ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり

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彼と野宿することになるなんて!? (1)

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 ――こうして私は今、七時間前に出会ったばかりの藤原晃成の腕の中にいる。

 額が彼の首筋に触れないように、唇が彼のシャツに付かないように、彼の胸に置いた左手で体の位置を微妙に調節しながら、身を固くしていた。
 彼の手も私に極力触れないように、背中の上で微妙な位置を保っている。
 そんな空気を払うように、彼が咳払いをした。
 その僅かな動きで、彼の肩が頬に触れる。
 途端に、さらに私の体が強張った。

 何か言わないと……

 何でもいいから、この極度の緊張感を打ち砕く何か。
 寒いとか、お腹が空いたとか、 そんなことは吹っ飛んで、緊張しすぎて胃がキューと絞られる。
 必死で頭を巡らせた末、

「ごめんなさい」

 と結局、謝った。

「こんなことになってしまって……」

「謝ってばかりだな」

 彼の掠れた声が、私の耳の直ぐ側で囁かれる。
 張っていた防波堤が崩れそうな感覚に、唇を噛みしめた。

「それしか言いようがないし……」

 緊張しているせいか、私の声も掠れる。いつもの調子を取り戻そうと、軽く咳をした。

「私が裏道を勧めなかったら、事故に遭うこともなかったでしょ。道に迷ったのも、私の責任だし。渋滞に巻き込まれた時点で引き換えしていれば、こんなことにはならなかったし」

 並び立ててみると、自分がいかに不運の塊であるかということを実感してしまう。

「イノシシが出てきたのも、私のせい」

 ポロっと泣き言のように言った。

「イノシシがどうして君のせいで出てくるんだ?」

 彼がつかさず突っ込みを入れる。
 いくらか空気が和んだ気がして、体の力が緩んだ。

「クマゾウを失くしてから、ずっと悪いことばかり起るの。会社の経営が悪化して失業して、彼氏にも振られて、妹が元彼と結婚することにもなったし……。私の悪運が、普段出くわさないようなイノシシも呼び寄せたんじゃないかと思って……」

「……それは偶然が重なっただけじゃないか? 君の妹と元彼の結婚は、以前から決まっていたことだろ。会社の経営悪化もそうなる要因が蓄積されて出た結果だ。それは経営者の責任で、君の運とは関係がない」

 私をぎこちなく腕に抱えたまま、彼が理知的に意見を言う。

「その通りなんだけど、ここまで悪いことが重なると、やっぱり運が悪いとしか……」

「運なんて、捕らえ方の問題だ」

 悪運説にしがみつく私に、彼がビジネス書の見出しになりそうなセリフを、さらりと口にした。

 きっと、彼は今まで実力で勝ち進んできたのだろう。
 彼の言葉は私には無縁の、成功者としての自信を感じさせた。
 何となく気が沈み、私は無言になる。
 そんな私に気付いたのか、彼がフッと笑った。

「……そう言っても、運というか、理屈では説明できないものを感じるときはある。君の写真を結婚相談所で見たとき……」

 躊躇うように、彼の言葉が途切れる。
 何を言おうとしたのか気になって、彼を見上げた。

 彼の目が、私の目から眉、額に移り、鼻から口へと私の顔をつぶさに眺める。
 やがて私の目を見つめると、彼が口を開いた。

「どの女性の写真を見ても、見合いをする気になれなかったんだ。君の写真を見るまでは――」

 急に彼をまともに見れなくなって、私は俯いた。
 胸の奥底にこそばゆさを感じる。

 彼が私を引き寄せて、座り心地を調整した。
 後ろの木に彼がもたれると、自然と私の頬が彼のシャツに触れた。
 まだ私の左手は抵抗するように、彼の胸で私の体重を支えていた。
 彼の手が私の左手に添えられる。
 包み込むように掴むと、私の心臓にトクンと鼓動を送りながら、彼の胸から取り除いた。

 私の体はもはや完全に彼に委ねられていた。
 私の額に触れる彼の首筋、第一ボタンを外したシャツから除く鎖骨が唇に触れる。
 胸は彼に鼓動が伝わるほどに押し付けられ……

 否応にも彼を感じ、甘い痺れが体全体に広がる。
 私を無防備にしてしまう、甘く危険な痺れ……

 それを感じているのは私だけ?

 ――それとも彼も?

「本当はどうでもいいの……」

 私の唇から溜息混じりに、言葉が漏れる。
 白い息が鎖骨にかかり、彼が息を呑んだような気がした。

「収入と顔なんて」

 独り言のように、私は呟いた。

「本当に結婚したいのかも、よく分からない。……ただ、妹のために結婚しなきゃいけないと、思っていただけで」

「……妹のため?」

 耳元で囁かれた彼の声が、私の身を僅かに震わせる。

「妹が元カレを奪ったんだろ?」

「千夏は悪くない。妹の千夏は……真っ直ぐな性格で、とてもいい子なの。だから、結果的に私から直樹を奪うことになって、一番つらい思いをしているのはきっと千夏なの。私に遠慮して、北海道にまで引っ越しして…… 一緒に育ったから、分かるのよ」

 なぜ彼に語っているのか、自分でも分からない。
 明日になれば、もう会うことはない相手なのに。

「そんな千夏が直樹と結婚するって決めたんだから、もうしょうがないじゃない? 私を傷つける覚悟で、そこまで二人は想い合っているんだから。私が祝福してあげないと」

 彼の腕の中で、彼の体温に包まれながら、素直な自分をさらけ出していた。

「……直樹に未練はないの。未練はないけど、四年間も付き合って、私が初めて付き合った人だから、やっぱり心に引っ掛かるものがあって…… 心の底から祝福できない自分がいて…… せめて上辺だけでも直樹以上と言えるような結婚相手を見つけて、私は幸せだということを見せつけて、千夏が気兼ねなく幸せになれるようにしたかったの」

 彼は黙って聞いていた。

「そんなことで結婚するのは、馬鹿かもしれないけど」

 自嘲する私に、否定も肯定もなく、彼は何も言わない。
 何も言わなかったけど、彼の唇が愛撫するように、私の髪に触れる――
 彼の腕が一層強く私を引き寄せ、私の鼓動が高まった。

 抱きしめられている気がするのは、気のせい?
 きっと気のせい……

 自分にそう言い聞かせながら、眠りについた。
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