6 / 8
sixth
しおりを挟む「なんだあいつは本当に見せてなかったのか。」
くつくつと心底可笑しそうに笑う父上を睨む。
何が何だか理解できない今の俺にはそんな姿さえ夢の一部のように思えた。
心優しく常に可愛がってくれた父上がこれなのか?
ただ頭の中にぐるぐると言われた言葉が駆け巡る。
ラルアの背中、家畜の紋、俺のため、反乱の種、王になるため。
───俺のためにラルアが殺された?
そのありえない事実が段々と現実味を帯びて俺の頭に入ってくる。
この男は俺が王なんかになるというくだらない理由のためにラルアを殺したのか?
何かが俺の中で切れた気がした。
「……っざけるな!!そんな、、そんなくだらないことのためにラルアをっ……!!ラルアを…!!」
「くだらなくはないだろう?王位継承は大切だ。お前の人生で最も大切な役割だろうが。」
全く意味がわからないと言いたげに小首を傾げているこの男を今すぐ斬りたかった。
理性がなんとかそれを留めているだけで本能は今すぐこの屑をぶっ殺せと訴えている。
ただ、俺の剣はラルセントの剣だから。ただそれだけの理由が俺を留めていた。
人を守るための剣技。最も誉高き剣。……今では俺だけが受け継いだ、俺だけの使える剣。
それを激情のままに穢したくなかった。あいつが何よりも大切にしたものだから、あいつが俺に遺したものだから、あいつと最も深く関わったものだから。
それだけでこの男へ斬り掛らない十分な理由になった。
「……家畜の紋とはどういうことだ。」
「知らないと言うことは性行為はしてないんだな」
「……答えろ。どういうことだ。」
「あんな汚物と交わっていたらお前と言えど廃嫡するところだったぞ」
「いいからはやく答えろって言ってんだよ!!」
いちいち癇に障る言い方をするこいつを殺してやりたい。だがそれではこいつの思うがままなのだろう。
きっと挑発に乗って攻撃を仕掛ければ何らかの罠があるのだろう。だから先程からわざと癪に障る言い方をしているのだろう。
酷く愉快そうに笑いながらこいつの喋った言葉に俺は言葉を失った。
「あいつを連れてきてから毎晩犯してやったよ。あのお綺麗な顔が怯えと恐怖に変わり白濁に塗れる姿は酷く唆った…。だがいつまで経っても生意気だから立場を分からせるために焼印をいれてやったのさ。あの日のあいつは良く鳴いた。」
──嗚呼、酷く愉快だった。
鳥肌がたった。
自分が尊敬していた父が、俺の何よりも大切なナディアにそんな外道な行いをしていたなんて。
ナディアは俺が父上の話をする時どんな思いで聞いていたのだろう。過去の自分を殺してやりたい。あの時あいつはどんな顔をしていたのか。
「クソ外道がぁ…!!貴様ぶっ殺してやる!!!」
「エルリカ何故怒る。恋人などまた作れば良いだろう。良家の令嬢でも子息でもお前なら選り取りみどりだ。」
心の底から思っているかのような声音に更に苛つく。この野郎は本気で代わりがいると思っている。ナディアはナディアだけしかいないのに。
「ああ、まああいつの泣き叫ぶ姿と穴の具合は最高だったから代わりは難しいかもなァ!!あはははははは!!!」
「ぶっ殺す!!」
抜刀して奴を目掛けて駆け出す。兵士たちが立ちはだかるが雑魚しかいない。
こんな弱い手を抜いたときのナディアの十分の一の強さもない奴が国の最高レベルなどと笑わせてくれる。
次々と切り伏せていく。その度にナディアとの修行の日々が頭を駆け巡る。
ナディア。ラルア。師匠。愛しい人。
色んな名前で呼んだ。そのどれでもお前はその澄んだ瞳で俺の目を見つめ返してくれた。強い意志を持ったその瞳で。
なぁ。俺はお前がいないと何も出来ないんだよ。お前も知ってるだろ?
なのにどうしてお前だけそっちに行っちまうんだ。一緒に駆け落ちでもなんでもしたのに。どうしてお前はいつも一人で抱えて勝手に俺の手の届かない所に行ってしまうんだろうなぁ…
お前だって泣き虫で寂しがり屋の癖にさ。
俺が隣にいてやらないとお前はきっと泣くだろう?
ひとり、また1人と騎士が殺されていく。
弱い。こんなのが近衛?
騎士が倒れていく数に比例するかのように段々と顔色を失い惨めに逃げようとする父王。退路を経つと先程まで余裕綽々にラルアのことを馬鹿にしていた口でラルアを褒めたたえ命乞いをしてきた。
こんな奴のせいでラルアは苦しんでいたのか。それに俺は終ぞ気づくことがなかったのか。
「え、エルリカ!!俺が悪かった!お前になんでもやる!今すぐにでもこの国をやる…!!だからっ……!!」
「くたばれ下郎。地獄へ堕ちろ。」
剣に着いた汚い血を振り払う。
振り返ると生者は誰もおらず血に染った部屋に血だらけのまだ暖かい肉塊が横たわっているだけだった。
俺は酷く後悔した。
高潔な人を守るためのラルセントの剣を怒りに任せて復讐のために使ってしまった。
早くナディアの元へ行こう。
そう思い部屋を出るとガタガタと震える昔から仕えてくれている使用人がいた。
彼女は初めからナディアに友好的でナディアも彼女には心を開いているようだった。
「あ、……」
「…………………」
彼女は生かしておこう。そう思いその横を通り過ぎようとした。
「お待ちください!!あ、あの……昨晩……ラルア様から手紙を預かっております……」
「何!?何処だ!!」
急いで振り返り彼女の元へ戻ると震える手で彼女はメイド服のポケットから手紙を取り出した。
薄れてはいるが微かにナディアの匂いがした。枯れたと思った涙がまた滲む。
しかし人前で泣いてはならぬと己を律しなんとか堪える。
「…お前は……毒のことを知っていたのか…?」
「…いえ、……昨日……ラルア様が……これから先俺はエルリカ様の傍には居てやれないから代わりに支えてやってくれ。あいつは1人では何も出来ない困った奴だから、と手紙を託して下さって……今朝になって初めて知りました……私以外は知っていたのできっと……」
「そうか……ありがとう……」
きっとこのメイドに伝えれば俺に伝えて反乱を起こされると思ったのだろう。
そしてメイドに何も知らせなかったナディアにも少し苛立った。もし伝えていてくれたら2人で生き残れたかもしれないのに。
どうして1人でお前は抱えてしまうんだ。
お前の方こそ困った奴だろう。
人のことは言えない。
もう会えない愛しい人へ不満を抱いた。そして小さく口角を持ち上げた。
素直じゃない彼の本音を俺だけは分かっている。俺だけが覚えている。
もう会えないけどこの気持ちは色褪せない。数時間前まで悲しみに打ちひしがれていたが今はなんとか持ち直せた。
彼が惜しみなく与え続けてくれた愛情のお陰だろう。
そして震える手で愛しい彼が最後に残した手紙を開いた。
0
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる