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謹慎後。狩野威が授業を真面目に受けるようになった。狩野威が剣道部に入部した。狩野威が昼休みを教室で過ごすようになった。
最近のクラスの一番のニュースはそれだった。
「ねえねえ威君」
「……なんだ、詐欺師」
「また言ってるの!? 普段の俺も部活の俺もどっちも俺じゃん!」
「お前、変わりすぎなんだよ」
チョコデニッシュを千切りながら狩野はつっこみを入れた。ぷっくりと頬を膨らませる鈴木は白米をかき込みながら「詐欺じゃない!」と言い続けている。
「それよりそっちのほうがびっくりだから! 何でこんなに変わったの? 実は双子のあきるくんとかなの?」
「あきるって誰だよ……」
狩野は鈴木のテンションについていけないらしい。チョコ牛乳を啜ってあきれ顔だ。
クラスメイトはそんな二人をやはり遠巻きに見つめているが、そろそろ関わろうとする勇者が出るだろう。狩野は素行は変えたものの内面はいつも通りなので、鈴木くらいめげないタイプでもないと会話が続かないことうけおいだが。
「だから言っただろ。新しいことを始めたかったんだって」
「なんでそう思うようになったか聞いてるんだよー。威君、色々変わりすぎ! いつのまにか榛名先生と仲良しになってるし……俺も先生と話したい! ずるい!」
「……。仲良く見えるか?」
「うん。話してる時の二人、なんかカイカイってなる」
「……カ?」
「甘酸っぱくて痒くなるってこーと!」
最後に残してあった卵焼きを頬張り、鈴木は食事を終わらせた。狩野はまだパンを食べている。それぞれが早食いと遅食いなので、二人で食事するといつもこうだ。
「榛名先生、綺麗だよなー。このクラスも剣道部もごついのしかいないから、俺の癒やしだよ」
「自分の顔でも見とけば?」
「……威君、俺の顔評価してくれたの初めてじゃない?」
「今までほとんどわからなかったんだよ。詐欺師」
「また戻るの!? もう!」
鈴木はキィーッと猿の威嚇のような声を上げたが、口元は笑んでいる。狩野が冗談を言える時は機嫌がいいと知っているからだ。定期的にやっていた無茶な喧嘩もしなくなったようで、友人として安心する。
狩野は謹慎があけて剣道部に入ってから、どこか明るくなった。木崎とはなにやらありそうだし、部活中もほとんど会話はないようだが、今のところは落ち着いていると鈴木は踏んでいる。
何より剣道が楽しいようだ。無表情ながら放課後が近づくと動きが機敏になる。しかしそれも月、水、金のこと。つまり翠がいる時だけなので、語弊があるかもしれない。
「剣道っていうより、先生が好きって感じかなあ……」
狩野は鈴木の低い声には反応しない。独り言にまで返事をしたらきりがないと考えているのだろう。それが彼らしくて、気を遣わなくていいから鈴木は狩野が好きだった。一番の友達だと思う――お互い、他の交友関係は部活くらいしかないが。
「明日は紅白戦だから、二日連続で先生が居るね。良かったね、威君」
歌うような鈴木の言葉には返さず、狩野はチョコ入りコッペパンの袋をばりっと勢いよく開けた。
準チョコレート独特の甘いもったりとした香り。狩野は特に感動もなく食べているが、チョコばかりで飽きないのかといつも思うのだ。
「……血液が茶色くなりそう……」
「うるせー」
そっぽを向く狩野がチョコ牛乳のストローに歯を立てる。
ストローを噛むのは欲求不満の証だっけ、甘えん坊の証だっけと考えながら、鈴木は友人の食事を待つのだった。
狩野はまったくの剣道初心者なので、紅白戦には参加せず見学だけだ。
明くる日の土曜日の紅白戦はちょうど引き分けになった。それぞれの合計勝ち点が同じだったのだ。講評の際の木崎が見るからに苛ついていて、鈴木が必死に目配せしてくるので狩野は頷いてやった。
それが終わった後、活動を早めに終わらせるか、練習するかは残り時間による。今日は延長までいかないテンポの良い試合が多かったので練習することになった。土曜の部活はたいてい四時で終わる。剣道強豪校だがそれ以上に進学校なので、あまり遅くまではやらないのだ。
紅白戦が終わった後の練習は自由参加だ。木崎や、彼を崇拝している一部の部員が帰り、 残りは威を入れた十七人。そのほとんどが白組である。
「狩野、摺り足見るからちょっとおいで」
他の部員が声を合わせて素振りをしているところ、狩野は列から外れて翠と二人だ。
「先週も言ったが、基本の摺り足のコツは平行移動を意識することだ。頭と肩がぴょこぴょこしないように、小さい歩幅でなるべく早く動くこと。慣れないうちは足の裏がすぐ痛くなるから無理は禁物だ。あとは、右足を前に出したらきちんと左足を連れていけ。それがある程度できるようになったらラダーで練習するからな」
「ラダーって、床に置く縄梯子みたいな?」
「そう、そういう形のものもある。そっちはもう少し後な。それじゃ、竹刀を構えて。竹刀の剣先を動かさないようにすることも大事だから注意しろよ」
「はい」
傍らで、翠も竹刀を構えて同じ動きをする。前に出るときは右足が出て、左足を連れてくる。後ろに下がる時は左足を先に下げ、右足が常に前にあるようにする。狩野は翠の足を真似ながら床を滑る。
「もう少し歩幅小さくして。普段歩くときよりも小さくするんだぞ。踏み込みの練習じゃなくて摺り足の練習だからな」
「はい」
言われたことを意識しながら、繰り返し足を動かす。洋服よりも分厚い袴が重たく、裾があいている分動きやすい時もあるが、布が多いので熱がこもる。
あと数日で暦が秋になるというのにこれだ。この環境で夏を過ごした鈴木に少しだけ尊敬の気持ちが沸いてくる。
剣先をぶらさないように僅かに力を込めた。しばらくすると、翠が立ち止まって狩野の様子を眺めるようになる。お手本は最初だけということだろうか。
「……うん、うまいな! 体がぶれないってことは体幹がいいのかな。運動やってた?」
「運動っていうか、ちーと走ったり……休みだと十キロくらいは」
「十キロか、それはすごいな」
「だから体力はわりと……」
「自信ありってところか。期待してるぞ」
手放しの賞賛がくすぐったい。黙り込んだ狩野に、翠は一旦摺り足を止めるよう指示した。
「俺なんか大分柔らかくなっちゃったけど、ちょっと見て」
翠は突然しゃがむと、床に尻をつけて足の平を狩野に見せた。指の付け根の皮膚が硬くなっているのがわかる。肉がないせいで一見頼りない翠の体に、それは以外なほど強烈に映った。
「真面目にやるとこうなるかな。この部だと……体重がある部長なんかがやっぱり一番足の裏が硬いかな。今度見せてもらうといい、あれくらいになった頃には強くなってるよ」
「……触っても?」
「いい、けど」
微妙に煮え切らない返事だが、狩野は気にせず指を伸ばした。かつてはマメだったのだろう箇所を丸く撫でる。柔らかそうな肌なのに、ここだけは硬い。その生々しさに狩野の心は吸い寄せられた。
皮膚の厚い場所を爪でひっかく。翠の親指がピクリと跳ねたが、そのまま指を増やして足をなぞった。親指側は皮膚ではないようにカチカチだが、小指側はあまり地面と触れなかったのかまだ柔らかい。そこを押すと――。
「先生、素振りが指定数終わったので報告っす」
鈴木の声が振ってくると、翠は俊敏な動きで立ち上がった。
「じゃあもう上がっていいぞ! 挨拶しようか」
いそいそと部員のほうに向かうその背中を見ていると、鈴木が手を差し出してきた。立てということだろう。
それをわかっていながらも、手に残った感触を確かめるように指を擦り合わせる。
「セクハラはまずいんじゃないの?」
「……してない」
にやにやと笑うものだから、狩野は思いっきり目の前の手に体重をかけた。鈴木がよろけた瞬間に手を離すと、起き上がりこぼしのように見ていて危ない動きで元の位置に戻る。
狩野は鈴木をよそに一人で立ち上がった。竹刀を回収し、整列を促す翠のほうへ。
「図星だからってそういうのよくないよ!」
「してない。それよりどうしてお前が呼びに来たんだよ」
「暴挙の気配を感じたから俺が来たんですぅー。俺なら威君を止められるかなって」
「ふーん」
狩野は言葉ではセクハラを否定しつつ、鈴木が止めてくれて良かったと思っていた。あれ以上どうするというわけでもないが、鼓動のリズムがいつもより早い。狩野の手に無防備に反応する足のイメージが浮かんだが、今はまずいと振り払った。
終了の挨拶をする翠の顔がほんのり赤く、狩野の胸はさらに高鳴った。
家からショッピングモールまでは片道六キロある。走れない距離ではないが、汗をかいたままドッグランで過ごすのは嫌で、行きだけ家の車で送らせた。
日曜日の午後、晴れとくれば人が多いのは明かだ。家族連れが多い中、狩野はちーを抱えてぼんやりしていた。
ご主人の身の入らない雰囲気を察してか、ちーは動かずにじっとしている。頭の良い犬だと思う。しつけは大変だったが、それをきっちり吸収した後は最高のパートナーだ。
硬いがふさふさの毛を撫でる。腹回りに容赦なく手を突っ込みながら、狩野は思案した。
昨日の晩、狩野は自慰をした。それに関しては健全な青少年なら普通なのだが、問題は所謂オカズにあった。
右手の人差し指と中指の腹を凝視する。昨日、翠の足を触ったのもこれだ。
「足フェチ……ってわけでもねえ」
特に足の裏に興奮するような特殊性癖は持ち合わせていないはずだ。考えながらちーの前足をひょいと持ち上げる。肉球がついた箇所をこりこりと擦ると、ちーはしっぽを振って嬉しそうだ。文句なしに可愛い。
「犬だったら可愛いってのも分かるけど」
昨日の部活で感じた思いは、もっと別のものだ。あまり考えたくなくて狩野はのらりくらりとかわしている。
自分は欲求不満でオメガに目がいっているだけなのだろうか?
否、この場所に来るまでに首輪を付けた人を見ても何とも思わなかった。もっとも、それだけで発情していたら狩野は本物の変態だ。
そもそも、と状況を整理してみる。ここ二ヶ月ほどで狩野は随分翠と接近した。それまでは、他の教師と比べたらうるさくないとか、見目が良いとか、そういった認識でしかなかったはずだ。さらに言えば、彼の持つオメガという性を意識したことはなかった。
オメガの世間的なイメージはあるにせよ、狩野自身はそういう目で見ようとはしてこなかったのだ。翠を知るうちに初めて、狩野はオメガであることの大変さを考えたくらいだった。
それなのに今は、彼が糾弾されるのが嫌だからとさほど興味もなかった剣道を始め、毎日部活に明け暮れている。初めてまだ一月もたっていないが、剣道は思ったよりも楽しかった。それは思わぬ誤算だ。
道着姿が似合うとか、鎖骨の窪みに色気があるとか、腰が細いんだなとか、最近そんなことを思い始めた自分に驚く。狩野が考えている以上に、自分の中で翠の存在は大きいらしい。
木崎に馬鹿にされて許せなかったことが第一の衝撃だったのだ。それから毎日、狩野の視線は心を置いてきぼりにして翠を探そうとする。
今だって、翠がここに現れやしないかと視線がうろついているのだ。そんな自分に呆れてしまう。
ふいにちーが狩野の頬に湿った舌をくっつけた。慰めのつもりだろう、ぺろぺろと舐められてくすぐったい。
「悪いな、心配かけたか」
そのまま体を抱えてやると、ちーはクゥンと甘えた声で鳴いた。それが可愛くて思い切り撫でてやると、喜びのあまり揺れたしっぽがふくらはぎを何度も打った。自然と笑みが零れる。
考えても仕方ないことは一旦やめにして、久しぶりにちーと遊ぼう。部活を始めてからあまり散歩にも行けず、きっと寂しがっている。帰ったらシャンプーとブラッシングだ。
そう思い直していると、顔に影がかかった。天気が悪くなったのならランニングは止めにして家の車を呼ばないと、そこまで思考を巡らせたところで、
「よう。狩野」
……幻聴ではなさそうだ。翠の声がする。
上向けば、果たして彼はそこに居た。シンプルな白いシャツに茶色のベスト、秋らしいオリーブグリーンのパンツがよく似合っている。スタイルが良いからなんでも似合いそうだが、雑誌でありそうな服装を着るとモデルのようだった。
「ちー、元気そうだな。久しぶり」
ちーが傍らでしゃがんだ翠に飛びついた。前回もそうだが、ちーは驚くほど彼に懐いている。自分を見ているようだ、と考えが及びそうになったが閉め出した。今はいい。
「買い物?」
「そう。そっちは散歩? ランニング?」
「行きは車だった。帰りは走る」
「元気だなあ。頑張れよ? ちーもな」
細い指がちーのあごを擽る。爪の形まで整っていて、触られるちーはうっとりと目を瞑っていた。よほどリラックスしないとこうはならない。もしかして彼からオメガ特有のフェロモンでも出て居るのだろうか? 普段は薬で抑えているとはいえ、人間よりも敏感な動物、しかも狼の血が混じったちーは感じとりやすい、とか……。
などと答えの出ない考察をしてみたが、唐突に携帯の着信音が鳴り響いたので思考が途切れた。
「俺だ、ちょっとごめんな。……もしもし、芳? ……ああ、もういるよ。そっち行くから待ってて。……待ち合わせまで時間あるだろ? 早く着きすぎだよ、って俺もか……ん、後でな」
狩野たち生徒にするのとはまた違う、より気安い口調だった。
狩野は無意識に翠を見つめていたらしい。彼は困ったように眉を下げた。
「大学の時の同級生だよ。仲いいんだ」
「……、恋人?」
「ってわけではないかな。……狩野もそういうこと気にするんだ?」
悪戯っ子の表情の翠に、狩野の心臓は高鳴った。くるくる変わる表情に魅了される。……されてしまう。
一通りふさふさの毛並みを堪能すると、翠は最後にちーと鼻あわせをして立ち上がった。
「よし、そろそろ行くかな。邪魔してごめんな、また学校で」
「……いや。ちーが嬉しそうで良かった……です」
「部活じゃない時はさっきみたいに敬語じゃなくてもいいよ。校長とかには怒られそうだけどばれなきゃいい話だし、狩野とは普通に話したいな」
そう言った顔が優しくて、狩野は勘違いしそうになる。どんな顔をしていいかわからなくて俯くと、下からのぞき込んだ翠が手のひらを見せた。
その上にあるのはお決まりのチョコの飴だ。白い袋がもの凄く眩しい狩野はゆっくりと瞬きをした。視界にあるものを閉じ込めるように、時間をかけて。
飴を受け取った時、背後のガラスがとんとんと叩かれた。
視線を映すと背が高く、明るい茶色の髪がよく似合う男が手をひらつかせていた。
「昼間の子と仲良さそうだったね」
食事や入浴を済ませ、芳の部屋のベッドに並んで寝転がっていた。
明日は言葉通り重役出勤の芳が職場に送ってくれるのだという。日曜日の夜に会うことはあまりないが、芳が出張のため暫く時間がとれないので会おうという話になったのだ。
その約束そのものが恋人めいた誘いだと気付いていたが、翠は目を瞑る。数時間前に舌鼓を打った、秋らしい味わいの栗と茸のロースト等、絶品だったフレンチの品々を想起しながら頷いた。
「最近色々あったんだ。いいやつだよ」
自分ではまず食べないフォアグラのステーキはもったりと舌に絡みつき、バルサミコ酢ベースのソースがともすると油っぽくなりがちな味を引き締めていて、まさに至福の味わいだった。甘めだが酸味のあるソースは脂がのったフォアグラでこそあうのだろう。季節のものも楽しめたし、ワインは程よい重たさがあって濃厚な味わいに合っていた。芳は本当に、店選びのセンスがある。
その彼は仕事のものと思しき資料に赤を入れていた。耳にかけた髪がはらりと落ちるとなんとも言えない色気がある。手首から手のひらのラインが嫌みなくごつごつして男らしい。
会話の際よりも落ち着きのある眼差しに翠はほっとため息をついた。普段はゆるいところもあるが、しっかりと社長業をこなしているようだ。
芳を横目にスプリングのきいたマットレスの上で手足をうんと伸ばすと、その拍子に背骨がポキリと鳴った。そのまま手を宙に上げてストレッチする。随分と凝っているらしく、痛いという程ではないが関節に違和感があった。
「マッサージしてあげようか?」
「仕事中だろ? ていうか、ベッドでやってていいのか?」
「確認だけだからもう終わるよ。……と、これでよし。――ほら、うつぶせになって」
サイドボードに書類を置くと、芳は指示通りうつぶせになった翠の腰に乗り上げた。膝で体重を逃がしているらしくさほど重くはないが、のしかかられると圧力がある。
あっという間にこの部屋に常備してある蘇芳色のパジャマをはぎ取られた。裸の背中の上に先ほどいいなと思った手が当てられる。
「オイル使うね」
「適当でいいけど」
「まあまあ。いつも頑張ってる翠にご褒美」
そう言われては断る理由もない。翠は体から力を抜いた。
花の香りがふわりと薫った。ラベンダーのオイルだろうか、芳香剤等そこかしこで嗅いでいるが、きちんとしたものは全然香りが違った。あそこまでくどくもなければ爽やかで、ハーブらしくつんとしているがどこか優しい。
肩甲骨のあたりにぬめりが広げられる。今日の芳は手の温度が高いらしく、翠の体がびくつくこともなかった。オイルの滑りを利用して痛みにならない強さで指圧する。
時々、芳はこうして翠の体に触れたがった。前戯のつもりなのかはわからないが、翠が気持ちよさにくったりし始めた辺りから手が不埒な動きをし始めることが多い。最初は身構えるのだが、大きな手のひらで労るように触れられると、いつしかそんなものは紅茶に入れた砂糖のように溶けてなくなるのだ。
「随分凝ってるなあ、運動はしてないの?」
「部活で素振りするくらいかな」
「俺が行ってるジムに来る? オメガ専用のフロアもあるよ」
「嫌だよ、そんな頭のてっぺんからつま先まで磨かれてそうな集団のところは……」
「確かに愛人ばっかりだから翠は疲れちゃうかも」
「うん……俺には、絶対無理」
翠の声のトーンが落ちたことに芳が気付いたかどうかはわからない。手を止めず、背骨のラインを手の付け根で何度も擦る。
くすぐったい箇所にあたると体が跳ねたが、お互い何も言わない。芳はにやけていそうだが、翠は絶対に顔を上げなかった。
「ほぐれてきたね」
「背中、ぽかぽかしてきた……」
「眠い?」
「うーん……」
だんだん瞼が落ちてくると、芳はサイドボードの引き出しを開ける。中にはタオルが入っていて、翠の背中に残ったオイルを拭う。
ころんと荷物のように簡単に体を返される。襲い来る眠気に思考はもやがかかった。
唇に柔らかいものが押しつけられて、数拍後、キスされたとわかる。
スタンプを押すような幼いキスで、官能の色はない。リップ音も可愛らしく、今日はこのまま寝るのかなと翠は呼吸を深めていった。
「……ま、寝かせないけどね」
芳のそんな声もいまや遠く――。
出し抜けにチョコレートのにおいが鼻孔を擽った。甘いものを翠ほど好まない芳が食べるわけもないし、きっと夢なのだろう。どうやら今晩はおいしい夢になりそうだ。
そういや、今日、狩野に飴あげたっけ……。
「……んぅっ?」
心地よい微睡みを感じたことのない刺激が邪魔する。
狼狽えて体を起こしかけたが、あっけなく肩を押されてベッドに逆戻りする。
馴染みのチョコレートの飴を指先に摘まんで、芳が目を細めていた。
「気にせず寝ていなよ。俺は勝手に楽しんでるから」
「はあっ? 今、何し……ンッ!」
芳は飴を口に含むと、翠の胸の先端に吸い付く。僅かに膨らんだ場所の上を硬い飴が往復する。未知の感覚に、快感に正直な突起はあっという間に充血した。
「ちょ、っと、芳……ふ、っ」
「……甘いな。普通に食べてるよりよっぽど甘い」
状況についていけないまま無理矢理喘がされて、翠の体は熱を帯びていった。眠気なんてとうに吹き飛んでしまって、ライトの下で体がざわめいていく。
触れた箇所が示す緑の興奮を感じ取った芳は、もう片方の粒にも手を伸ばす。そこはまだ直接の刺激がないにも関わらず、いじらしく立ち上がっていた。つんと指先で弾いて跳ねる体を芳が楽しんでいる気配がする。翠の白魚のような体が桃色に色づき始めた。
「あっ、なんで、こんなっ」
「この飴、最初は俺があげたのに。妬けるなあ」
「妬けるって、なににっ……ああ……っ」
翠の上ずった声が甘えるように響いた。鼻にかかっているせいで意図的ではないものの、おねだりのように聞こえた羞恥が自分を追い詰める。乳首だけで身もだえているのがたまらなく恥ずかしかった。
「随分楽しそうに話してたけど、あの子とは仲いいの?」
「狩野、のこと……? 時々、話す……だけだよっ……」
「ただの生徒ってこと? そうは見えなかったけどなあ。あっちも俺のこと睨んでたんだよ」
「ひあっ! やめ、そんな、転がすなあっ」
突起と飴を無造作に転がされると腰の震えが止まらなくなる。だが芳は当然のように責めを激しくして、翠の言うことを聞いてはくれない。
「格好いい子だったよね、翠はああいうのが好みなの?」
「んっ! んぁっ……や、びりびり、するっ……」
「答えてくれないの?」
「ひぁ! あ、やめ、やめぇっ!」
芳の愛撫は容赦がない。多少なら痛くても快感にしてしまう翠のことをよくわかっていて、勢いよく赤色の突起を吸い上げた。同時に優しく擦っていたもう一方をつねりあげて、両方の胸を虐めたおす。
「いやっ、痛いのっいやあっ」
「相変わらず意地っ張り。大好きなくせに」
シーツの海をもがくように翠の体はビクビク震えた。このままでは乳首で達してしまう。しかも飴の刺激でイクなんて初めてで、自分の耐え性のなさに呆れる思いだ。
だが、芳は飴が小さくなると突起から顔を離した。肩すかしを食らい残念に思う自分にぎょっとした。芳はそのまま顔を下ろしていく。
がりがりと残りを噛んでいるのでもう飴を使うのは止めたらしい。
今度は後孔を虐めることにしたようで、翠の膝を立てると無理矢理割った。
「ここ、まだ触ってないのにヒクヒクしてるよ」
「……~~ッ!」
寝室だから抑えめとはいえLEDは明るく、恥ずかしい場所を隠せない。芳の軟らかい舌が入ってくるといよいよ駄目で、足がだらしなく開いてしまった。
襞をこじ開ける舌先は浅い場所を繰り返し行き来する。最初はそれが不快だったのに、長年の付き合いで開発された体は貪欲だ。ぬるぬるとした動きに腰が左右に揺れる。
突然、かさかさと紙の擦れる音がしたかと思うと芳が翠の目前で持っているものを見せびらかした。
見慣れた白い包み紙で、やはり茶色い字でフランス語が書かれている。だが、いつもの飴と違ってそれには柄がついていた。
「新作が出たんだ。子どもが飲み込んだりしないようにって柄つき。あと、中央のチョコは生チョコ仕立てらしい」
「……それ……今言うことか?」
息も絶え絶えな言葉には答えず、芳は包み紙を開くとそれを翠の口に押し込んできた。
「チョコレートって媚薬作用があるんだって」
「どうせ、嘘だろ」
「さっきチョコでイキそうになってたくせに。本当は気持ちいいんでしょ?」
ぴん、と指先で蜜を出すものを弾かれた。芳はそのまま翠の下半身に陣取って、最奥に舌を這わせる。
「ひゃめ、舐め……ひっ!」
先ほども同じことをされたというのに余計に感じるのは何故だろうか。チョコレートの媚薬なんてちっとも信じていないけれど、入り口を熱い舌でなぞられるとだめだった。さほど大きくはないものの、口内の飴で息がしづらい。ついでにろれつも回らず、羞恥に体がそれまで以上に震え上がった。
内腿にかかった芳の手が、秘めた箇所に近い柔らかな肉を撫でる。そのくすぐったさも熱をつのらせる要素の一つで、翠は身をくねらせる。
その拍子に口から飴が零れ落ちた。頬が甘いもので濡れる。
「こーら、せっかくあげたのに。くわえててよ」
「だって、無理……」
「そんなこと言う子にはお仕置き」
「は、あ……なっ、何!?」
またもや包み紙を開く音がして、芳は新しく取り出した二本の飴を翠の後孔に押し付けた。
カァッと体が熱くなる。無体を強いられることに興奮しているのだ。そんな自分に気づいて目まいがした。
「こんなに中が熱いんだから、飴もすぐ溶けちゃいそう」
「いやっ、やだ、芳、やめ……はあっ!」
肉の輪が飴のせいで広がっていく。傍らに転がった飴の匂いも相まって、チョコレートでくらくらした。そのまま芳は柄を掴んでゆっくりと押して引いてを繰り返す。
「そんなに締め付けないで、動かせなくなる」
「やだっ、やっ……ひっ、当た、ってるぅ!」
食べ物を入れられる不快感が今や吹っ飛ぶほどに翠は感じ入った声を出した。尻を振った拍子に弱い個所に当たって、体から力が抜けていく。
身体を二つ折りにされるみっともないポーズで、丸見えの後孔から飴の柄が生えているのだ。今の自分の姿を想像すると居たたまれずに目をぎゅっと瞑った。
が、そんな努力とは裏腹に指先がじんじんとしびれてわけがわからなくなる。締め付けに逆らって内部を抉る飴にひたすら喘がされた。
「全身真っ赤、ほっぺたなんて林檎みたい。恥ずかしいの?」
「あ、当たり前、ああっ、だめ、動かさないでぇっ……」
翠の懇願は聞き入れられず、より激しい抽送となって返ってくる。
零れる声が自分のものじゃないようで、気づけば翠は濡れたものを吐き出していた。
芳がそれを見て怪しく笑い声を上げる。それから、「翠の中をかき混ぜてたら、見て、こんなに小さくなっちゃった」と持っていた飴を翠に見せつけた。
絶頂でぼんやりする頭で、かろうじてそれを認識する。羞恥に覆い隠されていた興奮が顔を出し始めていた。翠は飴でぐずぐずになった部分を指で広げて、芳を誘う。
「入れて……ほしい……もっと太い、もの」
「俺も入れたい……そのまま広げてて?」
芳はうっとりと微笑んでいる。言われるがまま指先に力を込めた。外れた理性の箍はそのままに、腰を突き出す。
押し入ってきた欲望は熱く、翠はそれだけで軽い絶頂状態に持ち上げられた。うねった内部で気づいたのだろう、芳は間髪入れずに腰を使いながら胸の突起をつまみ上げて翠を追い詰めにかかる。
「いっぱい締めて……翠が感じてると嬉しい」
「あっ、はあっ、いやっ、今っ、イッてる、からあっ……!」
飲みきれなかった唾液を首筋に滴らせ、快楽に咽び泣く。ベッドのスプリングがせわしなく鳴った。密着した体に自身の性器が擦られて声が止まらない。
敏感になった内部を躊躇無く芳の硬いものがかき回す。激しい動きに呼吸が苦しいくらいで、このままどうにかなってしまいそうだと思った。
彼とのセックスは、いつも、翠をどこかに連れて行く。
「すごいね、絡みついてくる……」
「ひっ、ひんっ、あっ、だめ……そこ……ああっ!」
しこりに狙いを定めて芳は腰を打ち込む。ゆさぶりと同じリズムで喉が震える。
「も、だめ、だめ、だめぇぇっ……!」
「はは、すごい、ビクビクしてる……ッ!」
「あっ、はあっ、あああっ……あ――!」
奥の奥に注ぎ込まれてあられもなくわなないた。のけ反っていた腰から力が抜ける。
芳は一度自身を引き抜くと、今度は翠を四つん這いにさせて濡れた内部に押し入った。
「もう一回、味わわせて。翠のやらしい場所」
「やっ、そんなっ……あああっ!」
手を突っ張っていられず、あっけなく上半身が前のめりになった。腰だけを上げたみっともない格好と、芳の言葉責めに快楽の逃がし所を失う。
冷たいはずのシーツはすっかり温まって、行為の高ぶりを物語っていた。二人のどちらのものかわからない汗が音を立てて落ちてゆく。
「あっ、奥っ、奥にぃッ、来てるっ……!」
「は、腰、もっと振って」
「あーっ! ああんっ、んはぁっ……、あああっ」
翠は夢中で尻を振り立てた。気持ちいい。後孔が男のものを勝手に食い締める。きつい窄まりを虐められると舌を出して喘ぎたくなるほど感じた。
「あ、あー……!」
二人の濃密な夜はまだまだ終わりそうになかった。
最近のクラスの一番のニュースはそれだった。
「ねえねえ威君」
「……なんだ、詐欺師」
「また言ってるの!? 普段の俺も部活の俺もどっちも俺じゃん!」
「お前、変わりすぎなんだよ」
チョコデニッシュを千切りながら狩野はつっこみを入れた。ぷっくりと頬を膨らませる鈴木は白米をかき込みながら「詐欺じゃない!」と言い続けている。
「それよりそっちのほうがびっくりだから! 何でこんなに変わったの? 実は双子のあきるくんとかなの?」
「あきるって誰だよ……」
狩野は鈴木のテンションについていけないらしい。チョコ牛乳を啜ってあきれ顔だ。
クラスメイトはそんな二人をやはり遠巻きに見つめているが、そろそろ関わろうとする勇者が出るだろう。狩野は素行は変えたものの内面はいつも通りなので、鈴木くらいめげないタイプでもないと会話が続かないことうけおいだが。
「だから言っただろ。新しいことを始めたかったんだって」
「なんでそう思うようになったか聞いてるんだよー。威君、色々変わりすぎ! いつのまにか榛名先生と仲良しになってるし……俺も先生と話したい! ずるい!」
「……。仲良く見えるか?」
「うん。話してる時の二人、なんかカイカイってなる」
「……カ?」
「甘酸っぱくて痒くなるってこーと!」
最後に残してあった卵焼きを頬張り、鈴木は食事を終わらせた。狩野はまだパンを食べている。それぞれが早食いと遅食いなので、二人で食事するといつもこうだ。
「榛名先生、綺麗だよなー。このクラスも剣道部もごついのしかいないから、俺の癒やしだよ」
「自分の顔でも見とけば?」
「……威君、俺の顔評価してくれたの初めてじゃない?」
「今までほとんどわからなかったんだよ。詐欺師」
「また戻るの!? もう!」
鈴木はキィーッと猿の威嚇のような声を上げたが、口元は笑んでいる。狩野が冗談を言える時は機嫌がいいと知っているからだ。定期的にやっていた無茶な喧嘩もしなくなったようで、友人として安心する。
狩野は謹慎があけて剣道部に入ってから、どこか明るくなった。木崎とはなにやらありそうだし、部活中もほとんど会話はないようだが、今のところは落ち着いていると鈴木は踏んでいる。
何より剣道が楽しいようだ。無表情ながら放課後が近づくと動きが機敏になる。しかしそれも月、水、金のこと。つまり翠がいる時だけなので、語弊があるかもしれない。
「剣道っていうより、先生が好きって感じかなあ……」
狩野は鈴木の低い声には反応しない。独り言にまで返事をしたらきりがないと考えているのだろう。それが彼らしくて、気を遣わなくていいから鈴木は狩野が好きだった。一番の友達だと思う――お互い、他の交友関係は部活くらいしかないが。
「明日は紅白戦だから、二日連続で先生が居るね。良かったね、威君」
歌うような鈴木の言葉には返さず、狩野はチョコ入りコッペパンの袋をばりっと勢いよく開けた。
準チョコレート独特の甘いもったりとした香り。狩野は特に感動もなく食べているが、チョコばかりで飽きないのかといつも思うのだ。
「……血液が茶色くなりそう……」
「うるせー」
そっぽを向く狩野がチョコ牛乳のストローに歯を立てる。
ストローを噛むのは欲求不満の証だっけ、甘えん坊の証だっけと考えながら、鈴木は友人の食事を待つのだった。
狩野はまったくの剣道初心者なので、紅白戦には参加せず見学だけだ。
明くる日の土曜日の紅白戦はちょうど引き分けになった。それぞれの合計勝ち点が同じだったのだ。講評の際の木崎が見るからに苛ついていて、鈴木が必死に目配せしてくるので狩野は頷いてやった。
それが終わった後、活動を早めに終わらせるか、練習するかは残り時間による。今日は延長までいかないテンポの良い試合が多かったので練習することになった。土曜の部活はたいてい四時で終わる。剣道強豪校だがそれ以上に進学校なので、あまり遅くまではやらないのだ。
紅白戦が終わった後の練習は自由参加だ。木崎や、彼を崇拝している一部の部員が帰り、 残りは威を入れた十七人。そのほとんどが白組である。
「狩野、摺り足見るからちょっとおいで」
他の部員が声を合わせて素振りをしているところ、狩野は列から外れて翠と二人だ。
「先週も言ったが、基本の摺り足のコツは平行移動を意識することだ。頭と肩がぴょこぴょこしないように、小さい歩幅でなるべく早く動くこと。慣れないうちは足の裏がすぐ痛くなるから無理は禁物だ。あとは、右足を前に出したらきちんと左足を連れていけ。それがある程度できるようになったらラダーで練習するからな」
「ラダーって、床に置く縄梯子みたいな?」
「そう、そういう形のものもある。そっちはもう少し後な。それじゃ、竹刀を構えて。竹刀の剣先を動かさないようにすることも大事だから注意しろよ」
「はい」
傍らで、翠も竹刀を構えて同じ動きをする。前に出るときは右足が出て、左足を連れてくる。後ろに下がる時は左足を先に下げ、右足が常に前にあるようにする。狩野は翠の足を真似ながら床を滑る。
「もう少し歩幅小さくして。普段歩くときよりも小さくするんだぞ。踏み込みの練習じゃなくて摺り足の練習だからな」
「はい」
言われたことを意識しながら、繰り返し足を動かす。洋服よりも分厚い袴が重たく、裾があいている分動きやすい時もあるが、布が多いので熱がこもる。
あと数日で暦が秋になるというのにこれだ。この環境で夏を過ごした鈴木に少しだけ尊敬の気持ちが沸いてくる。
剣先をぶらさないように僅かに力を込めた。しばらくすると、翠が立ち止まって狩野の様子を眺めるようになる。お手本は最初だけということだろうか。
「……うん、うまいな! 体がぶれないってことは体幹がいいのかな。運動やってた?」
「運動っていうか、ちーと走ったり……休みだと十キロくらいは」
「十キロか、それはすごいな」
「だから体力はわりと……」
「自信ありってところか。期待してるぞ」
手放しの賞賛がくすぐったい。黙り込んだ狩野に、翠は一旦摺り足を止めるよう指示した。
「俺なんか大分柔らかくなっちゃったけど、ちょっと見て」
翠は突然しゃがむと、床に尻をつけて足の平を狩野に見せた。指の付け根の皮膚が硬くなっているのがわかる。肉がないせいで一見頼りない翠の体に、それは以外なほど強烈に映った。
「真面目にやるとこうなるかな。この部だと……体重がある部長なんかがやっぱり一番足の裏が硬いかな。今度見せてもらうといい、あれくらいになった頃には強くなってるよ」
「……触っても?」
「いい、けど」
微妙に煮え切らない返事だが、狩野は気にせず指を伸ばした。かつてはマメだったのだろう箇所を丸く撫でる。柔らかそうな肌なのに、ここだけは硬い。その生々しさに狩野の心は吸い寄せられた。
皮膚の厚い場所を爪でひっかく。翠の親指がピクリと跳ねたが、そのまま指を増やして足をなぞった。親指側は皮膚ではないようにカチカチだが、小指側はあまり地面と触れなかったのかまだ柔らかい。そこを押すと――。
「先生、素振りが指定数終わったので報告っす」
鈴木の声が振ってくると、翠は俊敏な動きで立ち上がった。
「じゃあもう上がっていいぞ! 挨拶しようか」
いそいそと部員のほうに向かうその背中を見ていると、鈴木が手を差し出してきた。立てということだろう。
それをわかっていながらも、手に残った感触を確かめるように指を擦り合わせる。
「セクハラはまずいんじゃないの?」
「……してない」
にやにやと笑うものだから、狩野は思いっきり目の前の手に体重をかけた。鈴木がよろけた瞬間に手を離すと、起き上がりこぼしのように見ていて危ない動きで元の位置に戻る。
狩野は鈴木をよそに一人で立ち上がった。竹刀を回収し、整列を促す翠のほうへ。
「図星だからってそういうのよくないよ!」
「してない。それよりどうしてお前が呼びに来たんだよ」
「暴挙の気配を感じたから俺が来たんですぅー。俺なら威君を止められるかなって」
「ふーん」
狩野は言葉ではセクハラを否定しつつ、鈴木が止めてくれて良かったと思っていた。あれ以上どうするというわけでもないが、鼓動のリズムがいつもより早い。狩野の手に無防備に反応する足のイメージが浮かんだが、今はまずいと振り払った。
終了の挨拶をする翠の顔がほんのり赤く、狩野の胸はさらに高鳴った。
家からショッピングモールまでは片道六キロある。走れない距離ではないが、汗をかいたままドッグランで過ごすのは嫌で、行きだけ家の車で送らせた。
日曜日の午後、晴れとくれば人が多いのは明かだ。家族連れが多い中、狩野はちーを抱えてぼんやりしていた。
ご主人の身の入らない雰囲気を察してか、ちーは動かずにじっとしている。頭の良い犬だと思う。しつけは大変だったが、それをきっちり吸収した後は最高のパートナーだ。
硬いがふさふさの毛を撫でる。腹回りに容赦なく手を突っ込みながら、狩野は思案した。
昨日の晩、狩野は自慰をした。それに関しては健全な青少年なら普通なのだが、問題は所謂オカズにあった。
右手の人差し指と中指の腹を凝視する。昨日、翠の足を触ったのもこれだ。
「足フェチ……ってわけでもねえ」
特に足の裏に興奮するような特殊性癖は持ち合わせていないはずだ。考えながらちーの前足をひょいと持ち上げる。肉球がついた箇所をこりこりと擦ると、ちーはしっぽを振って嬉しそうだ。文句なしに可愛い。
「犬だったら可愛いってのも分かるけど」
昨日の部活で感じた思いは、もっと別のものだ。あまり考えたくなくて狩野はのらりくらりとかわしている。
自分は欲求不満でオメガに目がいっているだけなのだろうか?
否、この場所に来るまでに首輪を付けた人を見ても何とも思わなかった。もっとも、それだけで発情していたら狩野は本物の変態だ。
そもそも、と状況を整理してみる。ここ二ヶ月ほどで狩野は随分翠と接近した。それまでは、他の教師と比べたらうるさくないとか、見目が良いとか、そういった認識でしかなかったはずだ。さらに言えば、彼の持つオメガという性を意識したことはなかった。
オメガの世間的なイメージはあるにせよ、狩野自身はそういう目で見ようとはしてこなかったのだ。翠を知るうちに初めて、狩野はオメガであることの大変さを考えたくらいだった。
それなのに今は、彼が糾弾されるのが嫌だからとさほど興味もなかった剣道を始め、毎日部活に明け暮れている。初めてまだ一月もたっていないが、剣道は思ったよりも楽しかった。それは思わぬ誤算だ。
道着姿が似合うとか、鎖骨の窪みに色気があるとか、腰が細いんだなとか、最近そんなことを思い始めた自分に驚く。狩野が考えている以上に、自分の中で翠の存在は大きいらしい。
木崎に馬鹿にされて許せなかったことが第一の衝撃だったのだ。それから毎日、狩野の視線は心を置いてきぼりにして翠を探そうとする。
今だって、翠がここに現れやしないかと視線がうろついているのだ。そんな自分に呆れてしまう。
ふいにちーが狩野の頬に湿った舌をくっつけた。慰めのつもりだろう、ぺろぺろと舐められてくすぐったい。
「悪いな、心配かけたか」
そのまま体を抱えてやると、ちーはクゥンと甘えた声で鳴いた。それが可愛くて思い切り撫でてやると、喜びのあまり揺れたしっぽがふくらはぎを何度も打った。自然と笑みが零れる。
考えても仕方ないことは一旦やめにして、久しぶりにちーと遊ぼう。部活を始めてからあまり散歩にも行けず、きっと寂しがっている。帰ったらシャンプーとブラッシングだ。
そう思い直していると、顔に影がかかった。天気が悪くなったのならランニングは止めにして家の車を呼ばないと、そこまで思考を巡らせたところで、
「よう。狩野」
……幻聴ではなさそうだ。翠の声がする。
上向けば、果たして彼はそこに居た。シンプルな白いシャツに茶色のベスト、秋らしいオリーブグリーンのパンツがよく似合っている。スタイルが良いからなんでも似合いそうだが、雑誌でありそうな服装を着るとモデルのようだった。
「ちー、元気そうだな。久しぶり」
ちーが傍らでしゃがんだ翠に飛びついた。前回もそうだが、ちーは驚くほど彼に懐いている。自分を見ているようだ、と考えが及びそうになったが閉め出した。今はいい。
「買い物?」
「そう。そっちは散歩? ランニング?」
「行きは車だった。帰りは走る」
「元気だなあ。頑張れよ? ちーもな」
細い指がちーのあごを擽る。爪の形まで整っていて、触られるちーはうっとりと目を瞑っていた。よほどリラックスしないとこうはならない。もしかして彼からオメガ特有のフェロモンでも出て居るのだろうか? 普段は薬で抑えているとはいえ、人間よりも敏感な動物、しかも狼の血が混じったちーは感じとりやすい、とか……。
などと答えの出ない考察をしてみたが、唐突に携帯の着信音が鳴り響いたので思考が途切れた。
「俺だ、ちょっとごめんな。……もしもし、芳? ……ああ、もういるよ。そっち行くから待ってて。……待ち合わせまで時間あるだろ? 早く着きすぎだよ、って俺もか……ん、後でな」
狩野たち生徒にするのとはまた違う、より気安い口調だった。
狩野は無意識に翠を見つめていたらしい。彼は困ったように眉を下げた。
「大学の時の同級生だよ。仲いいんだ」
「……、恋人?」
「ってわけではないかな。……狩野もそういうこと気にするんだ?」
悪戯っ子の表情の翠に、狩野の心臓は高鳴った。くるくる変わる表情に魅了される。……されてしまう。
一通りふさふさの毛並みを堪能すると、翠は最後にちーと鼻あわせをして立ち上がった。
「よし、そろそろ行くかな。邪魔してごめんな、また学校で」
「……いや。ちーが嬉しそうで良かった……です」
「部活じゃない時はさっきみたいに敬語じゃなくてもいいよ。校長とかには怒られそうだけどばれなきゃいい話だし、狩野とは普通に話したいな」
そう言った顔が優しくて、狩野は勘違いしそうになる。どんな顔をしていいかわからなくて俯くと、下からのぞき込んだ翠が手のひらを見せた。
その上にあるのはお決まりのチョコの飴だ。白い袋がもの凄く眩しい狩野はゆっくりと瞬きをした。視界にあるものを閉じ込めるように、時間をかけて。
飴を受け取った時、背後のガラスがとんとんと叩かれた。
視線を映すと背が高く、明るい茶色の髪がよく似合う男が手をひらつかせていた。
「昼間の子と仲良さそうだったね」
食事や入浴を済ませ、芳の部屋のベッドに並んで寝転がっていた。
明日は言葉通り重役出勤の芳が職場に送ってくれるのだという。日曜日の夜に会うことはあまりないが、芳が出張のため暫く時間がとれないので会おうという話になったのだ。
その約束そのものが恋人めいた誘いだと気付いていたが、翠は目を瞑る。数時間前に舌鼓を打った、秋らしい味わいの栗と茸のロースト等、絶品だったフレンチの品々を想起しながら頷いた。
「最近色々あったんだ。いいやつだよ」
自分ではまず食べないフォアグラのステーキはもったりと舌に絡みつき、バルサミコ酢ベースのソースがともすると油っぽくなりがちな味を引き締めていて、まさに至福の味わいだった。甘めだが酸味のあるソースは脂がのったフォアグラでこそあうのだろう。季節のものも楽しめたし、ワインは程よい重たさがあって濃厚な味わいに合っていた。芳は本当に、店選びのセンスがある。
その彼は仕事のものと思しき資料に赤を入れていた。耳にかけた髪がはらりと落ちるとなんとも言えない色気がある。手首から手のひらのラインが嫌みなくごつごつして男らしい。
会話の際よりも落ち着きのある眼差しに翠はほっとため息をついた。普段はゆるいところもあるが、しっかりと社長業をこなしているようだ。
芳を横目にスプリングのきいたマットレスの上で手足をうんと伸ばすと、その拍子に背骨がポキリと鳴った。そのまま手を宙に上げてストレッチする。随分と凝っているらしく、痛いという程ではないが関節に違和感があった。
「マッサージしてあげようか?」
「仕事中だろ? ていうか、ベッドでやってていいのか?」
「確認だけだからもう終わるよ。……と、これでよし。――ほら、うつぶせになって」
サイドボードに書類を置くと、芳は指示通りうつぶせになった翠の腰に乗り上げた。膝で体重を逃がしているらしくさほど重くはないが、のしかかられると圧力がある。
あっという間にこの部屋に常備してある蘇芳色のパジャマをはぎ取られた。裸の背中の上に先ほどいいなと思った手が当てられる。
「オイル使うね」
「適当でいいけど」
「まあまあ。いつも頑張ってる翠にご褒美」
そう言われては断る理由もない。翠は体から力を抜いた。
花の香りがふわりと薫った。ラベンダーのオイルだろうか、芳香剤等そこかしこで嗅いでいるが、きちんとしたものは全然香りが違った。あそこまでくどくもなければ爽やかで、ハーブらしくつんとしているがどこか優しい。
肩甲骨のあたりにぬめりが広げられる。今日の芳は手の温度が高いらしく、翠の体がびくつくこともなかった。オイルの滑りを利用して痛みにならない強さで指圧する。
時々、芳はこうして翠の体に触れたがった。前戯のつもりなのかはわからないが、翠が気持ちよさにくったりし始めた辺りから手が不埒な動きをし始めることが多い。最初は身構えるのだが、大きな手のひらで労るように触れられると、いつしかそんなものは紅茶に入れた砂糖のように溶けてなくなるのだ。
「随分凝ってるなあ、運動はしてないの?」
「部活で素振りするくらいかな」
「俺が行ってるジムに来る? オメガ専用のフロアもあるよ」
「嫌だよ、そんな頭のてっぺんからつま先まで磨かれてそうな集団のところは……」
「確かに愛人ばっかりだから翠は疲れちゃうかも」
「うん……俺には、絶対無理」
翠の声のトーンが落ちたことに芳が気付いたかどうかはわからない。手を止めず、背骨のラインを手の付け根で何度も擦る。
くすぐったい箇所にあたると体が跳ねたが、お互い何も言わない。芳はにやけていそうだが、翠は絶対に顔を上げなかった。
「ほぐれてきたね」
「背中、ぽかぽかしてきた……」
「眠い?」
「うーん……」
だんだん瞼が落ちてくると、芳はサイドボードの引き出しを開ける。中にはタオルが入っていて、翠の背中に残ったオイルを拭う。
ころんと荷物のように簡単に体を返される。襲い来る眠気に思考はもやがかかった。
唇に柔らかいものが押しつけられて、数拍後、キスされたとわかる。
スタンプを押すような幼いキスで、官能の色はない。リップ音も可愛らしく、今日はこのまま寝るのかなと翠は呼吸を深めていった。
「……ま、寝かせないけどね」
芳のそんな声もいまや遠く――。
出し抜けにチョコレートのにおいが鼻孔を擽った。甘いものを翠ほど好まない芳が食べるわけもないし、きっと夢なのだろう。どうやら今晩はおいしい夢になりそうだ。
そういや、今日、狩野に飴あげたっけ……。
「……んぅっ?」
心地よい微睡みを感じたことのない刺激が邪魔する。
狼狽えて体を起こしかけたが、あっけなく肩を押されてベッドに逆戻りする。
馴染みのチョコレートの飴を指先に摘まんで、芳が目を細めていた。
「気にせず寝ていなよ。俺は勝手に楽しんでるから」
「はあっ? 今、何し……ンッ!」
芳は飴を口に含むと、翠の胸の先端に吸い付く。僅かに膨らんだ場所の上を硬い飴が往復する。未知の感覚に、快感に正直な突起はあっという間に充血した。
「ちょ、っと、芳……ふ、っ」
「……甘いな。普通に食べてるよりよっぽど甘い」
状況についていけないまま無理矢理喘がされて、翠の体は熱を帯びていった。眠気なんてとうに吹き飛んでしまって、ライトの下で体がざわめいていく。
触れた箇所が示す緑の興奮を感じ取った芳は、もう片方の粒にも手を伸ばす。そこはまだ直接の刺激がないにも関わらず、いじらしく立ち上がっていた。つんと指先で弾いて跳ねる体を芳が楽しんでいる気配がする。翠の白魚のような体が桃色に色づき始めた。
「あっ、なんで、こんなっ」
「この飴、最初は俺があげたのに。妬けるなあ」
「妬けるって、なににっ……ああ……っ」
翠の上ずった声が甘えるように響いた。鼻にかかっているせいで意図的ではないものの、おねだりのように聞こえた羞恥が自分を追い詰める。乳首だけで身もだえているのがたまらなく恥ずかしかった。
「随分楽しそうに話してたけど、あの子とは仲いいの?」
「狩野、のこと……? 時々、話す……だけだよっ……」
「ただの生徒ってこと? そうは見えなかったけどなあ。あっちも俺のこと睨んでたんだよ」
「ひあっ! やめ、そんな、転がすなあっ」
突起と飴を無造作に転がされると腰の震えが止まらなくなる。だが芳は当然のように責めを激しくして、翠の言うことを聞いてはくれない。
「格好いい子だったよね、翠はああいうのが好みなの?」
「んっ! んぁっ……や、びりびり、するっ……」
「答えてくれないの?」
「ひぁ! あ、やめ、やめぇっ!」
芳の愛撫は容赦がない。多少なら痛くても快感にしてしまう翠のことをよくわかっていて、勢いよく赤色の突起を吸い上げた。同時に優しく擦っていたもう一方をつねりあげて、両方の胸を虐めたおす。
「いやっ、痛いのっいやあっ」
「相変わらず意地っ張り。大好きなくせに」
シーツの海をもがくように翠の体はビクビク震えた。このままでは乳首で達してしまう。しかも飴の刺激でイクなんて初めてで、自分の耐え性のなさに呆れる思いだ。
だが、芳は飴が小さくなると突起から顔を離した。肩すかしを食らい残念に思う自分にぎょっとした。芳はそのまま顔を下ろしていく。
がりがりと残りを噛んでいるのでもう飴を使うのは止めたらしい。
今度は後孔を虐めることにしたようで、翠の膝を立てると無理矢理割った。
「ここ、まだ触ってないのにヒクヒクしてるよ」
「……~~ッ!」
寝室だから抑えめとはいえLEDは明るく、恥ずかしい場所を隠せない。芳の軟らかい舌が入ってくるといよいよ駄目で、足がだらしなく開いてしまった。
襞をこじ開ける舌先は浅い場所を繰り返し行き来する。最初はそれが不快だったのに、長年の付き合いで開発された体は貪欲だ。ぬるぬるとした動きに腰が左右に揺れる。
突然、かさかさと紙の擦れる音がしたかと思うと芳が翠の目前で持っているものを見せびらかした。
見慣れた白い包み紙で、やはり茶色い字でフランス語が書かれている。だが、いつもの飴と違ってそれには柄がついていた。
「新作が出たんだ。子どもが飲み込んだりしないようにって柄つき。あと、中央のチョコは生チョコ仕立てらしい」
「……それ……今言うことか?」
息も絶え絶えな言葉には答えず、芳は包み紙を開くとそれを翠の口に押し込んできた。
「チョコレートって媚薬作用があるんだって」
「どうせ、嘘だろ」
「さっきチョコでイキそうになってたくせに。本当は気持ちいいんでしょ?」
ぴん、と指先で蜜を出すものを弾かれた。芳はそのまま翠の下半身に陣取って、最奥に舌を這わせる。
「ひゃめ、舐め……ひっ!」
先ほども同じことをされたというのに余計に感じるのは何故だろうか。チョコレートの媚薬なんてちっとも信じていないけれど、入り口を熱い舌でなぞられるとだめだった。さほど大きくはないものの、口内の飴で息がしづらい。ついでにろれつも回らず、羞恥に体がそれまで以上に震え上がった。
内腿にかかった芳の手が、秘めた箇所に近い柔らかな肉を撫でる。そのくすぐったさも熱をつのらせる要素の一つで、翠は身をくねらせる。
その拍子に口から飴が零れ落ちた。頬が甘いもので濡れる。
「こーら、せっかくあげたのに。くわえててよ」
「だって、無理……」
「そんなこと言う子にはお仕置き」
「は、あ……なっ、何!?」
またもや包み紙を開く音がして、芳は新しく取り出した二本の飴を翠の後孔に押し付けた。
カァッと体が熱くなる。無体を強いられることに興奮しているのだ。そんな自分に気づいて目まいがした。
「こんなに中が熱いんだから、飴もすぐ溶けちゃいそう」
「いやっ、やだ、芳、やめ……はあっ!」
肉の輪が飴のせいで広がっていく。傍らに転がった飴の匂いも相まって、チョコレートでくらくらした。そのまま芳は柄を掴んでゆっくりと押して引いてを繰り返す。
「そんなに締め付けないで、動かせなくなる」
「やだっ、やっ……ひっ、当た、ってるぅ!」
食べ物を入れられる不快感が今や吹っ飛ぶほどに翠は感じ入った声を出した。尻を振った拍子に弱い個所に当たって、体から力が抜けていく。
身体を二つ折りにされるみっともないポーズで、丸見えの後孔から飴の柄が生えているのだ。今の自分の姿を想像すると居たたまれずに目をぎゅっと瞑った。
が、そんな努力とは裏腹に指先がじんじんとしびれてわけがわからなくなる。締め付けに逆らって内部を抉る飴にひたすら喘がされた。
「全身真っ赤、ほっぺたなんて林檎みたい。恥ずかしいの?」
「あ、当たり前、ああっ、だめ、動かさないでぇっ……」
翠の懇願は聞き入れられず、より激しい抽送となって返ってくる。
零れる声が自分のものじゃないようで、気づけば翠は濡れたものを吐き出していた。
芳がそれを見て怪しく笑い声を上げる。それから、「翠の中をかき混ぜてたら、見て、こんなに小さくなっちゃった」と持っていた飴を翠に見せつけた。
絶頂でぼんやりする頭で、かろうじてそれを認識する。羞恥に覆い隠されていた興奮が顔を出し始めていた。翠は飴でぐずぐずになった部分を指で広げて、芳を誘う。
「入れて……ほしい……もっと太い、もの」
「俺も入れたい……そのまま広げてて?」
芳はうっとりと微笑んでいる。言われるがまま指先に力を込めた。外れた理性の箍はそのままに、腰を突き出す。
押し入ってきた欲望は熱く、翠はそれだけで軽い絶頂状態に持ち上げられた。うねった内部で気づいたのだろう、芳は間髪入れずに腰を使いながら胸の突起をつまみ上げて翠を追い詰めにかかる。
「いっぱい締めて……翠が感じてると嬉しい」
「あっ、はあっ、いやっ、今っ、イッてる、からあっ……!」
飲みきれなかった唾液を首筋に滴らせ、快楽に咽び泣く。ベッドのスプリングがせわしなく鳴った。密着した体に自身の性器が擦られて声が止まらない。
敏感になった内部を躊躇無く芳の硬いものがかき回す。激しい動きに呼吸が苦しいくらいで、このままどうにかなってしまいそうだと思った。
彼とのセックスは、いつも、翠をどこかに連れて行く。
「すごいね、絡みついてくる……」
「ひっ、ひんっ、あっ、だめ……そこ……ああっ!」
しこりに狙いを定めて芳は腰を打ち込む。ゆさぶりと同じリズムで喉が震える。
「も、だめ、だめ、だめぇぇっ……!」
「はは、すごい、ビクビクしてる……ッ!」
「あっ、はあっ、あああっ……あ――!」
奥の奥に注ぎ込まれてあられもなくわなないた。のけ反っていた腰から力が抜ける。
芳は一度自身を引き抜くと、今度は翠を四つん這いにさせて濡れた内部に押し入った。
「もう一回、味わわせて。翠のやらしい場所」
「やっ、そんなっ……あああっ!」
手を突っ張っていられず、あっけなく上半身が前のめりになった。腰だけを上げたみっともない格好と、芳の言葉責めに快楽の逃がし所を失う。
冷たいはずのシーツはすっかり温まって、行為の高ぶりを物語っていた。二人のどちらのものかわからない汗が音を立てて落ちてゆく。
「あっ、奥っ、奥にぃッ、来てるっ……!」
「は、腰、もっと振って」
「あーっ! ああんっ、んはぁっ……、あああっ」
翠は夢中で尻を振り立てた。気持ちいい。後孔が男のものを勝手に食い締める。きつい窄まりを虐められると舌を出して喘ぎたくなるほど感じた。
「あ、あー……!」
二人の濃密な夜はまだまだ終わりそうになかった。
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