1 / 10
01. ぽやぽや一家の回遊魚
しおりを挟む
その日、ロゼリエはお見合いらしいものに臨んでいた。
なぜ『らしいもの』なのかと言うと、本人がちょっとよくわかっていないからだ。
ロゼリエは忙しい。
頼まれたわけでもないのに、勝手に忙しい。
更に、せっかちというか、思い込んだら突っ走ってしまう傾向がある。
だから、両親がなんか言ってたのを軽く聞き流していて、今日この場に及ぶまで、事態を正しく理解していなかったのだ。
ロゼリエの家は、商会を営む男爵家。
平民あがりの成金というわけではなく、昔むかしから末席貴族で、低位の貴族から裕福な平民あたりをターゲットに細々と商売を営んでいる、ギリ貧乏とまではいかないが、地味な家である。
ロゼリエの家には問題があった。
両親が、揃って『ぽや~ん』としていたのだ。
のんびり朗らかで、人が良く、欲もない。
ガツガツ稼ごうなんて気は全くなく、家族が食べていけるくらいの稼ぎがあれば十分、と、昔から今に至るまで一貫して本気で思っている。
そして、跡を継ぐ3歳年上の兄にも その遺伝子は色濃く受け継がれており、数年前に迎えた兄嫁も、おっとりふんわりぱやぱやした人だった。
「なんだこれ。」
ロゼリエは絶望した。
誰かが、この『ぽやぽや路線』を食い止めなければ、この家は、商会は、領民は、どうなっていくのだ。
こんな、頼りなく発展性もない家に、明るい未来があるようには思えない。
ロゼリエは、『ぽやぽや一家』にあっては異分子だった。
泳ぎを止めたら呼吸ができなくなって死ぬと噂に聞くマグロやカツオのように、ちゃきちゃきと動き回る、生命力に溢れる少女だった。
「このまま両親&兄夫婦に任せておいたら、商会は終わってしまう。」
勝手に使命感に駆られたロゼリエは、頼まれもしないのに商会を手伝い始めた。
御年14の春のことだった。
そこから数年。ロゼリエはせっせと働いた。
じっとしてるのが性に合わないロゼリエにしてみれば、労働は何の苦にもならない。
それはもう充実した毎日だった。
どうせ兄夫婦はこの先もずっと ぱやぱや過ごすんだろうから、もういっそ商会はロゼリエがやっていくことにして、両親と兄夫婦は、ささやかな領地(一応ある)の管理だけやってもらおうかな、なんて考えていたのだが。
突如、そのときは訪れた。
「ロゼ~このお洋服どうかしら~?」
母が、びらっびらのドレスを手に、ロゼリエのところにやって来た。
「え~?うちのターゲットゾーンには、そもそもあんまりドレスってニーズがないんだよね。激安で提供できるなら売れるかもしれないけど、ソレ仕入れいくら?」
ロゼリエがちゃきちゃき目利きしていると、母が恐ろしいことを言った。
「いやぁねロゼったら~。これはロゼが着るのよ~?」
ロゼリエは『何を馬鹿なことを言ってるんだ』としか感じず、冷たくあしらう。
「やめてよ恥ずかしい。こんなん着てどこに行くのよ。仮装パーティーでもあるの?」
ロゼリエがズバズバ物を言うのはいつものことなので、母は少しも堪えた様子はなく、嬉しそうに告げた。
「お隣のお隣の伯爵家にお呼ばれなのよ~。なんと!ロゼちゃんご指名なのよ~♪」
隣の隣の伯爵家と言えば、貴族相手の大きい商会を営んでいるはず。
なるほどなるほど。
ほぼ庶民相手の小さい商会とは言え、一応商売を営んでいる我が家と、情報交換でもしようってことね。
しかも、このぽやぽや商会を実質切り盛りしているのは、両親でも兄夫婦でもなく娘だということを しっかり掴んでいて、ちゃんと私に声をかけてくれてるってことなのね。
(やるじゃないの伯爵家!そして何気に嬉しいじゃないの!)
「母さま、ここは私の手腕の見せ所とみたわ。衣装は任せてちょうだい!
お手頃価格でもここまでできるということを、伯爵家にアピールしてみせるわ!」
家柄だけでなく、商売の意味でも格上の伯爵家に、自分のセンスはどのくらい通用するのか。
評価してもらえたりするだろうか。
もし高評価がもらえちゃったりしたら、もう一生、ぽやぽや商会はロゼリエが仕切っていっていいはずだ。それが商会のためというものだ。
やる気に漲っていたロゼリエは、さらっとスルーしてしまったのだ。
「せっかくのお見合いなんだから、お手頃価格じゃなくていいのよ~?」
という母の、聞き逃すべきではなかった言葉を。
なぜ『らしいもの』なのかと言うと、本人がちょっとよくわかっていないからだ。
ロゼリエは忙しい。
頼まれたわけでもないのに、勝手に忙しい。
更に、せっかちというか、思い込んだら突っ走ってしまう傾向がある。
だから、両親がなんか言ってたのを軽く聞き流していて、今日この場に及ぶまで、事態を正しく理解していなかったのだ。
ロゼリエの家は、商会を営む男爵家。
平民あがりの成金というわけではなく、昔むかしから末席貴族で、低位の貴族から裕福な平民あたりをターゲットに細々と商売を営んでいる、ギリ貧乏とまではいかないが、地味な家である。
ロゼリエの家には問題があった。
両親が、揃って『ぽや~ん』としていたのだ。
のんびり朗らかで、人が良く、欲もない。
ガツガツ稼ごうなんて気は全くなく、家族が食べていけるくらいの稼ぎがあれば十分、と、昔から今に至るまで一貫して本気で思っている。
そして、跡を継ぐ3歳年上の兄にも その遺伝子は色濃く受け継がれており、数年前に迎えた兄嫁も、おっとりふんわりぱやぱやした人だった。
「なんだこれ。」
ロゼリエは絶望した。
誰かが、この『ぽやぽや路線』を食い止めなければ、この家は、商会は、領民は、どうなっていくのだ。
こんな、頼りなく発展性もない家に、明るい未来があるようには思えない。
ロゼリエは、『ぽやぽや一家』にあっては異分子だった。
泳ぎを止めたら呼吸ができなくなって死ぬと噂に聞くマグロやカツオのように、ちゃきちゃきと動き回る、生命力に溢れる少女だった。
「このまま両親&兄夫婦に任せておいたら、商会は終わってしまう。」
勝手に使命感に駆られたロゼリエは、頼まれもしないのに商会を手伝い始めた。
御年14の春のことだった。
そこから数年。ロゼリエはせっせと働いた。
じっとしてるのが性に合わないロゼリエにしてみれば、労働は何の苦にもならない。
それはもう充実した毎日だった。
どうせ兄夫婦はこの先もずっと ぱやぱや過ごすんだろうから、もういっそ商会はロゼリエがやっていくことにして、両親と兄夫婦は、ささやかな領地(一応ある)の管理だけやってもらおうかな、なんて考えていたのだが。
突如、そのときは訪れた。
「ロゼ~このお洋服どうかしら~?」
母が、びらっびらのドレスを手に、ロゼリエのところにやって来た。
「え~?うちのターゲットゾーンには、そもそもあんまりドレスってニーズがないんだよね。激安で提供できるなら売れるかもしれないけど、ソレ仕入れいくら?」
ロゼリエがちゃきちゃき目利きしていると、母が恐ろしいことを言った。
「いやぁねロゼったら~。これはロゼが着るのよ~?」
ロゼリエは『何を馬鹿なことを言ってるんだ』としか感じず、冷たくあしらう。
「やめてよ恥ずかしい。こんなん着てどこに行くのよ。仮装パーティーでもあるの?」
ロゼリエがズバズバ物を言うのはいつものことなので、母は少しも堪えた様子はなく、嬉しそうに告げた。
「お隣のお隣の伯爵家にお呼ばれなのよ~。なんと!ロゼちゃんご指名なのよ~♪」
隣の隣の伯爵家と言えば、貴族相手の大きい商会を営んでいるはず。
なるほどなるほど。
ほぼ庶民相手の小さい商会とは言え、一応商売を営んでいる我が家と、情報交換でもしようってことね。
しかも、このぽやぽや商会を実質切り盛りしているのは、両親でも兄夫婦でもなく娘だということを しっかり掴んでいて、ちゃんと私に声をかけてくれてるってことなのね。
(やるじゃないの伯爵家!そして何気に嬉しいじゃないの!)
「母さま、ここは私の手腕の見せ所とみたわ。衣装は任せてちょうだい!
お手頃価格でもここまでできるということを、伯爵家にアピールしてみせるわ!」
家柄だけでなく、商売の意味でも格上の伯爵家に、自分のセンスはどのくらい通用するのか。
評価してもらえたりするだろうか。
もし高評価がもらえちゃったりしたら、もう一生、ぽやぽや商会はロゼリエが仕切っていっていいはずだ。それが商会のためというものだ。
やる気に漲っていたロゼリエは、さらっとスルーしてしまったのだ。
「せっかくのお見合いなんだから、お手頃価格じゃなくていいのよ~?」
という母の、聞き逃すべきではなかった言葉を。
68
あなたにおすすめの小説
特殊能力を持つ妹に婚約者を取られた姉、義兄になるはずだった第一王子と新たに婚約する
下菊みこと
恋愛
妹のために尽くしてきた姉、妹の裏切りで幸せになる。
ナタリアはルリアに婚約者を取られる。しかしそのおかげで力を遺憾なく発揮できるようになる。周りはルリアから手のひらを返してナタリアを歓迎するようになる。
小説家になろう様でも投稿しています。
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
貴族のとりすました顔ばかり見ていたから素直でまっすぐでかわいいところにグッときたという
F.conoe
恋愛
学園のパーティの最中に、婚約者である王子が大きな声で私を呼びました。
ああ、ついに、あなたはおっしゃるのですね。
嫌われ令嬢とダンスを
鳴哉
恋愛
悪い噂のある令嬢(妹)と
夜会の警備担当をしている騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、4話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
姉の話もこの後に続けて後日アップする予定です。
2024.10.22追記
明日から姉の話「腹黒令嬢は愛などいらないと思っていました」を5話に分けて、毎日1回、予約投稿します。
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
妹の話を読んでからお読みいただきたいです。
友達にいいように使われていた私ですが、王太子に愛され幸せを掴みました
麻宮デコ@SS短編
恋愛
トリシャはこだわらない性格のおっとりした貴族令嬢。
友人マリエールは「友達だよね」とトリシャをいいように使い、トリシャが自分以外の友人を作らないよう孤立すらさせるワガママな令嬢だった。
マリエールは自分の恋を実らせるためにトリシャに無茶なお願いをするのだが――…。
【完結】救ってくれたのはあなたでした
ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。
アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。
ようやくこの家から解放されるのね。
良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。
そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。
【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~
真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。
自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。
回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの?
*後編投稿済み。これにて完結です。
*ハピエンではないので注意。
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる