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14. 催眠
しおりを挟む占い師は、ソファーの横に、礼の姿勢を保った状態で立っている。
フードを被り、ベールのようなもので口元を隠しており顔ははっきりとはわからないが、見た目の雰囲気からは若い男性のように思われた。
机の上には、水晶玉や蝋燭、お香のようなものなどが置かれている。
「空気めっちゃ淀んでる… 悪いこと企みまくってる…」
ノノが占い師には聞こえない程度の声量で呟いたのを受け、ルコルはノノを背中にかばった。良くない人なら、ノノは近づけさせないに越したことはない。
ルコルは魔力こそ膨大だが、火魔法も含めて、魔法そのものはあまり使ったことがなく、エフェのように応用が利かない。
下手に魔法で対処しようとするより、いっそ身を挺した方が確実で安全だと、ルコルは思っていた。
「王宮で顔を隠すなど、やましいところがあるものと見做されます。
どんなに尤もらしい理由を述べようとも、一切の例外を認めませんが、
それでもまだ見た目のイメージを重視します?」
鋭く眼光を光らせ、エフェが冷ややかに告げる。
エフェの難しい顔は見たことがあったが、ルコルの前でこんなにも強い圧を放ったことはなかったので、ルコルは驚きを隠せない。
初対面のときからずっと、いかに穏やかに接してくれていたのかが察せられて、
こんなときだというのに、ルコルは少し面映ゆい気持ちになった。
「滅相もございません。
不快な思いをさせてしまったのでしたら、大変申し訳ありません。」
占い師は謝罪しながらフードを上げ、ベールを取り、エフェと同じくらいの年齢と思しき青年の顔が露わになった。
姫が入れ込んでいるという事実から、もしかしたら目を見張るような美貌の持ち主だったりするのかもと思ったりもしたのだが、好青年ではあるものの一般的なレベルに見え、容姿で取り入っている可能性は低いと思われた。
「王宮で顔を隠すなどどいう非常識さから言っても、
あなたの存在は、姫の品格を下げるだけとしか思えませんね。
正直、信用に値しませんので、今すぐお引き取り願います。」
警戒させないように下手に出るかと思いきや、真正面から喧嘩を売りはじめるエフェに、ルコルはちょっと呆気にとられる。
これ、大丈夫なんだろうか。目的とか探らなくていいんだろうか。
でも占い師は、すごすご引き下がるようなことはなく、困惑したようにエフェを見つめる。
「あの… 今日はいつもの魔導士さまではないんですね…?」
「おや、私では都合が悪いと?」
「いえ、そんなことはありませんが…お見かけしたことがなかったもので…」
「毎回同じ魔導士では、懐柔される可能性もありますのでね。」
エフェのその言葉に、占い師の体がぴくっと反応したように見えた。
その反応は図星と言っているも同然だったが、同時にルコルは、そこはかとなく不気味さを覚えた。
この占い師が、前回まで担当していた王宮魔導士を懐柔することができていたというのなら、今だって何かしようとしているのかもしれない。
それに、のらりくらりと躱しながら、何だか何かを待っているような気配がする。
(もしかしたら、既にもう何かしてる…?)
そんなルコルの予感を裏付けるかのように、エフェが冷めた表情を崩さないまま、占い師に告げた。
「いくら時間をかけようが、そのお香は我々には効きませんよ。」
「!」
途端、占い師は体を翻し、エフェから距離をとる。
「催眠効果のあるお香ですね。お香程度で懐柔されるようじゃ、
王宮魔導士を名乗る資格はないんですけどねぇ…」
部下の失態を嘆くエフェを、占い師は忌々しそうに睨みつける。
「口も塞いでいないのに、なぜ香が効いていない…?
耐性を得るには数か月はかかるはずなのに…」
「ここまで届いてませんので。」
「そんなはずはない!あらかじめこの部屋には香を充満させてあった!」
「胡散臭い人間が相手なのに、ノーガードで足を踏み入れるわけがないでしょう。
あらかじめ我々の周りには結界が張ってあります。」
「っ」
エフェの言葉に、占い師は目を見開き、悔しそうにわなわなと震えている。
「あ~なるほど…だからあんなに空気が澱んでるのに、息苦しくなかったんだ…」
ノノが、納得したようにぽそっと呟く。
ルコルも「お香の匂いなんて何も感じなかったのに」と思っていたが、さりげなくエフェが対処してくれてたらしい。
さすがエフェはそつがない。身を挺することしか考えてなかったルコルは、少しだけ情けない気分になったが、経験値の違いは仕方がない。今は心強い味方に感謝しよう。
「結界だと…? そういえば聖女が見つかったと姫が言っていたが…
聖魔法はそんなこともできるのか…?いまここに聖女もいるのか…?」
ぶつぶつと何かを呟きながら、占い師がちらりとルコルの方に視線を送った。
ノノかルコルを人質にとって逃げる算段でもしているのかもしれない。
何か嫌な気配を感じて、ルコルは咄嗟に身構えた。
そのとき、緊迫した場にそぐわない、軽やかで涼やかな声が響いた。
「あら?聖女さまにエフェ? どうなさったの?」
「姫…」
前方の占い師を警戒するあまり、背後への警戒がおざなりになっていたルコルは、まさかこの場に姫が現れるなんて想像しておらず、些か動揺してしまった。
その瞬間、占い師が叫ぶ。
「姫!聖女を連れてここから離れてください!今すぐです!」
すると姫は、言霊に操られるかのように、ルコルの背後からノノを攫うように抱えあげると、おもむろに走り出した。
「ノノちゃん!!」
ルコルは手を伸ばしたが、お淑やかそうに見えた姫からは想像できないほどの素早さで身をかわすと、振り返りもせず走り抜けて行く。
正常な状態ではないように見えるとは言え、相手は姫君。
魔法を使って、もし万が一、傷でもつけてしまったら…。
躊躇している間にも、姫は遠ざかっていく。
ルコルの動揺をあざ笑うかのように。
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