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第三章 いろいろ食べたい「幕ノ内弁当」編

第14話 インスマスの塩焼き

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 アルラウネはすごかった。
 男冒険者が為す術もなく籠絡され、養分にされてしまうのもやむなし。
 自我さえ溶けそうな快楽を俺は必死に耐えた。

「ぱぁぱ、もっとらんぼーにしても、いいんだよ」

「ペコリーノ、そんな言葉どこで覚えてきたの!」

「……えへへへぇ」

 耳元で愛を囁かれ、キツく分身を締め上げられる。
 理性と尊厳が崩壊しそうになる魔力補給を、俺の身体と心はなんとか耐えきった。

 やがて朝がやってくる――。

 穏やかな寝息をたてるペコリーノ。
 枯れていた指先は元通り。青白かった肌にも血色が戻っていた。
 起きる気配のない娘に寝間着を着せると俺は寝室の扉を開く。俺たちを心配していたのだろう、嫁と愛人がすぐに駆けつけた。

「ジェロ! 貴方その頭!」

「あぁっ! ジェロはんの髪の毛が真っ白に!」

「ふたりともおはよふ」

 魔力(生気)を根こそぎ娘に注いだ俺は白髪になっていた。
 というかいろいろ枯れていた。

 そのまま俺は意識を失って倒れた。
 今日の弁当屋の営業はちょっと難しそうだ――。

◇ ◇ ◇ ◇

 俺が意識を失ってすぐ、店にリゾットさんがやってきた。
 ミラたちに泣きつかれ俺の容態を確認した彼は、状態異常「老化」にかかっているのを見抜いた。徐々に体力が衰退し、やがて死に至る危険なバッドステータスだ。

「……港町に常駐している【駆除チーム】に腕のいい回復術士がいる。紹介しよう」

 というわけで、俺はミラにつき添われて港町へ。
 朽ち果てた礼拝堂で、紹介された回復術士――プロシュートさんの施術を受けた。

「老化状態解除《ザ・グレイトフル・デッド》!」

「うおあっ!! おあわあ!!」

 たちまち若返る俺の身体。

 リゾットさんもだが【駆除チーム】の冒険者って凄腕が多すぎる。
 これだけの腕前があれば、普通に上級冒険者のパーティーに誘われるのでは。
 なんでギルドの職員なんてやっているんだろう……。

 若返った俺がつき添いのミラと共に頭を下げる。
 黒い細身のスーツでばっちりとキメた兄貴――プロシュートさんは「リゾットの頼みだ、礼ならアイツにしてくれ」と、ぶっきらぼうに言った。

「しかし、プロシュートさんはどうしてこんな所に?」

「俺たちは海底ダンジョンから湧くモンスターを駆除しているんだ」

「回復術士なのに?」

「水棲モンスターに強い相棒がいてな。そいつだけで事足りるんだが――」

 そうできない理由があるらしい。

 頭を上げたその時、港の方から「おーい!」と間の抜けた声がした。

「兄貴ぃ! 今日の仕事終わったよぉ!」

「ちょうどいい。紹介するぜ、相棒のペッシだ」

「……あれ? お客さん?」

 ペッシと呼ばれた男は大根みたいな髪をしていた。
 手には長い竹竿を持っている。

「ペッシ。見て分からねえのか、応接中だ」

「ご、ごめんよ兄貴……」

 プロシュートさんがにらむと「ヒッ!」とペッシが悲鳴を上げる。

 どうやらまだ駆け出しの冒険者らしい。
 リゾットさんやプロシュートさんのような風格が彼には感じられなかった。

 なるほど。
 さきほどの疑問の答えが分かった。

「こいつが、日に数体サハギンを釣り上げてな。俺が処分を手伝ってる」

「……サハギンか」

 サハギン。
 半魚人のモンスター。

 陸での戦闘なら雑魚だが、水中格闘となるとなかなか厄介。
 たまにダンジョンからはぐれた個体が漁船を沈めるなんて話も聞く。
 冒険者ギルドが放っておかないのも納得だ。

「ペッシ、今日の釣果はどうだった?」

「5匹だよ」

 報告された釣果に俺は驚いた。
 先にも言ったように、陸に上がれば雑魚だが水中では手強いサハギン。
 それをいとも容易く5匹も捕縛するなんて。

 半人前の面構えだがこのペッシというは男ただ者じゃない。
 とんでもない才能の持ち主だ。

 そして、弁当屋として嫌でも考えてしまう。
 幕ノ内弁当のメイン料理として「焼き魚」ほどしっくりくるものはない。
 ちょっと運命さえ感じていた――。

「あのですね、ご相談があるんですけれど」

「なんだ? まだ何か回復して欲しいのか?」

「いえ、そうではなくてですね……」

 俺は単刀直入にサハギンを譲って欲しいと願い出た。
 ついでに俺が弁当屋をしていることや、リゾットさんから弁当の材料としてモンスターを仕入れいることも説明した。

 プロシュートさんは「モンスターを料理だと?」と、信じられないものでも見るような目を俺に向けたが、最終的には理解を示してくれた。

「おいペッシ! 今日釣ったサハギンをくれてやれ!」

「えぇっ⁉ 本気かい兄貴⁉」

「本気だ。ついて来い、漁場に案内する」

 あっさりとプロシュートさんはサハギンを譲ってくれた。

 彼と弟分に連れられて、俺たちは教会から港へ移動した。
 岩の間にコンクリを流し込んでつくられた防波堤。ボートを係留用するための木の杭が並ぶその突き当たりに、サハギンの死骸が綺麗に並べられている。

 ピンと脚を伸ばして白目を剥く半魚人。
 その不気味さにミラが思わず俺の背後に隠れた。

 妻を防波堤の入り口に残してサハギンに近づく。プロシュートさんがスキル【下ごしらえ】を、水上げされた緑色のサハギンに向かって使う――。

 手に入った「可食部」は「白身魚」の切り身と「白子」。

 続いて、彼は解体したサハギンの奥――赤色のサハギンにスキルを使う。
 今度は「鮭」の切り身と「魚卵」が、「可食部」としてドロップされた。

「微妙に獲れるアイテムが違う。もしかして、サハギンって種類があるんですか?」

「あぁ、これはサーモンタイプのサハギンだな」

「やっぱり」

「緑色をしたサハギンが白身魚で、赤色をしたサハギンがサーモン。青色をしたサハギンは赤身だが、これは滅多に上がらないな」

 なるほど。
 つまり白身魚も鮭も手に入るわけだ。

 うーん。

 弁当のネタにするなら統一した方がいいかもしれない。
 とはいえ「同じ色のサハギンだけ駆除する」なんて可能だろうか?

 そもそもどうやってペッシさんが、サハギンを釣っているのかも知らないのに。
 白色と紅色の魚の切り身を眺めて唸る俺。

 すると、おそるおそるという感じに嫁が歩み寄ってきた。

「わぁ、白身魚とサーモンだ! どっちも好きなんだよね、私!」

「そうなんだ」

「ねぇ、もしかしてこれもお弁当のネタにするの? 白身魚とサーモンのどっちを入れるのか知らないけれど――楽しみだわ!」

 口の端からこぼれた涎をミラがすする。

 白身魚と鮭の違いなんて些細なこと。
 むしろ好みに合わせて選べた方がいいかもしれない。

 物事は柔軟に捉えよう。

「気分によってメインの魚が選べるのも悪くないか」

 かくして、俺はプロシュートさんたちと釣ったサハギンを買い取る契約を交わした。女冒険者向け幕ノ内弁当の材料はこれで全て揃った――。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 「面白い!」と心の中で思ったならッ! その時スデに評価は終っているんだッ!――というわけで、評価・フォローよろしくお願いします。m(__)m
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