今日はいつもとは違う。玄関に珍客がいるのだ。玄関からすぐ台所なので、さっきから京も気になってちらちらと見てしまう。

「僕にも頂けませんか? スパイスの効いたカレーに目がないのですが」
「え? あー、えっと……」
「無視でいい、京」

 どうすべきか悩む京の目を手で覆い、ゼロは椅子に座らせた。
 
 いやー、無視、出来へんと思うねんけど……。ってか、この人、なんでこんな落ち着いてるんやろ。

 玄関には男がいた。銀髪の長髪に盛服を粧し込んだ男。ついさっき、ゼロたちが帰って来てすぐ、我が家にやってきた。何度もチャイムを鳴らし、ドアを叩く音に恐怖を感じたのだが……ゼロは覗き窓から来客を確認するとあっという間に相手を玄関に引き摺り込んで拘束してしまった。
 雷太はマリナを警戒し、吠えまくった。今はゲージに入れているが、マリナが話すたびに雷太の唸り声がする。人懐っこい雷太が珍しい。よほど相性が悪いのだろう。

 訪問者の名はマリナという男だった。もちろん偽名だろうけれど、ゼロと所沢さんは面識があるみたいだ。でも、仲良くはなさそう……、なんか、マリナがゼロを見る目が怖い。狂気を感じる。尚且つ、京と目が合うとひどく凄んでくる。なんだろうか、情緒不安定だ。
 ゼロがカレーライスを手盆で大事そうに持ちつつ、マリナを睨む。

「調子に乗るな、マリナ。近所迷惑だから一旦拘束しただけだ」
「ちょうど、深夜に出港する船がありますね……桜庭組のコネで放り込んでしまいましょうか?」
「車で海岸線をドライブでも良いぞ、コウ」
「視界不良で事故も多いですしね……いいでしょう」

 所沢がマリナに向かってにんまりと微笑むが、その目は笑っていない。

「とりあえず、マリナは放っておいていいですから、京、いただきますね」

 所沢の言葉を合図に各々手を合わせてカレーライスを食べ始めた。
 京も食べ始めたけれど、どうしても床に転がった人間がいる部屋でご飯は食べられない。視界に入るマリナの姿に食欲がみるみる削がれる。

 よく考えれば、ぐるぐる巻きに拘束されている腹をすかせている人間と一緒の部屋で食事など未経験。いや、普通にあるわけないか、アカンな、なんか感覚おかしくなってもうてるわ、俺。

 カレーライスをあっという間に平らげたカクと所沢はゼロに何かを耳打ちするとあっという間に帰っていった。仕事の合間に寄ったのだろう。
 カクはカレーライスに思い入れがあるようでまた作って欲しいと懇願された。嬉しい。子供っぽいメニューで口に合うか分からなかったが、意外に好評だった。

 マリナはスケに手錠をつけられ、ゼロに紐で縛られ、壱也のベルトで足首を拘束されている。それなのに、マリナはニコニコと笑っている。
 ところが京と視線が合うと、マリナはたちまち鬼の形相へと変化した。憎々しい憤怒の表情だ。しかし、初対面でここまで恨まれる理由がわからず京は戸惑う。
 
「照国京、あなた、ゼロさまの何なんです?」
「え?」

 それよりも何よりも気になる。ゼロさま? さま? 何、その呼称。

 京が戸惑っているとマリナが眉を寄せて睨みつける。小さく舌打ちして見下すような視線を京に送る。いや、床に転がっているとは思えないほど横柄というか、高圧的だ。
 
「ゼロさまほどの方があなたのような蟻ほどの価値もない人間を守る理由は何かと、訊いているのですよ」
「うるさい」

 ゼロがマリナの頭を叩いた。マリナが「へぐぅッ」と情けない声を出したのだが、あれは視界がブレるほどの衝撃だったろう。
 それなのにマリナは唇を震わせて感動している。なぜか、これが頭ぽんぽんの威力なのですねッと呟く声が聞こえた。気のせいだろう、きっと。絶対そうに決まっている。

 京はしゃがむとマリナに視線を合わせた。ゼロたちが慌てて二人の間に入ろうとするが、京が、少し話すだけだと微笑んでそれを制止した。

「あのな、隠すこともないから、話すけど。ゼロとはその、ソフレやねん」
「……ソフレ?」
「添い寝フレンズ。一緒に寝てもらってる」
「添い寝、一緒に……」

 マリナは唇をわなわなと震わせている。この世の終わりを迎えたような顔だ。一瞬にしてやつれて見えた。俳優に向いているな、と京はひとり感心した。
 すると突然、溜まった涙を振り払うようにマリナが激昂した。

「この破廉恥! ゼロさまの体に触れるとは……ゼロさまの芳しい体臭を空気として体内に取り入れ吸収したのですか⁉︎  さらに胸板に包まれて、ゼロさまの立派なアレに泣かされるなんてッ!」
「あの、いや、落ち着いて。俺、ただのソフレやねん」
「ゼロさまのお隣でただ眠るなんてあり得ないでしょう‼︎  ソフレと言いながらゼロさまのアレにアレをアレさせて……くっ、おいたわしや、ゼロさま……」

 マリナ劇場の開幕に京は困ったように頭を掻いた。
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