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第1章 え、私があの怖い先輩と「百合営業」するんですか?

第5話 せやかて、ばにら。お前本当はやりたいんとちゃうんか……?(後編)

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「で、どうしたの?」

「何から話せばいいやら……」

「社長室にずんだ先輩と一緒に呼び出されてたね。どうせ金盾配信についてなんか言われたんでしょ? お説教かな? それとも、褒められたのかな?」

「それが予想外の話でさ」

 片づいたテーブルに突っ伏すうみ。
 お冷やが入ったグラスの縁をなぞりながら、彼女はそっけない素振りをしつつ私の話に耳を傾けてくれた。こういう所が、なんか大人だなっていつも思う。

 社長室でのあらましを私はうみに説明した。

 社長から直々にずんだ先輩との「百合営業」をするよう言われたこと。
 ずんだ先輩が社長に断固として「NO」を突きつけたこと。
 社長から「ずんだ先輩のコラボNGを解いて欲しい」と頼まれたこと。

 順を追って話すと長くなるもので、気がつくとアイスティーが注がれたグラスは空に、チーズケーキは下に敷かれているシートだけになっていた。

 お冷やだけで長居するのも気まずくて店員さんを呼ぶ。
 グリーンティーをふたりで注文した。

「なるほどなぁ、ずんだ先輩と『百合営業』か……」

「ただでさえ『百合営業』ってだけでも気が重いのに、相手があのずんだ先輩だよ。うみ、頼むから代わってよ」

「押しつけんなや。それに私にはもう愛する人がいるから」

「愛する人て」

「すずちゃんでしょ、いくたんでしょ、うさぎにしのぎにえるふ! あ、もちろん、ばにらも大切な俺の子猫ちゃんだゾ?」

「うみのハーレムに入った覚えなんてないんだが?」

「寂しかったんだろばにら。さぁ、俺の胸で泣きなよ。今日だけは、お前が俺を独り占めしていいんだぜ」

「すみませーん、お兄さんお会計!」

「待った待った、冗談だってば!」

 ふたり揃ってグリーンティーを啜る。
 うみに話してすっきりとした私は、晴れ晴れとした気分で窓の外を見下ろす。

 気がつけば大通りが人で賑わっている。

 依然、悩みは悩みのまま。「百合営業」の結論は何一つとして出ていない。
 けれど自分なりに心の整理はできたみたいだ。

「で、どーすんのさ? やるの『百合営業』?」

 グリーンティーを飲み干したうみがグラスの中の氷を突きながら私に問いかけた。
 それに――私はゆっくりと首を横に振る。

「しない。やっぱり私は『百合営業』なんてできない」

「気にすることないと思うけどなぁ」

「それに、ずんだ先輩も嫌だって言ってるし」

「そうかなぁ? りんご先輩とは、ほぼ『百合営業』みたいな関係じゃん?」

「いや、『りんずん』は別格でしょ! 個人勢時代から絡んでたわけだし! というか、そもそも『百合営業』するならあのふたりがやるべきで――」

「なるほど。つまり、ばにらは『りんご先輩』に遠慮してんだ?」

「それは――」

「それとも『ゆき先輩』かな?」

 うみの鋭い問いに、私は言葉を失った。

 ストローに口づけてうみが溶けた氷を啜る。
 しばらくして彼女は顔を上げると、許しを請うような笑みを私に向けた。

「ごめん、やっぱなし。ばにらの選択を私は尊重するよ」

「……ありがと、うみ」

「けど、もしばにらが腹をくくったなら、その時は」

「お! うみがおるやんけ!」

 真剣なうみの言葉を遮って快活な言葉が2階に響く。
 せわしない足音と共に「その人」は私たちのテーブルに駆けてきた。

「おーい! ラジオの二期決定だって! やったね!」

 眩しいくらいに白く染め抜かれたベリーショート。
 耳にはシルバーの太いイヤリング。
 そして、その髪とアクセサリーでは絶対に入学できない都内有名女学校の制服。
 茶色いローファーがキュッと甲高い音を立てた。

「おや! 今日はばにらちゃんも一緒だ! やっぱりラッキーついてるね!」

「どうも、すず先輩」

「すずちゃんで良いよ! ばにらちゃんの方が年上なんだからさぁ!」

 やって来たのは事務所の先輩。

 現役JKでVTuber。
 さらに初期のDStarsを支えた1期生筆頭。
 そして、うみのラジオでの相方。

 お狐系騒がしVTuberの「生駒すず」だった。

「あれ、すずちゃんも事務所に呼ばれてたの? てっきり、一緒に説明受けてないから、今日は予定が合わないのかと?」

「いやー、うっかり昼間に配信入れちゃってさ! 告知もしちゃってたから、今日のミーティングはそれ終ってから行きますって!」

「お前、本当に高校生かよ? 調整能力えぐない?」

「高校生だよ? 通信だけど! 見た目はJK、中身もJK! 純度100%の現役女子高校生(合法)VTuber! 生駒すずとは私のことだぜ、バーロー!」

「すずちゃん、工藤が出てるぞ。それおっさんしかやらんネタや」

「せやかて工藤。今のVTuberのメインリスナーは10代~30代やからな。古のニコニコネタを知らずして、VTuberは名乗れへんのや。日々、勉強やで」

「そんな勉強しなくていいから……」

 年下の先輩VTuberに説教している途中で急にうみの顔が青くなる。
 唇をキュッと結ぶと彼女があわてて席から立ち上がった。

 それは、彼女の長い社畜生活で染みついた反射的なもの。
 何度もそれを見ているので、このあとの展開はなんとなく分かった。

 何もなければ配信第一。
 あまりの配信頻度に「実はすずちゃん4人いるのでは説」が出るほどの配信の鬼。そんなVTuberの鑑のような人が、喫茶店で時間を潰すわけがない。

 おそるおそる私が振り返るとそこには――。

「あらー、うみにばにらちゃんじゃない。ほんと3期生は仲良いね」

 すず先輩と個人勢時代からの知り合い。
 DStarsに「特待生」として引き抜かれた元個人勢VTuber。

 焦げ茶色のショートヘア。ブラウンのワンピースの上から、カーキ色のストールを羽織ったゆるふわな大人コーデ。私たちより少し年上で既婚者。
 大人の女性の魅力あふれる――「秋田ぽめら」先輩。

 そして。

「なんでアンタがここにいるのよ」

「……ず、ずんだ先輩」

 ぽめら先輩と同じ「特待生」。DStarsゲームチームのメンバー。
 DStarsの「氷の女王」こと――「青葉ずんだ」先輩。

 迂闊だった。
 事務所職員やメンバーがよく使う喫茶店でダベってる場合じゃなかった。
 一刻も早く家に帰るべきだったんだ――。

「ぽめら先輩ぁい! ずんだ先輩ぁい! おつかれさまでぇすぅ!」

 うみのやたらに気合いの入った挨拶が店内に響く。
 そんな中、私は冷たい視線を向けてくるずんだ先輩から目を逸らした。
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