俺のソフレは最強らしい。

深川根墨

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45.おやすみのキスを

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 どんなに迷惑かけてるか、自分でも分かってる。
 それでも俺は、ゼロと一緒にいたい。
 マリナと話しているうちに、誰にも譲りたくない感情にも気付けた。嫉妬した。
 やっぱ、そうや。

 俺は、ゼロが好きや。男やけど、いや男でも。
 ようやくストンと型に綺麗に収まった気がした。ぐらついた感情が、ようやく落ち着いた感覚。
 こんな簡単なことが分からんとは、我ながらアホやと京は頭を抱えた。

 壱也とスケ、それにマリナの存在が自分の本当の感情に気付かせてくれた。
 京は居た堪れなくなり、ベッドにダイブすると泳ぐように脚をバタつかせた。

「うあぁぁぁぁっ! なんじゃこりゃぁぁぁ!」

 はっず。ってか、めっちゃはっず。恥ずかしいぃー。
 恋愛感情を意識して、トイレの自慰行為目撃事件、海外仕込みマッサージ、高熱でのノーメモリーズキス(濃厚)……あんなことをしておいて、なんで俺は平然としていられたんやっ! ダメだ、死にたい。あ、いや、そんなん嘘でも言うたらアカンな、現に命狙われてんのに。

「京、ゴキブリが出たか?」
「あ、ごめん、大丈夫。ちょっとサーフィンの真似事しててん。あ、歯磨き終わったんなら、ちょっと抱っこしててくれる? ホットタオルで顔拭くわ……雷太ぁ、ええ子やなぁ、ちょーっとごめんやでぇ?」

 用意していたホットタオルで雷太の顔を拭く。嫌がるように両手を伸ばす雷太だが、ゼロに羽交締めされているのでその抵抗は無意味だ。

「ふがふが、ふんがぁ」

 嫌がる声も堪らなく可愛い。ついでに肉球も丁寧に拭くと顔を上げた。思ったよりもゼロの顔がそばにあり、京は息を呑む。

 思い出すな、俺。あの時のキスのことなんか絶対に思い出したらアカン。
 アカンアカン! うわぁぁぁ! 
 焦った京は雷太にブチューとキスをして笑ってごまかした。

「さ、寝よか」
「……あぁ」

 ゼロは、雷太を抱き上げると雷太のまんまる黒目を見つめた。すると突然雷太へキスをした。雷太は二人からのキスを受けて尻尾がもげそうなほどブンブン振り回し、親愛の情を示そうとゼロの顔を舐めようとする。
 しかしゼロはそれに応える気がないのか腕を伸ばし距離を取った。

「ダメだ、雷太。おやすみのキスは一回と世界で定めている」
「犬相手に嘘をかますなや、何回でもやったるわなぁ、雷太、おやすみーチュー」

 雷太の額や頬、手の甲にキスをしてみた。雷太は硬い毛に覆われているので刺さる感じが新鮮だ。短毛種独特の感触だ。愛おしい。視線を戻すと、ゼロが静かに微笑んでいた。

「おやすみ、京」

 雷太の手を握ったままの京の頬にそっとキスを落とした。ゼロの唇が暖かくて、柔らかくて動揺する。
 おやすみの挨拶を返そうにも、喉の奥が詰まってしまい、声が出なかった。完全に身体のアウトプットが不具合を起こしてしまった。ゼロの甘い口付けに。
 そんな京を見て、ゼロは困ったように眉を下げた。

「しては、ダメだったか……」
「いや、そんな、……おやすみっ‼︎」

 京は意を決してゼロの左頬に押し付けるようなキスをした。

 男やろ、さらっとスマートにおやすみのキスせなアカン! ゼロは、そんなつもりないんやし、家族に対しての、おやすみのキスやねんから。顔よ、赤くなるな。どうせなら脳に行く血管締め切ってしもたらええんやッ!

「さ、さぁ、今度こそ寝るで」
「…………あぁ」

 そそくさとベッドに上がると、いつものように横になった。背中越しにゼロの温もりを感じる。今までは心地よい感情しかなかったのに、自分の変化に戸惑うばかりだ。

 本当は、ゼロの顔を見たい。
 もっとくっついて、ゼロに包まれて寝たい。
 だけど、俺の邪な感情を知られるわけには……あぁ、何やろ。色々と気づかんかったら良かった。

 京は拳を握りしめ、そっと唇に当てた。ゼロの温もりを留めておきたくて、仕方がなかった。

「京、おやすみ」
「ん? あ、あぁ、おやす……み──⁉︎」

 ゼロが京の顔を覗き込み、額、頬に流れるようにキスをした。
 カッと目を見開き、現状を把握するために何度も目を瞬かせた。

 おやすみのキスの大盤振る舞いっ! なんてこったい! これは夢ですか? 即寝しましたんか、俺ッ!

「ゼ、ゼロ……?」
「すまない。おやすみのキスは一回だな」
「え? いや、おやすみのキスは何回とか決まってないで……あ、ちゃうで? そういう意味ちゃうで?」

 自分で言って、恥ずかしい。許容というより、おねだりみたいに聞こえたかもしれない。アカン、欲望を悟られてしまうわぁぁ‼︎

 思わず、京は寝返りを打ち、ゼロと向き合った。誤解せんといてなと、目を覗き込んだ。しかし、それは誤りだった。思ったよりも、二人の距離が近かったのだ。

 ごくりと喉を鳴らしたのは、京だったか、ゼロだったのか。とにかく、二人の視線が泳ぎ、なんとも居た堪れない空気が漂った。それを破ったのはゼロの咳払いだった。話の接ぎ穂を掴むように、京の身体を引き寄せた。

「そうか、そうなんだな……少し、いいか?」
「……ええよ」

 何がええよ、やねん‼︎  乙女か⁉︎  乙女の恥じらいか?
 ここは、どんと来いよ、とか。あたぼうよッ、とかやろうが! 

 京の心は荒れ放題だ。途端に心が北上し、江戸っ子の心意気を会得した。

 そんな懊悩に気づかないゼロは恐る恐る京の髪に触れた。
 横の髪を耳にかけ、耳朶にそっと近づき口付けると、さらに前髪を掻き上げ、こめかみや額際に味わうような口付けを落としていく。 
 京の心臓は早鐘を打ち、その内心臓を止めるネジが外れて跳んでしまいそうだった。

 自然と京は顎を上げ、顔中にゼロのキスを受けていた。瞼を閉じたままなので、ゼロの吐息や唇の縦線の微細な触覚すら逃すことなく感じ取れた。
 恥ずかしいけれど、肌が泡立つほどの多幸感に襲われていた。

──勘違いしてしまいたい。ゼロが、俺を、欲していると。

「京」
「ん……ん? 何」

 目を開けるとゼロが優しく微笑んでいた。思わず見惚れてしまうほど儚げで、綺麗だと思った。

 それからは、時が過ぎるのが遅く感じた。ベタな言い方するなら、スローモーション。
 ゼロの視線が細かく揺れた後、京の顔の一部──唇に視線が注がれた。

 すうっと近づくと、ゼロが包み込むように優しくキスをした。
 触れて、さらに唇同士を沈めた。よりしっかりと封をするように、ゼロの顔が傾き、あむっと唇を一つにさせた。

 俺の、唇が、ゼロに包まれた。
 これは、夢でもないし。熱にうなされた状態でもない。
 だって、ゼロの黒目が見えている。しっかりと意思を持った瞳が、俺を見ていた。
 きっと、さっきまでの比じゃないほど、顔が赤いはずだ。鼻血が出ていてもおかしくないほど血が滾っているのだから。

「京、……おやすみ」
「おやすみ……ゼロ」

 ゼロが離れると京は再び目を閉じた。眉間にも目尻にも皺が出来ているだろう。口も梅干しを食べた後のようになっているはずだ。
 不自然だけれど力が抜けない。京の体は、情けないほどに硬直していた。
 ゼロが笑ったような気配がしたが、京は意地でもたぬき寝入りを続けた。
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