親愛なる風の騎士様へ

筺 柚人

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「俺が率いている第三部隊は魔法使いが多いんだ。火魔法の持ち主が特に多いかな。次が水魔法」



 アデルの家だった。仕事終わりに二人で作った食事を食べ、シャワーを浴び、あとは寝るだけという時。

 ラジオからは物語を朗読する女性の声が流れていた。いわゆる古典とよばれる作品で、主人公の名前が題名になっている有名なものだ。

 父殺しをしようとする不遇の王子の話で、今聞くには不穏と言える。

 ミランはゆっくりと瞬くアデルの瞳を、ベッドに寄りかかりながら見つめた。



「以前魔法の相性の話をしただろう。風魔法は強いと思った?」

「……」



 アデルは沈黙の意味をしっかり受け取ってくれた。

 いくらフリューゲル騎士物語を愛読しているといえど、現実の話を聞いた今、その質問に頷こうとは思えない。



「……でも、アデルさんが隊長なのだから、風魔法にも強みがあるんですよね?」



 魔力量がものを言うとはいえ、攻撃力が一番である火魔法を持つ人が隊長ではないということには理由があるのだろう。

 すると、アデルは試験で百点をとった子どもにするように、ミランの頭をよしよしと撫でた。



「そう。風魔法使いの俺が隊長であるのには意味がある。対人戦闘に限っては、一番強いのは風だ。……俺は、予備動作なしで相手の首を掻っ切れるんだよ」

「あ……」



 普段、身振りをつけて魔法を使っているのは、一種のパフォーマンスということか。

 さらに彼が語ったところによると、ミランが眼鏡をかけてやっと見えたあの魔力が、彼には常に見えているらしい。

 魔法を使うには魔力がいるが、大気中に漂う魔素を魔力によって魔法という形に変換することで現象を引き起こすというのが正しい手順だ。正しく言えば、ミランがあの日見たのは魔素ということになる。



「魔法使いは魔素を集める力がある。魔法を発動する前の魔素はただのエネルギーの塊だけれど、風の魔素に関しては、盾のような役割をするんだ」



 他の魔法使いでは使えない魔素による盾を使い、相手の首を少しの魔力で切る。さらに風の魔法は剣に纏わせれば触れずとも相手の肉だけでなく骨を断ち、命を奪える。

 魔法の攻撃力でいえば、周囲から酸素などの魔法以外のエネルギーを使うことのできる火魔法が強いけれど、殺傷能力という点で最強なのは風。彼が語ったのはそういうことだ。

 フリューゲルがもし、物語で敵の首をすぱすぱ切って倒していたら、主人公として最強ではあるが、葛藤も苦難もなく、それは退屈にすぎるだろう。傷つきながらも信念を貫くことを描く騎士道物語にしては俗っぽすぎる。



 アデルが語った言葉に、どうして剣に秀でた第一、第二部隊ではなく、第三部隊が先兵隊に選ばれたのか、わかる気がした。

 風魔法使いの彼をはじめとして、言葉通り最前線に立つのだろう。

 さらに、彼は騎士学校を出ずに騎士になったたたき上げであるため、他の隊長に比べるとある意味敵が多い。派閥の話は機密に関わると詳しくは避けていたが、すべてを聞いたミランはそう理解した。

 戦争ではなく小競り合いときいていたけれど、もうそれでは済まない話になっているのではないだろうか。

 ミランはすっかり顔を青くした。もう街に雪は残っていないのに、急な寒さに思わず自らの腕をぎゅうと抱き込む。



「……大丈夫だよ、心配しないで」



 アデルはそう言って、大きな体でミランをすっぽりと包んだ。こうしていると、まるで猫にでもなったようだ。陽だまりよりも温かい場所で、全て相手に身を委ねて眠って。可愛がられるだけのために産まれた、いとしいいきもの。とても不思議な気分だった。

 彼に出会うまでは自分が大切だとさえ思わなかったのに、本当に不思議だと思う。



「……出発はいつか決まってるのですか?」

「四日後だ」

「そんなに急に……」

「少し前から話は出ていたんだ。最近特に相手の動きが激しいらしくて、それが早まった。準備があるから会うのは今日が最後になる」

「帰りはいつなんですか?」

「わからない。長引く可能性が高いと思う。そう簡単に第三王子が侵略を諦めるとは思えない」

「……そんな……」

「すまない、言い出せなかった。……君が、そんな顔をするとわかっていたから」



 目を赤くしたミランの目尻をアデルは吸った。泣き黒子の位置に口づけるのは、彼のお気に入りらしい。

 誤魔化すような素振りに唇を噛むと、肩に彼の顎が乗った。



「……少しだけ、今から騎士らしくないことを言うよ」

「……どうぞ」

「……行きたくないと思ったのは初めてだ」



 街道に出る野盗を斬っても何も思わないのに、君の柔らかい手を握ってしまったから、呼吸一つで奪う相手の命から散った飛沫に傷つけられる。

 人々を守るために命を使うと決めていたのに、万一命を脅かされることがあったら、みっともなく生にしがみついてしまうかもしれない。

 君を傍で守っていたいから、騎士なんてやめて、ずっと隣にいられたらいいのにと思う。

 語る言葉は重く、しかしミランへの愛に満ちていた。守れないならいっそ捨てると苦しんでいたはずの彼の心に触れたようで、ミランの瞳からは熱いものが溢れそうになった。



 けれどそれよりも、伝えたいことがある。



「俺のために生きて帰ってください」

「……ミラン」

「待ってますから。あなたがどれだけ傷ついても、みっともなくても、ちゃんと、隣にいられるようにします。俺はここで日常を守るから。守られるだけの俺にたいしたことはできないけれど……でも、あなたの居場所はずっと、空けておきます」



 だから合鍵が欲しい。部屋を清め、身を清め、季節がいくつ過ぎても彼を待つ。生きて信じると毎日空に向かって祈る。

 魔法が使えないミランでも、唯一できるのは祈ることだ。いつかミアがやってみせたように、祈りが魔法になると、盾になると信じて、風に願う。

 すぐ帰るのが一番嬉しいけれど、もしも時間が経ってしまっても、必ず待っている。



 息を呑んだアデルが震える唇でしたキスを、ミランはしっかり受け入れた。

 差し込まれる滑らかな舌を受け入れる。離さないと絡めたのはこちらか、彼か。



 性急な手つきで服をはだける彼に従って、すぐに一糸纏わぬ姿になった。



 耳にかかる吐息が熱く、くすぐったくてくすくす笑うと、まっすぐ伸びた、しかしごつごつしたアデルの指がちょっかいを出すようにして胸の突起をひっかいた。爪で掠めるだけなのに、体はやけに大げさに反応する。

 ミランの痩せた身体の隅々を確かめようとなぞる手が、うねるように息づき始めた腹のあたりを一度強く擦る。

 へその下まで届く彼の分身を意識した。初めてのあの日から、何度も身体を重ねたせいで、すっかり根本までもを埋めてしまえるようになった。



「……ここの、ずっと奥まで……入れてもいいかな?」



 かっと頬に血が上る。ついこの間、その場所を暴かれて、ミランは泣きじゃくったのだ。

 ぐずぐずに溶け、脱力しきったあとに、ダメ押しで穿たれた快楽。気づいたら獣みたいに啼いて、馬鹿みたいに乱れた記憶しかない。

 終わったあとにもうしないと言っていたくせに、そっと眉を下げて請うのがずるかった。



「……俺、あれされると変になっちゃうんですよ」

「変じゃない。くちをぽかんとして、奥をつくたびに首がゆらんとしていて、俺のものになったって気がしてとても可愛い」

「アデル様の趣味って猟奇的じゃないですか……?」

「違うよ、君がいとしいだけだ」



 適当言っていつも丸め込まれるから、ミランに拒むことはできないのだけれど。もの扱いする口ぶりで溺れるほどの愛を囁いてくるから、それをやめてと言えないミランも悪いのだ。



「……お手柔らかに、お願いしますね」

「うん。頑張って気持ち良くするよ」



 既に言葉が噛み合わないあたり、アデルもたいがいだめな男なのだろうと思う。

 そんなアデルは体を起こして座り、ミランを向かいあうように膝立ちにさせた。そのまま、胸の突起を舌で舐ったまま、後孔をゆっくりと揉むようにする。



「あんなに俺のをぎゅうぎゅうに咥えてくれるのに、終わってみるとこんなに慎ましいのが不思議だ」

「と……閉じなかったら大変じゃないですか」

「そうなっても俺が一生世話をするからね。……ほら、少しいきんでごらん」

「んっ……」



 アデルはサイドボードから出したローションをいつのまにか指に纏わせていた。ぬめった指先が一本、中にずるりと入りこむ。内壁を広げるための動きのはずなのに、彼の指が体内に入っていると思うだけでダメだった。舐められている胸の突起がぴんと尖ってしまい、興奮が隠せない。

 先端の窪みに這う舌。むず痒い、でも確かに快楽とも言える刺激。ミランは目の前のアデルの頭を抱え込む。



 柔らかい毛の感触が顎をくすぐる。彼がこんなに頭を無防備に晒すのは自分だけなのだと気が付くとはっとした。その拍子に指をきゅんと締め付けるのが分かって、驚いたアデルが動きを止めた。



「……今、何に感じた?」

「な、なんでもないですっ」

「そんなことはないだろう。言ってみてくれないか」

「……す、好きだなって、思って?」

「ミラン、君ね、俺がそれを言えば絆されると思っているだろう?」



 呆れたと態度で示すくせに、アデルの口は嬉しそうに緩んでいた。ふいににやっと目をすがめて、「イクまでやめないからね」と、指を二本揃えて押し込んだ。



「ああっ」

「乳首もきっちり舐めてあげる。ほら、ここだろう?」

「は、ぅっ……あっ、そこぉ、ダメなとこですぅっ……」



 前立腺めがけてアデルの指が行き来する。ぐちぐちと忙しなく響く音は卑猥だ。喘ぎ声の隙間に混ざると、淫らなことをしているのだとより一層実感する。

 すっかり快楽を覚えた場所が、少しずつ彼の長大なものを受け入れる準備を始める。ミランは膝をがくがくと震わせて、自分の中心を貫く指に喘いだ。



「あっ……あっ……一緒は、だめ……」

「気持ちいいって言っていいんだよ」

「だめ、だめですっ、俺ばっかり、あーっ……」



 より弾力を増した胸の突起を、アデルはこりこりと歯でしごいた。それから慰めるように舌で嬲る器用な動きをするくせに、右手の指もしっかり動かすのだからたまらない。体を鍛えている成果か、一向に疲れた様子を見せないのがいっそ厄介でもあった。快楽に終わりがないのだ。

 さらにそそり立っていたミランのものに手を伸ばし始めたから、ミランは今度こそ涙を零した。



 上から下へ、搾るように刺激する手は大きく、ミランのすべてを余すことなく触っていく。心臓が鼓動を打つリズムがどんどん早くなって、彼から与えられるものに心が嵐に攫われるようだった。

 いつか見た夢を思い出した。ミランは小舟で、アデルはそれより大きな舟だった。けれど今は、ミランが小舟なのは変わらないけれど、アデルは波だ。

 上に下に、小舟は波にもみくちゃにされ、翻弄される。小舟がどれだけ軋んでも、容赦なくその身を揺らす。



 奥まで入れる前にこれでは壊れてしまいそうだ。ミランを溺愛するあまり、彼はつくづく容赦がない。

 けれど今日のこれは、自らを刻み付けるという決意に満ちてもいた。大丈夫と信じていても、そればかりは誰にもわからない。



 ふいに身体が不随意に震え始めた。アデルが楽しそうに中をえぐる。



「イキそう? ぐねぐねうねってきたよ」

「はっ! はっ、はーっ、はーっ」

「気持ちよさそう。真っ赤で可愛いよ、ミラン」

「あ、アデル、様っ、もうっ……」

「いいよ、出して。俺の指をもっと締め付けてごらん」

「んっ、んっ、んっ……。あ、あああっ!」



 指の形がわかるほどに、ミランは彼を締め付けながら達した。そのあいだも、たらたら零れる蜜を出す分身をしごかれ続けて、頭がおかしくなりそうだ。身をよじるミランの身体をころりと寝かせると、彼はそのまま自身をゆっくり埋めた。



 すっかり潤んだその場所は、すんなりと彼を受け入れる。アデルはそのまま、ミランの腰に手をやって、ひっくり返す直前までぐいっと持ち上げた。

 自身の太ももでミランの尻を支えるようにして、そのまま奥にぐりぐりと押し付けてくる。一見行き止まりのその場所がそうではないことを、二人とも承知していた。

 けれどもすぐにはそこは暴かないようだった。未だ快楽の逃がしどころを探してさまようミランのひくつく中を、腰を使って捏ねはじめる。



「はぁっ!」

「熱い……腰が溶けそうだ。突くたびにきゅんきゅん締め付けてくるのがわかるよ」

「やめ、そういうの、言わないで、ください……」

「可愛い人の可愛いところを覚えておくために、仕方ないだろう?」



 たん、たん、たんとリズミカルに穿たれる場所は確かに熱い。ローションがぐじゅぐじゅに泡立って、そこは白く濡れている。あまりにも淫らがましい光景に、火かき棒を当てたように、ミランの腰に熱がたまる。

 彼の大きな性器を受け入れているのが信じられなかった。普通に見たらこんなの入るはずがないと思うのに、ミランの後孔は柔軟にそれを咥え込む。彼に設えたようにぴったりと、余すところなく。



 そうしてゆすられていると、ミランのくちはぽかりと開いて、端から飲みきれない唾液が伝っていった。アデルがそれに気が付いて、丁寧に舌で舐めとると、腰をがしりと抱えなおす。

 ――来る。



「奥まで入れるよ。深呼吸して……吸ってー、吐いてー……よし」



 ずん、と、捏ねるように奥に性器が押し入ってきた。何がよしなものか。ミランは言葉も発せず、口をわななかせて目を見開いた。



「あぅ……」

「ミラン、気持ちよさそうな顔してるね……」

「へ、ぁ……? あぅ……」



 頭が真っ白になってろくな言葉も話せなくなったミランを、アデルは目を細めて見つめた。その頬は性交による運動ではなく、別のもので彩られているように赤い。



「可愛い……俺だけのミラン」

「はぅ! あっ、あぅ! あっ、ああっ!」

「手放したくないな……ずっと一緒にいたい……」

「ああっ、あっ、あんっ、あーっ!」



 腰が砕ける。こんなに気持ちいいものを与え続けられては頭が馬鹿になってしまう。息を吸うために胸が動くのですら感じた。全身がぶるぶる震えて、突かれるたびに内壁が彼にしがみつく。

 萎えてしまったミランの分身が打たれるたびにびたびたと音を立てた。後孔の快楽が強すぎるとこうなってしまうらしい。力なく垂れているはずなのに、先端は壊れた蛇口みたいに透明なものを吐き出している。



「あーっ、あーっ、あーっ」

「ミラン、気持ちいいよ、ミラン……」

「うっ、うぁっ、ひっ、おか、しくなるからっ……」

「俺はもう君に狂っておかしくなりそうだよっ……」



 暴力的な質量を受け入れている後孔は、あさましく彼を搾り取ろうとする。アデルも言葉通り気持ちがいいのだろう、眉を寄せて挑むようにしてミランの中を抉った。

 こじ開けた奥はすっかり緩み、ミランは際限ない快楽の渦に叩き落される。



「イクっ! イクからもうっ……あっ! ……いまイッたからぁっ!」

「……うっ……締めつけがすごいね……」

「イッたのにぃ! やだぁ、あたまおかしくなるぅ!」



 アデルは天使みたいな慈愛の笑みで、けれど容赦せずに奥を突く。頭が変になる。こんなに気持ちのいいことを詰めこまれたら、脳の神経がきっとばかになるだろう。

 いや、既に馬鹿になっているのかもしれない。未だ透明な液を吐き出し続ける自身の性器を見ながら思う。



「……っ、イクよ、出すよ……」

「はっ、はっ、出して、いいからぁ!」



 それで終わるならと思ったけれど、一息後、体の最奥にびゅくびゅくと飛沫を感じ、ミランは悲鳴を上げた。すっかり敏感になった体は、それだけのことでまた絶頂に押し上げられる。

 息も切れ切れに手を投げ出すミランだったけれど、動きを止めて射精していたはずのアデルの性器が、何故か力を失っていないのに気が付いて茫然とした。



 目を丸くしたミランの泣き黒子をちゅうと吸って、アデルはとろけるように笑う。



「奥まで濡れた状態で突いたら、今度はどうなるのかな……?」

「ひ――ぁっ! あっ! あんっ! あんっ……」



 呼吸を求めた、陸に打ち上げられた魚みたいに、ミランは声を漏らす。

 自分はどうやら小舟ではなく、魚だったらしい。



 加減が効かない彼に、それからミランは、たっぷりと食われ尽くした。









   *







  

 出陣の日はあいにくの曇り空だった。今にも泣きだしそうな暗い空に、街の人々の表情も奮わない。

 それでも旅立つ騎士たちは、遠征用のマントに覆われた、いつもとは型の違う緑の騎士服を着て、しっかりと前を見据えていた。

 街の外に出るための門に向かって馬に乗って進む彼らを、人混みがつくった通路が見送る。



 ミランは先頭にいるアデルを見つめた。馬上の人は凛として、柔和な笑みを今は引っこめている。そうしていると、普段は隠されていた鋭い眼光がよく分かった。その凛々しさにほう、とため息をつく傍らの街娘に、ミランは嫉妬ではなく誇らしい気になった。



 そんなアデルはこんな人混みの中にいてもミランに気が付いた。目が合うと微笑んで、口もとに手を置いて、ふわりと放つ。瞬間、どこか風の息吹を感じた。背筋にじんと熱いものが通る気がした。



「……騎士様、無事に帰ってくるといいね」

「そうじゃのう」



 母と祖父が言う横で、彼の投げキスが息子に送られたことに父はすっかり固まっている。

 ミランは頑として視線を返さず、すっと頭を下げた。



「アデル様に風の加護がありますように」



 その時、分厚かった雲の隙間、一筋の光が差した。太陽はすぐにまたその姿を隠したけれど、歩みを進める騎士たちに、確かに光の加護が差す。

 その中にはマルティンの、馬の尻尾に似た長い黒髪があったから、ミランは指を組み、その無事をも祈った。



 首から下げた鍵をしっかり握り、ミランは、遠ざかる背中をしっかりと焼き付けた。
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