実在しないのかもしれない

真朱

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01. ぽやぽや一家の回遊魚

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その日、ロゼリエはお見合いらしいものに臨んでいた。

なぜ『らしいもの』なのかと言うと、本人がちょっとよくわかっていないからだ。

ロゼリエは忙しい。
頼まれたわけでもないのに、勝手に忙しい。
更に、せっかちというか、思い込んだら突っ走ってしまう傾向がある。

だから、両親がなんか言ってたのを軽く聞き流していて、今日この場に及ぶまで、事態を正しく理解していなかったのだ。


ロゼリエの家は、商会を営む男爵家。
平民あがりの成金というわけではなく、昔むかしから末席貴族で、低位の貴族から裕福な平民あたりをターゲットに細々と商売を営んでいる、ギリ貧乏とまではいかないが、地味な家である。

ロゼリエの家には問題があった。
両親が、揃って『ぽや~ん』としていたのだ。

のんびり朗らかで、人が良く、欲もない。
ガツガツ稼ごうなんて気は全くなく、家族が食べていけるくらいの稼ぎがあれば十分、と、昔から今に至るまで一貫して本気で思っている。

そして、跡を継ぐ3歳年上の兄にも その遺伝子は色濃く受け継がれており、数年前に迎えた兄嫁も、おっとりふんわりぱやぱやした人だった。


「なんだこれ。」


ロゼリエは絶望した。

誰かが、この『ぽやぽや路線』を食い止めなければ、この家は、商会は、領民は、どうなっていくのだ。
こんな、頼りなく発展性もない家に、明るい未来があるようには思えない。

ロゼリエは、『ぽやぽや一家』にあっては異分子だった。
泳ぎを止めたら呼吸ができなくなって死ぬと噂に聞くマグロやカツオのように、ちゃきちゃきと動き回る、生命力に溢れる少女だった。

「このまま両親&兄夫婦に任せておいたら、商会は終わってしまう。」

勝手に使命感に駆られたロゼリエは、頼まれもしないのに商会を手伝い始めた。
御年14の春のことだった。

そこから数年。ロゼリエはせっせと働いた。
じっとしてるのが性に合わないロゼリエにしてみれば、労働は何の苦にもならない。
それはもう充実した毎日だった。

どうせ兄夫婦はこの先もずっと ぱやぱや過ごすんだろうから、もういっそ商会はロゼリエがやっていくことにして、両親と兄夫婦は、ささやかな領地(一応ある)の管理だけやってもらおうかな、なんて考えていたのだが。

突如、そのときは訪れた。


「ロゼ~このお洋服どうかしら~?」
母が、びらっびらのドレスを手に、ロゼリエのところにやって来た。

「え~?うちのターゲットゾーンには、そもそもあんまりドレスってニーズがないんだよね。激安で提供できるなら売れるかもしれないけど、ソレ仕入れいくら?」
ロゼリエがちゃきちゃき目利きしていると、母が恐ろしいことを言った。

「いやぁねロゼったら~。これはロゼが着るのよ~?」

ロゼリエは『何を馬鹿なことを言ってるんだ』としか感じず、冷たくあしらう。
「やめてよ恥ずかしい。こんなん着てどこに行くのよ。仮装パーティーでもあるの?」

ロゼリエがズバズバ物を言うのはいつものことなので、母は少しも堪えた様子はなく、嬉しそうに告げた。
「お隣のお隣の伯爵家にお呼ばれなのよ~。なんと!ロゼちゃんご指名なのよ~♪」

隣の隣の伯爵家と言えば、貴族相手の大きい商会を営んでいるはず。

なるほどなるほど。

ほぼ庶民相手の小さい商会とは言え、一応商売を営んでいる我が家と、情報交換でもしようってことね。
しかも、このぽやぽや商会を実質切り盛りしているのは、両親でも兄夫婦でもなく娘だということを しっかり掴んでいて、ちゃんと私に声をかけてくれてるってことなのね。

(やるじゃないの伯爵家!そして何気に嬉しいじゃないの!)

「母さま、ここは私の手腕の見せ所とみたわ。衣装は任せてちょうだい!
 お手頃価格でもここまでできるということを、伯爵家にアピールしてみせるわ!」

家柄だけでなく、商売の意味でも格上の伯爵家に、自分のセンスはどのくらい通用するのか。
評価してもらえたりするだろうか。
もし高評価がもらえちゃったりしたら、もう一生、ぽやぽや商会はロゼリエが仕切っていっていいはずだ。それが商会のためというものだ。

やる気に漲っていたロゼリエは、さらっとスルーしてしまったのだ。

「せっかくのお見合いなんだから、お手頃価格じゃなくていいのよ~?」

という母の、聞き逃すべきではなかった言葉を。


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