【完結】不幸のタネ

よすい

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変わるため、変えるため、変わってしまった

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 ミサキに彼氏が出来たと言われてから一か月が経った。あの日、いや正確には次の日の午後から、俺はほぼ同じ毎日を過ごしていた。学校に行って勉強し、家に帰っても勉強し、おかげでテストの点数は良くなったが、虚しさはむしろ増していた。

 そんなある日のことだ。珍しく父から話があると書斎に呼ばれた。

「どうしたの急に呼び出しなんて」
「ああ、なんだ。そのー、最近学校はどうだ?」
「学校? 特に何もないよ」
「そうか」

 一体なぜ急に呼び出してまで学校のことを聞きだしたのだろうか。まさかとは思うが、ミサキが来なくなったことで俺が落ち込んでると思って心配してくれたとか? いや無いな、普段から用事がある時しか話さないような人だ。前置きとして聞いてみただけだろう。

「それで本題は? 何か頼み事?」
「ああそうだ。実は知り合いの店がバイトを募集していてな。中々いい子が居ないと言うもんだから、うちの息子はどうだと言ってしまった」
「ええ!?」

 これはまさかまさかの展開だ。頼みがあるにしても、釣りに付き合えとか、買い物に行ってこいとかそんなものだと思っていた。だが蓋を開けてみればバイトと来たもんだ。うちの高校はバイトを禁止していないから、出来ないことはない。しかしこんな空っぽでなんの覇気も無いような人間を雇うとは思えない。

「それってもう働くの決定?」
「いや、嫌なら断ってもいい。どのみち一度面接に行ってからだから、受かるとは限らんしな」

 どうやら言ったら即働くわけでは無いらしい。当然か、どんな人間かわからないんだから。でもこれは一つのチャンスかもしれない、あれからずっと空っぽで止まったままな気がしていた。受かっても受からなくても、ここで一歩を踏み出したと言うのは自分にとって大きいことだ。

「受けてみるよ。その面接。でもダメでも文句言わないでね」
「ああ、分かっている。面接は明日の14時から、場所は駅前にあるカフェだ」
「分かった。準備していくよ」

 結果から言えば、面接には無事通った。正直受かると思っていなかったのだが、受け答えがはっきりしていることと、後は父の推薦というのが大きかったらしい。それで肝心の働く場所なんだが、なんと面接をした駅前のカフェだった。働く場所も内容も知らず面接に来たなんて、口が裂けても言えない。

 それからは学校が終わったらバイトに行くという忙しい日々だった。他の店員さんもお客さんも優しくて、ハッキリ言ってすごく良い職場だと思った。何より忙しくしていれば、他のことを考える暇がない。それが嬉しかったんだ。

 人は慣れると言うけれど、相変わらずミサキの姿を見ると、胸が苦しくなる。それでもバイトと勉強のことを考えていれば、いくらか和らいだ。

 バイトを始めて3週間。そろそろ業務にも慣れてきた頃、店にミサキと中島が来店した。俺はホールで注文を取る担当なので、どうしたって対応しなければならない。こんな日に限って、もう一人の人が風邪で来れなくなってしまって、今日はほぼ俺一人で回していたからだ。

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「はい、えっと。あれ? もしかしてタクミ?」
「お、本当だタクミじゃん」

 気づくとは思っていた。けど気づいてもスルーしてくれることを期待していたのに、流石にそうはならなかったらしい。

「ここでバイトしてたんだ! へ~ちょっと意外かも」
「そうだよ。それでご注文は? まだかかりそうなら後程伺いますが?」
「タクミ、こんなとこで働いてたんなら俺たちに教えてくれてもよかったじゃんかよ。そしたら毎回ここに来たのに」
「そうだな。それでご注文は決まってないんですね? それでは後程改めて伺いに参ります。失礼します」

 あまり長く対応したく無いのもあるが、それよりも仕事を回さなければならない。時間帯的に、そろそろもう少し忙しくなってきそうな気がするからだ。今のうちにやれる事はやっておかないと、手が回らなくなる。

「ちょっと待ってよタクミ。せっかくだからもうちょっと話そう!」

 思わず舌打ちしそうになった。自分から話さないと言っておいて、こんな場面では呼び止めて来るなんて、彼氏が見てるからいいとでも思ったのかと。

「手を離してもらえますか、お客様」
「なんでそんなに他人みたいな話し方してるの? 幼馴染なんだしもっと普通に話してよ」
「…立花さん。手を離してくれますか」
「え?」
「見て分かると思うんだけど、俺は今働いてるんだ。それに今日は俺一人で注文を取らなくちゃならない、君たちと話をしてる暇なんてないんだ」
「あっ」

 俺はミサキの手を振り切って、別のテーブルの片付けをして厨房に下がった。皿やコップを置いて、またホールに戻る。そして接客して注文を取って、コップを片付けての繰り返し。気づいた時には、ミサキも中島も居なくなっていた。注文を取りに行った記憶がないので、あの後すぐ出て行ったのだろう。

 翌日、学校に行くと数人のクラスメイトに鋭い目で見られた。どうやら中島とミサキが仲良しグループの連中に、昨日あったことを話したらしい。

 ひそひそと調子に乗ってんじゃねえのか、みたいな声が聞こえて来る。中にはミサキを取られたから嫉妬してんだろとか言って笑ってる奴もいた。するとその中でも一番の影響力を持っているであろう、クラスカーストとか言うやつではトップの男女二人組が俺に近づいてきた。

「なあ、お前タクミだっけ? 昨日駅前のカフェで中島たちを追い出したって本当か?」
「友達追い返すとかありえなくない?」

 何を言ってるんだと思った。追い返したじゃなく勝手に帰ったんだろうが。

「俺は追い返したりしてない。あいつらが勝手に帰っただけだ」
「はぁ? でも中島がお前に追い返されたってはっきり言ってたぞ?」
「中島が嘘をついたんだろうさ」
「ふざけんじゃないわよ。ミサキもそうだって言ってんだから」

 言われてミサキの方を見ると、あからさまに目を逸らされた。どう見たって嘘をついてるやつのする事だ、コイツらの目は節穴なのだろうか?

「なあお前らは付き合ってるのか?」
「は? 今そんな事関係ないだろ」
「付き合ってるかはどっちでもいいが、駅前のカフェには行ったことがあるだろう?」
「そりゃ行ったことあるけど、だからなんだってんだよ」
「なら想像して欲しいんだが、店員がいつまでもテーブル片付けないとか、注文取りに来なかったらどう思う?」
「は? そんなんムカつくに決まってんだろ」
「俺は駅前のカフェでバイトしてるわけだが、昨日は俺一人で注文取りと片付けをしていた。もう一人来るはずの人が風邪をひいてしまったからだ。そんな状況でもし店員が一つのテーブルでずっと喋っていたらどうだ?」
「それは…」
「そんな状況で、あいつらはしつこく絡んできた。注文が決まってないなら後でまた来ると言う俺の腕を掴んでまで止めてきたんだよ。だから俺は、お前らに絡んでる暇はないと言った。だが帰れとまでは言っていない。つまりだ。あいつらが俺にムカついて勝手に帰って行ったんだよ」

 ここまで言えば状況は不利と思ったのか、中島とミサキの顔色が悪くなっていた。目の前の二人も、それを見て状況を察したらしい。何も言わずに自分たちのグループに帰って行った。

 それにしてもミサキはこんなやつだっただろうか。なんだか幼馴染として一緒に居た時と、今のミサキは全くの別人なんじゃないだろうかと、そんなことまで思うほどだ。

 何にしても俺はこの件をきっかけに、ミサキへの想いというものから解放されて行くのだった。
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