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「榛名先生」
授業に使う教材を取りに職員室を出ようと引き戸に手をかけた時だった。
自身を呼ぶ声に振り向くと六十という年のわりに不自然に毛量が多い校長が、ただでさえ落ちた目尻をさらに斜めにして自席で手招いていた。机の真ん中に生徒のものらしい顔写真付きの素行評価書が一枚置かれている。
「今、お時間ありますか? アルファクラスの狩野威のことでお話があるんですが」
「はい、昼食は済ませましたので」
カノウアキラ。校長の弱々しい声の響きでも厳つく思える、この半年で聞き慣れた名前だった。校長は狩野の顔写真の頬の部分を爪で弾くように指さしている。
「今朝見た時にまた怪我が出来ていましてね。どこで喧嘩してきたのか、確認を取ってほしいのですよ」
見下ろした机上の経歴の箇所に赤い文字で注意という走り書きがあった。加えて、九月四日という本日の日付。
「先週金曜の会議では怪我はなかったとのことでしたよね。すると、土日にトラブルがあったということですか」
狩野は特に目立つ生徒で、不良が少ないこの学校では問題児だと言われている。そのため、行動の監視の意味を込めて、毎日の職員会議で本人の怪我の有無が職員に周知されているのだった。
「学校でのトラブルの報告はきいていませんし、おそらくそうでしょうね。私服で素行不良があったのならまだいいんですが」
「……まあ、見ただけでは本校の生徒だとわからないでしょうね」
頷きながら返すと、校長は淀んだ空気を吐きだすような大げさなため息をつく。クーラーの効きがいい室内だが、冷や汗なのかその額には汗が浮かんでいた。
「全く、もう少しおとなしくできないものなのですかな。成績もぱっとしませんし、あれで本当にアルファなんですか」
「入試での成績は良かったと記憶していますが、案外力を抜いているのでは?」
「力を抜く理由が見つかりませんし、どうせカンニングでしょうね、みっともない。アルファは一つの会場での集団受験ですから、それも可能でしょう」
不快そうにハンカチで汗を押さえる校長は、ごく当然のことだが、素行が悪い狩野のことをよく思っておらず、こうして愚痴をこぼすことがよくあった。一見物腰は柔らかいのだが、扱いづらい生徒への文句はきつい。
いくら問題児とはいえ、生徒がカンニングしていると断言する人間が管理職とは、世も末だ。翠の視線は自然と伏し目がちになる。
「それにしても榛名先生、もう少しきちんと事情聴取をしてもらえないものですかな。いつまでたっても彼の行動が改善する兆しがありませんよ」
「すみません、声をかけてはいるのですが、如何せん相手に会話の意思がなくて」
「あなただから任せられると思っているんですから、しっかりやってください」
「……はい」
あなただから、という校長の台詞にはそこはかとない悪意がこもっていた。校長本人が意識しているかしていないかはわからないが、翠はこういった空気に敏感なたちだ。
翠はこの学校の教員のうち唯一のオメガだ。誰もがやりたくないこと、今回で言えば不良少年に対する探り等をやらされることがあった。どこにいってもあることなので今更差別だと言う気はないが、不公平さは感じるものである。
教員が病欠した時に代わりの授業を行うことはあれど、そう頻繁のことでもなく、狩野の所属する一年アルファクラスの生徒とはあまり面識がない。さらにそのうちの一人である狩野と顔を合わせる機会など、校長の指示がなければまずないのだが、狩野と話すのは今回でもう九回目だった。夏休みを抜く約四ヶ月でこの回数で、狩野は月に二回は喧嘩をしているという計算になる。
しかし、と翠は思考を巡らせる。違和感を覚えるのは狩野の喧嘩のスパンが周期的であることだ。一般的にストレスがたまる入学したてや、気持ちが浮つく夏休み前は喧嘩が増えるものだが、狩野は二週間に一度という決まりを守っているように見える。
そこに何か意味があるのかもしれないが、狩野との意思疎通は現在のところあまりうまくいっておらず、知りようがなかった。春よりはましになった気がするが、果たして。
「休みが明けてすぐにこれとは、本当に困ったものですよ。他の生徒への影響も心配です」
「そうですね……とりあえず行ってきます。答えてくれればいいですが」
「期待していますよ」
ちっとも心のこもっていない激励に、翠は内心で舌を打った。
会話が成立しにくいとはいえ、話しかけてすぐにどこかに行ってしまった入学当初の頃とは、なんとなくだが狩野の表情が違うように思えていた。ということは、おそらくきちんとした対応ができればどうにかなりそうなのに――。
もう校長は自分の世界に入っている。爪楊枝で歯茎をつつくことに忙しい彼のやる気のなさに、なんともいえない気分がわき起こった。
校舎裏に一本だけ目立つように立っているケヤキの木は学校が創立した時に植えられたもので、樹齢は八十を過ぎている。太い幹や、枝分かれした先の数々の葉からもその貫禄が窺えた。
幾度も剪定されて整えられたどっしりとした佇まいは学校のシンボルとして相応しいと言えるだろう。
薄墨色のブレザーの尻部分が土色に染まるのにも関わらず、その木の根元に狩野は座り込んでいた。周りには菓子パンの袋が二つとミルクティーの紙パックが転がっている。
暑さを呼び起こすようなセミの鳴き声のために、暦の上では秋だというのにその気配は全くない。これから成長期が来るのだろう、手足が細長い、まだアンバランスな腕が捲った袖から覗いている。
翠が目の前に回るとちょうど影になり、狩野の上にかかった。すると彼がうっとうしそうに顔を上げ、色素が少ない瞳とかち合う。
虹彩の周囲の色が薄く、黒目部分が大きくて、どこか人なつっこい印象を与える顔だ。だが、たいていは不機嫌そうに口端を下げており、態度も相まって取っつきにくい。
さらに、今は唇から頬にかけての傷のせいで近寄りがたい雰囲気さえ出ていた。さすがに口に出すことはないが、せっかく綺麗な顔なのにもったいないと思ってしまう。
「昼食は済ませた?」
「……ふん」
返事かどうか怪しいそれは相変わらず無愛想で、言葉のキャッチボールになっていない。とはいえ、他の教師では反応すらないらしく、翠はまだましなのだろう。
「いつも甘いパンを食べてるよな」
狩野の傍らにはりんごのデニッシュとチョコチップメロンパンの袋。食べ物も飲み物も甘いものでは栄養が偏りそうだが、この年代の少年に何を言っても無駄というものだろう。関係が築けていないのに口うるさくしては、返事すらなくなりそうだ。
「チョコレートが好きなのか? この間はチョコデニッシュだっただろう」
そう言うと、わずかな時間、狩野の呼吸が止まったようだった。自分の食べた物を把握されていることに驚いたのだろう。
若干ストーカーじみているが、会話のきっかけになるならと翠なりに模索しているのだ。良く見てくれていると解釈してくれたら嬉しいのだが、果たしてどうだろうか。
「……ふん」
狩野はまたも鼻を鳴らした。が、特に不愉快そうな顔ではないので好意的にとることにして、言葉を続ける。夏休みを抜いてここ二ヶ月ほどは、彼は以前と比べて翠のことを認識しているそぶりをみせていた。
「これいるか? チョコレートの飴。今日開けたばっかりだぞ」
手のひらの上に、狩野にも見えるように白い包み紙を乗せる。少し前から気に入って食べている飴だった。翠がチョコレート好きだと知っている芳にもらって以来好むようになり、夏休み前から通販で取り寄せるようになった。
甘さが控えめで、カカオの香りが強く、まるで本物のチョコレートのような味がする。溶けにくい飴なので食べていられる時間が長いところも好きで、もう十袋近く食べていた。
「……いいのかよ、菓子なんて渡して」
「たいしたことないけど、一応秘密にしとこうか。ばれたら校長先生がうるさいから」
「……」
秘密という響きがきいたのか、単に飴が食べたかったのかはわからない。狩野の目は飴に向いていたが、暫く待っていても手が伸びることはなかった。
――仕方ない、少し話が続いただけでも進歩かな。翠はそう思い直して、本題に入ることにする。
「その怪我はどうしたんだ?」
ポケットに飴をしまいながら尋ねる。横目で見た狩野の表情は何の感情もなく、いつも通りのどこかふてくされたような雰囲気があるだけだ。
「消毒はしたのか。酷くなると膿んで痛いんじゃないのか」
「別に」
相も変わらず反応が芳しくなく、これ以上踏み込むのもどうかと躊躇する。時には生徒を見守ることが必要な場合もあるからだ。
加えて、翠のオメガという立場上、どんなに言葉を尽くしても伝わらないように感じられた。翠がアルファだったらまた違うのかもしれないが、これは超えられない性だ。
当然ながら、アルファはアルファなりの、ベータはベータなりの、オメガはオメガなりの苦労があるとされている。例えばカウンセリング等でも、患者とカウンセラーとの性が一致していることは大原則である。そのほうがお互いに暗黙の了解がわかるからだ。
これは、この三つの性が従来の男女という二つの性よりも複雑かつ揺るぎなく、自身の意思によらず、また他種との違いが理解されにくいために配慮されていることである。
とはいえ人付き合いには前提として相性がある。この学校にも何人かアルファの教員はいるが、狩野と彼らは馬が合わないようだ。そうなると、狩野の苦労を性の観点から理解できるものはこの学校にはいないということになる。
外部からスクールカウンセラーを招くこともできるが、狩野が望まないので打つ手がなかった。そのため現状としては放置という形になっているのだ。もっとも、狩野は最初から教師とあらば信用しないというスタンスを取っているようだが。
「……答えたくないか?」
「…………」
狩野の雰囲気は、頑なというよりもむしろ、こちらの質問が聞こえていないかのように超然としたものだ。ゆっくりと瞬きをして、完全に個人の世界を作り上げてしまっている。
ため息をこらえて時計に視線を下ろすと、始業まであまり時間がなかった。次の時間に授業を控えているので行かなくてはならない。
校長にまただめでしたと報告するのは気が重たいが、こちらの都合で人は動いてくれないものだ。
「怪我には気をつけろよ」
なんとかそれだけ言うと、翠は踵を返す。日差しとセミの合唱の中、校舎への道を進む。
熱中症に気をつけろと言えばよかったと気づいたのは、快適な職員室の中に入ってからだった。
授業に使う教材を取りに職員室を出ようと引き戸に手をかけた時だった。
自身を呼ぶ声に振り向くと六十という年のわりに不自然に毛量が多い校長が、ただでさえ落ちた目尻をさらに斜めにして自席で手招いていた。机の真ん中に生徒のものらしい顔写真付きの素行評価書が一枚置かれている。
「今、お時間ありますか? アルファクラスの狩野威のことでお話があるんですが」
「はい、昼食は済ませましたので」
カノウアキラ。校長の弱々しい声の響きでも厳つく思える、この半年で聞き慣れた名前だった。校長は狩野の顔写真の頬の部分を爪で弾くように指さしている。
「今朝見た時にまた怪我が出来ていましてね。どこで喧嘩してきたのか、確認を取ってほしいのですよ」
見下ろした机上の経歴の箇所に赤い文字で注意という走り書きがあった。加えて、九月四日という本日の日付。
「先週金曜の会議では怪我はなかったとのことでしたよね。すると、土日にトラブルがあったということですか」
狩野は特に目立つ生徒で、不良が少ないこの学校では問題児だと言われている。そのため、行動の監視の意味を込めて、毎日の職員会議で本人の怪我の有無が職員に周知されているのだった。
「学校でのトラブルの報告はきいていませんし、おそらくそうでしょうね。私服で素行不良があったのならまだいいんですが」
「……まあ、見ただけでは本校の生徒だとわからないでしょうね」
頷きながら返すと、校長は淀んだ空気を吐きだすような大げさなため息をつく。クーラーの効きがいい室内だが、冷や汗なのかその額には汗が浮かんでいた。
「全く、もう少しおとなしくできないものなのですかな。成績もぱっとしませんし、あれで本当にアルファなんですか」
「入試での成績は良かったと記憶していますが、案外力を抜いているのでは?」
「力を抜く理由が見つかりませんし、どうせカンニングでしょうね、みっともない。アルファは一つの会場での集団受験ですから、それも可能でしょう」
不快そうにハンカチで汗を押さえる校長は、ごく当然のことだが、素行が悪い狩野のことをよく思っておらず、こうして愚痴をこぼすことがよくあった。一見物腰は柔らかいのだが、扱いづらい生徒への文句はきつい。
いくら問題児とはいえ、生徒がカンニングしていると断言する人間が管理職とは、世も末だ。翠の視線は自然と伏し目がちになる。
「それにしても榛名先生、もう少しきちんと事情聴取をしてもらえないものですかな。いつまでたっても彼の行動が改善する兆しがありませんよ」
「すみません、声をかけてはいるのですが、如何せん相手に会話の意思がなくて」
「あなただから任せられると思っているんですから、しっかりやってください」
「……はい」
あなただから、という校長の台詞にはそこはかとない悪意がこもっていた。校長本人が意識しているかしていないかはわからないが、翠はこういった空気に敏感なたちだ。
翠はこの学校の教員のうち唯一のオメガだ。誰もがやりたくないこと、今回で言えば不良少年に対する探り等をやらされることがあった。どこにいってもあることなので今更差別だと言う気はないが、不公平さは感じるものである。
教員が病欠した時に代わりの授業を行うことはあれど、そう頻繁のことでもなく、狩野の所属する一年アルファクラスの生徒とはあまり面識がない。さらにそのうちの一人である狩野と顔を合わせる機会など、校長の指示がなければまずないのだが、狩野と話すのは今回でもう九回目だった。夏休みを抜く約四ヶ月でこの回数で、狩野は月に二回は喧嘩をしているという計算になる。
しかし、と翠は思考を巡らせる。違和感を覚えるのは狩野の喧嘩のスパンが周期的であることだ。一般的にストレスがたまる入学したてや、気持ちが浮つく夏休み前は喧嘩が増えるものだが、狩野は二週間に一度という決まりを守っているように見える。
そこに何か意味があるのかもしれないが、狩野との意思疎通は現在のところあまりうまくいっておらず、知りようがなかった。春よりはましになった気がするが、果たして。
「休みが明けてすぐにこれとは、本当に困ったものですよ。他の生徒への影響も心配です」
「そうですね……とりあえず行ってきます。答えてくれればいいですが」
「期待していますよ」
ちっとも心のこもっていない激励に、翠は内心で舌を打った。
会話が成立しにくいとはいえ、話しかけてすぐにどこかに行ってしまった入学当初の頃とは、なんとなくだが狩野の表情が違うように思えていた。ということは、おそらくきちんとした対応ができればどうにかなりそうなのに――。
もう校長は自分の世界に入っている。爪楊枝で歯茎をつつくことに忙しい彼のやる気のなさに、なんともいえない気分がわき起こった。
校舎裏に一本だけ目立つように立っているケヤキの木は学校が創立した時に植えられたもので、樹齢は八十を過ぎている。太い幹や、枝分かれした先の数々の葉からもその貫禄が窺えた。
幾度も剪定されて整えられたどっしりとした佇まいは学校のシンボルとして相応しいと言えるだろう。
薄墨色のブレザーの尻部分が土色に染まるのにも関わらず、その木の根元に狩野は座り込んでいた。周りには菓子パンの袋が二つとミルクティーの紙パックが転がっている。
暑さを呼び起こすようなセミの鳴き声のために、暦の上では秋だというのにその気配は全くない。これから成長期が来るのだろう、手足が細長い、まだアンバランスな腕が捲った袖から覗いている。
翠が目の前に回るとちょうど影になり、狩野の上にかかった。すると彼がうっとうしそうに顔を上げ、色素が少ない瞳とかち合う。
虹彩の周囲の色が薄く、黒目部分が大きくて、どこか人なつっこい印象を与える顔だ。だが、たいていは不機嫌そうに口端を下げており、態度も相まって取っつきにくい。
さらに、今は唇から頬にかけての傷のせいで近寄りがたい雰囲気さえ出ていた。さすがに口に出すことはないが、せっかく綺麗な顔なのにもったいないと思ってしまう。
「昼食は済ませた?」
「……ふん」
返事かどうか怪しいそれは相変わらず無愛想で、言葉のキャッチボールになっていない。とはいえ、他の教師では反応すらないらしく、翠はまだましなのだろう。
「いつも甘いパンを食べてるよな」
狩野の傍らにはりんごのデニッシュとチョコチップメロンパンの袋。食べ物も飲み物も甘いものでは栄養が偏りそうだが、この年代の少年に何を言っても無駄というものだろう。関係が築けていないのに口うるさくしては、返事すらなくなりそうだ。
「チョコレートが好きなのか? この間はチョコデニッシュだっただろう」
そう言うと、わずかな時間、狩野の呼吸が止まったようだった。自分の食べた物を把握されていることに驚いたのだろう。
若干ストーカーじみているが、会話のきっかけになるならと翠なりに模索しているのだ。良く見てくれていると解釈してくれたら嬉しいのだが、果たしてどうだろうか。
「……ふん」
狩野はまたも鼻を鳴らした。が、特に不愉快そうな顔ではないので好意的にとることにして、言葉を続ける。夏休みを抜いてここ二ヶ月ほどは、彼は以前と比べて翠のことを認識しているそぶりをみせていた。
「これいるか? チョコレートの飴。今日開けたばっかりだぞ」
手のひらの上に、狩野にも見えるように白い包み紙を乗せる。少し前から気に入って食べている飴だった。翠がチョコレート好きだと知っている芳にもらって以来好むようになり、夏休み前から通販で取り寄せるようになった。
甘さが控えめで、カカオの香りが強く、まるで本物のチョコレートのような味がする。溶けにくい飴なので食べていられる時間が長いところも好きで、もう十袋近く食べていた。
「……いいのかよ、菓子なんて渡して」
「たいしたことないけど、一応秘密にしとこうか。ばれたら校長先生がうるさいから」
「……」
秘密という響きがきいたのか、単に飴が食べたかったのかはわからない。狩野の目は飴に向いていたが、暫く待っていても手が伸びることはなかった。
――仕方ない、少し話が続いただけでも進歩かな。翠はそう思い直して、本題に入ることにする。
「その怪我はどうしたんだ?」
ポケットに飴をしまいながら尋ねる。横目で見た狩野の表情は何の感情もなく、いつも通りのどこかふてくされたような雰囲気があるだけだ。
「消毒はしたのか。酷くなると膿んで痛いんじゃないのか」
「別に」
相も変わらず反応が芳しくなく、これ以上踏み込むのもどうかと躊躇する。時には生徒を見守ることが必要な場合もあるからだ。
加えて、翠のオメガという立場上、どんなに言葉を尽くしても伝わらないように感じられた。翠がアルファだったらまた違うのかもしれないが、これは超えられない性だ。
当然ながら、アルファはアルファなりの、ベータはベータなりの、オメガはオメガなりの苦労があるとされている。例えばカウンセリング等でも、患者とカウンセラーとの性が一致していることは大原則である。そのほうがお互いに暗黙の了解がわかるからだ。
これは、この三つの性が従来の男女という二つの性よりも複雑かつ揺るぎなく、自身の意思によらず、また他種との違いが理解されにくいために配慮されていることである。
とはいえ人付き合いには前提として相性がある。この学校にも何人かアルファの教員はいるが、狩野と彼らは馬が合わないようだ。そうなると、狩野の苦労を性の観点から理解できるものはこの学校にはいないということになる。
外部からスクールカウンセラーを招くこともできるが、狩野が望まないので打つ手がなかった。そのため現状としては放置という形になっているのだ。もっとも、狩野は最初から教師とあらば信用しないというスタンスを取っているようだが。
「……答えたくないか?」
「…………」
狩野の雰囲気は、頑なというよりもむしろ、こちらの質問が聞こえていないかのように超然としたものだ。ゆっくりと瞬きをして、完全に個人の世界を作り上げてしまっている。
ため息をこらえて時計に視線を下ろすと、始業まであまり時間がなかった。次の時間に授業を控えているので行かなくてはならない。
校長にまただめでしたと報告するのは気が重たいが、こちらの都合で人は動いてくれないものだ。
「怪我には気をつけろよ」
なんとかそれだけ言うと、翠は踵を返す。日差しとセミの合唱の中、校舎への道を進む。
熱中症に気をつけろと言えばよかったと気づいたのは、快適な職員室の中に入ってからだった。
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