君の名前を教えて

夜瑠

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Seventh

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くしゃりと紙を握る。

馬鹿野郎。大馬鹿野郎。お前は本当にどうしようもなく愚かだな。

「……っお前がどんな奴でも俺は変わらずお前を愛し続けたのに…!!だから…そのマイナス思考をやめろって……何度も……!!」


ナディアに呆れて怒っている筈なのに瞳からパタパタと雫が零れる。
枯れることを知らぬ涙は同時に止まることも知らないらしい。

震える筆跡で書かれた文字が何とも愛おしい。これだけが今の俺に残されたもの。いや、ラルセントの型がある。最もナディアを、ラルアを身近に感じるもの。……追伸でまで駄目出しをしてくるだなんてなんて厳しいお師匠様なのだろう。つい笑みが零れる。


使用人─ユリハは同じく涙を流しながら俺の後ろに侍っている。

「ユリハ。」

「…っはい!」

どこか緊張感を孕んだ声でユリハは応えた。

「……お前はこれからどうする…?」

「……私は…出来ることなら続けて貴方様の使用人でいたいと思います。ラルア様に頼まれましたから。」

そう言って彼女は悲しそうに懐かしそうに、けれどどこか幸せそうに微笑んだ。

ユリハはもう40が近い。母親のような存在だ。乳母候補だったとも聞いている。ナディアも母親のように慕っていたしきっと恋愛には発展しないと考えたのだろう。

……近くにユリハがいれば、ずっと覚えていてもらえると思ったのだろう。

ほんとうに馬鹿だ。あいつは。

ユリハがいなくてもこんなに愛しい人のことを忘れる薄情者が何処にいるというんだ。片時も忘れてやらんからな。

「……俺は………何処か森の奥がいいな…人のこないところで行き場を失った子供たちに学問や……美しいラルセントの型を教えたい。」

「っ!それ、は………ふふ、お手伝い、いた、します……!!」

「……嗚呼、これからも頼む」

ずっと2人で計画を立てていた。いつか、俺が王位を次代に継承して隠居したら2人とユリハ達数人で人里離れた静かな土地で戦災孤児たちに教育をしてあげよう。力のない孤児たちにこの世は残酷だ。何か身を守る武器がなければ。

そうやって2人で幸せな老後を、来ると信じて疑わなかった未来を考えていた。

ユリハ達とも話していた。大きな紙に線を引いてこんな規模の家にしよう、と言えばナディアが広すぎて掃除が大変だから却下と言って俺たちは同じ部屋にしよう、と言うと老人2人で同じ部屋は介護がしやすそうですね、なんて言って。
を話していた。


荷物を纏めてきます、とユリハがこの場を離れてから俺もゆっくりと歩き出す。足は無意識にナディアの部屋に向かっていた。

扉を開けると元から物の少ない部屋だったのに大きめの鞄が1つあるだけで他は何一つ置いてなかった。

唯一置いてあった鞄を開く。

俺は思わず笑ってしまった。
そこにはナディア絶賛の高機能な戦闘服が大量に入っていたのと、数枚の紙だけ。

そこにはその戦闘服を作ってくれる職人と型の説明やコツが事細かに書かれていた。

「…最後まで剣術馬鹿な師匠だな……」

薄くナディアの匂いのする部屋で大きく深呼吸する。もうこの匂いを嗅ぐことは終ぞなくなってしまう。

「………行くか」

鞄を持って部屋を出た。



植え込みに隠していたナディアを抱き上げる。もう随分と冷たくなっていた。それがやはりもうこの世にナディアがいないことを痛感させてしんどかった。
合流したユリハも涙を流していた。


2人で涙を流しながら森の中を宛もなく彷徨った。城から持ち出した食料で何日か野宿して、不意に一面の花畑にでた。

まるでこの花畑に向かって進んでいたかのようで、俺たちは何を言うでもなくそこに腰を下ろした。

1番日当たりの良い場所に穴を掘ってナディアを埋める。そのままでは流石に危ないので2人でその穴に火を落とした。


今まで何度も火葬の現場を見てきたのに、ナディアを焼く火は全然違っていて、まるでその火に魅入られたかのように目が離せなかった。


「……………ばいばいナディア。永遠に愛してる。」

「…ラルア様……お元気で…また私の焼いたクッキー食べてくださいね…」

俺たちはそうしてずっと火を眺めていた。








カンっカンっと固い木のかち合う音が聞こえる。

壮年の男と1人の子供が手合わせをしている。周りには多くの子供がその試合を息を飲んで見守っている。


一際大きな音が響いて子供の手から木剣が弾き飛ばされる。

悔しそうな顔をして子供は頭を下げた。

「…参りました。」

「すっげぇえ!!まじで勝った!!師匠強いな!!」

「あいつあれだろ!?戦場で大人相手してたって!」

「師匠…やっぱ強すぎ……」


思い思いに喋りながら彼らは全員興奮が抑えきれない様子だった。

「まだまだだな。じゃあ約束通りラルセントの門下生になって貰うぜ」

そう言って笑う男に先程まで手合わせしていた少年は訝しげに問う。

「本当にラルセントの型なの?だってラルセントの流派は『ラルセントの悪魔』とその弟子だった王子が死んだから途絶えたはずだよ」

その問いに男は驚いたように目を開きすぐに破顔する。

「物知りだな。だけど半分正解で半分不正解。」

「は?どういう意味?」

「俺がラルセントの悪魔の弟子の王子」

「…………………………は……?」

「「「「………………え……?」」」」


ええぇぇえ!?という驚愕の悲鳴が花畑に広がった。





「ふふ、みなさん知らなかったんですか?エル様が王子様だったこと」

「だってさだってさ!師匠全然話してくれないし興味なかったし!」

「あの師匠が王子…?ぷ、似合わない」

「ユリハおばあちゃんは知ってたの?」

「そりゃあ私はお城のメイドでしたからね」

「えー!そうだったの!?」


紅茶をいれながら穏やかに笑う女性。その周りにいる子供たちは驚いて女性の顔をみている。


「じゃあラルセントの悪魔って人のことも知ってる?」

1人の子供がそう言うと女性は驚いたような顔をしたあと泣きそうな顔で笑った。


「…エル様が仰いました?」

「ううん。昨日来た新入りがラルセントの流派はその人と弟子の王子で途絶えたって言ったら師匠が俺がその王子だって!」

「…ええ、ええもちろん。ラルア様はとても……お優しくて綺麗な方でした。私にも優しくして下さって…私の焼いたクッキーを美味しそうに食べてくださいました…」

女性がそういうと子供たちは身を乗り出し話の続きを促す。
爛々と輝く瞳に女性は微笑む。


「おうちの裏に大きくて綺麗な石があるでしょう?」

「あ!私師匠がそこにいるのみたことある!」

「ふふ、そこにね、ラルア様は眠っておられるのですよ」

「え、しんじゃったの…?」

悲しそうな顔をする子供たちにユリハは心が震えるのを感じた。またあのお方の話をすることが出来る。傷が癒えていないのかと王子の前では名前を出すことが出来なかった。だが身分を明かしたということはもう大丈夫なのだろう。


「ラルア様はとてもお強くてエル様は最後まで1度も勝てなかったのですよ。ラルア様はエル様の剣の師匠で従者でエル様の唯一の愛した方なのですよ」

また小さな家に驚愕の悲鳴が響き渡った。









一心不乱に剣を振る少年。

「なぁ、お前はなんで剣を持つ?」

壮年の男─エルリカは問う。エルリカを一瞥した少年はぶっきらぼうに答える。

「敵をぶっ殺すためだ。」

その答えにエルリカは笑みを零す。
ムッとしたように少年は問いただす。

「何がおかしい。」

「そんなんじゃ強くなれねぇよ。最も優れているのはラルセントの剣だ。唯一守備に徹底した剣。これこそが最強で最硬、至高の剣だ。」

「そんなわけない。攻撃しない剣が強いはずない。」

エルリカは笑う。

「わかってねぇな。ま、これは後々学べばいい。で、名前は決まったか?」

それに少年は不機嫌そうに答える。

「なんでわざわざ偽名をつけるんだよ」

それまで笑っていたエルリカが途端に真剣な顔になる。少年はついビクリと肩を揺らした。

「いいか。顔と真名を知られたら呪いをかけることが出来る。呪いは厄介だ。だからどんな時でも真名を知られたら死ぬと思え。」

その冗談とは思えない気迫に恐る恐る頷く。

「じゃあ……にする……」

「アレクシスか。良い名前だな。じゃあラルセントの誇り高き剣についての話を…」

続けようとした声は勢いよく開いたドアの音にかき消された。

そこには門下生一同が目を輝かせて勢揃いしていた。

「どうしたお前たち?なにかあったの…」

「師匠!!」

「お、おう…」

「ラルア様について教えて!!恋人だったの!?」

口々に生徒が騒ぐ。内容はどれもラルア様について教えろ、というものだった。何故ラルアのことを知っている?と思ったが門下生の後ろでくすくすと笑うユリハの姿に全てを悟る。

今夜は話さないとずっと五月蝿そうだな、とエルリカは今夜寝るのが遅くなることを悟った。


「はいはい話してやるよ…そうだな、どっから話すか…まずはラルアがとある国の王族だったとこからだな。」


そして彼は愛しい人の物語を紡ぐ。

彼の唯一残したを未来に繋げる子供達へ。どうか彼の生き様も繋いでくれるよう願いを込めて。

かつて彼の希望だった愛しい人がこの子たちの希望となるように。一国の支配者になるはずだった男はその全てを捨てて希望を繋げるために生きることを選んだ。


これはそんな不器用で愚かな男たちの歪な愛の物語。













fin.


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