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第一章

短編3話・猫助け

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その日、何故だか無性に公園に寄りたくなった。特に理由があったわけでもない。ただ単純に公園に足が向いただけ。ブランコに座りもの思いに耽る。
あの日声をかけられた時は心底警戒したが、今にして思うとそれは全くの無駄だったことが分かった。
まだ知り合って間もなく友人と呼んでもいいのか分からない間柄だが、彼の人間性というものが垣間見えたような気がする。ほんの少しだけだが。

「ニャ~」
「?」

気のせいだろうかと辺りを見渡すが聞こえた声の主の姿はない。

「ニャ~~」
「!・・・猫ちゃん?」

エリカはブランコの椅子から立ち上がり声の聞こえた方へ歩く。上を見上げるとブランコ近くの木の上に小さな黒猫がいた。どうやら子猫で生まれたばかりのようで、木を登ったはいいが降りられなくなったのだろう。
猫の肉球は高い所から落ちてもショックを吸収する能力を持つので大丈夫だろうというのは分かるのだが、幼い子猫に高い高さを飛び降りる勇気はない。
とある物語や小説にこんなのがある。

大空を飛ぶことを夢見た小さな鳥がいた。けど鳥は何度やってもあの大空に飛び立つことは出来なかった。何故か、それは鳥の中に自覚のない恐怖があったからだ。自分はあの大空を飛んでどこまでも行けるのだろうか。という不安が鳥を襲う。そんな鳥に大空を飛ぶ勇気を与えた1人の少年がいたそうだ。
その少年は言った。【飛んでもいないのに怖がっちゃダメだ。怖がるのは勇気を出した後でもいいだろう】と。
そしてその言葉を聞いた小鳥は勇気を振り絞って翼を羽ばたかせると夢見た大空をどこまでもどこまでも飛んでいくのでした。

この話に便乗するわけではないが、あの子猫も勇気を出せば飛び降りられるだろうが、子供は勇気を学んでいる最中で、それは動物も同じことだ。ならばエリカの取る行動は一つだけだ。

エリカは木に掴まれる場所に上手いこと掴まり短い木を登って猫のいる枝まで到着する。

「もう大丈夫ですよ」
「ニャア~」

子猫を両手で掴んで助けたのはいい。しかし、エリカは自分が一つミスを侵した事に気づく。エリカは自分の体重を足と手で支えている。手だけなら何処かに捕まればなんとか体重を維持できる。しかし、足だけでは丸く細長いポールの上をずっと立っているということは至難の業だ。
エリカの靴は学校用のローファーだ。当たり前だが木を登るような靴ではない事は確かだ。
足を踏み外して重力に引っ張られる感覚が身体を襲った時にはもう遅く、真っ逆さまに下に落ちる。
猫を庇って地面に着地するがうまく着地できずに足を捻ったうえにおもっきり膝を

「痛っ・・・大丈夫ですか?猫ちゃん」
「ニャ~」

黒猫は元気に鳴き、ぴょんっとエリカの腕の中から抜け出し、地面に着地する。

「もうあんな所に登っちゃダメですよ・・・・痛っ・・・足、捻ってますね。それによく見たら枝で擦ってタイツも制服もぼろぼろ・・・膝も怪我してますね」

エリカは途方に暮れる。するとエリカを気遣ってなのか目の前の黒猫はすりすりと自分の顔を擦り付けてきた。

「心配してくれるんですか?・・・ありがとうございます」
「ニャ~ニャアー」
「私は大丈夫ですからあなたはもう行ってください」

エリカがそう言うと黒猫は暫くじっとエリカを見つめていたが、やがて「ニャン」と一鳴きしてその場を去る。
その場から居なくなったことに対して少し寂しくなってしまったが、良い年なのだからこれくらいは自分でなんとかしなければならない。
しかし、足の痛みと身体中の痛みが激しく中々立つことができない。
力を振り絞って立ち上がり、なんとかさっきまで座っていたブランコまで辿り着くが、痛みが酷く、これ以上は動けそうになかった。
再びこのブランコに座ることになるとは考えておらず、痛みに耐えながらただただそこに座っていることしかできなかった。

今この公園には誰もおらず、自分しかいない。世界にひとりだけ取り残されひとりぼっちの状態だ。

(まぁ、元々私は1人でしたしね・・・・・今はまだマシですけど・・・)

心の中で必死に自分は1人じゃないと思いながら座っているが現実は変わらず自分が1人だという事を突きつけてくる。
この怪我では何もすることができず途方に暮れる。

人間は深く考え込むと、どうしても昔の記憶を思い出す。特に、幼少期の暗く悲しく寂しい思い出を。
その寂しさから救ってくれた人達は確かにいる。けれど、奥底の記憶がなくなることも、消えることもない。
このまま雨でも降ってくれれば頭を冷やせるし、あの日のように太陽の暑さにでも照らされたい気分だった。

「猫ちゃん・・・母親に会えたのでしょうか」

こんな時にも他の心配をするのはただの強がりで見栄だと自分で近くはしている。この年まで妖精様として培ってきた処世術の一つが癖として出るのだ。
我ながらどうしようもないと卑下するが、強がってもいなければ寂しさで泣きそうになっているのだから仕方がない。
1人の寂しさを暫くの間黄昏て払拭しようとブランコに姿勢よく座り直して捻った足に履いているローファーを足に負荷を与えないように脱ぐ。
タイツも脱ごうかと悩むが人が居ない場所であったとしても家でもない場所で足を出すのは躊躇われたのでやめておく。

このまま夜になるまで1人なのかと思うがそれもいいだろうとさえ思えてきた。今日の夕食のメニューでも考えようかと思っていると軽い足音が聞こえてきた。
子供でも遊びに来たのだろうかと知らないふりをして下を向く。
この世から消えたくなるような気持ちに全身を覆われる感覚を拭ってくれたのは意外なものだった。

「お前何してんだ?」

・・・・・驚いた。あんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。闇のどん底に足を踏み入れそうになった時、腕を思いっきり引っ張って助けてくれたようで、一筋の光を照らしてくれたみたいでとても嬉しかった。今にして思えば、あの時から彼の事を信用するようになったと思うと未来の紅野エリカは語った。















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